【1507】 不意に胸がときめいた水野祐巳  (クゥ〜 2006-05-21 23:53:32)


 【No:1497】のパラレル設定、水野祐巳の第二弾に成ります。
                           『クゥ〜』






 ぽかぽかの春の陽気。
 祐巳はリリアン女学園中等部の中庭で、仲のよい友人の一人である桂さんとお昼ごはんを食べていた。
 「そういえば、蓉子さま。妹作ったんだって?」
 「えっ?あぁ、うん」
 祐巳が卵焼きを口に入れたとき、桂さんは今思い出したように聞いてくる。が、どう見てもその顔は興味津々と言っている。
 お姉ちゃんに妹―プティ・スールが出来たことは、高等部から流れてきたリリアン瓦版で中等部の生徒たちも知っている。しかも、お姉ちゃんがプティ・スールにした相手は、なんと小笠原財閥のご令嬢、小笠原祥子さまだったのだ。
 祐巳が、相手の正体を知ったのは中等部にリリアン瓦版が入ってきて、祥子さまを知っていた人たちから教えてもらってようやく知ったのだ。
 「それで、もう、蓉子さまから紹介してもらったの?」
 「う、うん、昨日会ったよ」
 「どうだった!?小笠原祥子さま!?」
 桂さんは少し興奮気味に聞いてくる。まぁ。お姉ちゃんのロザリオを貰った相手が、祥子さまでは仕方がないことだろうか?
 「う〜ん、綺麗だった。本当、凄い美人」
 「それで?」
 「大人しい人」
 「うん、うん。それで」
 「それだけかな?」
 「なに、それ」
 桂さんが呆れた顔をするが、たいした話もしていない祐巳には、それ以上は分からない。
 でも、本当に素敵な人だったなぁ。
 思い出しただけでも、胸がときめいてしまう。
 「ごきげんよう、祐巳さま、桂さま」
 不意に横から挨拶され見ると、巻き毛の可愛い生徒がいた。
 「ごきげんよう、瞳子さん」
 「ごきげんよう」
 祐巳たちが挨拶すると瞳子さんは、祐巳の横に座り。お弁当を開く。
 松平瞳子さん。演劇部に所属している一学年下の二年生。
 祐巳が、この中庭で転寝をしていると、つい寝坊してしまい瞳子さんに起こされたことがある。そのとき図書館から借りていた本をうっかり忘れてしまい、困っているところをまた助けてもらってから、仲良くなった。
 「ところで、何をお話になっていたのですか?」
 瞳子さんは可愛いお弁当にお箸をつけ、タコさんウインナーを口に運ぶ。
 「うん、祐巳さんのお姉さんのプティ・スールの話」
 桂さんの言葉に、瞳子さんはあまり興味がなさそうだ。
 「祐巳さまのお姉さまのプティ・スールですか?」
 「お姉さまじゃなくって、実の姉にプティ・スールが出来たって話」
 「あぁ、そういうことですか。ですが、祐巳さま、ご姉妹がいらしたのですね」
 「うん、花寺の中学に弟もいるよ」
 瞳子さんには姉妹の話とかしていないので、知らないのは当然だ。
 「祐巳さん、瞳子さんに教えていなかったの?」
 「うん」
 桂さんの言葉に、祐巳は頷く。
 「まぁ、いちいちそんな話までしませんわ」
 「それは、そうかもしれないけど……その祐巳さんのお姉さんが蓉子さまだと言ったら?」
 「えぇ!!」
 おや?瞳子さんの表情が変わった。流石にこの話は驚くか?
 「祐巳さまのお姉さまは紅薔薇の蕾の蓉子さま!?……それではいま話していたプティ・スールというのは、小笠原祥子さまのことですか?」
 「……そうだよ」
