【No:1088】→【No:1093】→【No:1095】の続き
祥子さまが戻ってきたのは、捨てゼリフを残して部屋から飛び出して行ったすぐあとの事だった。
しかも、志摩子さんと蔦子さん、さらに頭に超が付くほどの美少女とを連れて……。
そして、呆気にとられる私達の前で突然の姉妹宣言。
混乱する周囲を他所に、祥子さまは紅薔薇さまに向かって勝ち誇ったような顔をしていた。
「とりあえず、席につきましょうか」
紅薔薇さまの一言に私を含めたみんなは従った。
紅茶を蔦子さんと見知らぬ少女に差し出した私は、令ちゃん……、お姉さまと共に、
壁際にある流し台の側に椅子を寄せて座った。
まずは簡単な自己紹介、まぁ無難ね。
そもそも、相手のことを知らないのに話を進めるわけにもいかない。
見知らぬ少女の名前は、福沢祐巳と言った。
薔薇さま方を前にしてか、緊張しているように見える。
でも、どちらかと言うと、蔦子さんの方が緊張しているように見えた。
それはそれで面白いけど、やはりここは祐巳さんの方に目がいってしまう。
なにしろ、祥子さまが妹にすると言ったのは彼女のことだから。
しかも、祐巳さんの方も祥子さまのことをいい意味で気にしている様子。
さっきから、チラチラと祥子さまの方を見ては頬を染めているし。
ふ〜ん、これは姉妹成立確定ね。
「祥子。あなたは、自分に課せられた仕事から逃げ出したい一心で、
通りすがりの祐巳さんを巻き込んでいるだけでしょう?」
白薔薇さまの一言に、祐巳さんが首を傾げた。
同時に蔦子さんが挙手。
「何かしら、武嶋蔦子さん」
「お見知り置きとは光栄です。白薔薇さま」
「あなたのことを知らない生徒はいなくてよ。有名人ですもの」
確かに……、いろんな意味で蔦子さんは有名だから……。
隣では令ちゃんも、うんうんと頷いているのが見えた。
「私には、話が全然見えません。」
確かに……、私達は知ってるけど、蔦子さんも祐巳さんも何も知らないはず。
そこで薔薇さま方が説明を始める。
今年の学園祭で、山百合会はシンデレラを上演すること。
人手が足りなくて困っていること。
主役が祥子さまであること。
ゲストとして花寺から生徒会長が来ること。
しかも王子様役を演じて頂くこと。
けれど、祥子さまが男嫌いなのでそれに反対していること。
祥子さまがそれで思い出したのか言う。
「妹一人作れない人間に発言権はない、っておっしゃったわ」
「確かに言ったけど。だからといって『誰でもいいから妹にしろ』という意味ではないわよ。
部屋から出て一番はじめに出逢った一年生を捕まえて 妹にするなんて、
なんて短絡的なの。藁しべ長者じゃあるまいし」
今……?
薔薇さまの言葉と同時に、祐巳さんの表情が凍った。
祥子さまはそれに気付かず、なおも続ける。
「藁しべ長者、結構じゃないですか。あれは、確かラストはめでたしめでたしでしたわよね?」
「じゃあ、あなたは祐巳さんを別の誰かを交換するまでのつなぎにする気だったの?
そんな関係、認めるわけにはいかないわ」
祐巳さん?
俯いた祐巳さんに気付かず、薔薇さま方と祥子さまは興奮気味に続けている。
「祐巳のことはずっと面倒みます。私が教育して立派な紅薔薇にしてみせます。
だったら問題ないのでしょう?」
駄目!それ以上は駄目です!祥子さまっ!
「思いつきで言うのはおやめなさい、祥子」
「なぜ、思いつきだとおっしゃるの?」
「あなた、祐巳さんとは今さっき会ったばかりじゃない。
それなのにどうしてそんな約束できるの?」
祐巳さんの表情は、すでに完全に俯いてしまっているので見えない。
けど……。
「待ってください」
その時、志摩子さんがすっと立ち上がった。
「祥子さまと祐巳さんは、今さっき会ったのではないと思うのですが」
チラっと祐巳さんの方を見ながら志摩子さん。
どうやら祐巳さんの様子に気付いているみたい。
心配そうな顔をしている。
「だって、祐巳さんは祥子さまを尋ねてここにいらしたんですもの」
「え?そうなの祐巳さん?」
紅薔薇さまが祐巳さんに尋ねる。
「……はい」
薔薇さま方の前だから、緊張して消え入りそうな声になったと思えてしまう。
薔薇さま方は勘違いしてる。
私も勘違いしていた。
祐巳さんが緊張していたのは、薔薇さま方の前だからではなく、祥子さまの前だから……。
「証拠もあります」
蔦子さんが、ここぞとばかりに割って入って紅薔薇さまに何かを渡した。
それがぐるりと皆に回覧される。
祐巳さんと祥子さまの写真だった。
2人だけで写っている写真。
祥子さまのこんな表情は今まで見たこと無い。
そして祐巳さんのこの表情。
だから分ってしまった。
ただの祥子さまファンだと思ってた。けど違った。
と、
「ご覧になってお分かりいただけたでしょうか?私と祐巳は、
この写真にあるようにごく親しい間柄ですの。それに、
他人が選んだ妹をどうこう言われるのは筋違いじゃありませんこと?」
写真を見て勇気付けられたのか、祥子さまが話を続ける。
「いいわ、認めましょう」
紅薔薇さまがそう言うと、祥子さまはぱぁっと表情を明るくした。
「ただし、シンデレラの降板までも認めたわけではないわよ」
「約束は!?」
ふふん、と紅薔薇さまは鼻で笑った。
「それはあなたが勝手にわめいていただけでしょ?妹のいない人間に発言権はない、
とは確かに言った。だから、今後は自由に発言してちょうだい」
「じゃあ役を降ろしてください」
「だめ。男嫌いは『役を降りざるをえないほど重大な理由』になりえないから。
あなたの場合、じんましんが出るとかじゃないでしょう?
