海辺の教会シリーズ第三弾。
今回、ようやく話が進みます。
『クゥ〜』
【No:1611】―【No:1640】―今回
「お姉ちゃん!!」
坂道を自転車で登りながら、高校の制服を着た男の子と女の子が手を振っていた。
「お帰りなさい、皆」
少女がこの教会に来て数年。
その頃、小学生だった子供達もいまや高校生。
少女も何時しか子供らしいところが無くなり、大人っぽく成っていた。もう、少女とは呼べない彼女に、カエデちゃんたちは、自転車を教会の駐車場に入れ向かってくる。
「お帰り、コウジくん、カエデちゃん」
改めて声をかけると二人は声を揃え。
「「ただいま」」
と、言った。
小学校の頃、仲良し四人組だった。カイくん、コウジくん、カエデちゃん、マキちゃんのうち、この三人は地元の高校に仲良く進学した。
「あれ?カイくんは」
彼女の言葉にコウジくんとカエデちゃんは顔を見合わせ笑う。
「うふふ、ちょっとカイのヤツはね〜」
「大丈夫、すぐ来るよ」
二人の様子に彼女はどうしたのだろうと思った。
そして四人の中で一番、彼女に憧れていたマキちゃんは、憧れすぎたのか地元の高校ではなく何と本当にリリアンに進学してしまった。
そのマキちゃんからは毎月手紙が届く。
そこには今のリリアンが書かれていて、彼女はその手紙を楽しみに待っている。
マキちゃんの話では、今でも薔薇さまや山百合会は存在して生徒達の憧れだと言うことだ。
それを知って彼女は嬉しかった。
彼女の友人は頑張ったのだなと知ることが出来たから。
そして、学園自体も何も変わっていないことも知った。
あの出来事の真実を知るのは、彼女と友人だけだから当然かもしれないが、それでも良かったと思う。
「さて、今日はどうしたの?部活は?」
「今日はお休み、大会が近いから調整に入っているんだよ」
「そうなの」
三人は揃って陸上のマラソン部に所属している。
彼女も県の大会などは自分の運転する車で応援に行ったこともある。
「お茶でも飲んでいく?」
「うん?今日はいいよ、それよりも……はい、お姉ちゃんへだって」
カエデちゃんはそう言って鞄から白い封筒を差し出す。
「マキからだよ」
「あぁ、ありがとうね」
マキちゃんのことを思っていたら手紙が来るなんて、噂をすれば何とやらかな?
マキちゃんの手紙は、彼女の方に届いたり。カエデちゃんの方に届いたりする。理由としては東京にいるマキちゃんにカエデちゃんが色々送らせているのが原因みたいだが、カエデちゃんが彼女宛の手紙を勝手に見ることは無いので、その辺は安心して送っているようだ。
だが……。
「ねっ、ねっ、マキは今度は何を書いてきたの!?」
中身には興味があるらしい。
「ふふふ、それじゃ、お茶しながら見ましょうか?」
「「うん!!」」
結局、シスターメイも誘って皆でお茶をしながらマキちゃんの手紙を読むことになった。
何時ものようにワイワイしながら、お茶を飲み、マキちゃんの手紙を読む。
最初は何時ものような挨拶と居候先の小母さんのことが書いてあった。
マキちゃんはリリアンを受験して合格したがこの土地から通うなど出来ないから下宿するしかなかった。そこで彼女は自分が以前お世話に成っていた小母さんを紹介し、小母さんも了承してくれたから、マキちゃんは今、小母さんのところに居候している。
最初は心配したが、意外に二人は息が合っているようだ。
次に書いてあるのは学園のこと。
マキちゃんにお姉さまが出来てからは、飽くことなくマキちゃんのお姉さまのことが多い。
まぁ、気分は良く分かる。
その後に今の薔薇さまたちのことが今回は書かれていた。
マキちゃんが薔薇さまのことを書くことは余りない、まぁ、そうそう気軽に話せはしないだろうから仕方がないだろう。
ちなみに、彼女が好きなのは黄薔薇さまのようだ。
「相変わらず、お姉さまのことが多いやつだな」
彼女の横から、手紙を覗き込んでいたコウジくんが呟く。
「そうよね、今年の夏休みには連れて来て欲しいよね」
「お姉さまに合いたいよな」
皆、マキちゃんのお姉さまに会いたいのだ。
マキちゃんのお姉さまはクリスマスに出来たようで、その後の休みの時にはマキちゃんのお姉さまと三年のお姉さまで過ごしたようでまだ会ってはいない。
マキちゃんのお姉さまに会いたいのは、彼女も同じだったが、最後の方に更に興味深いことが書かれていた。
「おぉ、マキちゃん。妹にしたい子がいるみたいよ」