 桂さんは、瞳子さんの態度が変わったことが嬉いのか、うんうんと頷く。
 一方の瞳子さんは、驚きがよほど大きかったのか、そのまま固まってしまった。
 「おいおい、そんなに驚くなんて」
 「そ、それは驚きますわ!!蓉子さまの実の妹さまが中等部にいるなんて思いませんもの!!」
 そりゃそうだ。
 「しかも、こんな惚けた方なんて思いもしませんわ!!」
 少し意地悪な笑顔で祐巳を見る瞳子さん。
 「悪かったわね。惚けていて」
 「そう怒らないの。祐巳さん」
 「う〜」
 二人して祐巳を見ながらクスクス笑っている。
 「でも、まぁ、これで祐巳さんのお姉さまも決まったようなものね」
 「えっ?」
 「……はい?」
 桂さんの何気ない一言に、瞳子さんは驚き、祐巳は呆れる。
 「あら、だって、蓉子さまのプティ・スールだったら、祐巳さんを自分のプティ・スールにしようと思うのが普通だと思うけど?……ねぇ、瞳子さんもそう思うでしょう?」
 「そ、そうですわね」
 なんだか言いよどみながらも、瞳子さんまで頷く。
 「やめてよ。薔薇の実の妹が薔薇になるなんて決まっていないのだし、何より、お姉ちゃんと対峙して祥子さまのプティ・スールなんかには成りたくないよ」
 「そうなの?」
 「そうだよ」
 何だか残念そうな桂さん。確かに祥子さまのプティ・スールは憧れるが。祐巳自身がその器ではないことも自覚している。
 「……そうなのですか?」
 「だから〜〜、私は普通のお姉さまが出来ればそれでいいの」
 なんだか残念そうな、それでいて嬉しそうな表情の瞳子さんに祐巳は言った。
 「祐巳さーん!!」
 「?」
 「あら、あの方は?」
 「あっ、やばい!!忘れていた」
 祐巳は慌てて食べ終わったお弁当を片付け、紙パックのお茶を流し込む。
 「どうしたの祐巳さん?」
 「お昼休みに生徒会の仕事があったんだよ!!」
 「あぁ、そういえばあの方、生徒会長でしたわね。ですが、祐巳さま。いつの間に生徒会に?」
 「なんか知らないうちに書記に成っていたんだけど、部活もしていないからそのままOKしちゃったんだ」
 中等部は、生徒会長は選挙制だが、副会長や書記は生徒会長の指名で決まる。
 「まぁ、なんともいいかげんな。そんな理由でOKするなんて」
 呆れ顔の瞳子さんを置いて、祐巳は桂さんたちと別れ、校舎の方で待っている生徒会長の方に向かう。
 「挨拶もろくにせずに行ってしまわれましたわ」
 「あはは、そうだね。祐巳さんは無自覚だけどいろいろ頼られているから、ところで瞳子さん残念だったわね」
 「な、何がですか?」
 「うん?祐巳さん居なくなって」
 「わ、私は別に!!」
 「そう?」
 「そうですわ」
 祐巳が去った後、残された桂さんと瞳子さんは祐巳のことを話していた。
 「まぁ、いいか。でもさぁ、祐巳さん、あんなこと言っていたけど難しいって分かっているのかな?」
 「何のことです?」
 瞳子さんはイチゴミルクを飲みながら、桂さんに質問する。
 「だから、祐巳さんが言っていた、普通のお姉さまが欲しいということよ」
 「意味が分かりませんが?」
 「……つまり、来年、高等部に上がったとして、実の姉が紅薔薇さまなんてしている人をプティ・スールにする人がいると思う?」
 「あっ……」
 瞳子さんの箸が止まる。
 「それは確かに……」
 瞳子さんは頷きながら、最後の卵焼きを口に運んだ。


