【1139】 一騎当千あなたに私は倒せない狙う  (亜児 2006-02-16 19:31:37)


 「ふぅ・・・・。」

 私は思わずため息をこぼした。すると隣にいた乃梨子がそれに
気づき、心配そうな顔で私の顔を覗き込んでくる。

「大丈夫ですか?」
「ええ。この戦争が終われば、きっとみんなが平和に
 暮らせる世の中になるはずよ。」
「それを信じて、今日まで戦ってきました。ケッツェンベルグさえ
 落としてしまえば、きっとこの戦争は終わります。」
「そうね。明日は早いわ。もう寝ましょう。」
「はい。」

 そう言って私と乃梨子は毛布にくるまった。もう何ヶ月も自分のベッドで
寝ていないことに気づいた。今は戦争なんだ。そんなことを愚痴っても仕方ないこと。
隣の乃梨子はすでに気持ちよさそうな寝息を立てて夢の中だ。何回やっても
市街戦は好きになれない。視界が悪く、相手の方が有利で同じ時間戦ったと
しても、精神の消耗度合いが全く違う。いけない。こんなことを考えるとますます
目が冴えてくる。今は明日のために少しでも眠らなきゃ。眠れなくても横になって
目を閉じているだけで体力は回復するそうだ。この部隊に入ったばかりの時に
先輩の兵士が教えてくれたことだ。

〜次の日〜

 私たちの部隊は予定通りの時刻にキャンプを出発して
ケッツェンベルグの街へと向かう。
ケッツェンベルグ。相手の国の首都。ここさえ陥落させてしまえば長きに渡った
この戦争に終止符が打てる。戦場においての雑念は即、死につながる。
馬を走らせながら、私は心から全ての雑念を捨て去ってゆく。先頭を走っていた
部隊長が馬を止める。私たちもそれに習って馬を止めた。

「今日のこの戦に勝利すれば、この戦争は終わりだ。
 国に待っている大切な人のためにも、絶対に生きて帰れ!
 俺が言いたいのはそれだけだ!」
「はいっ!!」

 部隊長の言葉に全員が返事をかえす。そう。全ては今日で終わる。国の王宮に
いるあの方のためにも絶対に負けられない。隣にいた乃梨子は、微笑みながら
手を重ねてきた。

「志摩子さん。気合いが入るのはわかるけどまだ始まってないんだよ?
 緊張してたら普段の力が出せないよ。」
「ふふふふ。それもそうね。」

 乃梨子のおかげで妙な緊張感から解放された。後は斥候の合図を待って
攻め込むだけ。予定時刻を少し過ぎた頃、街から合図が送られた。

「全軍、突撃ーーー!!」

 部隊長の合図で、全員が街へ向かって馬を走らせる。乃梨子はぴったりと私の後に
ついてくる。特に約束もしていないのに、こうしたことがいつの間にやら
当たり前になっていた。

「行くわよ!乃梨子!」
「はいっ!」

 事前の打ち合わせ通りに私たちは、部隊から離れて別行動を開始する。私たちだって
好き好んで戦争してる訳じゃない。無益な殺生はするなというのが私の部隊の
信条だった。私たち2人で敵の大将を捕らえて短時間でこの戦いを終わらせるのだ。
逆に言えば、私たちが手こずればそれだけ両軍に死者が増えることになる。多くの
人の命が私たちに懸かっている。馬を走らせると事前の情報どおりに塀が壊れて
中に入れる場所が目に入った。馬を止めて、辺りを警戒しながら街へと侵入する。

 陽動が上手くいっているらしく、私たちは1人の敵に遭うこともなく敵の
本陣近くまで、接近することに成功する。本陣には最低限の見張りしかいない。
私は乃梨子と顔を見合わせて静かにうなづいた。小声でカウントダウン。

「3、2、1、GO!!」

 私たちは、GOの合図で物陰から飛び出して、本陣へと突撃する!!不意を
つかれた護衛の兵たちは、武器を構える間もなく昏倒するしかなかった。

「待ちかねたわ!」
「?!」

 声のする方を見ると、長髪の女騎士がゆっくりとこちらへ歩いてくる
ところだった。確か祥子とかいったか。この国の最強の使い手のはずだ。
その彼女が最前線ではなく、こんな処に?

