【1769】 とらちゃんに言ってみた  (いぬいぬ 2006-08-09 22:55:17)


何やらキーワード登録されていたので、せっかくだから菜々ととらの出会い編を。
というわけで、えらい長いけど【No:1475】【No:1476】【No:1477】【No:1478】の四部作のプロローグになります。

・・・あ、最初に一番下の「用語解説」を読んどくと、より楽しめるかも知れません。
ネットで拾いまくったニワカ知識ですけど(笑







 有馬菜々は、手足の指先に全神経を集中していた。
 今、菜々がへばり付いているのは垂直の壁面。晴天で無風状態とコンディションは良いが、彼女がいる地点は堕ちれば死を予感させる高さだ。
 わずかな手掛かりに引っ掛けた右手の指を固定したまま、左手にチョークの粉末を付けながら次の手掛かりを睨みつける。
 右手と両足で体重を支える三点支持の体制で、次の一挙動を研ぎ澄ますべく、ひとつ深呼吸。
「 ・・・・・・よし 」
 自分に言い聞かせるように呟くと、ボリエール社製のクライミングシューズ“ニンジャ”に包まれた左足で全身を押し上げながら、左手をわずかな突起に掛ける。
 そろそろ握力の怪しくなってきた指先を自覚しつつ、空いた右手でウエストベルトに装着されたアッセンダー(※1)を操作して、余ったザイルを流してセルフビレイ(※2)。頂上はもう手を伸ばせば届くほど目の前だ。
 だが、菜々の登るルートには、最後の難関が待ち受けていた。
 俗に「ルーフ」とも呼ばれるオーバーハング(※3)。それも、突起は小さいが手前に180°せり出している最悪のものだ。
 オーバーハングは、握力に自信のある者ならば指先の力だけでエッジ(淵)にぶら下がり、そのまま懸垂の要領で自らの全身を引き上げるツワモノもいるが、あいにく菜々にはそこまでの力は無い。しかも、そろそろ指先の力が終わりかけている。
 菜々は両足を慎重に引き寄せると、体全体をたわめた体制で右手のひら全体にチョークを付け、ルーフの先端を見つめた。
「 ・・・・・・ふっ! 」
 鋭く息を吐き、両足を伸ばしつつ左手を引き寄せ、同時に右手をルーフの上に回りこませてバーミングホールド(※4)。手のひらに確かなトラクションを感じた菜々は、さらに慎重に左足を引き寄せ、最後の瞬間にそなえる。
( 後は、体を振りながらルーフを越えて、右足を振り出してルーフの上に掛けられれば! )
 今ホールドしている右手を手掛かりに、右半身全体をルーフの上へと押し上げるべく、左足を伸ばしながら、右足を大きく振り出した。
( 行ける! )
 ルーフの上に掛けた右足に重心をかけ、右手と右足を使って全身を引き上げると、ルーフの向こう側の景色が見えた。
( 良し! )
 だが、歓喜する菜々の視界に、黒い弾丸が真っ直ぐ飛んでくるのも見えた。
( カラス?! )
 瞬時に黒い弾丸の正体を見極めた菜々は、右半身をルーフの上に伏せてへばりつかせたままカラスをやりすごそうとする。
 カラスは菜々の思惑どうりに通り過ぎていった。
( 危なかった・・・ )
 ・・・が、そこで安心して身を起こしたのがマズかった。
 身を起こした菜々の目に、何やら白金色の物体がこちらへと突進してくるのが見えた。
「 何?! 」
 そう疑問の声を出した時には、もう遅かった。

 どがすっ!!