 「それじゃ、これ、持っていきますよ」
 「お願いね、祐巳さん」
 祐巳はまとめられた数冊の本を持つと生徒会室を出る。
 中等部の生徒会は、どちらかといえばシスターや先生方の補佐的な役割で、高等部とは違い自主権は小さい。それを象徴するのは生徒会で、高等部が薔薇の館に対し、中等部は校舎の一角を使っている。
 向かうは図書館。
 ほとんど街の図書館並みの書籍の量と種類をほこり、普通なら置かないだろうと思う文庫本までそろえ。中等部、高等部共に利用している。
 ただ、中等部の生徒会室からはやたらと遠い。
 「ふぅふぅ」
 それほど重くないとはいっても、長い時間、運んでいると流石に疲れてくる。
 放課後の校庭は部活生の声が響いていた。
 「祐巳さん?」
 あと少しで図書館というところで、後ろから声をかけられる。
 「あっ、志摩子さん」
 「ごきげんよう、祐巳さん。お手伝いしましょうか?」
 「え、え〜と、ううん、いいよ。もう少しだから」
 「そう?」
 声をかけてきたのは、藤堂志摩子さん。中等部からリリアンに入ってきた外部生徒の一人。祐巳とはクラスが一度も一緒にならなかったため、よくは知らなかったが、祐巳が生徒会を手伝うようになり。志摩子さんが美化委員だったおかげでこのところよく話すようになった。
 少し残念そうな志摩子さんと別れ図書館に向かう。
 ……だが、けっこう手が痺れてきた。
 手伝ってもらえばよかったかな?と思いつつ、どうにか図書館の出入り口が見えてくる。
 「祐巳ちゃん?」
 祐巳はまた声をかけられ振り向く。
 「さ、祥子さま!?」
 そこにいたのは祐巳の姉、蓉子のプティ・スールの祥子さまだった。
 「あのさぁ、私もいるんだけど?」
 その横には、お姉ちゃんのお姉さま――グラン・スールの紅薔薇さまがいた。
 「ロ、紅薔薇さままで、どうしたんですか?」
 「何しにって、図書館に遊びに来るわけがないでしょう?本を借りに来たのよ」
 「あの、祥子さまも本を借りに?」
 「えぇ、それと本を返しに」
 そう言って祥子さまはかなり分厚い本を祐巳に見せる。
 「それで祐巳ちゃんは?」
 「あっ、私も本を返しに」
 「まぁ、祐巳ちゃん、そんなに読んだの?」
 天然なのか、祥子さまの突拍子もない言葉に笑うしかない。
 「いいえ、これは生徒会の資料なんです」
 そう言って、祐巳は本を一冊見せる。
 「祐巳ちゃん、生徒会を手伝っているの?」
 「はい、と言っても書記ですけどね」
 「へぇ〜」
 祐巳の言葉に頷く薔薇さま。薔薇さまに感心されると何だか照れてしまう。
 「祥子ちゃん、よかったね。来年のプティ・スール探し簡単に決まりそうで」
 「「なっ!?」」
 紅薔薇さまの言葉に、祐巳と祥子さまの驚きが重なる。
 「何を言っているんですか?!」
 「そうですわ、祐巳ちゃんには祐巳ちゃんの憧れの人がいるはずです!!私なんかの妹には……成ってもらえないでしょう」
 祐巳は祥子さまの言葉にドッキとしたが、今は黙っておく。だいたい、まだまだ先の話なのだ。
 「そうかな〜ぁ?」
 紅薔薇さまは、何だかニヤニヤ笑っている。
 「さて、ここでいつまでも話していても仕方ないから。図書館に入ろうか」
 そう言った紅薔薇さまは、祐巳が持っていた本をヒョイと取り上げてしまう。
 「あっ!紅薔薇さま!!そんなことをしてもらわなくても!?」
 「いいって、私の可愛い蕾の実の妹さんを手伝うくらいなんてことないよ」
 「あの、祥子さま……どうしましょう?」
 「任せておくといいわ。それに、私が言っても聞いてくれるとは思えないから」
 と、祥子さまは少し諦めたように言う。
 紅薔薇さまが、中等部が借りた本を持っていて、その借りた中等部生は手ぶらで、さらに祥子さままで従えた今の状態は祐巳にとってほとんど針のむしろだった。
 「なんだか、やたらと目立ってる」
 見れば図書館にいた、高等部生、中等部生関係なく。祐巳たちのほうを見ている。
 「うっわぁ〜、見てるよ」
 やたらと目立ちながら、本を返し、紅薔薇さまと祥子さまと一緒に図書館を出る。
 ようやく一息つける感じ。
 祐巳としては、本を返してすぐに戻るつもりだったが、紅薔薇さま、祥子さまに付き合わせられ。挙句の果てに、祥子さまが持っていたあの分厚い本を借りる羽目になってしまった。
 本は古典文学だった。
 「それじゃ、またね。祐巳ちゃん」
 「ごきげんよう、祐巳ちゃん。その本、読んだら感想を聞かせてくれると嬉しいわ」
 「あっ、はい……あぁ、そうだ」
 紅薔薇さまと祥子さまと別れようとして、ようやく祐巳はお姉ちゃんがいないことへの疑問を思いつく。
 「姉は、どうしたのですか?」
 「蓉子?蓉子なら薔薇の館でお仕事中。いまごろ怒っているかも」
 「えっ?」
 「書類が溜まっていたからね。押し付けてきちゃった」
 笑顔であっさりと怖いことを言う紅薔薇さま。それがお姉ちゃんのお姉さまである余裕かどうかは知らないが。
 「そんなことして大丈夫なんですか?」
 「そうだねぇ、いっそのこと祐巳ちゃんをこのまま薔薇の館に招待するのもいいかもね」
 「やめてくださいよ〜。本気で怒った姉は怖いんですから」
 祐巳が困った顔でお願いすると、紅薔薇さまは笑い。祥子さまは祐巳と同じように困った顔をする。
 結局、紅薔薇さまにからかわれて別れた。