ただ『嫌』と言うのを認めていたら世の中は回っていかないの。
そういうのわがままっていうの。あなたなら十分理解できる事だと思っていたけど?」
わざとらしく、大きな溜息を付く紅薔薇さま。
「帰ります」
祥子さまは椅子を立ち上がった。
そんな祥子さまに、紅薔薇さまは座ったまま見上げて言った。
「待って、一つだけ確認させて。祐巳さんは祥子の何?」
「え?」
「今でもあなたは祐巳さんを妹と思っているのかしら」
「もちろん、祐巳は私の妹ですわ」
その言葉に祐巳さんはゆっくりと顔を上げた。
笑顔だった。
空っぽのような笑顔だった。
「もうロザリオをあげたの?」
「まだです。ご希望なら皆様方の前で、儀式をしてもかまいませんけれど?」
皆、気付かない。
いや、志摩子さんと蔦子さんは気付いてるようだ。
少し驚いた事に、令ちゃんも気付いたようだ。
私に視線を送ってくる。
けれど、どうすればいいのか分からない、そんな顔をしている。
私だってどうすればいいのか分からない。
あんな表情をしてる人になんて言えばいい?
今更、会話を止めても無駄なのはわかる。
「お待ちになって」
意を決したのか、志摩子さんが叫んだ。
「祥子さまも他のお姉さま方も、大切なことをお忘れになっていませんか」
「大切なこと?」
「祐巳さんのお気持ちです」
志摩子さんの言葉に私は驚いた。
え……?何を言ってるの?それって今、一番まずいことでしょ?
「なるほど。たとえ紅薔薇のつぼみからの申し出であろうと、
『ごめんなさい』してしまう人がいないとも限らないわね」
「祥子があなたを妹にしたいそうだけど。ロザリオを受け取る気持ちはあって?」
駄目っ!
私は思わず立ち上がり、声を上げた。
「あのっ」
ガタッ。
けれど、私の声は椅子を立ち上がった祐巳さんの立てた音にかき消されてしまった。
全員が祐巳さんを見る。
祐巳さんの様子にやっと気付いたのか、祥子さまの表情が驚きに変わる。
薔薇さま方もようやく気付いたようだ。
けど、もう遅い……。
「だ……で……良かっ……んですか?」
祐巳さんは、俯いて呟くように言った。
「え?」
「誰でも良かったんですね」
「え?何を……言って……」
祥子さまは祐巳さんが言いたいこと、全然わかってない。
今にも泣きだしそうなのに。
これじゃ、あんまりだ。
「蔦子さん、帰りましょう」
「ちょ、ちょっと、祐巳さん?」
蔦子さんが驚いたような表情をする。
ああ、駄目だ。やっぱり遅かった……
「山百合会のお手伝いには来ます……」
祐巳さんはそう言って扉に向かう。
横顔だったけど、瞳が一瞬、揺らいだのが見えた。
「ゆ、祐巳?」
祥子さまの声に、祐巳さんの歩みが止まる。
そして背を向けたまま言った。
「祥子さま……、好きでした」
震える声で、けれど祐巳さんは決して泣かなかった。
「でも……、今は嫌いです」
祐巳さんが扉から出て行く。
一瞬、私と蔦子さんの目が合った。
お互いどうするべきかは、もう分かってる。
まだ、まともに話もしたことも無い私では役には立たない。
だから祐巳さんのこと、今は蔦子さんに任せる。
「ごきげんよう」と残して蔦子さんは祐巳さんの後を追った。
私にできること、まずは『反省』。
過ぎてしまった事はどうにもならないと思う。
あの会話の流れでは、祥子さまが部屋を飛び出して一番最初に会ったのが祐巳さんで、
それで適当に姉妹に選んだ、そう思い込んでしまっても仕方ない。
あの写真が出てきても、全部取って付けた様な理由にしか聞こえなかったのだろう。
きっと祥子さまは『妹一人作れない人間に発言権はない』と言われなくとも、
祐巳さんと姉妹になろうとしていただろう。
あの写真を見れば分かる。
まるで恋する乙女のような表情をお互いに浮かべている2人。
なのに、すれ違ってしまった。
好きだったからこそ、裏切られたと思ってしまった……。
みんなが悪かった、祐巳さんの様子に気付けなかった人も、
気付いてたのに何もできなかった私達も。
けど、本当はただ間が悪かった。
それだけの話……。
『反省』が終ったなら次は、『前進』。
間違ってしまったことに気付いたんだから、
それを正そうと思うのなら、前に向かって進むしかないでしょ?
まだまだまだ続く……のか?
ど、ど、ど、どーすんの?いいのかこの話の流れで?
と、ちょっと後悔……
設定2の「変わってる部分」が次回でわかります。多分w