「「妹?」」
二人ともリリアンの話はマキちゃん同様知っているから、驚きが広がる。
「ねっ、ねっ、妹にしたい人の名前とかは書いてないの?」
「そういうのは無いわね」
少し残念。
だが、次の手紙ではもっと良いことが書かれているかも知れないなと、彼女は思った。
マキちゃんはお姉さまが出来るのは遅かったが、妹は早く作れそうだ。
彼女自身は妹を持つことは無かった、だから、あの学園を離れられたともいえるが、妹を今更ながら持ちたかったと思う。
その後は、マキちゃんの姉妹のことで盛り上がっていたが、不意に呟いたカエデちゃんの一言で話が変わってしまう。
「マキの姉妹のことも気に成るけど、もしかしたらマキが姉妹を連れてくるときにはカイの恋人を紹介できるかもね〜」
「えっ、そうなの?」
「そうそう、カイのヤツ。転校生に一目ぼれしているんだぜ」
「転校生?」
なるほど、さっきのカイくんへの笑いはそういう意味かと思い。楽しそうに恋愛の話をするカエデちゃんたちは、まさに高校生活を楽しんでいるように見えた。
そんなカエデちゃんたちを見ていて、彼女も自分のリリアンでもことを思い出す。
楽しかった時間は少なかった。
そして、すぐにあの人を求めてここに来た。
「あぁ、それで遅れてくるのね」
「そうそう」
カエデちゃんは楽しそうに笑っている。
「それでカイくんは今日?」
「う〜ん、どうかな。カイのヤツ、そういったこと苦手だしね」
「そうそう、まだ片思い」
彼女の言葉に二人は苦笑していた。
「そうか、でも本当、青春って感じ」
そう彼女が言った瞬間、現役高校生の二人が凍りつく。
「お姉ちゃん……」
コウジくんは呆れた顔で。
「お姉ちゃん、おばさんみたいだよ」
同じ女のカエデちゃんも呆れている。
「はぁ、いつまでも若くないか……」
このままシスターでいるつもりなので結婚とかは考えていないが、だからと言って現実の痛さに彼女は流石に落ち込むしかなかった。
これでも二十歳半ばの女ざかりだと思っていたが、高校生にしてみればオバサンだったとは。
笑いがしばらく収まらなかった。
「そういえば遅いねカイくん」
「そうだよね〜」
「そろそろ来てもいい頃だけどな」
「そういえばどんな娘なの?そのカイくんの片思いの相手って」
まだ、カイくんは来ないようなので少し聞いてみる。
「一週間くらい前に転校してきてね。ツインテールの笑顔が可愛いんだ」
少し嬉しそうに話すコウジくん。
「何、コウジも狙っている?」
「そ、そんなんじゃないよ!!ただ、本当に可愛いし、何だか見ていて飽きないじゃん」
おいおい、それはコウジくんも気に成っている証拠だ。
「まぁ、可愛いのは認めるかな?あと、色々と一生懸命に取り組むよね」
「そうそう」
どうやら転校一週間目で既にその生徒は皆に溶け込んでいるようだ。
どうも自分とは違うようだ。
彼女の高校での生活は決して自分からクラスに溶け込もうとはしなかったから、今思えば何だか勿体ないようなことをした。
――ピンポ〜ン。
不意に玄関の呼び出し音が鳴った。
皆で顔を見合わせ、カイくんが噂の片思いの相手を連れて来たと思い急いで玄関に出る。
「あっ」
「あぁ、すみません、シスター。コウジはいるでしょうか?」
だが、玄関にいたのはコウジくんのお母さまだった。
「どうしたの母さん?」
「あぁ、コウジ。何しているの!!」
「何って、何時ものようにココで暇つぶし……」
コウジくんが前に出てくると、コウジくんのお母さまはコウジくんの手を掴む。
「ちょ、ちょっと母さん!!」
「早く帰りなさいって言っておいたでしょう!!すみません、シスター」
コウジくんを連れて行きながら、コウジくんのお母さまは丁寧に頭を下げ。コウジくんも仕方なさそうに着いて行く。
「最近、おばちゃんの様子がおかしいんだよね」
連れ帰られていくコウジくんを見ながらカエデちゃんが呟く。
「そうなの?」
「うん、母さんが言っていたけど、何かに脅えるように家からも出てこないらしいんだ」
「……シスターメイ、どうしましょう?」
「そうね、少し心配よね」
カエデちゃんの話に帰っていくコウジくんを心配する。
何か原因がありそうだが、彼女たちに解決できるようなことなのかそれさえ今は分からないのだから、どうにも出来ない。
「それにさぁ、コウジのヤツも変なんだ」
「コウジくんも?」
そんな様子は見えなかったが?