 その夜。お姉ちゃんに怒られた。
 理由は、祐巳が生徒会の書記であることを言わなかったことと、何故か祐巳が数十冊の本を借りてその荷物運びを祐巳が偶然通りかかった、紅薔薇さまと祥子さまに頼んで手伝ってもらったことに成っていた。
 本当のことを話し、お姉ちゃんが祥子さまに確認を取ってようやく紅薔薇さまのイタズラであることが発覚し。
 祐巳はそれ以上怒られなかったが、祥子さまの本が発覚して、お姉ちゃんの監視の下で本を読む羽目になった。


 「とほほ」


 数日後。
 どうにか祥子さまに薦められた本を読んだ祐巳は、お姉ちゃんとリリアンの校門の前にいた。
 祥子さまに進められ、お姉ちゃんに読めと命令されて読んだ本だったが、読み始めると以外に面白く。二日で読み終えてしまった。ちなみに、お姉ちゃんは一日もかからずに読んでしまったが。
 「ねぇ、放課後じゃダメなの?」
 「ダメよ。今日は大事な会議があるし、何より、祐巳はそれ渡したいのでしょう?」
 そう言って、祐巳が持つ図書館の本の上に置いた紙を見る。
 「う、うん、でも、お姉ちゃんが渡してくれても……」
 「だからダメ。そんなことまで人に頼らないの。その代わり、こうして付き合ってあげているんだから」
 「うっ」
 そこまで言われては、もう祐巳に言葉はない。
 「来たわよ」
 お姉ちゃんの言葉に顔を上げると、着いたバスから祥子さまが降りてくるところだった。
 祥子さまは、祐巳とお姉ちゃんに気がつき近づいてくる。
 祐巳の心臓は、ドキドキして張り裂けそうだ。
 「ごきげんよう、お姉さま、祐巳ちゃん」
 「ごきげんよう、祥子」
 挨拶しあう、お姉ちゃんと祥子さま。本当にいい雰囲気で少し、嫌な気分に成る。
 「ほら、祐巳」
 「あっ、ごきげんよう、祥子さま……あの、この本とても面白かったです」
 「本当?それは進めてよかったわ」
 祐巳の言葉に嬉しそうな笑顔を見せてくれる祥子さま。
 「あの、それで、お礼としてはなんですが」
 そう言って祐巳は手に持っていた一枚の紙を手渡す。
 「これは?」
 「あの、二週間後に行われる中等部の学園祭のチケットです。姉と一緒に来てください」
 中等部の学園祭や体育祭は、高等部の関係から一学期に集中している。その代わり、高等部は二学期に集中していて、もう少し混ぜて行おうという話もあるが、今年は例年のまま行われる。
 祥子さまは少し複雑な顔をしながらも、祐巳のチケットを受け取ってくれた。
 「それでは、祥子さま、蓉子さま、ごきげんよう」
 「あっ、待って、祐巳ちゃん」
 目的も果たせて、心躍る気分でその場を離れようとした祐巳を祥子さまが呼び止める。
 「はい?」
 「今から図書館に本を返しに行くのかしら?」
 「そうですが」
 「それなら一緒に行きましょう。よろしいですか?お姉さま」
 祥子さまは、お姉ちゃんに確認を取る。
 「いいわよ。私も付き合うわ」
 お姉ちゃんは何だか笑いながら頷き、結局、祐巳は祥子さまとお姉ちゃんと一緒に図書館に向かい。そこでまた、祥子さまに新しい本を薦められ借りることと成った。
 「私が何度言ってもなかなか本を借らなかったのに、この子はまったく」
 祐巳があっさり本を借りると、横にいたお姉ちゃんが何だか溜め息をついていたので聞かないフリをする。
 「それじゃ、また良い本が合ったら紹介するわね」
 「はい!」
 祐巳が返事をしたとき祥子さまの手が、祐巳の制服のリボンを何気なく直す。
 「あ!ごめんなさい。少し気になったものだから」
 「い、いいえ」
 なんだか横の方でまだ文句を言っている、お姉ちゃんを無視して祥子さま、お姉ちゃんと今度こそ別れた。
 「えへへ」
 祐巳は、今、借りたばかりの本を抱きしめて笑う。
 ちょっとした祝福のときだった。
 「祐巳さん」
 「あっ、ごきげんよう。桂さん」
 「ごきげんよう……見たわよ。ふふふ」
 何だか嫌な笑いをする桂さん。
 「な、なに?」
 「うん?ふふふ、よかったわね。もう、お姉さまが見つかって」
 「そ、そんなのじゃないよ!!お姉ちゃんの妹だから……そ、そうだ。ほら、ドラマとかでよくあるじゃない。恋人の姉妹とかを甘やかす話。そんな感じだよ!!」
 祐巳は良い言い訳が出来たと思った。たぶん、祐巳の言い訳はそう的外れでもないはずだ。祐巳にしてみれば、少し悲しい話ではあるがそれでも良い。
 「そうかなぁ?」
 桂さんは、まだ不信そうに見ているが話はここまでにして、祐巳は話を区切ると教室へと向かった。

