【1411】 美味しそうな甘味大戦争  (朝生行幸 2006-04-27 00:37:54)


 ぱく。
 ザリザリザリ。
 ごっくん。
 がさごそ。
 ぱく。
 ザリザリザリ。
 ごっくん。
 先ほどから、ひっきりなしに繰り返される謎の音を、すぐ近くで聞いていたのは、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子だった。
 音の発信源は、ここ薔薇の館に一番に来ていた紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳。
 山百合会での仕事が多かったので、自分たちでできる分でもやっておこうと、とりあえず二人して仕事を始めて十数分ののち。
 カバンから、なにやら袋を取り出した祐巳は、書類に目をやったまま、スプーンに白い粉のようなものを山盛りですくい出し、そのまま口に運ぶ。
 ぱく。
 ザリザリザリ。
 ごっくん。
「あの…、祐巳さま?」
「なに?乃梨子ちゃん」
 気になって仕方がない乃梨子、ためらいがちに祐巳に尋ねた。
「いったい、何をお食べになってるんです?」
「乃梨子ちゃんも食べる?」
「いえ、だから何を…」
「あぁ、ごめんごめん。これ」
 それを見た乃梨子は、思わず絶句した。
 なぜならそこには、『グラニュー糖』と書かれていたのだから。
 ぱく。
 ザリザリザリ。
 ごっくん。
「(うっぷ…)」
 乃梨子も、歳相応の女の子として甘いものは好きだが、いくらなんでもコレには堪らず込み上げてしまった。
「し、失礼。ちょっとお手洗いに…」
「うん」
 慌てて、薔薇の館を後にする乃梨子だった。

 かぷ。
 チューチューチュー。
 ごっくん。
 がさごそ。
 かぷ。
 チューチューチュー。
 ごっくん。
 先ほどから、ひっきりなしに繰り返される謎の音を、すぐ近くで聞いていたのは、白薔薇さまこと藤堂志摩子だった。
 音の発信源は、ここ薔薇の館に一番に来ていた紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳。
 山百合会での仕事が多かったが、薔薇さまもいることだし、とりあえず二人して仕事を始めて十数分ののち。
 カバンから、なにやらチューブのようなものを取り出した祐巳は、書類に目をやったまま、チューブを咥えては中身を吸い出していた。
 かぷ。
 チューチューチュー。
 ごっくん。
「あの…、祐巳さん?」
「なに?志摩子さん」
 気になって仕方がない志摩子、ためらいがちに祐巳に尋ねた。
「いったい、何を食べてるのかしら?」
「志摩子さんもどう?」
「いえ、だから何を…」
「あぁ、ごめんごめん。これ」
 それを見た志摩子は、思わず絶句した。
 なぜならそこには、『練乳』と書かれていたのだから。
 かぷ。
 チューチューチュー。
 ごっくん。
「(うっぷ…)」
 志摩子も、歳相応の女の子として甘いものは割と好きだが、いくらなんでもコレには堪らず込み上げてしまった。
「し、失礼。ちょっとお手洗いに…」
「うん」
 慌てて、薔薇の館を後にする志摩子だった。

 ぱく。
 ちゅるりん。
 ごっくん。
 がさごそ。
 ぱく。
 ちゅるりん。
 ごっくん。
 先ほどから、ひっきりなしに繰り返される謎の音を、すぐ近くで聞いていたのは、黄薔薇のつぼみこと島津由乃だった。
 音の発信源は、ここ薔薇の館に一番に来ていた紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳。
 山百合会での仕事が多かったので、自分たちでできる分でもやっておこうと、とりあえず二人して仕事を始めて十数分ののち。
 カバンから、なにやらビンのようなものを取り出した祐巳は、書類に目をやったまま、小さなカップに注ぎ、口元に運ぶ。
 ぱく。
 ちゅるりん。
 ごっくん
「あの…、祐巳さん?」
「なに?由乃さん」
 気になって仕方がない由乃、ためらいがちに祐巳に尋ねた。
「いったい、何を飲んでるの?」
「由乃さんもどう?」
「いや、だから何を…」
「あぁ、ごめんごめん。これ」
 それを見た由乃は、思わず絶句した。
 なぜならそこには、『カキ氷シロップ(メロン味)』と書かれていたのだから。
 ぱく。
 ちゅるりん。
 ごっくん
「(うっぷ…)」
 由乃も、歳相応の女の子として甘いものは結構好きだが、いくらなんでもコレには堪らず込み上げてしまった。
「し、失礼。ちょっとお手洗いに…」
「うん」
 慌てて、薔薇の館を後にする由乃だった。