「なんか月夜になると頭痛がするんだって。それと変な夢を見るみたい」
「夢?」
「うん、赤い着物を着た女の子がジッと見ているんだって、そして、その子の瞳が金色に輝いているらしいんだ」
「赤い着物……金色の瞳……そんな、まさか」
カエデちゃんの言葉に、彼女は思い出す。
彼女がココに来た目的を、そして、シスターメイが待つ人のことを……。
「ねっ、その話詳しく聞いている?」
「ううん、それだけ」
「そ、そう」
何かを考えているような彼女を、カエデちゃんは心配そうに見ていた。だが、彼女が気がつくことは無かった。
何時もの彼女らしくなかったが、彼女は数年前に聞いたシスターメイのリリアンでの話を思いだしていた。
シスターメイもリリアン出身だ。
大学は行かずに、高等部卒業後シスターに成ったらしい。
そして、リリアン育ちのシスターメイには当然のように、その頃、妹さまがいたようだ。
どうして姉妹に成ったのかは教えてはくれなかったが、彼女はその妹さまの写真をリリアンの図書室に保管されていた昔の写真で見た。
行事などで撮られたのだろう数多くの写真を収めたファイルの中にその写真はあった。
それがシスターメイの高校のときの写真だとすぐに分かったのは、写真に写っていたのがシスターメイと妹さま、そして、あの人だったからだ。
彼女はその写真を見たとき、言葉は出なかった。
そこに写っていた、あの人は、彼女が知る姿のままだったから。
あの人は、シスターメイの妹さまに気に入られ、話ではシスターメイは妹さまから、あの人にロザリオを渡したいと聞かされていたらしい。
だが、あの人が妹さまのロザリオを受け取ることは無かったようだ。
当然だろう。
あの人は、妹さまを狩りに現れたのだから。
そして、学園の人たちは妹さまと、あの人のことを忘れてしまった。
その中で、何故かシスターメイは妹さまのことも、あの人のことも忘れなかったらしい。
そして、いつか誰かが思い出すことを祈って、卒業アルバムに三人が笑って写っている写真を載せてもらったようだ。
それを彼女は見つけた。
そう、何故か皆が忘れてしまった。あの人のことを覚えていた、彼女が。
「お姉ちゃん!!」
「お姉ちゃんてば!!」
彼女は不意に腕を引っ張られ、考えを中断させられる。
「あれ、どうしたの?カエデちゃん」
「どうしたのじゃないよ!!もう、何をボーとしていたのよ!!」
「……うん、少し。考え事かな?」
「もう!!それよりもホラ、カイが来たよ!!」
「カイくん?」
見ればカイくんが手を振っている。
「あっ!!そういえばカイくんの片思いの相手は?」
「えへへ、カイの後ろだよ」
「後ろ?」
彼女はカエデちゃんと笑いながら、カイくんの後ろを見た。
そして……。
「えっ?」
彼女は驚きの声を上げ。
彼女の後ろにいるシスターメイは息を呑んだ。
カイくんの後ろから現れたのはカエデちゃんと同じ制服を着て、髪を左右に束ねた一人の女子高生。
「……ツインテール」
コウジくんたちの話を思い出すと共に、何故、思い出さなかったのか……。
そんな彼女の思いなど知らないように、優しい笑顔が彼女に向けられ。
「ごきげんよう」
そして、懐かしい挨拶が響いた。
そこにいたのは……。
……祐巳だった。
あの頃から十年余り。
大人に成長した彼女の前に、あの頃のままの何も変わらない姿で祐巳は立っていた。