 その日から、学園祭までは実に大変だった。

 中等部の学園祭は、高等部ほど派手ではない。各クラスはほとんど展示ものが多いものの、中にはバザーを開くクラスや料理部の部長などがいるクラスでは簡単ながら喫茶店をしたり。文科系が主だが、講堂での発表会や講演会など催しは以外に多い。
 それらをまとめ先生やシスターにお伺いを立てる中間管理職みたいな仕事が、中等部の生徒会の役割だ。
 そんな中でも、祐巳は、時には祥子さまだけと、時にはお姉ちゃん同伴で、時には紅薔薇さま同伴と、さらには祥子さまにお姉ちゃんと紅薔薇さまの紅薔薇一家と図書館で祥子さまが進める本を借りる時間はなくさなかった。
 そのせいか、祐巳に関する噂が静かに、リリアン中等部に流れ始め。
 祐巳に、その噂が届く前に学園祭当日を迎えた。


 「今日は晴れてよかったね」
 「そうですね。このまま梅雨に入ったらどうしようかと思っていましたもの」
 ここ数日、降っていた雨が止み。今日は快晴とは行かなくても、それなりに天気の空模様。
 ほんの少し、日ごろの行いに対するマリアさまのご褒美と思ってしまっても良いだろう。
 朝の朝礼が終わり、祐巳は生徒会の仕事して校門の前に立ち、来客者の対応を行っていた。
 「あ!」
 生徒たちのお父さん、お母さんに混ざり、その人影を見つけ。祐巳は笑顔で笑う。
 祐巳の視線に、周囲で手伝っていた生徒たちも、その人影に気がついて黄色い悲鳴が立ち上がる。
 祐巳たちの視線の先には、お姉ちゃんと紅薔薇さま、そして、祥子さまが並んでいた。
 「ごきげんよう、紅薔薇さま、紅薔薇の蕾、祥子さま」
 祐巳は生徒たちを代表して挨拶をして、三人からチケットを貰う。三人とも高等部の制服なので生徒手帳があれば、別に並ばなくても入れるのだが、三人とも祐巳がチケットを送ったので、チケットを差し出したようだ。ちなみに、チケットは生徒一人に五枚配られ、祐巳は二枚を両親に残り三枚を渡した。弟の祐麒の分は一人で女子高に来る勇気はないとのことで渡さなかった。
 祐巳はもらった三枚のチケットを、手順通りに確認して半分に切っていく。
 「水野祐巳……同じく、水野祐巳。そして……えっ?」
 「どうかしました?」
 「あっ、ごめんなさい。二年松組、松平瞳子」
 「はい、確認しました」
 祥子さまから貰ったチケット、それは瞳子さんのチケットだった。
 「あの、確認できましたので、どうぞ楽しんでいってくださいね」
 祐巳は動揺を知られないように笑顔を見せる。
 「祐巳ちゃんは何時まで?」
 「はい?えっと、十時までここにいますが」
 祐巳は紅薔薇さまに答える。
 「そう、それじゃ、十時に中等部の中庭で待っているから、蓉子も祥子ちゃんもそれでいいね」
 「「はい」」
 紅薔薇さまの言葉に頷く、お姉ちゃんと祥子さま。
 「それじゃ、祐巳。しっかりね」
 「祐巳ちゃん、後でね」
 祐巳はお姉ちゃんたちを見送り仕事に戻ろうとするが、横にいた一年生が祐巳を見つめているのに気がつく。
 「どうしたの?仕事をしましょう」
 「あ、あの、祐巳さま!!あの噂は本当なのでしょうか?」
 「噂?」
 一年生の子は、何だか真剣だ。
 「はい、あの、祐巳さまが既に祥子さまからロザリオの申し込みを受けたと」
 「……はい?……えぇぇ?!」
 一年生の言葉に、祐巳は固まってしまった。


