【1127】 外伝祐巳さまなんて  (投 2006-02-14 18:14:19)


【No:1088】→【No:1093】→【No:1095】→【No:1097】→【No:1101】→
【No:1102】→【No:1105】→【No:1108】→【No:1110】→【No:1114】→
【No:1119】→【No:1120】→【No:1121】の未来の話




戦争ですわ。
ええ、そうですわ。これは戦争ですわ。
全ては、私のお姉さまであるあの方のせいです。
私と姉妹である事はいいんです。
それは胸を張って言えます。
問題は、お姉さまであるあの方が、やたらと生徒に人気がある事なんです。



バレンタインデー当日。
姉妹になって初めてのバレンタイン。
チョコレートを贈るとは決めたものの、
どんなチョコレートを贈るか悩み、その結果、当然のように手作りにすることに決めました。
ですが、今まで手作りチョコなど作った事がなかったので、仕方無しに料理の本を見たり、
乃梨子さんと一緒に作ってみましたが、うまくできているか保障はありません。
ですが、お互いに味見してみて、これなら大丈夫!と思ったので良しとしましょう。

お姉さまは喜んでくれるでしょうか?
……大丈夫のはずです。
お姉さまは私の虜ですもの。

そういえば、今日は放課後に山百合会と新聞部が合同で行うイベントがある事を思い出しました。

紅いカードはお姉さまのカード。
探し出せば、お姉さまとデート。
何がなんでも見つけなければなりません。
他人がお姉さまとデート……、なんて考えるのも嫌です。
他人は全て敵です!

ぎゅっと拳を握って薔薇の館へ向かった私が見たものは……。

な、ななな、なんですの!この人数は!?

思わずぽかーんと大口を開けて、リリアンの生徒にあるまじき表情で呆けてしまいました。
いえ、表現が豊かで女優としてはいいんです!

そうではなくて。なんですかこの人達は?

人、人、人。
見える限り人の群れ。
一年生、二年生は言うに及ばず、この時期、忙しいはずの三年生の姿まで見えます。

「瞳子」

「うわあ」

思わず変な声を上げてしまったではないですか!
後ろから突然、話し掛けないで下さい乃梨子さん。

「な、なんですか、乃梨子さん?」

「変な声……」

「それは空耳です。それで、何か用ですの?」

「んー、瞳子も大変だなーって思って」

「どういう事です?」

「ほとんど祐巳さま目当てでしょ、これ?」

「……」

……時が止まった気がしましたわ。
ですが、確かにお姉さまの人気はおかしいほどにあります。
私のお姉さまは、本当に可愛らしいんです。
部屋に飾っておきたい位に可愛いんです。
山百合会のお姫様って呼ばれているんです。
私の自慢のお姉さまなんです!
いえ、ですが、いくらなんでも……。

「ねぇねぇ、やっぱり紅薔薇のつぼみ狙い?」

「当然よ!ずっとファンなんだから!可愛いよねー」

貴女達は、たった今から私の敵になりました。
覚えておいて下さい、名も知らぬ同級生の方々。
ついでにそこの二年生の方々も。
あと、そちらで瞳子の大切なお姉さまを真っ赤な顔で眺めている三年生の方も。

「動け瞳子」

「はっ?」

私ったら何を?
乃梨子さん、ありがとうございます。

「ま、そういうわけで頑張れ」

頑張れと言われましても……。
ああ、もう少しでイベントが始まってしまう。

そして遂に始まってしまいました。
一斉に探索を開始し始める生徒たち。
私達、つぼみの妹達はハンデがあるので、一般の生徒より遅くスタートしなければなりません。
ふと、隣に立つお姉さまを見るとなんだかいつも以上に、にこにこしています。

なんだか、腹が立ちますわね……。

「はい、いいですよー」

新聞部の方の声とともに、私は探索を開始します。

きっとあそこのはずです。
古びた温室。
私との思い出が、沢山詰まっている場所。
姉妹になる前から、お昼休みになると二人で過ごしていた場所ですもの。
それに、去年のイベントの時は、祥子お姉さまがそこに隠していたと聞きましたし。
あそこしかありません!

誰にも追いつかれないようにそこに行ってみると、
案の定、ロサ・キネンシスの根元に先に誰かが掘った跡が残っていました。
ですが、さすがに手で掘るわけにもいかず、どうしましょうかと迷っていると、
温室の扉が開く音が聞こえてきました。

しまった!尾けられていた?

「スコップいるでしょ?」

「……」

入ってきたのは、何故かお姉さまでした。
これって反則になるのでは?
でも、私の為に?
と、思いつつもそれを受け取って掘ってみますと、一枚のノートの切れ端が出てきました。

『はずれ』

「…………」

「…………ぷっ」

無言で掘った土を元に戻す。
思いっきりお姉さまを睨んだあと、顔を背けて私は次の場所を探し始めます。
と、いっても他にお姉さまが隠すような場所なんて思い浮かびません。
考えながら、あちこち歩いている私の後をお姉さまはずっと付いて来ます。
何故か嬉しそうに微笑みながら。

ああっ、もうイライラする!

「なんですか、さっきからずっと!」

「ううん。あそこに隠していたら瞳子が見つけてくれてたんだなーって嬉しくてね。でも、
 去年にお姉さまがあそこに隠したから、他の人も探すかなって考えて別の所にしたの。ごめんね」

「……」

お姉さまの言いたいことは分かりますが、
感情が追いついてこないというか……。
はぁ、もういいです。
どうせ、どこに隠したかなんてちっとも浮かばないですし。

「薔薇の館に帰ります」

「じゃ、一緒に帰ろっか」

誰とデートすることになっても知りませんからね!



