【1643】 そっと触れられて白薔薇風味月が私を見つめている  (六月 2006-06-27 01:26:32)


Trrrrrrr!Trrrrrrr!
「はい、二条です」
『夜分恐れ入ります、私、リリアン女学園高等部』
「志摩子さん?」
『乃梨子?ごきげんよう、ちょっといいかしら?』
祥子さまのお宅での新年会が終わって、お昼に別れたばかりで何かあったのだろうか?
「うん、夕飯も終わって今は菫子さんがお風呂に入ってるから大丈夫。どうしたの?」
『えぇ、明日と明後日は暇かしら?急な一泊なのだけれど』
明日、明後日で一泊?4日と5日か、まだ冬休みだしこっちに友達は居ないし、特にすることも無いから暇を持て余してしまいそうだからうれしいお誘いだけど。
けれど、一泊なら一応保護者に確認しないといけないだろう。
「ちょっと待ってね。菫子さーん、志摩子さんが明日一泊泊まりに来ないかって誘ってくれてるんだけど、行っても良いかな?」
「志摩子ちゃんが?いいとも、行っておいで。お姉さまにゆーっくりと甘えておいでよ」
う、煩いなぁ・・・私が志摩子さんに甘えるって・・・残念だけど似合わないんだよなぁ、とほほ。
「えーっとね、大丈夫だよ。まぁ、どうやって暇をつぶそうか悩まなくて済んで良かったくらい」
『そう、それは良かったわ、夕方にお姉さまから電話があって、乃梨子を連れて遊びに来なさいって。珍しいこともあるものだと思って』
「え?志摩子さんのお姉さまって、あのセクハラ魔王の佐藤聖さまが?」
『くすくす。えぇ、たまにはお姉さまらしいことをしたくなったから、とおっしゃって。もしかして嫌?』
嫌というか苦手なんだけど、私が行かないと志摩子さんとあのセクハラ魔王の二人っきりなんてことになりかねない、そんな危険なことはさせられない。
「だ、大丈夫、いやー、私も聖さまとはじっくりお話したいなぁ、なんて思ってたから」
『それなら良かったわ。明日10時にK駅西口で待ち合わせしましょう。そこからバスで行けるから』
「うん、わかった。あ、お土産どうしよう?」
『急だから要らないとおっしゃっていたわ。私は兄がケーキを焼いてくれていたので、それを持って行くけれど。乃梨子は無理しないでね』
「はーい」

「やっほー!いらっしゃ〜い、志摩子、乃梨子ちゃん」
「ごきげんよう、お姉さま」「ごきげんよう、聖さま」
「堅苦しい挨拶は抜き、とりあえずは私の部屋に荷物置きに行こう」
お呼ばれということで緊張したけど、佐藤聖さまの家はごく普通の家・・・だよね?祥子さまの大邸宅を見た後では感覚がおかしくなってる気がする。
静かすぎず騒がしすぎずの喧噪に包まれた住宅街、庭付き一戸建てだから、まぁそこそこお嬢様の部類なんだろうか?
聖さまの部屋は十畳くらいの洋室にベッドと机、本棚が一つとすごく殺風景だ。女の子らしくないと言える方だけど、私も似たようなものだからある意味気が楽になる。
行ったことは無いけど瞳子の部屋なんか豪華な絨毯だったり、ベッドが縫ぐるみに埋もれていそうで怖い。
「お姉さま、ご家族の方のご挨拶を」
「あ、要らないってば。つーか、親父は海外出張から帰って来ないし、母さんも正月の稼ぎ時は仕事だから、ずーっと私一人なのよ」
え?折角の正月に家族団欒も無し?
「去年は祐巳ちゃんと祥子の家に押しかけろって蓉子の命令があったから暇つぶせたけど、今年はひまでひまでしょうがなかったのよ。そこでたまにはお姉さまらしく、妹と孫を招待ってところね」
「・・・わかりました、それではご挨拶はまたの機会に」
あれ?志摩子さんは聖さまの家に来るの初めて?
祐巳さまや由乃さまも言っていたけれど、この姉妹だけは不思議だ。互いのことを知ろうとしていないのに、誰よりも深く互いのことを知っている。・・・私も志摩子さんとそうなれるんだろうか。

志摩子さんと聖さまは、4月からほとんど会っていなかったらしく、近況報告的な雑談だけでも夕刻まで過ごし、さて冷蔵庫の中の材料で何か夕飯を作ろうという話になった。
中にあったのは手付かずのお節、他には高そうなたらば蟹、鳥肉、白菜や豆腐といった鍋物の材料だったため、蟹と鳥ツミレの寄せ鍋という庶民らしい豪華なものになった。先日の小笠原家で食べた寿司なんて、次に食べれる機会なんてあるんだろうか?って代物だったから、このくらいの豪華さが私達には合ってると思う。
「志摩子も乃梨子ちゃんも料理上手いねぇ」
「・・・お姉さま、私は母の手伝い程度のことしか出来ていないのですが」
「私も大叔母にやらされてるレベルなんですけど。誰でも作れる鍋だし・・・」
聖さまという人は、いざ料理を始めるという時点になって「任せたから適当に作っていいよ」と私達に投げてよこしたのだ。聞けば普段もお母様が作られていった残りか、インスタントばかりを食べているとか。
あるいは聖さまの生存を心配した先代紅薔薇さま水野蓉子さまが様子を見にきたり、学友の加東景さまという方の家に転がり込んでいるというのだ。
その割に鍋を食べ始めると、器用にツミレを作ってみたり、蟹の殻を割って渡してくれたりと世話を焼いてくれる、掴めないことだらけの謎の人だと思ってしまう。
「ん?折角の美味いものを分かち合わずして、何が姉妹ぞ!ほれ、乃梨子ちゃん、若いんだからもっと食べなさい」
「若くても無理がありますよ、聖さま!」