 菜々は「あれ?」と、ややマヌケな声を出した白金色の物体に突き飛ばされ、ルーフの向こう側へと転がり堕ちてゆく。
「 ギャアああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
 女子高生が上げるとは思えないほどの壮絶な悲鳴を上げながらも、菜々は夢中でザイルにしがみつく。
 バクバク高鳴る鼓動と、ドクドク流れる冷や汗にまみれながらも、菜々は何とかルーフの真下にぶら下がっていた。どうやら墜落だけは免れたようだ。
「 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ザイルがなけりゃ死んでたわ 」
 グッタリと呟く菜々。
「 それにしても、あの白金色の物体は・・・ 」
 ふと菜々が上を見上げると、そこに白金色の毛玉がいた。
「 よお! 」
 しかも、勢い良く「したっ!」と手を上げながら挨拶までしてきた。
「 ひぃっ!な・な・な・何者?! 」
 元気に挨拶してきたソレは、よくチアリーディングなんかで振られているボンボンの巨大バージョンのような姿だった。
 まさかそんなモノが喋るとは思わなかった菜々が、思わず悲鳴を上げるのも無理はないであろう。
「 ん? ・・・あ〜、なんか前見えないと思った 」
 そんなことを呟きながら、白金色の毛玉は自らの体毛(?)をかき上げた。
 すると、毛玉の中から現れたのは、アイスブルーの瞳を持つ、異様なまでに美しい少女の顔だった。
( ・・・・・・人形? )
 あまりに整った容貌に、菜々は心の中で思わず呟く。
 腰まで届く白金の髪。アイスブルーの瞳を持つ整った容姿。更には150僂砲睨たない身長が、彼女に人形めいた印象を与えている。
「 そんなトコにぶら下がって何してんだ? ミノムシになる修行か? 」
 菜々の上にチョコンとしゃがみ込んで不思議そうに聞いてくる彼女の言葉に、しばらく呆然としていた菜々は「はっ」と我に返り叫んだ。
「 貴方のせいでぶら下がってるのよ!! 」
「 ワタシのせい? 」
「 そうよ! まったく、死ぬかと思ったわ 」
「 あ〜、そう言えばなんか、屋根の終わる辺りでブレーキかけた時に、何か蹴っ飛ばした感触があったような・・・ 」
「 “何か”じゃなくて“誰か”よ! 」
 ブツブツと文句を言いながら、菜々はザイルを伝って再びルーフを越えた。
「 せっかく最後の難関である“ルーフ”を突破したと思ったのに、感動が台無しじゃないの 」
 尚もブツブツと文句を言う菜々に、金髪の人物はまた不思議そうな顔をする
「 ルーフって・・・・・・ もしかして、この“屋根”のことか? 」
 そう言いながら指を差す先には、確かに屋根のひさしがあった。
 そう。菜々の登っていたのは別に険しい岩山でも何でもなく、只の建物だったのだ。
「 屋根って言わないでよ! 緊迫感が無くなるじゃない! 」
「 いやでも、どう見ても御聖堂の屋根だし・・・ 」
 菜々の我がままなセリフに、困った顔で答える金髪少女。
 少女の言うとおり、そこは、どこからどう見てもリリアンの御聖堂の屋根の上だった。
 菜々はアプローチする面とは逆、建物の反対側に生える木にザイルを固定し、残りのザイルを御聖堂の屋根の向こう側へ投げて、屋根からアプローチする側へと垂れ下がったザイルを命綱に垂直な壁面を登っていたのだった。
「 こんなトコで何してんだ? セーラー服にウエストベルト巻いて・・・ その装備見ると、フリー・クライミング(※5)みたいだけど 」
 金髪少女の口からフリー・クライミングという普通の人間は知らなそうな単語が出てきたことで、菜々は少女に興味を持った。
 菜々が改めて彼女の姿を観察して見れば、彼女も菜々と同じリリアン高等部の制服を着ていた。
( あれ? 確かこの子、入学式で見たような・・・ )
 菜々がそんなことを思っていると、金髪少女の方は菜々が呆けていると思ったらしく、菜々の顔の前でヒラヒラと手を振り始めていた。