「ふふふ。裏をかいたつもりでしょうけど、そうはいかないわ。」
「全てはお見通しという訳ですね・・・・。」
「この小笠原祥子。逃げも隠れもしません!正々堂々、1対1の
 決闘を申し込むわ。」
「わかりました。受けて立ちます!」
「ちょっと志摩子さんてば。別に奴の誘いにのらなくても・・・」
「彼女は人を騙すような方ではないわ。心配しないで。」

 私の身を案じた乃梨子が口を挟むが、私の心はすでに決まっていた。この人を
倒して、この戦いに幕を引く!乃梨子を下がらせて祥子の前へと歩み出た。
お互いに武器を構える。私は、ずっと愛用してきたショートソード&スモール
シールド。対する祥子の武器は、レイピア。細めの刀身を持つその剣は、
リーチを活かした突きには優れる反面切る、なぎ払うといった攻撃には向いていない。
 
「それならっ!!」

 私は地を蹴って祥子へ突撃する。一見、自殺行為にも思えるこの行為にも
はっきりとした理由がある。相手の長所をつぶしてやればいいのだ。しかし、
自分の予想よりも長い間合いから祥子の攻撃が私を捉える!

「ランページ・バレット!!」

 超高速で繰り出させる無数の突き。≪紅蓮の剣舞≫との二つ名をもつだけ
あって、その技のキレ・スピード・破壊力。どれをとっても今まで倒して
きた者の比ではない。シールドでガードをしているが、突きの威力で私は
ジリジリと交替してゆく。

「どうしたの?一騎当千の≪エンジェル=ダスト≫の力はこんなものなの?」
「はっ!」

 私は一旦後ろへ飛び、間合いを取る。相手のペースで戦えば負ける。
私と祥子の剣技は、おそらくほぼ互角。それは相手も同じことを
考えているのがわかる。無茶な攻撃は仕掛けずに、呼吸を整えている。
こうしてにらみ合っている間にも、両軍には死者が増えていくのだ。
堪えきれずに私は仕掛けた。

「甘いっ!!」

 私の攻撃を紙一重のところで避けると、避けた動作から突きを繰り出す。
無防備な姿勢の私は、その攻撃を避けることが出来ずに肩から出血する。

「ぐはぁあ!」
「最強の使い手と聞いていたけど、この程度なら私が相手を
 するまでもなかったかもね。」
「それでも、貴女に私は倒せない!」
「その身体でいつまで戦えるのかしら!」

 祥子は勝機と感じ取ったのか怒涛のラッシュを仕掛けてくる。気づいた身体で
なんとか攻撃をしのいでいく。ピンチの中にこそ、チャンスがある!攻撃を避けて
いくうちに私は壁まで追い詰められてしまう。祥子の口の端がわずかに上がった
のを私は見逃さなかった。

「もう逃げ場はないわ!ランページ・バレット!」
「ガーディアンジャッジメント!!」

 限界まで研ぎ澄ませた集中力で祥子の技の先端をシールドで受け流し、
相手の姿勢を崩す。そのままシールドで祥子の身体を打ち上げ、連撃を
四肢に叩き込み、最後に左回し蹴りで壁に叩きつけた。

「ぐはぁああああああ!」

 私は着地すると剣を鞘へ納めると、倒れている祥子へ近づいてゆく。
空を見上げる祥子の表情はスッキリしたものだった。

「私のランページ・バレットを止めたのは偶然?」
「いえ、最初にその技を放った時に貴女の口の端が
 すこしだけ上がったのを見ました。きっと技を
 使う時のクセなんでしょう。」
「あの一瞬にそれを見抜いたというの?」
「ええ。それにきっと貴女はもっとも自分が信頼している
 技で止めを刺しに来ると思ったからです。だから
 そこを狙いました。」
「ふははははは。負けたわ。私の完敗よ。でも
 どうしてかしら?貴女を憎いとは思えないの。」
「信念によって戦う相手は、憎悪の対象にはなりえません。
 私たちは剣を通してしか理解できない仲間なのかもしれませんね。」

 私が目で合図を送ると、乃梨子は作戦終了を知らせる狼煙を上げた。これで
ようやく長かった戦争も終わりだ。私はそのまま踵を返して、乃梨子と
一緒に部隊へと戻っていった。明日は何もしないで、ゆっくり休もう。

(終わり)



  


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