 ぱく。
 ぬい〜ん。
 ごっくん。
 がさごそ。
 ぱく。
 ぬい〜ん。
 ごっくん。
 先ほどから、ひっきりなしに繰り返される謎の音を、すぐ近くで聞いていたのは、黄薔薇さまこと支倉令だった。
 音の発信源は、ここ薔薇の館に一番に来ていた紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳。
 山百合会での仕事が多かったが、薔薇さまもいることだし、とにかく二人して仕事を始めて十数分ののち。
 カバンから、なにやら壺のようなものを取り出した祐巳は、書類に目をやったまま、スプーンにすくい出し、そのまま口元に運ぶ。
 ぱく。
 ぬい〜ん。
 ごっくん。
「ねぇ…、祐巳ちゃん?」
「令さま、なんでしょう?」
 気になって仕方がない令、ためらいがちに祐巳に尋ねた。
「いったい、何を食べてるのかな?」
「令さまもいかがですか?」
「いえ、だから何を…」
「あぁ、ごめんなさい。これです」
 それを見た令は、思わず絶句した。
 なぜならそこには、『蜂蜜』と書かれていたのだから。
 ぱく。
 ぬい〜ん。
 ごっくん。
「(うっぷ…)」
 令も、歳相応の女の子として甘いものはそこそこ好きだが、いくらなんでもコレには堪らず込み上げてしまった。
「し、失礼。ちょっとお手洗いに…」
「はい」
 慌てて、薔薇の館を後にする令だった。

 ぱく。
 てろ〜ん。
 ごっくん。
 がさごそ。
 ぱく。
 てろ〜ん。
 ごっくん。
 先ほどから、ひっきりなしに繰り返される謎の音を、すぐ近くで聞いていたのは、紅薔薇さまこと小笠原祥子だった。
 音の発信源は、ここ薔薇の館に一番に来ていた紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳。
 山百合会での仕事が多かったので、薔薇さまもいることだし、とにかく二人して仕事を始めて十数分ののち。
 カバンから、なにやら瓶のようなものを取り出した祐巳は、書類に目をやったまま、それに割り箸を突っ込み、絡みとっては口に咥え、時折口から出しては、割り箸をぐりぐりと捻くり回す。
 ぱく。
 てろ〜ん。
 ごっくん。
「ねぇ祐巳?」
「お姉さま、なんでしょう?」
 気になって仕方がない祥子、ためらいがちに祐巳に尋ねた。
「いったい、何を口にしてるの?」
「お姉さまもいかがですか?」
「いえ、だから何を…」
「あぁ、ごめんなさい。これです」
 それを見た祥子は、思わず絶句した。
 なぜならその瓶には、『みずあめ』と書かれていたのだから。
 しかも、新品を開けていたにも関らず、既に半分は無くなっていた。
 ぱく。
 てろ〜ん。
 ごっくん。
「(うっぷ…)」
 祥子も、歳相応の女の子として甘いものはまぁまぁ好きだが、いくらなんでもコレには堪らず込み上げてしまった。
「し、失礼。ちょっとお手洗いに…」
「はい」
 慌てて、薔薇の館を後にする祥子だった。

「あぁ、あの子ったらなんてものを…」
 中庭の手洗い場まで、多少ふらつきながら辿りついた祥子は、額を押えたまま、力なく呟いた。
「祥子?」
「え?」
 唐突に名を呼ばれ、顔を上げればそこには、祐巳を除いた山百合会関係者が勢揃いしていた。
「みんな、どうして?」
「祐巳さまが」
「祐巳さんが」
「祐巳さんが」
「祐巳ちゃんが」
 乃梨子、志摩子、由乃、令が同時に口にした名前は、紅薔薇のつぼみ。
「そう、やっぱり祐巳なのね…」
 堪らず、流しの縁に手を着く祥子。
「紅薔薇さまからも仰って下さい。グラニュー糖を素で食べるなんて、無茶もいいとこです」
「あら?私が見たのは、チューブの練乳を一気飲みだったけど」
「え?私はカキ氷のシロップだったけど」
「おや?私は蜂蜜だったよ」
「私の時は、みずあめ瓶ごとだったわ」
『………』
 全員、口元を「うえぇ」の形に歪めて、眉を顰めた。
「一言、言っておく必要があるわね」
 握り拳を作って、薔薇の館に目をやる祥子だった。

