注:)オリキャラ警報&独自設定警報発令中。
注2:)【No:1777】の続編です。前回読まないと意味わからんかも。
「ところで、黄薔薇の棘の方もいらっしゃるんですよね?」
紅薔薇の棘・守笠杏子との対面の後、友情を築いた祐巳の一言である。
杏子の登場によって仕事にならなくなった一同は、ティータイムと洒落込んでいた。
天下の傾き者である杏子もこの時ばかりは大人しく紅茶を飲みまくっていた。
和やかな席での一言、しかしそれに返ってきた返答は、
『……………』
無言だった。
「……いらっしゃらないんですか?」
自分の勘違いかな、と首を傾げる祐巳。
「ああ、いや、ちゃんといるよ。ただね……」
珍しいことに、微妙な表情で歯切れ悪く答える聖。
周囲を見れば皆が皆同じような表情をしていた。
「なんていうか……そう、化学反応、かな……」
「かがくはんのう?」
聖の発言の意味がサッパリわからずに再び首を傾げる子狸一匹。
それを見かねた祥子が、祐巳に耳打ちする。
「杏子と黄薔薇の棘は仲が悪いの。顔をあわせればすぐさま大喧嘩になるほどよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。杏子は自分から喧嘩を売ることはないのだけど、彼女だけは例外よ」
ひそひそと会話の後、祥子は今日何度目かのため息を吐く。
対照的に祐巳は祥子の話にビビリまくっていた。
本人としては普通にしているつもりなのだが、手にしたカップが小刻みに振るえ、
中に満たされた紅茶の水面は、その振動によって波紋を生んでいる。
「おおおおおおお姉さま!わわわ私怖いですぅぅぅぅぅ……」
「怖がりすぎよ祐巳……。心配ないわ、黄薔薇の棘は滅多にここには顔を出さな―――」
ギシッ。
祥子の言葉を断ち切るかのように、階段の軋む音が聞こえてきた。
その微かな音に、山百合会幹部の顔に緊張が走る。
そうしている間にも階段の軋む音は徐々に近づき。
ガチャ、とビスケット扉のドアノブが回る。
「ごきげんよう、皆さん。
黄薔薇の棘(ロサ・フェティダ・アン・エピン)、推して参りました」
ドアを開いて現れた黄薔薇の棘と名乗る生徒は、胸に右手を当て、優雅に一礼したのであった。
「……珍しいわね。あなたがここに顔を出すなんて」
「先程、なにやら大声が聞こえてまいりましたので。
薔薇さま方に何かあっては一大事と駆けつけてまいりました」
妖艶な笑みとなまめかしく歌うような声で、蓉子の問いに答える黄薔薇の棘。
その肌はこの場にいる誰よりも白い、雪の色。
それにかかる長い髪は、比喩ではない本物の銀髪。
右手はスカートのポケットに収められており、左手はだらりと下げられている。
両手には革製と思しき黒い手袋が嵌められており、制服の襟元からは黒のタートルネックシャツがのぞいていた。
顔立ちは恐ろしいほどに硬質な美貌であり、それが日本人離れした、魔的な美を生み出している。
「もっとも、駆けつけてみれば何のことはなく猛獣が一匹騒いでいただけでしたが」
そう言って、右手はポケットから出さぬまま左手を胸に当てて再び一礼する黄薔薇の棘。
「―――待ちな。その猛獣ってな俺のことか」
あからさまにも程がある挑発に、杏子はあっさり引っかかる。
否、おそらくはわざと乗ったのであろう。
杏子の口元には、楽しくて仕方ないといった凶暴な笑みが浮かんでいるのだから。
「誰と指してはいないけれど……どうやら自覚はあるようね」
「ハッ!回りくどいことはよそうぜ。戦りたいなら正直に言いな、カラス!」
「相変わらず直球ね……でも嫌いじゃないわよそういうの」
呟きながら、氷を思わせる微笑を貼り付ける黄薔薇の棘。
右手をポケットに入れたポーズは微塵も崩さないが、その立ち振る舞いには隙がない。
(総員退避よ。壁際に行って)
(蓉子、止めてよ)
(無理よ。一人ならともかく)
にらみ合う棘二人をよそに、山百合会幹部ら計八人は小声で会話しつつ壁際へと移動する。
「ほほほほほ本当に仲が悪いんですねえ」
まだガタプルしながら祐巳が呟くが、その隣で聖と蓉子が吹き出した。
「祐巳ちゃん、怯えすぎ」
「怯えなくても大丈夫。それに、仲が悪いわけじゃないのよあの二人。
言うなれば江利子と由乃ちゃんみたいなものね……方法はかなり過激だけど」
「とてもそうは見えないんですけど……」
にらみ合いを続ける棘二人に視線を移して、祐巳が言う。
そして。
「カァァァラァァァァァァァァァァァァァァァス!!!!!」
「フゥッ………!!」
杏子は大声で吼え、黄薔薇の棘は一つ息を吐き出し。
紅と黄の棘が、同時に戦いへと動き出した。
これが、彼女らのコミュニケーション。
二人にしかわからない、戦闘という会話方法なのだ。
「……あの、お姉さま?さっき杏子さんが叫んでいた『カラス』ってなんのことですか?」
