【1215】 思いはすれ違う  (まつのめ 2006-03-02 15:47:22)


 票が伸びたのでまたこっちになりました。
【No:1168】→【No:1177】→【No:1203】→続き。
(※これは『新世紀エ○ァンゲリオン』とのクロスです。 クロスオーバーとかGAINA×とかが苦手な方や、この手のSSはもうたくさんな方はご注意ください)




「どうして後退命令を無視したの?」
「……ごめんなさい」
 戦闘の直後。
 狭いパイロット待合所。
 祐巳はベンチに腰掛け、聖さまは入り口のドアから入ったところで立っていた。
「あなたの作戦責任者は私って言ったよね?」
「はい」
「戦闘中のパイロットは作戦責任者の命令に従う義務がある。 分かる?」
「はい」
「今後こういう事の無いように」
「はい」

 あのとき、敵を前にして蔦子さんが耳打ちしてきた言葉。
 『赤いコアが弱点よ』
 その言葉と蔦子さんのアイコンタクトで祐巳はこの話のラストを思い出したのだ。
 だから聖さまの言葉を無視して敵に特攻をかけた。
 でも、その結果……。

「……祐巳ちゃん」
「はい」
「ちゃんと聞いてる?」
「はい」
「もしかして適当に答えてるわね?」
「はい」
「祐巳ちゃん!!」
「は、はい!?」
 聞いてなかった。
 聖さまの大声に思わず背筋をシャキッと伸ばす。
 「ふぅ」とため息の後、聖さまは続けた。
「今回は勝てたけど、そんな人の話を聞かないようじゃ今後やっていけないわよ」
「あの、判ってます、でも勝てたんだからもういいじゃないですか」
 聖さまからお小言なんて聞きたくなかった。
 ここの聖さまと祐巳の知っている聖さまの違いを見るたびに祐巳は悲しくなるのだ。
「そんなことじゃあなた、死ぬわよ?」
「別にいいですよ、そんな……」
 どうせ夢だし。
 死んだら夢から覚めるかもしれないし。
「いい覚悟ね、と言いたい所だけど誉められると思ったら大間違いよ。 福沢祐巳ちゃん」
 もう本当に嫌になった。
「誉められるも何もどうせ私しか乗れないんですよね? だから乗ります!」

 痛いのが嫌なのではない。
 聖さまの立場もわかる。
 でも理屈で判っていても、聖さまが祐巳を死に直面するような前線に送る立場にいるということ、その事実を突きつけるような言葉を聞くのが苦痛だった。


 ――そんなの聖さまじゃない。



 〜 〜 〜



 謹慎2日目の早朝、祐巳は置手紙をしてこっそり家を出た。
 聖さまと一緒にいるのが居たたまれなくなったということもある。
 でも、もう一つ理由があった。

 『××高原で待つ』
 エントリープラグから出る時に蔦子さんがそう耳打ちしてきた。
 やはり蔦子さんは『記憶がある人』だったのだ。

 祐巳はコンビニで買った地図と観光案内を頼りに直接、蔦子さんが待つ場所に向かった。
 本当はここで主人公は一日街中をぶらついて、映画館で一泊するのだけど、女の子の祐巳がそれをやるのは問題が多かった。

 途中、お昼はコンビニでおにぎりを買って食べ、祐巳が目的の場所付近に着いたのは、もうずいぶん日も傾いてきてからだった。
 『付近』といったのは蔦子さんが言った場所っていうのが広さのある地域を指す言葉だったからだ。
 でも蔦子さんはすぐに見つかった。
 祐巳が判りやすいように観光用の看板の近くの草原でテントを張って野営していたから。
 
「早かったわね」
 蔦子さんはGパンに白いTシャツ、その上に長袖のカッターシャツを羽織るというラフな格好をしていた。
 まあ祐巳のデニムのミニスカートにプリント物のTシャツという格好は、上にサマーセーターを羽織っていてもラフと言う点ではどっこいかもしれない。
 いや、高原のキャンプ地にあっては実用的という点で蔦子さんの方が数段上だろう。
「蔦子さん学校は?」
 今日は平日だ。 祐巳は謹慎だけど蔦子さんは学校があったはず。
「自主休校よ」
 そう言って蔦子さんは笑った。
 祐巳が街で一泊しないことを予想して昨日からここに詰めていたそうだ。
「顔は洗ってるけどお風呂入っていないからちょっと臭いかも」
 ご飯を炊く用意をしながらそんなことを言う。
「ごめんね。 私のために」
「ううん、祐巳さんのためなら」
 蔦子さんは冗談めかして言ったのだけど、祐巳は聖さまに叱られて暗くなっていただけに、感動してちょっと泣けてしまった。