「 お〜い、もしも〜し、聞いてますか〜? 気は確かですか〜? 」
「 ・・・鍛練してたのよ! 」
 金髪少女の手を、ぺしっと払いのけつつ、菜々はやや不機嫌に答えた。
「 鍛練? 」
「 そう。アドベンチャーにダイビングとクライミングは付き物だもの。普段から鍛えとかないと、いざと言う時に迅速に行動できないし、何より恐れず冒険に挑む心構えができないから 」
「 恐れず挑む心構えって・・・・・・ フリー・ソロ(※6)ならまだしも、フリー・クライミングじゃ堕ちる危険が無いから、精神的にはあんまり鍛練にはならないと思うぞ? 」
「 うっ・・・ 仕方ないじゃない。まだ慣れていないんだもの・・・ 」
 意外と鋭い意見を言われ、思わず菜々は金髪少女から視線をそらし、もごもごと言い訳を口にする。
「 それに、その格好じゃ、下からぱんつ丸見えだぞ? 」
「 大丈夫よ。スパッツはいてるから 」
 同性の気安さからか、スカートをめくってみせる菜々。
「 だいたい貴方だってセーラー服じゃない 」
「 大丈夫 」
 そう言って、金髪少女もスカートをめくって見せたが・・・
「 べつに汚れてないから 」
 見えたのは真っ白なぱんつだった。確かに汚れてはいないようだ。
「 よご・・・・・・ それは大丈夫って言わないわよ! 」
 彼女の白く華奢な下半身を見て、何だか自分がいけないことをしているような気がして、慌てて目をそらす菜々。
「 え? 何で? 」
「 貴方、どういう意味で大丈夫だって言ってるのよ! 」
「 いやだから、汚れてないから見苦しくないと・・・ 」
「 それ大丈夫って言わないから。とりあえずスカート下ろしなさい! 」
「 でも汚れてないよ? 」
 ほらほらと、更に良く見せようと菜々に一歩近付く金髪少女。
「 だから! 貴方の大丈夫は大丈夫じゃないから! 」
 そらした視界に踏み込んでくる細く白い足と、穢れを知らぬように真っ白なぱんつに、菜々は何だか恥ずかしくなって、彼女の姿をまともに見られない。
 菜々は視界から彼女の下半身を除外すべく、一歩下がった。
「 え? でも・・・・・・汚れてないのは大丈夫だよな? 」
「 その大丈夫と私の言ってる大丈夫とは・・・・・ ああもう!良いからスカート下ろす! 」
 どこかズレた彼女の言葉に突っ込み疲れた菜々は、端的に用件だけを伝えることにしたようだ。
 冷静に観察すれば、異常にシュールな光景だった。御聖堂の屋根の上で、セーラー服の少女がふたり、スカートをめくり上げながらボケと突っ込みをこなしているのだから。しかも片方がスカートをめくり上げたまま、もう片方を追い詰めているし。
「 怒りっぽいやつだなぁ・・・ 」
 そう言いながら、金髪少女はスカートを下ろした。同時に菜々も我に返り、スカートを下ろす。
「 誰のせいで怒ってると・・・・・・ だいたい貴方こそ、こんなとこで何してるのよ? 」
「 え〜と・・・ おやつ? 」
「 は? 」
「 脂がのってそうなのがいたから、おやつにしようかと思って 」
「 ・・・・・・意味が判らないわ 」
「 日本語判らないのか? 」
「 ・・・・・・・・・さっきから思ってたけど、貴方ナチュラルに失礼ね 」
 菜々がムカつきつつも話を聞いてみると、こういうことらしい。

 お腹空いた
   ↓
 脂ののってそうな獲物(カラス)発見
   ↓
 追いかけてるうちに御聖堂登頂
   ↓
 ついでに勢いで菜々撃墜

「 なるほど。さっきのカラスは貴方に追われて必死で逃げてたのね・・・ どうりで凄いスピードで飛んできたと思ったわ 」
 喰われるとなれば、カラスだって必死にもなるだろう。
「 でも、都会のカラスなんて食べたら病気になるわよ? 」
「 そうなのか? 」
「 この辺のカラスなんて、ゴミとか食べてるかも知れないし。たぶんバイキンだらけよ 」
「 ふ〜ん。判った、カラス“は”食べない 」
「 ・・・カラス“は”? 」
 他なら食べるということだろうか?