棘のドツきあいを眺めていた祐巳は、不意に祥子に問いかけた。
「よく気づいたわね、祐巳」
「さっきも言っていましたし……やっぱりあの鳥のカラスなんですか?」
「ええ、そうよ。ここに初めて来たその日に、そう呼んでくれと自分から言ってきたの」
そう言って、祥子はポケットからメモ帳とペンを取り出した。
さらさらと文字をいくつか書いて、祐巳に見せる。
「黄薔薇の棘の名前は五十鈴 文(いすず ふみ)というのだけれど。
苗字の最後と名前、『鈴文』の読み方を変えると『レイブン』になるわね?」
「あ!」
「英語でカラスはレイヴン。言葉遊びね。
まあ、実際にカラスが好きなんでしょうけども」
祐巳は、自らカラスと名乗る黄薔薇の棘――文へと目を向けた。
彼女が体を動かすたびに、長い銀色の髪が遅れてそれを追う。
氷の微笑を浮かべたまま、獣の爪と牙を捌く白き舞姫。
獣の闘法の杏子と、冷静に舞うような闘法の黄薔薇の棘。
その戦いは、獣と舞姫の戯れのようでもあった。
手数も速さも一撃の重さも、杏子が上回っている。
だが、それを互角にいなす文に、祐巳は何か神がかったものを感じた。
文の掌底が杏子の体を捉え、杏子はそれを利用して後ろへと下がる。
それを見た文は、不意に『右手』を抜いて振り払う。
両者の間には幾ばくかの距離があり、拳はおろかたとえ剣でも届く距離ではない。
だが、その腕の動きを見るや否や杏子は思い切り右手を振り回した。
その一瞬の後、杏子の頬と肩からごく僅かな鮮血が飛び散る。
その時にはすでに文の右手はポケットへと戻っていた。
そしてさらに一瞬の後、天井に何かが当たって、それが祐巳の足元へと突き刺さる。
「ひえ!?」
完全に床に突き立ったそれを認識すると、祐巳は仰け反って悲鳴を上げた。
「ちょっと二人とも!?祐巳に少しでも傷をつけたら許さなくてよ!?」
祥子が祐巳を抱きかかえるようにして棘たちに叫ぶ。
「りょーかいっ!!」
「承諾いたしました、紅薔薇の蕾」
手短に答える杏子と、慇懃に答える黄薔薇の蕾。
だが文は、紅薔薇の蕾という単語を『日本語で』発音している。
これもまた蓉子が直そうと躍起になった悪癖であるが、直らずに現在に至っている。
やはり彼女も棘になるだけあってイレギュラーな人物のようだ。
祐巳はしゃがみこみ、自分の足元に突き立ったそれをまじまじと見つめた。
「……針金?」
「針よ、それは」
祐巳の呟きに祥子が答える。
そう、それは針であった。
裁縫に使うような短いものではなく、畳針ほどの長さのあるものであった。
「右手の袖の下に隠し持っているようなの」
「はあ……」
針を引き抜き、手に持って祐巳は立ち上がる。
こんなものをあの速さと正確さで投げるという能力に、祐巳は感心すると同時に戦慄した。
目を戻せば、棘の二人は距離をとって睨み合いに戻っていた。
「流石ね、杏子」
微笑んだまま、目を閉じて髪をかきあげる文。
「ヘッ……テメェもな、カラス」
獰猛な顔ではなく、薄い……例えるなら聖のような表情を浮かべる杏子。
「そろそろ……本気でやるか」
その言葉にまだ上があるのかと驚く祐巳。
スッ、と杏子の右腕が持ち上がる。
その手が軽く拳を握り、一気に力を込めて振り下ろされる。
振り下ろされた先―――それは、杏子自身の心臓であった。
ドン!と鈍い音を立てて杏子の拳が自らの胸を打つ。
ドクン。
「―――わかってんな?」
「ええ……1分ね」
ドクン。ドクン。
「お、お姉さま!?杏子さんは一体……!?」
「落ち着きなさい、祐巳。あれが杏子の特殊な能力……いえ、異常体質と言ってもいいわね」
ドクン。ドクン。ドクン。
「彼女は自分の心臓を毎分200回以上のスピードで鼓動させることができるの。
送り出された血液が体中の筋肉と脳細胞を活性化させて常人離れした身体能力と判断力を生むのよ」
「そんなことして、大丈夫なんですか?」
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
「勿論、体にかかる負担は半端なものではないわ。限界はおそらく3分」
「もし……3分を超えたら?」
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
「……最悪の場合は死に至るわね。それでなくとも、寿命が縮まるわ」
「……そんな」
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
「大丈夫よ。三分を超えなければ命に別条はないわ。
―――だから1分なのよ。1分間なら強い疲労程度で済むわ」
「……1分」
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
――――ドクン!!!