夕食の後一息ついてお風呂に、という時にも聖さま暴走!「乃梨子ちゃ〜ん、一緒に入ろうよぉ〜。身体の隅々までも洗ってあげるよ〜」なんて両手の指をわきわきと妙な動きをするのは止めて欲しい。
ただ、志摩子さんが「お姉さま、乃梨子は私のものです」って、いやぁん、乃梨子鼻血が止まらなくなっちゃう(はぁと)「妙なことをなさると蓉子さまに言い付けますよ」「ごめんなさい」って・・・先代薔薇さまの力関係が一言で分かるなぁ。
年齢順に交替でお風呂に入った後、和室に呼ばれるとそこにはすでに三組の布団が敷いてあった。そしてカーテンが開け放された窓のそばに聖さまと志摩子さんが待っていた。
「おいで、高校生なんだしちょっとくらいは呑めるでしょう?」
って、現役高校生に酒を勧めますか?
「乃梨子、このお酒甘くておいしいわよ」
分かりました、志摩子さん。ご一緒させていただきます。手招きされて二人の間に座ると、志摩子さんが小さなグラスにお酒を注いでくれた。白く濁って炭酸の泡が出てるそのお酒は、乳飲料のように甘くて、お酒が初めての私でも平気で飲めるものだった。

「乃梨子ちゃんは志摩子の言うことだけは絶対なんだね。可愛いよ」
「えぇ、乃梨子はいい子ですわ。ただ、いい子過ぎて心配なのですが・・・」
え?私、志摩子さんに心配かけるような事したっけ?思い当たるとしたらあれかな?
「乃梨子ちゃんが随分入れ込んでいる子が居るって?祐巳ちゃんに突っ掛かって行くくらいに」
「・・・瞳子のことですか?そりゃあ、友達ですから気になりますが、祐巳さまも瞳子のことを考えてくださってると分かったので、心配するほどのことでは」
「本当にそうかな?」
どういう意味だろう?すぐに理解出来ずに眉を顰めていると。
「乃梨子ちゃんは瞳子ちゃんにのめり込み過ぎて周りが見えなくなってないかな?瞳子ちゃんの友達だって乃梨子ちゃんだけではないでしょう?」
「瞳子は一人きりなんですよ!周りはみんな祐巳さまとの噂に振り回されてて、瞳子の気持ちなんて分かってない!」
私は聖さまをキッと睨みつける。しかし、聖さまはニヤニヤと笑いながら私の視線を平然と受け流して来る。
「瞳子ちゃんってあの電動ドリルちゃんでしょう?剣道の交流試合の時にドリルちゃんは友達の乃梨子ちゃんと一緒に居たかな?違うよね?」
「瞳子はあの日は一人で「友達のノッポさんと一緒だったよ」
ノッポさん?もしかして可南子さんのこと?どうして?あの二人って天敵だったような。
「白薔薇家の伝統なのかねぇ、大事なものが出来るとそれにのめり込んで視野が狭くなるのは」
「え?」
志摩子さんに肩を抱かれ、聖さまに私は頭をぽんぽんと軽く撫でるように叩かれながら。
「大切なものが出来たら自分から一歩引きなさい、のめり込み過ぎてもっと大切なものを見逃さないように」
お姉さまからの受け売りだけどね、と舌を出す聖さま。
あぁ、そうか、この人もそういう体験をしたんだ。友達かもっと大切な誰かかと・・・。そうか、分かり合うってこう言うことなんだ。
「この世界は瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんだけが居る訳じゃない、もっと他の友達も頼りなさい」
「はい」
瞳子のことだけ考えて、周りを見てなかった。だから可南子さんがクリスマスに瞳子を薔薇の館に連れてきたのか。
「志摩子もね。まだシスター志望なの?」
「いいえ、迷っています。それが大事だと分かりましたから」
そうなのか、志摩子さんは自分の信仰にのめり込み過ぎてたのか・・・。
「時間はいくらでもあるよ。思いっきり悩むといい。それが学生の特権だからね」
「ありがとうございます。乃梨子のことも・・・」
ありがとう志摩子さん、間違った方向に走り続ける私を心配して聖さまに相談していてくれていたんだね。
「可愛い孫を助けるのはおばあちゃん冥利につきるよ」
そういって私達を抱き締めてくれる聖さまはとても暖かだ。

聖さまがふと窓の外を指さした。
「見てご覧、奇麗な月だ。・・・・・・きっとね、私達は月なんだよ」
私と志摩子さんが首をかしげて聞いていると、くいっとお酒で喉を潤してぽつりぽつりと話してくれた。
「黄薔薇家は悩みつつも好き勝手に生きる人間らしい生き方してる。令は例外に見えるけど、姉や妹に振り回されるのを一人楽しんでるんだから似たようなものさ」
「紅薔薇家は太陽だね、厳しくも慈愛に満ちた蓉子、カリスマの塊の祥子、誰にでも分け隔てなく優しい祐巳ちゃん、形は違ってもみんなを導く太陽の輝きを持ってる」
「白薔薇家は月だよ。どこか心に陰を持った子が気になってしまう。きっと白日に晒されるのが怖いだろうそんな子を、静かにそっと見守ろうとする、支えたくなってしまうんだ」
志摩子さんは静かに聞き入り、私はただ頷くだけだった。
そんな私を聖さまは優しく撫でてくれる。
大丈夫、これからはもう少し周りをよく見て瞳子を助けてあげられる。そしてそんな私を、志摩子さんと聖さまが見守ってくれている。
ただ、何も言わずに天空にある月のように。


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