【1003】 前奏曲IF  (まつのめ 2005-12-29 13:33:17)


No:1000の続きですが、無くてもいい話なので軽い気持ちで読んでくれると吉。
【No:935】―┬――→【No:958】→【No:992】→【No:1000】→【これ】
        └【No:993】┘



 ふむ。
 祥子さまの腕にしがみついたまま祐巳は考えた。
 お姉さまが祐巳の事を考えてくれているのに、流されるようにただ呼ばれてお手伝いをしているだけで良いのだろうかと。
 蓉子さまの前で祥子さまは思うように動けないのなら、なにか祐巳の立場で出来ることはないか?
 たとえば、祐巳から聖さまにアプローチするとか。
 アプローチ?
 アプローチといっても何をすればいいんだろう。
 ちょっとシミュレーションしてみよう。
 休み時間に聖さまの教室へ行って聖さまを呼び出して、「お話があります」って。
 で、何処か人のいない所へ行って二人きりでお話する。
 でも『お話』ってなにを話せばいいのかな……。

『聖さま、どうして私を避けるんですか?』
『別に避けてるつもりは無いわ』
『嘘です、私、祥子さまから聞きました。普段は薔薇の館にいらっしゃるって。私が行く日を確認してわざわざ避けてらっしゃるんですよね』
『……』
 そして聖さまは目をそらして黙り込んでしまう。
『どうしてですか?』
『どうしてって?』
『え?』
 祐巳の質問に質問で答え、聖さまは顔を上げ真剣な目で祐巳を見つめた。
『あなたが「どうして」って聞くのは何故? 私が居なくても関係の……そう、あなたの山百合会のお手伝いには関係のない話だわ。 そうでしょう?』
 確かに、祐巳にお手伝いを頼んだのは紅薔薇さまだ。
 だから聖さまの都合なんて関係ないと言われてしまえばそのとおりなのだ。
『そ、そうですけど……』
『それとも、祐巳ちゃんが私にこだわるなにか理由があるのかしら?』
 理由と聞かれて祐巳はドキッとした。
『えっと……それは……』
『祐巳ちゃんは私のことどう思っているの?』
 どう?
 好きか嫌いか問われれば『好き』である。
 もちろんお姉さまとは違った『好き』だけど。
 でも漠然と『どう』と聞かれたらなんと答えたら良いのだろう。
『あの、私は、お手伝いに行ったときに聖さまがいないとなんか寂しいです』
 あれ、聖さま、目を丸くして驚いてる?
『本当?』
『はい。嘘なんかつきません』
『うれしいなー、祐巳ちゃんがそんな風に思ってくれてたなんて』
 ぎゅっ。

「ぎゃっ!」
「……祐巳?」
「え、あ!」
「しがみつくのは良いけれど、寝ぼけるのはやめてちょうだい」
「す、すみません」
 寝てたわけじゃないんですけど……。
 でも駄目だ。
 最後に聖さまが『セクハラ親父』化してしまった。
 やはり、祐巳の想像力で『今の』聖さまとの会話をシミュレーションするのは無理があったかも。
 祐巳は読書の邪魔をしないように祥子さまの腕から離れた。

 でも。
 と祐巳は再考した。
 なんか前半は上手くいってたような気がするんだけど。
 『呼び出して二人きり』っていうのがいけなかったのかもしれない。
 だったら偶然を装ってどこかでばったりと……。

『あ、聖さま』
『祐巳ちゃん?』
 聖さま思わず祐巳の名前を呼んだが、すぐに顔を逸らし、道をそれて中庭の方へ行ってしまおうとした。
『あ、待ってください』
 慌てて追いつき、祐巳は後ろから腕を捕らえた。
『何の用?』
 聖さまはそっけなくそう言った。
『何って、なんでいつも私を避けるんですか』
『避けてないわ』
『避けてます! お手伝いに行ったときもいつもいらっしゃらないし、私、聖さまに会うの楽しみにしてたのに』
『楽しみ? 嘘おっしゃい。 あなたが会いたいのは祥子でしょ』
『そんなことありません! 祥子さまにはいつでも会えますけど聖さまとは……』
『私はなに?』
『聖さまと一緒に居られるのはあと一年もないじゃないですか!』
『同じ事でしょ、いずれは卒業するんだから』
『同じじゃありません! 私、聖さまとの思い出が無いまま離れてしまうなんて嫌なんです』
『……なんで?』
『だって』
『だって、なに?』
『だって私、聖さまの事……』
『祐巳ちゃん……』

 ちょっ、ちょっとまってっ! いまのなし!
 慌てて、今の想像をかき消すように手を斜め上方で振り回した。
 これ、絶対ちがう。
 いい雰囲気で見つめあってどうするのだ。 愛の告白じゃあるまいし。
 それに設定とか祐巳役の性格とかもちょっと変だ。
「祐巳」
「え?」
 気が付くと祥子さまは本を読むのをやめてこちらを見ていた。
 というか呆れた顔をされて。
「……夜更かしは身体に悪いからやめなさい」
「え、いえ、そういうわけでは」
 また寝ぼけていたと思われてしまったようだ。
「疲れているんだったらこれから保健室へ行って休んだほうがいいわ。 なんなら私から先生に言っておいてあげるわよ」
「い、いえ、大丈夫ですから」
「そう?」
「ええ、それに、そろそろ時間です」
「あら、もうこんな時間」
 祥子さまは時間を確認してから文庫本を鞄にしまい、植木棚から立ち上がった。
「じゃあ、先に行くわ」
「はい、ごきげんようお姉さま」


 優雅に黒髪を揺らしながら温室を出て行く祥子さまの後姿を見送りながら祐巳は思った。
 シミュレーションは上手くいかなかったけど、聖さまには何らかのアプローチをしなければけないと。
 祐巳の事を考えていてくれている祥子さまのためにも。


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