 そう言えば、学園内に住み着いている猫がいたわねと思い、菜々は彼女に質問してみた。
「 ・・・貴方まさか、犬猫まで食べないでしょうね? 」
「 オマエ犬や猫を食べるのか?! ヒドいやつだな! 」
「 あ・な・た・に・聞いてるのよ!! 」
「 あれは人間のパートナーだから食べちゃだめだ。犬は人間の役に立つし、猫はもふもふするし 」
「 もふもふ? ・・・・・・まあ良いわ。ところで貴方、ザイルも何も持ってないみたいだけど、どんなルートから登ってきたの? 」
「 ん? あれ 」
 菜々の質問に、御聖堂の隣りに生える銀杏の樹を指差す少女。
 銀杏の樹は、御聖堂の屋根より少し高い位置まで伸びていた。どうやら樹の枝から屋根へ飛び移ったらしい。
「 ・・・あそこから飛んだの? 」
「 うん。あの辺の枝から、せいぜい2mくらいだし 」
 彼女は何でもないことのように言うが、たかだか2mとはいえ、地上でのそれと上空十数mでのそれには、心理的に天と地ほどの差があるはずだ。おそらくは、何度も同じような行動を繰り返しているからこそ平然と言えるセリフなのだろう。
「 ・・・・・・踏んだ場数が違うってヤツかしら? 」
 呆れつつも菜々は納得し、アッセンダーからディッセンダー(※7)へとザイルを掛け直す。
「 お? もう降りるのか? 」
 菜々の使っている道具を見ただけで、彼女は菜々の次の行動が判ったようだ。
「 ええ。早いところザイルを回収しないと、シスターにでも見つかったらタダでは済まないかも知れないから。・・・・・・まあ、それはそれとして。やっぱり貴方もクライミングの経験があるのね? 」
 面白い人材を見つけたとばかりに、菜々の目が輝いている。
「 うん。昔はのこぎり山の“地獄のぞき”(※8)の辺りとか良く登ってた 」
「 ええっ?! あそこって、登って良いの?! 」
「 さあ? 」
「 さあって・・・ 大丈夫だったの? 」
「 なんか怒ってる人いたけど、逃げ切ったから大丈夫。 」
「 ・・・・・・・・・だから貴方の“大丈夫”はおかしいってば 」
 にかっと笑う彼女の様子に、どっと疲れを感じる菜々であった。
「 とりあえず下に降りない? クライミングについて・・・ いえ、それ以外にも何か面白い話が聞けそうだし。あ、そうそう、私は有馬菜々。貴方のお名前は? 」
「 Светлана 」
「 は? 」
「 だからСветланаだってば。Светлана虎原 」
「 すべ・・・・・・・ え? 」
「 もう、頭が悪いな菜々は 」
「 ・・・・・・失礼だわイキナリ呼び捨てだわホントにもう・・・・ 」
 彼女の言葉に、色々と打ちのめされて、ガックリとうなだれる菜々。
「 そうだな・・・ 菜々にも理解できるように言うと・・・ 」
( ・・・マリア様、この子を全力の左フックで殴ることをお許し下さいますか? いえ、なんなら飛び膝蹴りでもかまいませんけれども )
 頭の悪い可哀そうな子にでも接するような彼女の言葉に、ちょっと本気でマリア様に祈る菜々だった。 
「 え〜とな・・・ 日本語風に発音すると“すべとらーな”だってお父さんが言ってた。お母さんは“スヴェータ”って愛称で呼ぶから、そっちでも良いぞ? 」
「 じゃあスヴェータで。とりあえず降りて・・・ 」
「 お〜、景色良いなここ! 」
「 ・・・話聞いてる? 」
「 菜々、あのちっこい建物は何だ? 」
「 OK、全く聞いてないわね 」
 菜々のセリフなどまるで聞いておらず、逆に質問してくるスヴェトラーナ。
 この時点で、菜々は彼女の言動にいちいち突っ込むのを諦めた。賢明な判断と言えるだろう。
「 ちっこい建物って・・・ ああ、薔薇の館じゃない 」
「 薔薇の館? 」
「 そう。知らなかった? 」
「 薔薇・・・ なんか聞いた覚えが・・・ 」
 腕を組んで、う〜んと考え込むスヴェトラーナ。
「 薔薇の館を知らないって・・・ 貴方、高等部からの入学組? 」
 スヴェトラーナの様子から、そう推察する菜々。