 飯盒を焚き火にかけ、それを見ながら祐巳は蔦子さんと並んで座っていた。
「とりあえず、真美さん反省してたわ」
「ああ、別にもういいんだけど」
 あのあとイカの怪獣に八つ当たりしたことで祐巳の気持ちはおさまっていた。
 というか殴られたことも真美さんの名前を聞くまで忘れていたくらいだ。
「なんかお姉さまに叱られたんだって」
「三奈子さま?」
「うん、まだ入院してるけど怪我は大したことないし元気だって」
「そう。 よかった」
「あとでお見舞いに行ってあげなよ」
「そうする……」

 昼間は割とうるさかった蝉の声も日が沈むと聞こえなくなっていた。
 時々、薪がパチンと音を立てている。

 しんみりと話はしているが、実は祐巳は焚き火で自炊なんて見るのは初めてでそっちが気になっていた。
「あ、おなかすいてる?」
 そんな祐巳の視線に気づいて蔦子さんがそう言った。
「え? あ、いや、蔦子さんってこんなの良くやるの?」
「ああ、知識だけはね」
 実際に炊くのは初めてだけど、やってみるとなかなか面白いとか。
 吹きこぼれてたら火を弱め、暫くして音が変わったら飯盒は蒸らすために火から離す。
 その間に、お湯も沸かしてレトルトカレーを暖める。
 全て焚き火でまかなうのはなかなか大変だ。


「さて、そろそろ本題に入りたいんだけど」
 二人で協力して自炊ご飯のカレーライス二人分が出来、「いただきます」をしてから蔦子さんが切り出した。
「本題?」
「そうよ。 この話をする為に私は柄にも無くこんなとこでキャンプ生活してたんだから」
「そうなんだ」
 そういえば確かにそうだ。
 自分で「柄にも無く」なんて言っちゃってるから自覚があるんだろうけど、『可愛い女の子大好き』の蔦子さんが被写体のいないこんなところに滞在しているのは考えてみればおかしい。
「……本題に入っていいかしら?」
「え?」
 なんか百面相してたかも。
 わかっちゃったかな?
「うん、いいよ。 話して」
「そうね。まずは祐巳さん、この世界、変だと思わない?」
「変?」
「怪獣が攻めてきたり、巨大ロボットで戦ったり」
「それは……」
「非常識よね」
 その通りだ。
 でも。
「だって夢だし……蔦子さん?」
 「夢」って言ったら蔦子さん、目を丸くして祐巳の方を見つめたまま固まった。
 そして空気が抜けたみたいに表情を緩めてまた正面を向き、蔦子さんは背中を丸めた。
「……なんだ、気づいていたのね」
「うん。 だってありえないよ。 祐麒が副司令なんて偉い肩書きだし」
 なのに祐巳とは普通に姉弟として会話しているし。
「祐麒さんって祐巳さんの弟さんの?」
「うん」
「そうか……」
 それから蔦子さんは何か考えてる風に少しの間目を細めていたが、やがて顔を上げて、また祐巳の方を見て言った。
「それなら話は早いわね。 まあ夢ないしは夢に似た何かだとして、じゃあ聞くけど、これは誰の夢だと思う?」
「え? 誰の?」
「私の? それとも祐巳さんの?」
 夢が誰のかなんて普通は考えない。
 なぜなら他人の夢を見ることなんて出来ないのだから。
 だからその質問にあえて答えるならばそれは『夢を見ている人の夢』ということになる。
「あなた、こんなにリアルな夢を見るほどのめりこんであのアニメを見た?」
「え? ううん……」
 祐巳は祐麒と一緒に一回見ただけだ。
 もはや記憶にあるのはあらすじと印象的だったシーンくらいで細部までは覚えていない。
 でも、蔦子さんは言った。
「私は見たわ」
「はぁ?」
「DVDも持ってるし出版物もシナリオ絵コンテから考察物まで読み漁ったわ。 流石にインターネットにあるものは主要なのしかまだ読んでないけど」
 あまり威張れることではないような……。
 でも、じゃあ蔦子さんの夢とか?
「でもね、私のみる夢がこんな世界になると思う?」
「えーと……」
「ここには私のホームグラウンドというべきリリアン女学園がないのよ?」
「あ、あの」
 まあ、気持ちは判らなくは無いけど……。
「どうしてこんな田舎の学校に通わなきゃならないのよ!」
「いやその……」
 蔦子さんは立ち上がってスプーンを握り締めて力説した。
「こんな申し訳程度に女子校にしてもらったって誤魔化されないわ! 私の被写体を返せーっ!!」
「つ、蔦子さん落ち着いて!」