 ドバン!
「祐巳!」
「はははははい!?」
 突然帰ってきた祥子他4名を前にして、慌てて瞳子から離れた祐巳。
「ってあなた、何をしてたの?」
 祐巳の後ろには、顔を真っ赤にした一年生、演劇部所属の松平瞳子が立っていたのだから。
「へ?いえ、あの、その…」
 しどろもどろの祐巳には構わず、
「瞳子ちゃん、祐巳に何されたの?」
 勢い込んで祥子が問うも、瞳子は口元を手の平で押えたまま、真っ赤な顔で首をふるふると振るだけだった。
「祐巳、説明なさい!」
 般若のような形相で、祥子は祐巳に迫った。
「は、はい!あの、実は…」

↓↓↓↓↓↓↓

「あれ?なくなちゃった」
「祐巳さま、あまり食べ過ぎますと、お太りになってしまいましてよ」
 祐巳の間食にはもう慣れっこなのか、瞳子は、彼女が何を食べててもあまり気にならなくなっているようだ。
「うん、分かってるんだけど、口寂しくてね」
「そういう場合は、ガムか酢昆布でも噛まれればよいのです」
 瞳子は、あからさまに溜息を吐きながら、しかめっ面で祐巳を見た。
「え〜、甘くないし」
「我侭おっしゃらずに、仕事を進めてくださいませ。皆さままだ来られていないのですから」
「あれ?瞳子ちゃんが来る前に、全員顔を出してたよ?」
「そうなんですか? それにしても、随分お戻りが遅いですわね」
 仕事の手を止めて、ビスケット扉を見つめる瞳子。
「あれ?」
 瞳子は、祐巳の呟きに、顔を向け、
「どうかされました?」
 小首を傾げて、彼女に問い掛けた。
「瞳子ちゃんの唇ってさぁ…」
 ほわぁんとした表情で、瞳子を見つめる祐巳。
「甘そうだね。ちょっと舐めてみていいかなぁ?」
「!?」
 ボフンと、一気に真っ赤に染まる瞳子の顔。
「なななななななななななななななななななななななななな何をおっしゃるのですか!?私の唇は食べ物ではありません!」
「もちろん知ってるよ。でも、甘そうだから、ちょっとでいいから味わってみたいなぁ」
 ゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと瞳子に近づく祐巳。
 蛇に睨まれたカエル、瞳子は椅子から立ち上がれたものの、動くことができない。
 硬直している瞳子の肩に手を置いた祐巳は、
「いただきま〜す」
 目を瞑って、ゆっくりと彼女に唇を近づけて行ったところで。
 ドバン!
「祐巳!」

↑↑↑↑↑↑↑

「…と、いうことです」
「まぁ、理由は分かったけど…」
 呆れた口調で、祐巳と瞳子を交互に見やる祥子。
「それは置いときましょう。でもね祐巳、あなた甘いものを摂り過ぎよ」
「そうだよ祐巳ちゃん。甘いもの好きなのは分かるけど、限度があるわ」
「そのまま摂取を続けると、太ってしまうわ」
「太るだけならまだしも、糖尿になりかねないわね」
「でも、そういう意味で考えたら、祐巳さまの方が、瞳子よりよっぽど甘いのではないでしょうか」
『………』
 乃梨子の言葉に、瞳子も含めて全員の視線が祐巳に集中する。
「さ、今日の仕事はここまでにしましょう。祐巳、帰るわよ」
「あ、はい」
 そのまま祥子は、祐巳を連れて、薔薇の館を去って行った。
『………』
 あまりのあっさりさに、引き止めることも忘れて、呆然と見送ってしまう一同だった。

「私はどうすればいいのでしょう…?」
 祐巳に置いてけぼりにされた瞳子の、ポツリとした呟きに答えられる者は、ここにはいなかった…。


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