「 う〜んと・・・ 薔薇・・・ 確かお父さんから聞いたような・・・ 」
「 本当に人の話を聞かないわねコンチクショウ 」
「 え〜と・・・ あ! 思い出した! 」
「 まあ、入学式の日に説明されたはずだしね。そう、あれはいわゆる生徒会の・・・ 」
「 ホモのことだな! 」
「 そう、生徒会のホモ・・・って誰がホモよ!! 」
 突っ込んではいけない。さっき自分でそう心に決めたはずなのに、菜々は思わず全力で突っ込んでいた。
「 え? 違うのか? お父さん言ってたぞ、薔薇族ってホモの人のことだって 」
「 ・・・薔薇族じゃなくて薔薇の館。人の出入りしている場所を、勝手に同性愛者の巣窟にしないでちょうだい 」
「 あと、青い顔して『お前には危害は及ばないだろうが、奴等は本当に危険だ。本当にな・・・』って言ってた 」
「 ・・・・・・良く判らないけど、貴方のお父さまが何か精神的なトラウマを植え付けられたのは判ったわ 」
 まだ見ぬスヴェトラーナの父のために、心の中でAmenと祈る菜々。
「 あれはいわゆる生徒会の建物よ 」
「 生徒会・・・・・・ホモの? 」
「 ホモから離れなさい。て言うか女子高であるリリアンに、何でホモの館がなきゃいけないのよ 」
「 ホモいないのか・・・ 」
 呆れた様子の菜々と、何故かちょっと残念そうなスヴェトラーナ。おおかたホモを珍しい生き物か何かと勘違いしているのであろう。
「 あそこには、薔薇さま達とその妹が集うのよ。それが他の学校で言うところの生徒会にあたるの 」
「 薔薇さま? 」
「 ・・・入学式でお祝いの言葉を頂いたでしょう? 」
「 入学式・・・・・・ ああ! あのタヌキっぽいのな! 」
 どうやら薔薇さま代表でスピーチした祐巳のことらしい。
「 ・・・それ、本人に言ったらダメだからね 」
「 そうなのか? 」
「 うん。何て言うか・・・感だけどね 。怒らせないほうが身のためよ、たぶん 」
「 ふ〜ん 」
 さすが武道家。おぼろげながら祐巳の本性を見抜いた的確なアドバイスである。
 ・・・まあ、結局そのアドバイスが生かされることはないのだけれど。
「 そう言えば、他にもふわふわ巻き毛と三つ編みの美人がいたな。薔薇さまって 」
「 三つ編みのほうは私のお姉さまよ 」
 誇らしげに襟元からロザリオを出してみせる菜々。やはり姉が美人と言われれば、悪い気はしないのだろう。
「 ほあ! 菜々はもうお姉さまにロザリオもらったのか! 早いな! 」
「 フフフフフ・・・ まあ、もらったと言うか、捕まえて押し倒して強奪したんだけどね 」
「 へ〜、捕まえたのかぁ 」
「 そうよ。追いかけて追いかけて追いかけたおして・・・ うふふふふ、お姉さまの弱っていく様子が手に取るように判ったのと、お姉さまの妹にしてもらえる喜びで、笑いが止まらなかったわ 」
「 良いなそれ! ワタシもとっ捕まえたい! 」
「 良いでしょう? 楽しいわよ凄く 」
 ウットリとした顔で、リリアンの姉妹制度を根底から覆すようなことを言うふたり。
 この場に由乃がいれば、菜々の言葉にさぞかし複雑な顔をしたことだろう。
「 そうか〜、良いな〜菜々は。・・・・・・お?薔薇さまの妹ってことは 」
「 そうよ、私は黄薔薇の蕾なの 」
「 へ〜。じゃあ、菜々も生徒会の人なのか? 」
「 まあ一応ね 」
 別に薔薇の館の住人であることを自慢するつもりは無いが、ちょっぴり姿勢を正してにっこり微笑んでみせ、蕾の威厳を意識しながら言ってみる菜々。
「 全然そうは見えないな! 」
「 ・・・・・・・・・貴方やっぱり失礼ね 」
 せっかくの菜々のポーズも、スヴェトラーナには全く伝わっていなかったようだ。
「 まあ良いわ。私もだいたいあの建物にいるから、遊びにきてね。・・・・・・色々と面白いことになりそうだし 」
「 うん、今度遊びにいく! 」
 ふたりは笑顔で薔薇の館のほうを見つめた。
 すると、館へと歩いてゆく人影がふたつ見えた。