 結局、誰の夢かは判らない。
 ただ、祐巳にしても蔦子さんにしても、自分の夢にしては明らかに異常だということだ。



 夜もふけて、二人はテントの中で横になっていた。
「真美さんがね」
「え」
「最初、真美さんも私と同じように世界を疑ってたの」
「疑ってた?」
「うん。 彼女もあのアニメはよく見ててストーリーを覚えていたの」
「過去形なんだ」
 『疑っていた』『覚えていた』。
 ――それじゃあ今は?
「そうよ。 それで自分の役が判ってね、その後起きる事件を回避しようと行動したのよ」
「回避って?」
「簡単に言うと逃亡ね。 三奈子さまと一緒にこの街から脱出しようとしたみたい」
 二人で逃避行か。
 なんかロマンチックなものを感じてしまうのだけど、でも、あのとき真美さんが居たってことは……、失敗した?
「どうなったの?」
「消されたわ」
「ええ!?」
「正確に言うとドロップアウトかしら」
「どういうこと?」
「真美さんはこの世界以外の記憶はなくなってて、一緒に脱出したはずの三奈子さまは戦闘に巻き込まれて怪我をしたことになってた。 帰ってきたのは祐巳さんが殴られた日よ」
「あ……」
 そんなことがあったなんて。
「真美さんは以前の真美さんじゃなくなってたわ。 流石に関西弁にはなっていなかったけどね」
 蔦子さんはそう言って苦笑した。
 真美さんが演じている役はもとは怪しい関西弁を喋る男の子だったのだ。

「判る? 祐巳さん」
「なあに?」
「つまり、この世界には何らかの意志が働いているってこと」

 よく覚えておいて。

 蔦子さんは話をそう締めくくた。



 〜 〜 〜



「しばらくね」
 聖さまは厳しい表情をしていた。
「はい」

 蔦子さんとテントに泊まった翌朝、祐巳は保安諜報部と名乗る黒服の人たちにネ○フ本部まで連行された。
 祐巳は何もない薄暗い部屋に入れられて、暫くしたら聖さまが来たのだ。

「まる一日ほっつき歩いて気が晴れた?」
「いえ、別に……」
「エ○ァのスタンバイ、できてるけど、乗る? 乗らない?」

 冷たい言い方。
 なんか赤の他人みたい。
 そう感じてしまうのは、多分、頼りになる先輩としての聖さまを知っているからだろう。
 ここでの聖さまは似てるけど『知らない人』。
 祐巳のような『記憶』は無いのだ。
 今の聖さまにとって祐巳は言うことを聞かない腹が立たしいヤツにしか見えないのかもしれない。
 命令違反で叱られて謹慎を言い渡されていたのにまた破って出かけてしまうような部下なのだから。

「叱らないんですか? 勝手に出て行ったこと」
「……」
 聖さまは何も答えなかった。
 愛想をつかされてしまったのだろう。
「もし、私が乗らないって言ったら、あれはどうなるんですか?」
「志摩子が乗るでしょうね。 乗らないの?」
「そんなことできるわけないじゃないですか。 志摩子さんに全部押し付けるだなんて……」
 志摩子さんの怪我はまだ全快していないのだ。
「乗りたくはないのね?」
「乗りたいわけありません。 私にはそういうのは向いてませんから。 でも志摩子さんや聖さまや蓉子さまが……」
「人のことなんか関係無いわ!」
 ヒステリックな聖さまの声に思わず首をすくめる。
「嫌ならここから出て行って! エ○ァや私たちの事は全部忘れてもとの生活に戻ればいいわ! あなたみたいな気持ちで乗られるのは迷惑なのよ!」

 聖さまは感情あらわに声を震わして叫んだ。

 それが最後だった。



 〜 〜 〜 〜



 登録は抹消。
 もう聖さまにも会えないし関係者とは一切連絡が取れないといわれた。
 それでいいのかもしれない。
 今の立場の聖さまとこれ以上一緒にいてもお互いに傷つけあうだけだから。