結局、紅いカードを私は見つける事はできませんでした。
紅いカードは数百人いたのに、誰も探し当てることはできなかったのです。
しかも、お姉さまはどこに隠したかは内緒、と皆の前で言いました。
後から訊けば、隠し場所を発表しない事は新聞部と交渉していたので問題は無いそうです。
三奈子さまだったらともかく、真美さんなら融通が利くのよ、と言ってました。
ただ、その代償は高かったけど、とちょっぴり涙目だったのが気になります。
どんな代償だったのか、そのうち問い詰めてみようと心に決めました。



「お姉さま。これ、ど、どどど、どうぞ!」

「うん。ありがとう」

イベント後の薔薇の館で、私はお姉さまにチョコレートを渡しました。
もう少しスマートに渡したかったのですが、過ぎたことは仕方ありません。

甘く小さなチョコレート。
少し歪になってしまいましたが、この世でただ一人、お姉さまの為だけの、私の手作りの甘いお菓子。
一つだけ口に入れて、お姉さまは笑顔で「おいしい」と言ってくれたのです。
それだけで私は幸せです。

「そう言えば、カードはどこに隠していたんです?」

間違いなく、温室のロサ・キネンシスの所だと思っていたのですが。
あの時はショックですぐに館に戻ってしまいましたし。
お姉さまは皆の前では教えてくださらなかったし。

「ふふふー」

妖しげな笑みを浮かべながらお姉さまは、
自分のポケットを指差しました。

「あの……、まさか?」

「本人が持っていたらいけないってルールには無かったわ。それに、
 ちゃんと探してもいい範囲には必ずいたわよ。もちろん、これも許可を貰ったわ。
 尤も、瞳子の傍を離れないっていう条件付きだったけど」

紅薔薇のつぼみと、その妹がカード探しで一緒にいるなんて怪しすぎるでしょう?
もし、その事について怪しまれたら、カードを出さないといけなかったのよ。
でも、瞳子にも気付かれないなんて思わなかったわ。

お姉さまは淡々と続けました。
気付けば、何時の間にか口調が過去のお姉さまのものになっています。
普段は鈍かったり、考えている事が顔に出るくせに、たまに過去の性格が顔を覗かせるのです。
そうなると手が付けられません。
祥子お姉さまですら、今のお姉さまには敵いません。
しかもかなりの悪戯好き。
お姉さまのもう一つの顔。

それにしても、私にまで気付かれないなんて思わなかったわ……、ですって?
温室で見つける事が出来なくて、それどころではなかったんです!仕方ないじゃありませんか!

「そ、そんなの反則ですわ!」

分かってます。
どうなるかは自分でもよく分かってます。

「お姉さまは別として、あなた以外の誰ともデートなんてしたくないもの。
 それとも、あなたは私が他の子とデートしてもいいの?」

タチが悪い。
私が何も言えなくなるのが分かってて言ってますわね。
お姉さまが他の子とデートなんて考えるのも嫌ですもの。
ええ、そうです。
私がお姉さま中毒なのは自分でもよく分かっています。

「ああ、そうだ私からも」

お姉さまはそう言って、自分の髪を留めてあった白いリボンを解きました。
ほんの少しだけ茶色がかった黒髪がふわりと広がりました。
あの頃に比べて、ずいぶんと大人っぽくなっていますが、当時の面影があります。
お姉さまが髪を下ろしている時の姿なんて、私でさえそうそう見る事のできるモノではありません。
この機会にしっかりと目に焼き付けておきます。
……相変わらず、おかしい程の美形っぷりです。
普段は美少女なのに、髪を下ろしただけでここまで大人っぽく見えるなんて反則です。
何か得体の知れない力が働いているとしか思えません。

「なに?」

「いえ」

見惚れていました、なんて言えるはずがありません。
と、お姉さまが手を差し出してきました。
なんでしょうか?
そう思いながら同じように手を差し出すと、

「あげるわ」

と、つい先ほどまで、お姉さまが付けていたリボンを渡されました。
ふふ、私の宝物がまた一つ増えました。

「そのリボンを受け取ってしまった私の大切なかわいい妹は、
 次の日曜日に私とデートをしなければならないの」

「え?」

お姉さまの顔には悪戯っ子のような笑みが浮かんでいます。

大切なかわいい妹……?

ようやく、何て言われたのかを理解して、思わず俯いてしまいました。
だって私の顔はきっと真っ赤。
こんなにドキドキしているんですもの。
ま、まさか、聞こえていませんよね?
あ、ああ。そ、それよりもデートの約束のお返事をしませんと……。

「……はい」

小さな声になってしまったけれど、お姉さまには聞こえたらしく、
楽しみね……、とお姉さまが呟くのが聞こえました。

その時にはリボンを付けていきます。
お姉さまに頂いた大切なリボン。
紅いリボンと白いリボンを片方ずつ。
だから、変だと思いますけど、
二つとも、お姉さまに頂いた大切な宝物なんだから許して貰います。
どちらか選ぶなんてできませんもの。

それに、きっとお姉さまはそんな私を見てこう言うと思います。

『ありがとう』

って、満面の笑みを浮かべて……。




 変で悪いですか?大好きな人の笑顔はいつでも見ていたいんです!




パラレル風味、祐瞳バレンタインSS
なんとなく書いてみた。
2006 4/5ちょっと修正(謎)


一つ戻る   一つ進む