「 お、あれも薔薇の館の人か? 」
「 顔の両脇に邪魔そうな髪をぶら下げているのが紅薔薇の蕾。その隣りのおかっぱであんまり特徴無さそうなのが白薔薇の蕾よ 」
「 ふ〜ん 」
 たまたま通りかかった瞳子と乃梨子の姿を見て、そんな紹介の仕方をする菜々。彼女も十分失礼だ。
 その時、菜々はあることを思いついた。
「 ねえスヴェータ 」
「 うん? 」
「 あのおかっぱのほうの人は、色々と面倒見の良い人だから、仲良くしたほうが良いわよ?」
「 そうなのか? 」
「 そうなのよ。だから、仲良くしなさい。是非とも 」
「 うん、会ったらそうしてみる 」
 スヴェトラーナの答えに、内心ほくそえむ菜々。
( こんな面白そうな人材を薔薇の館に引き込まない手は無いわ。それにはやはり、誰かの妹になってもらうのが手っ取り早いわよね・・・ まだ妹になって日が浅い瞳子さまは、未だに祐巳さまベッタリで妹どころじゃないだろうから、可能性が高いのは乃梨子さまのほうよね )
 菜々のたくらみは、その後見事成功することになる。
 だが、菜々はこの時気付いていなかった。この時スヴェトラーナは乃梨子の姿を遠目で、しかも後姿しか見ておらず、たとえ乃梨子と間近で出会っても、それが誰であるかは判らないはずなのだ。
 だいたい、基本的に人の話を聞かないスヴェトラーナが、菜々の話を何時まで覚えているのかも怪しいものだろう。
 にもかかわらず、桜の樹の下で引き寄せあったふたりの出会い。それは、菜々の導きではなく、運命と呼べるものに違い無い。
 姉妹としての出会い。友との出会い。
 人生という永い道のりには、様々な出会いや運命が待ち受けているものだ。

 ・・・まあ、夕日に照らされながら薔薇の館を見つめるふたりの少女にまず訪れる運命は、菜々のザイルに気付き、屋根の上にふたりを発見したシスターにお説教を喰らうことなのだけども。








用語解説
※1「アッセンダー」
固定されて吊るされたロープを登るための器具。登高器。内部のメカにより、上方には移動できるが下方には移動できない構造になっている。
※2「セルフビレイ」
セルフ→自己。ビレイ→墜落防止の技術、確保術。自己確保。この場合、墜落を防ぐためにザイルとアッセンダーで自分の安全を確保すること。
※3「オーバーハング」
垂直よりも、登る人間から見て手前にせり出して(傾いて)いる壁面。
※4「バーミングホールド」
手のひら全体の摩擦力(トラクション)で壁面につかまる技術。手のひらを押し付ける力と自分の体が落ちないように引きつける力を同時に行使しなければならないため、腕力はともかく非常にセンスを要求される。
※5「フリー・クライミング」及び※6「フリー・ソロ」
器具を一切使わないクライミング“フリー・ソロ”に対して、墜落の危険を回避するために器具(ザイル等)を使用するのが“フリー・クライミング”。当然、フリー・ソロは常に死の危険が伴なう。
ちなみに危険回避以外に登るためにも器具を使うのは“エイド・クライミング”あるいは“アーティフィシャル・クライミング”と呼ばれる。
※7「ディッセンダー」
アッセンダーと逆の働きをする器具。下降器。下降速度は調整できる。
※8「のこぎり山の地獄のぞき」
のこぎり山とは千葉県にある観光登山の名所である。(標高329m)
普通はロープーウェイか徒歩で山頂まで登り、“地獄のぞき”と呼ばれる崖の上から、真下にある数十メートルの垂直な壁面をのぞき込んで「うわぁ、おっかねぇ〜」とか言ったりして楽しむスポットである。
ここの壁面は、最長で40m近いクライミングのルートを有するが、クライミングにはあまり適さない砂岩質(脆い性質)のため、常に滑落の危険が伴なう。
ちなみにこののこぎり山、私有地なので、勝手に登ったりすれば彼女のように怒られることは必至である。


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