 保安諜報部の人に連行されて祐巳は箱根駅前に降り立った。
 そこには蔦子さんと真美さんが見送りに来ていた。

「あの……」
 連行してきた黒服の人にお願いしたら、出発の時間まで話をすることを許してくれた。

 祐巳が進み出ると、まず真美さんが祐巳の前に立った。
「ほら、なにか言ったら?」
 その隣で蔦子さんが促すと、真美さんは口を開いた。
「な、殴って悪かったわ」
 ちょっとツンとした顔で言った。
「あ、うん、でももういから」
「良くないわ、それじゃ私の気がすまないの。 だから私のこと殴って」
「は?」
「こんな子なのよ。 気の済むようにしてあげて」
 蔦子さんは苦笑しつつ言った。
「で、でも殴るなんて……」
 女の子同士ですることじゃない。
「早くして。 時間がないんでしょ?」
「あ、うん、じゃあ……」
 軽く叩けばいいか。
「あ、まって」
「え?」
「手抜かないで、思い切り頼むわ」
 うっ、読まれてる。
 仕方が無い。
「わ、判ったわ」
 福沢祐巳17歳、いや設定では14歳だっけ、生まれて初めて女の子をグーで殴ります。
 構えて、思い切り手を引いてから、踏み込んで……。
「あ!」
 祐巳は殴るモーションを途中で止めた。
「な、なによ?」
「やめた。 やっぱり貸しにしておく」
「なんで!?」
「そっちの方が面白そうだし」
「ふ、福沢さん、あなた性格悪いわ……」
「えー、だっていつかまた会えたら返してもらうってことにしたらなんか素敵じゃない?」
 そう言ったら祐巳は少しだけだけど素敵な気分になってきた。
 うん、これは名案。
 聖さまにあんなこと言われて落ち込んでいるはずなのに、別の部分で素敵な気分になれる余裕もある。
 お姉さまの時もそうだったけど、人の心というのは一方の感情に浸かりっぱなしにはなれないように出来ているのかもしれない。

 祐巳は真美さんに向かって「ね?」っと微笑んだ。
「えっ?」
 あれ、なんか真美さん赤くなってる。


「ところで祐巳さん、ここで帰っちゃうと『消される』わよ?」
 なんか座り込んでぶつぶつ言ってる真美さんは放っておいて、蔦子さんが小声で話し掛けてきた。
「う、うん……」
 そう、真美さんの例からすると、シナリオと違えてここで残らずにそのまま帰っちゃうと記憶がなくなるか、シナリオに都合のいい福沢祐巳が入れ替わりに用意されるかするはず。
 消された祐巳は目が醒めるのだろうか、そこも判らないところだ。
「それでいいの?」
「……」
 遺恨を残したままここを去りたくないのは祐巳の本音だった。
 このままでは夢だとしても『寝覚めが悪い』。
 でも祐巳にはあの聖さまと付き合っていく自信がなかった。


 まだ時間があるそうだ。
 ホームで待たせるはずだったらしいけど、かまわないと言うので、日差しを避けて駅前の待合所、といっても屋根があるだけだけど、のベンチに避難させてもらった。
 もちろん一緒に黒服さんも移動してきて近くに立っている。

「作戦部長が白薔薇さまってのはミスキャストな気もするわね……」
 祐巳は最後に聖さまと話したときの様子を蔦子さんに話した。
「……なんか聖さまらしくなくって」
 そういうと、蔦子さんは『何いってるのこの子は』って顔をした。
「そうかしら? あ、祐巳さんは知らないのね?」
「なにを?」
「祐巳さんが山百合会に入る前までの白薔薇さま」
「それなら話だけは聞いたことあるけど」
 聖さまが今のように変わったのは祐巳が山百合会に顔を出すようになってからだって話。
 蔦子さんは言った。
「昔の白薔薇さまって、繊細で傷つきやすく、人付き合いが下手」
 それはお姉さまからそんな聞いたことがある。
「なにか思い当たらない?」
「え? ……あ」
 それって、さっきの聖さまそのもの?
 そんな聖さまが祐巳を戦場に送り出すことに心を痛めていたのだとしたら……。
「祐巳さんのこと気遣ってたんだと思うけどな」
 ……だとしたら、あんな態度を取ってしまって聖さまは傷ついたのではないだろうか。
「ど、どうしよう……」
「まあ、話し合ってみたら?」
「え?」
 蔦子さんの視線の視線を追うとそこには……。

「祐巳ちゃん」
「せ、聖さま!?」
 聖さまは、駅前のロータリーの待合所に程近い所に車を止め、ベンチから少し離れた日差しの下に立っていた。
 祐巳は思わずベンチから立ち上がった。
 そして慌てて駆け寄り、手が届く位のところで祐巳は立ち止まった。

「あの……、わたし……」
 なんて言ったら良いのか、言葉が見つからない。
 祐巳は聖さまのことを勝手に思い込んでいじけるだけで、理解しようとしていなかったのだ。

 どうしてなのか聞けばよかったのに。
 どう思っているかをぶつければよかったのに。

 怖かったと縋り付きたかった。
 痛かったと泣き叫びたかった。
 言いたいことだって沢山あった。

 お姉さまの時に学んだはずなのにまた同じことを繰り返していた。
 ここに来てから祐巳は何一つ聖さまに本音をぶつけていなかったのだ。

 聖さまはそんな祐巳を見つめて静かに頷くと言った。

「……お帰りなさい」

「う……うぅっ……」
 色んな意味の、ありがとうと、ごめんなさいと、ただいまと。
 全部がごちゃ混ぜだった。

 ここに来てから心の中に溜まっていたいろんな感情を全て吐き出すように、祐巳は聖さまにすがり付いて泣いた。









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