【1457】 天然記念物伝説を作れ!  (朝生行幸 2006-05-09 01:42:59)


「今日はよく降るねぇ」
 白く冷たい粒子を、ハラハラと音も無く落す曇天の空を見上げながら、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳が呟いた。
 風はそれほどきつくはないが、流石に窓を開けていると、室内とはいえ寒さはひとしお。
 ブルリと一つ身震いすると、パタリと窓を閉めた。
「積もるかなぁ?」
「鬱陶しいだけですよ」
 半ば独り言に近い祐巳の発言に、久しぶりに薔薇の館を訪れていたかつての助っ人、細川可南子が答えた。
「あ、そうか。新潟って、日本でも有数の豪雪地帯だもんね」
「あー、なるほど」
 白薔薇のつぼみ二条乃梨子の説明に、祐巳は納得って顔。
「あまりにも高く降り積もるものですから、新潟の人たちはみんな、頭まで隠れて前が全然見えなくなるので、真っ直ぐ歩けないんですよ。私は背が高いから大丈夫でしたが」
 おや、あの可南子さんがちょっと自虐が入ったジョークを、と感心しながら、くすくす笑う乃梨子だったが、
「そうだよねぇ、可南子ちゃんは背が高くてよかったねぇ」
 間違った方向で本気で感心している祐巳に、頬が引き攣った。
 可南子も、困ったような呆れたような、微妙な表情だった。
 実は、松平瞳子も居合わせているのだが、露骨に溜息を吐いていた。
「祐巳さん、可南子ちゃんの冗談だって分かってる?」
 見かねて指摘する、黄薔薇のつぼみ島津由乃。
「え?冗談だったの?」
「当たり前じゃないの。確かに可南子ちゃんは、女子高生の標準身長を遥かにブッちぎってはいるけど、彼女より背が高い人なんて幾らでもいるわ。みんな頭まで隠れるわけないでしょ?」
「そんな! 可南子ちゃんが私を騙すなんて! 嘘でしょ!? 嘘って言って!」
 台詞は結構悲壮そうではあるが、祐巳の目はあからさまに笑っていた。
「もちろん嘘に決まっています! 私は決して祐巳さまを騙したりしません!」
「いい加減になさいませ! 可南子さん、嘘って言った時点で騙していることになるでしょう? それにお二人とも、演技下手過ぎ! 台詞棒読み過ぎ!」
 我慢できなくなったようで、ついに瞳子のツッコミが炸裂した。
「なんですと!? ジ・侮辱罪で訴えるよ!?」
「祐巳さま定冠詞の読みが違います」
「『ザ・ウル○ラマン』や『ザ・インタ○ネット』よりマシでしょ」
 確かに、冗談にも程があるタイトルではあるが。
「まぁ何にせよ、雪にあまり良い思い出はありませんね」
 しみじみと語る可南子の眉毛は、相変らずの困り眉だった。
「そう言えば…」
 何かを思い出した祐巳。
「乃梨子ちゃんも、雪に良い感情は持っていないんじゃない?」
「確かに当時は大いに後悔しましたが、今ではむしろ感謝しているぐらいですよ」
「お陰でリリアンに入れたもんねぇ」
 ニヤケながら冷やかす由乃の言葉に、顔が赤くなる乃梨子。
「京都だったっけ? 西の方って、行くのは速いけど、帰りは遅くなるんでしょ?」
『…はぁ?』
 一同、また始まったか?と思いつつ、誰とも無く目を合わせた。
「あの、祐巳さん? どういう意味?」
「まさか、自転の反対方向に進むから、目的地が近づいてくるので速いって意味じゃないでしょうね?」
「そうだよ。帰りは逆に遠ざかるから時間がかかるんだよね?」
「あっはっはっは、さすが祐巳ちゃん。相変らず面白いねぇ」
『聖さま?』
 振り向いた祐巳と由乃の視線の先には、今まさに窓から入ってこようとしている、前白薔薇さまこと佐藤聖がいた。
「その理屈だと、2〜3秒ジャンプしているだけで、1kmちょっと西に着地することになるね」
 ぱたぱたと、肩に積もった雪を払う聖。
「え?じゃぁタイミングと方角を巧いこと調整すれば、世界記録も夢じゃないってことですか?」