「……SHOW TIME!!」
杏子が、消えた。
そうとしか思えないほどに、速い。
瞬き一つの間に文の眼前に踏み込み、鉄槌のような拳を振りかざす。
それがかわされれば左の拳がパイルバンカーさながらに打ち込まれる。
かすりもしない拳を引いて、竜巻のように回転して蹴りを放つ。
蹴りを放ったまま、軸足だけで床を蹴ってばねのように蹴り上げる。
その動作一つ一つが瞬きよりも遙かに速い。
杏子は更に加速する。
こんなものではない、底などない、限界など知らぬ。
捌かれるならより多く、見切られるならより速く、弾かれるならより強く。
体温はすでに40度を超え、それでもなお止まらない。
熱に浮かされた獣さながらに、その爪たる拳を、牙たる脚を振るい続ける。
文はただ研ぎ澄ます。
己の意識を、腕を、脚を、体の隅から隅に至るまで微塵の狂いも許されない。
捌けぬならより鋭く、見切れぬなら予測しろ、弾けぬならより正確に。
風に吹かれる花弁のごとく、打撃という暴風をすり抜ける。
吹き荒れる暴風はとどまるところを知らず、その猛威を振りかざす。
暴風が花弁を引きちぎろうと拳を繰り出す。
杏子の拳は空気の壁を打ち抜いて、文へと迫る。
だが、文は動かず、腕を上げることさえしない。
「……1分よ」
嵐が、止んだ。
杏子の拳は、文の心臓1センチ手前で止まっていた。
虚ろな目をしながら荒い息を繰り返し、杏子は崩れるようにその場に座り込んだ。
加熱した体が冷却され、徐々に心拍数が下がってゆく。
「また、勝負はつかなかったわね」
「……ヘッ……」
文の声に、杏子は口元に笑みを浮かべて返した。
「……そのうち、テメェをぶちのめしてやらぁ」
「楽しみにしてるわ……あなたを鳴かせるのを」
「……言ってろ、性悪ガラス」
座り込んだまま顔も上げない杏子の脇を通り抜け、文は壁際へと脚を進めた。
「ご迷惑をおかけしました」
文は微笑んで今日三度目となる一礼をした。
「本当にね……」
渋面を浮かべる蓉子。
「あら、私は楽しかったけど」
正反対に江利子は満面の笑みを浮かべていた。
「いや、すごかったね」
どちらかといえば江利子よりの聖。
三者三様の反応ながらも、薔薇さま方のお咎めはないようであった。
「まったく、あなた達もう少し普通に仲良くできないの?
ロザリオを渡したこともあるんでしょう?」
『ええ!?』
蓉子が口にしたとんでもない事実に、蓉子と棘の二人以外の全員が声を上げた。
「正確には、渡そうとして断られたのですけども。
差し出したきっかり三秒後に殴り合いになりました」
言っていることとは裏腹に、文はデフォルトの妖しげな笑みを浮かべていた。
「ですが、姉妹の関係、人の関わりは千差万別。
ならばこういった関わり方もまたよいのではないかと思いますが」
「……ならせめて外でやって頂戴。できるだけ人目につかないところで」
「善処いたしましょう」
ゆるり、と一礼して文は祥子たちに振り向いた。
「あなた達も、ごめんなさいね」
「……カラスや杏子を見てると自信がなくなってくるよ」
「令ちゃん、一瞬で負けそうだよね」
苦笑しつつ令が言い、由乃がさらに追い討ちをかける。
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ。むしろあの子の方を看た方がいいわ」
志摩子が文の体を気遣うも、文は背後の杏子を指差した。
志摩子が杏子に小走りで駆け寄ると、由乃もそれに続く。
「まあ、祐巳に怪我がなかったから今回は不問にするわ」
仏頂面で吐き捨てるように言う祥子。
その腕の中には、未だ祐巳が抱きかかえられていた。
「ああ、妹を持ったのよね祥子。確か……福沢祐巳さん」
「は、はじめまして。えっと……文さま」
祥子の腕を惜しみつつも抜け出して、ぴょこんと頭を下げる祐巳。
「はじめまして。でもできればカラス、と呼んでもらえないかしら?」
「え、でも……」
「呼んでくれないなら、鳴かせちゃうわよ?」
「ひぇ!?」
さらりと言ってのけて妖艶な笑みを浮かべる文に、祐巳がビビる。
「祐巳に手を出したら承知しないわよ!!」
「あら、怖いのね。可愛いものは鳴かせたくなるのが常ではなくて?」
「それはあなただけよ!」
ぎゅむ、と再び祐巳を抱きしめる祥子。
その腕の中で、もし白薔薇の棘が増えたらどうなるのだろうと不安に襲われる祐巳なのであった。
〜〜オマケ〜〜
祐巳「あの、どうしてカラスさまは白薔薇ではないのですか?そんなに綺麗で白いお肌なのに……」
文「そうやってツッコんでもらいたいから黄薔薇を選んだのよ♪」
祐巳(江利子さまみたい……)
〜〜オマケ・終〜〜