祥子が妹を作ろうとしている。
その娘は福沢祐巳ちゃん。
おとなしそうな娘だけれど芯はしっかりしている。そして、あんな風に巻き込まれたのに祥子をかばえる優しい娘だ。
あの娘なら、凝り固まっている祥子の心をもっと、柔らかく温かくしてくれる。そんな予感がする。きっと祥子の心が今まで以上に柔らかく、温かくなる。
それは私にとって、喜ばしいことだ。祥子は、最初、冷たく尖った氷のような心だったから。
私と出会って祥子は変わった。冷たく尖った氷は少し溶けて丸くなった。それは、私にとって誇りに思うことだ。
でも、それでも、彼女の中の氷を私では完全に溶かすことはできなかった。
彼女はそれをやってしまう。そんな予感がする。
私が祥子に対して、できなかったことをやってしまうであろう娘がいる。
そのことを少しでも不快に思う自分がいるのがすごく嫌だった。
祥子に妹ができる。今の状況を考えれば、紅薔薇さまとしては確かに助かることだった。今の山百合会は7人しかいないから。
でも、祥子の姉として、それが嬉しいかと言われれば、それは複雑だ。祥子が妹を持つのは良いことだと思う。
そうは思うが、祥子が私の元から離れて行ってしまうようで少し寂しい。いや、かなり寂しいのだ。
今日だって、本当は祐巳ちゃんに振られた祥子を慰めてあげないといけないと、祥子の顔を見るまで思っていた。
でも、祥子の顔を見たとたん、心が疼いたのだ。
その疼きははとても強く、我慢することができなかった。
だから、私は二人きりの薔薇の館で祥子を抱きしめたのだ。
私が祥子の大切な存在であると言うことを確認したくて。
いつもなら、それで心が落ち着くはずなのに、今日に限ってはだめだった。
だから、今日は祥子にわがままを言ってしまった。
祥子の弾くピアノが聞きたいと。
私は、品行方正な薔薇さまだと思われているようだが、けしてそんなことはない。欲望を持った一人の人間なのだ。
だから、妹である祥子を独り占めしたいと思ってしまう。
それが祥子のためにならないとわかっていても。
私はあなたの姉だから、あなたがどれだけ祐巳ちゃんを欲しているかわかってしまう。
きっと、あなたは遅かれ早かれ祐巳ちゃんを妹にしてしまうだろう。
だから………
だから、あなたが私の妹から祐巳ちゃんの姉になる前に、いまは私だけの妹でいて。
そう思いながら、私はいつもの曲をリクエストする。
私が祥子にわがまま言う時に必ずリクエストする曲。
それは、エリック・サティの「ジュ・トゥ・ヴ」
その意味は『あなたが欲しい』
このお話は【No:1135】とリンクしています。