まつのめの「【No:568】桜の木の下で」をベースに投さんのかかれた「【No:1254】過去への招待」のエッセンスを加えて、琴吹さんが「【No:1259】黒く染まるパラレル祐巳」を書かれたのをヒントに、さらに横展開した話。
(主要キャラに不幸があります。そういうのが駄目な方はご注意ください)
「……一緒に聖書のことを学びましょう」
「せ、聖書?」
敦子さんの言葉をそのまま聞き返す。
一番最初は不意打ちだったので、声が裏返ってしまったが、もう慣れたもの。
「いかがかしら?」
「え……。 あ、ごめんなさい、今日はちょっと用事があって」
「そう? 残念ですわ」
敦子さんはここであっさり引き下がってくれる。
「せっかく誘ってくださったのに、ごめんなさい。ごきげんよう」
私は鞄を抱えて、教室を飛び出した。ぐずぐずしていていられない。
今度こそ志摩子さんに会うのだ。
実は逆行は今回が初めてではない。
初回の逆行、すなわち『2回目』のときは見事に祐巳さまに邪魔されてしまった――。
あのときは志摩子さんが妹を作る気が無く、気の迷いで乃梨子は祐巳さまの妹なんかになってしまったからむちゃくちゃだった。
そして、クリスマスパーティーの直後、また『戻った』。
でも、また祐巳さまがむちゃくちゃにした世界だとは限らないはず。
だから2回目と同じように、すぐにでにも会いたいのを我慢して前と同じ行動をしてきた。
志摩子さんと出会える今日という日のために。
(さてと)
学園の敷地を歩いていく。
神々しい、神社のご神木のように気高く美しい桜。
その姿は毎回変わらない。
講堂に向かって小走りに駆け出した。
桜の木々が、次第に銀杏の木に取って代わる。
講堂の壁まで来て薄紅色の小さな花びらが落ちているのを見る。
(もうすこし……)
建物の角を曲がる。足下の花びらはどんどん増えていく。
次の角を曲がったところでその光景が見えるのだ。
角からはみ出した一枝が目に入って……。
(……そこだ!)
あのときのマリア様のような志摩子さんの姿がそこに……
「……乃梨子ちゃん」
……なかった。
「ゆ、祐巳さま……」
そこには祐巳さまが佇んでいた。
(またか……)
全身の力が抜けた。
志摩子さんは今回は居なかった。
「祐巳さま」
「乃梨子ちゃん、戻ってきたんだよね」
「ええ。 祐巳さまも?」
「……」
どうしたのだろう。
祐巳さまの天然パワーが感じられない。
それどころか――。
「ゆ、祐巳さま!」
どうしたことか、俯いたまましゃくりあげて泣き出してしまった。
「ごめんね。 ごめんなさい……」
「なんで謝るんですか、なにかあったんですか!?」
「志摩子さんが……」
「志摩子さんがなに!?」
「志摩子さんが、死んじゃったから……」
……。
(な、なんだってー)
「し、死んだって!? どうして!!」
思わず祐巳さまの肩を掴んだ。
「私のせいなの。 私が……」
交通事故だったそうだ。
祐巳さまを庇ったとかそういうわけではなく、祐巳さまが違った行動を取ったがために、回りまわって、志摩子さんが事故に遭ってしまった。
なんてことだ。 この世界ではもう志摩子さんに会えないとは……。
「……じゃ、それだけ乃梨子ちゃんに伝えたかっただけだから」
そう言って弱々しく去っていく祐巳さま。
「待ってください!」
「なあに? 乃梨子ちゃん」
「そんな今にも死にそうな顔しないで下さい」
「……」
祐巳さまは目を逸らした。
「祐巳さま!」
「……どうして」
「なんですか?」
「どうして責めてくれないの?」
「は?」
「私が志摩子さん死なせちゃったんだよ? 乃梨子ちゃん怒って良いんだよ?」
「何を言ってるんですか! そんな、祐巳さまのせいなんかじゃないじゃないですか!」
「乃梨子ちゃんは平気なの? 死んじゃったんだよ? もうあえないんだよ?」
駄目だ。
祐巳さまこのまま放っておくと何しでかすか判らない。
「はあ、……そりゃ、ショックですよ、泣き出したいくらい」
「そうだよね」
「でも祐巳さま」
「え」
「いまは、志摩子さんのことで祐巳さまがそんな顔してることの方がよっぽど問題です」
「そんなこと」
「祐巳さま。 怒らずに聞いてください」
「怒る? 私が乃梨子ちゃんのこと怒る理由なんてないよ」
「そうですか、じゃあまず私にロザリオを下さい」
「うん、ロザリオ……」
祐巳さまは胸元に手をやってロザリオの鎖を引っ張り出して……
「って、ええ!!?」
ああ、反応が遅い。
「……祐巳さま」
思わず耳をふさいでいた。
「あ、ごめん、でも……乃梨子ちゃん?」
「このままじゃ、なにかするたびに、祐巳さまのせいで誰かが不幸になるんじゃないかってビクビクするんじゃないですか?」
「うん、そうかもしれない」
祐巳さまはまた俯いた。
「私は、そのうち祐巳さまがとんでもないこと考え出しそうで怖いんです」
「え…」
「だから、正式じゃなくても良いから、ちょうど私、妹のなり手がなくなったことだし、今、妹を持つのが祐巳さまには一番だと思うし」
実際、祐巳さまなら形でも姉妹になったという事実に振り回されてくれるはずだ。
良いことではないかもしれないけど、今の祐巳さまににはそれが必要だと思う。
「乃梨子ちゃん……」
やっと少しだけ微笑んでくれた。
「だから……」
「……ありがとう」
判ってくれたみたいだ。
ちょっと照れるな。
でも心配なのは正直な気持ちだ。 事情がわかるのは乃梨子しか居ないのだし。
本当に祐巳さまの支えになりたいと思ったのだ。
「じゃあこれ」
祐巳さまはロザリオを両手で広げて輪にしてかかげた。
「……はい」
ロザリオが首にかかったのを感じた直後、乃梨子は祐巳さまに抱きしめられた。
「乃梨子ちゃん? 泣いてもいいんだよ」
「え?」
「泣いてもいいんだよ」
「うっ……、くっ」
妹が支えなら、姉は包みこむもの。
確かにそうだった。
乃梨子は祐巳さまの支えになることで精神の安定を保とうとしたのだ。
一番ショックを受けたのは他ならぬ乃梨子だったのだから。
「……志摩子さ……んっ」
乃梨子は祐巳さまの肩に額を押し当てて泣いた。
こうして乃梨子は祐巳さまの妹になった。