「アホですか祐巳さまは。同じ慣性系の運動に影響するわけないじゃないですか」
「…ああそうか」
 黙って聞いてた由乃、乃梨子、可南子は、苦笑いが止まらない。
「で、その聖さまは何のご用です?」
「いや、たまたま通りがかったら愉快な話をしているのが聞こえたから。じゃぁね祐巳ちゃん。ちゃんと勉強しないと、後輩にバカ呼ばわりされても仕方がないよ」
「誰がバカですか!? いくら聖さまでも許しませんよ」
「瞳子ちゃんなら許すわけ?」
「乃梨子ちゃんも、ごきげんよう」
「あ、ハイ。ごきげんよう」
 そのまま、来た時とは違い、ちゃんとドアから出て行った聖だった。
「何を暢気に挨拶してるのよ乃梨子ちゃん。聖さまはあなたにとっても敵なのよ。あの顔を忘れないようにシッカリと覚えておかないと」
「いえ、忘れようがないんですけど。それに聖さまは敵だったんですか」
 乃梨子は、なんだか祐巳のキャラクターが分からなくなってきた。
「可南子ちゃんも、私がバカだと思ってる?」
 小首を傾げ、潤んだ瞳を上目使いにしながら問う祐巳に、可南子は、
「大丈夫です祐巳さま、あんな連中の言う事を、真に受ける必要はありません」
 あっさり丸め込まれてしまった。
 もっとも、可南子は常に祐巳派だが。
「ごきげんよう」
「あ、蔦子さん。ごきげんよう」
 突然、何の前触れもなく姿を現した、写真部のエース武嶋蔦子。
「何かあったの? さっきそこで聖さまにお会いしたけど」
「いえ、何でもないよ。単に窓から入って来ただけ」
「そう、ところで…」
「え? ツッコミなし?」
 可南子なみに困った顔の乃梨子。
 どうにもこの二人は侮れない。
「皆さんのスナップを持って来たわ。欲しい写真があれば焼き増すから選んでもらえる?」
 その言葉に、十数冊のアルバムを渉猟する一同。
「…あの、蔦子さま?」
「何かしら、白薔薇のつぼみ?」
「どうして、ローアングルとか着替えとかの、キワドイ写真しかないんですか?」
「その中には、志摩子さんの写真も当然だけどあるのよね」
「さすがエースですね」
 すっぱりと手の平を返す乃梨子は、良くも悪くもリリアンに染まっている。
「現像しながら思ったんだけど、可南子ちゃんはともかく、乃梨子ちゃんもまぁ除外するとして…」
「…何?」
 不穏さを感じたのか、眉を顰めながら訊ねる由乃。
「みんな、あまり胸がないのね」
 ちなみに蔦子は、あまり目立たないが結構デカかったりする。
『なんだとう!?』
「おっと、地雷を踏んだかな? じゃぁごきげんよう、それは後日取りに伺うわ。アデュー」
 捕まる前に、さっさと立ち去る蔦子だった。
「くそう、許さんぞカメラ小僧め小僧じゃないけど! 追うわよ祐巳さん瞳子ちゃん、あのムカムカボインメガネをボブボブにしてやるわよ!」
「ボブボブって何?」
「お待ち下さい由乃さま。この松平家秘伝の『釘バット』を装備すれば、由乃さまの凶悪さに更に磨きがかかって」
「誰が凶悪よ! とにかくあのアマいてもうたる。続け〜!」
 先頭切って走り出す由乃に、祐巳と瞳子は、成り行きながらも後を追うのだった。

「今日は何だったんだろ? 可南子さんは来るし聖さまは来るし蔦子さまも来るし」
 開いたままのビスケット扉を眺めながら、呟く乃梨子。
「誰だって、時には感傷的になるものですよ」
「あははは!! んな事あるかい可南子君、そら現代人が忘れかけてるメルヘンやで!!」
「ちなみに細川家にも、代々伝わる『鉄板巻いた角材』があるんですが、どれぐらいの破壊力があるか試してみましょうか」
 可南子の身体が持つポテンシャルに恐れをなした乃梨子は、辺りに誰も居ないのを幸いに、平謝りに謝ったのは言うまでも無い。


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