 そして、約束の十時。
 祐巳は空模様を気にしながら、約束の中庭に向かう。
 祐巳が、今、考えているのは、一年生が言った噂のこと。
 確かに祥子さまのプティ・スールに、なんてこのところ何度も思ったこと、だが、それはあくまで高等部に上がってのことだし。なにより、噂のような事実はないのだから、考えても仕方がないことなのだ。
 「それよりも、中等部最後の学園祭を楽しまないと」
 祐巳はそう呟き校舎の時計を見る。時間は十時。
 「さて、どこにいるかな?」
 周囲は人が溢れているので、見渡してもなかなか見つけられない。向こうも探しているはずだから、向こうが見つけてくれるのを待つしかないかもしれない。
 そう考えながら、中庭を歩いて回る。
 だが、見つからない。向こうからも見つけられないのか。時間は何時しか十時半。
 時間にルーズなところのある紅薔薇さまはともかく、お姉ちゃんや祥子さまがルーズだとは思えない。
 「どうしよう?」
 祐巳は焦っていた。少しでも早く一緒に文化祭を見て回りたいのに大事な人たちがいないのだ。
 祐巳は、もしかしたらどこかで生徒たちに捕まっているのかもと思い、中庭意外を探すことにした。何せ薔薇さま方なのだから。
 空を見ると、徐々に空模様が悪くなっていく。
 一度、校門の方に戻った方がいいかも知れない。
 祐巳は、祥子さまたちを探すのを止め、雨が降り始めた場合に備えようと校門に向かおうとした。
 そのとき、講堂の方から歓声と拍手が巻き起こる。
 祐巳は興味を引かれ、講堂の横の扉から覗き込む。
 どうやら演劇部の公演が終わったところたった。演劇部といえば瞳子さんが所属している部活で、祐巳にも見に来てくださいと瞳子さんから誘いがあった。
 祥子さまたちを探していたせいで、結局見逃してしまった。
 ……誘ってくれた瞳子さんに悪いことをしちゃったな。


 ―ポッ。雨粒が落ちる。

 「えっ?」
 ――ポッ。

 講堂を覗いていた祐巳は動きを止める。
 ―――ポッポッ。

 講堂の客席の最前列に、紅薔薇さま、お姉ちゃん、そして、祥子さまが立っていた。
 ―――パラパラ。パラパラパラパラ。

 そこに衣装を着た瞳子さんが走りより、祥子さまに抱きつく。
 ――――バラバラバラバ!!!

 祥子さまは瞳子さんを嬉しそうに抱きしめ、その周囲で紅薔薇さまが、お姉ちゃんが拍手を送っている。皆が笑っている。
 演出用のスポットライトが、四人を照らし更なる歓声が巻き起こる。
 ――――バッバババババ!!!!

 胸が苦しい。
 キリキリと何かで締め付けられるような感じ。
 「…………ばっかみたい」
 祐巳は呟く、図書館や噂で好い気に成って、バチが当たったのだ。最初、思っていたではないか、祥子さまに自分はつりあわないと……それなのに、スールみたいな気がして楽しんで。
 ―――――ザァァァァァ!!!!!

 「本物の馬鹿だ」
 あそこに四人を見れば誰だってわかる。あれが本当のスールだと。

 祐巳は雨の中駆け出した。
 その先には、祐巳を受け止めてくれる人は誰もいないというのに。


ザァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!





 言い訳。
 本人、喜んでいます。この止めかたできて。えへへへへ、ふえへへへへ!!!←邪悪な笑い。
                                     『クゥ〜』


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