「さて、瞳子ちゃん、この紙袋はどうしたものかしら?」
「祥子さま、もちろん、悪・即・滅ですわ。焼却炉に消えて頂くというのは如何でしょうか?」
放課後の薔薇の館で皆が勢揃いしている中、祐巳だけが何か忘れ物があったと教室に戻っているその隙に・・・。
私と瞳子ちゃんは祐巳が置いていった紙袋に嫉妬の炎を燃やしていた。
今日はバレンタインデー、恒例になりつつある新聞部主催の「つぼみのカード探し」も終わり、皆で一息ついているところだが、この、この目障りな紙袋!
祐巳に懸想した子達から貰ったに違いないチョコレートの山に、激しい憤りと嫉妬を感じているところだ。
「と、瞳子ちゃん、それはまずいんじゃないかなぁ」
「令のくせに余計な口は挟まないの!」
私の一喝に、皆壁際まで後ずさってガタガタ震えている。
「では、瞳子ちゃん、捨てていらっしゃい」
「イエス、マム!」
ビシッと敬礼をすると瞳子ちゃんは紙袋を抱えて出て行った。
まぁ、祐巳には皆で分けて貰ったとでも言えば、優しいあの子のこと、深くは追求しないだろう。
うんうん、完璧。「そうかなぁ・・・」ジロッ!ヘタ令は黙っていなさい!
「お待たせしました、お姉さま、瞳子・・・あれ?」
「瞳子ちゃんならすぐに戻るわよ」
お茶を淹れてあげようと立ち上がると、祐巳が首をかしげながら聞いてきた。
「ここにあった紙袋知りませんか?」
唇に手を当てる仕草も可愛いわ。
「あれ、祐麒と花寺生徒会宛だから無くすと大変なことになるんですよ」
あぁ、そうなの、あれは花寺宛な・・・・・・のぉぉぉぉぉぉぉ!?
「困ったなぁ、弁償に私の手作りチョコで許してくれるかなぁ」
は、花寺の男共なんぞに祐巳の手作りなんて勿体なすぎるわ!彼奴等には虫下しチョコで十分よ!
「ち、ちょっと用事を思い出したわ。すぐに戻るわね」
だらだらと嫌な汗をかきながら、根性で微笑みをつくり静かに執務室のドアをくぐる。
ダダダダダッ!
リリアンの淑女とも思えぬ勢いで階段を駆け降り、瞳子ちゃんの下へと一気に駆け抜ける。
その姿を見た陸上部の生徒は後に語った『さすがは薔薇さまね、スカートの裾を乱れさせることもなく、100mを9秒フラットで走っていたわ』と。
「うふふふふ、悪は滅びなさい」
メラメラと揺らめく炎を映したその瞳は、どっちが悪やねんというツッコミが入りそうなほど妖しく輝いていた。
今まさに紙袋を焼却炉に放り込もうとした刹那。
「ストーーーーーーーップ!お待ちなさい、瞳子ちゃん!!」
だだだだだっ!どげしっ!「あつっ!あつっ!あつっ!!」
ギリギリのところで駆け込み、焼却炉にぶつかってしまった。
「ど、どうしたんですの?祥子さま」
制服に着いた煤を叩きながら。
「それは祐巳宛では無いそうよ!花寺宛てだそうだわ」
「花寺、ですか?」
「それを無くすと、祐巳が弁償に手作りチョコを振舞うと言っていたわ」
「なんですって!そそそ、そんな勿体ないことを?お姉さまの手作りは私、いえ、私達紅薔薇姉妹のためだけで良いのです!」
ちょっと不穏当な言葉があるようだけど、今は聞き流しておきましょう。
「そういう訳で、それは持って帰りましょう」
「あぶないところでしたわ、お姉さまの手作りチョコは花寺の下種になぞ渡すわけにはまいりませんわ」
寸でのところで間に合ってよかった、と二人で薔薇の館に戻ってくると、そこには何故か祐巳一人だけが待っていた。
「お姉さま、瞳子、話は令さまから聞きました」
ゆ、祐巳、その笑顔は恐いわ。というか、ヘタ令め、余計なことを喋りやがって、お仕置きよお仕置き。
「あの、お姉さま、瞳子は祥子さまの命令に逆らえずに従っただけですの。どうかお許しください」
ちょっと、瞳子ちゃん一人だけ良い子ぶるつもりなの?
「焼却炉に持って行こうと言ったのは瞳子ちゃんなのよ、信じてちょうだい祐巳」
「二人とも、そこに正座しなさい!」
いつもの優しい祐巳とは思えない勢いで叱られて、大慌てで二人とも床に座り込んだ。
「二人とも、嫉妬心でこんなことをするなんて恥ずかしくないのですか?
私は裏切られた気持ちで、とても悲しいです」
いやっ!そんなこと言わないで祐巳!あなたに嫌われたら生きていけない!
「いいですか?二人とも目を閉じて!」
あぁ、祐巳に叩かれるのかしら?確かに私達は醜い嫉妬でイケナイ事をしでかしてしまったわね。
目を閉じていても隣りの瞳子ちゃんが震えているのが分かる。ギュッと歯を食いしばってその時を待つ。
「口を開けて」
え?とにかく言われるままに口を開けると、コロリと何かが舌の上を転がった。
・・・甘い。
目を開けると、苦笑いした祐巳がそこに居た。
「今年は誰からもチョコは貰っていません。・・・ま、可南子ちゃんは特別だけど。
他は二人のために断ったんですからね」
祐巳の手が私と瞳子ちゃんの頬を撫でる。
「だから、もうこんな事しちゃダメですよ」
撫でていた手で、私達の頬を軽く抓る。
「うぅぅぅ、お姉さまごめんなさいぃ〜」「許して、祐巳〜」
「はいはい、もう二度とこんなことしちゃいけませんよ。約束できますか?」
優しく叱る祐巳の胸に二人してしがみつき、涙を流しながらガクガクと首を振る。
「さ、いい子だから泣かないで。二人のためにトリュフチョコ作って来たんですよ。一緒に食べましょう」
見事なほど薔薇さまとして開花した祐巳の優しい笑顔に包まれて、紅薔薇姉妹はそれはそれは甘い一時を過ごすのだった・・・。
「で、可南子ちゃんは粛正ね」( `ー´ )
「了解しました、祥子さま」∠ξ( ̄∧ ̄)ξ
「もう、少しは反省してよ・・・」⌒*(つД`)*⌒