【1969】 貴女こそが私のすべて  (雪国カノ 2006-10-29 16:57:16)


 
『マリア様もお断り!?』シリーズ

これは『思春期未満お断り・完結編』とのクロスオーバーです。元ネタを知らなくても読めます。

多分に女の子同士の恋愛要素を含みますので、苦手だという方は回避して下さい。

【No:1923】→【No:1935】→【No:1946】→これ

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


いつもの時間。志摩子は教室の扉の前に立っていた。

ただ立っているだけで中に入ろうともしない。端から見ればおかしな姿だろう。

…といってもまだ7時35分前。こんな朝早くに登校してくる生徒なんている訳もなく、誰にも変に思われることはなかった。

(………)

一つ大きく息を吸って志摩子は扉を開けた。



――ガラッ



「ごきげんよう」

志摩子が中に入ったと同時に声をかけられた。

「ごきげんよう、祐巳」

志摩子が挨拶を返すと祐巳はにっこり笑う。

「やっと入ってきた〜教室の前に着いてから時間かかりすぎだよ」
「…久しぶりだったから緊張していたのよ。いつ来たの?」

久しぶりだったから…それは本当であって本当でない。志摩子が中々教室に入らなかったのは、もしかすると祐巳はいないのではないかという不安があったからだった。

「えっと…25分かな?」
「25分!?嫌だわ…私ったら10分も待たせてしまって…ごめんなさい」
「志摩子が謝ることじゃないって。それに昨日待たせちゃったしね」

『昨日』という言葉に胸がチクンと痛む。

(いつまでも根に持って…嫌な女ね)

「…昨日は…ごめんね」
「気にしないで。シンディさん…だったかしら?昨日祐麒さんから少しだけお聞きしたから」
「ゆ、祐麒から?」
「ええ。昔からのお付き合いなんですってね」
「あ…あー、うん」

どことなく歯切れの悪い祐巳。志摩子は少し訝しく思ったが正直、あまりこの話題を引っ張りたくなかったため追及しないことにした。

「あ、そうだ!ねぇ…志摩子」
「な、なぁに?」

祐巳の口元がニヤリと笑みを形作る。その笑いが志摩子には酷く不気味に感じられた。

(まさか…昨日の続きをしようなんて言わないわよね?)

祐巳なら有り得る、と大まじめに志摩子は考えていた。

「スクープ!」
「え?」
「紅薔薇さまと白薔薇さま、二人の恋は禁断の愛!!…なぁんて噂が…」
「うそっ!?」

志摩子は思いもよらぬ内容に思わず立ち上がった。その衝撃で椅子が倒れる。

「うん。嘘」
「…え………う、そ?」
「ただの冗談だよ。志摩子ってば本気にしす…ってうわわっ志摩子!?」

(こ、腰が抜けた…わ)

床に座り込む志摩子。その姿はへにゃへにゃ〜と音が聞こえそうなほどだった。

祐巳はかなり驚いていたが、それは仕方ないんじゃないかと志摩子は思う。真美が同じようなことを言っていた、昨日の今日だ。

「ご、ごめん!まさかそこまで真に受けるとは思わなかったから…大丈夫?」
「…ええ。大丈夫よ」

祐巳が隣に座って心配そうに顔を覗き込んでくる。答えてそのまま祐巳の肩にもたれかかった。










暫くそうやって黙って過ごしていたが唐突に祐巳が口を開いた。

「志摩子さ……本当に…リリアンに進んで良かったの?」
「…祐巳?」

顔を上げると祐巳は真剣な目をしていた。その視線に気圧されるように志摩子は答える。

「え、ええ。当たり前じゃない」
「…本当は…まだシスターになりたいんじゃないの?」
「…っ!」

祐巳の言葉に雷に打たれたような衝撃が走る。

「…やっぱり」

祐巳が小さく溜息をついた。絶望的な予感が体を支配する。次に祐巳が言う言葉は恐らく…

「だったらなるべきだよ。今からでも遅くな…」
「やめてっ!」

志摩子は祐巳を遮って叫んだ。予感が現実のものとなり目の前が真っ暗になる。

「でも…ずっと心に決めていた夢なんでしょう?」
「やめて…お願い…よ……私は祐巳と…祐巳と一緒にいたいの!」
「志摩子…」

祐巳の体にぎゅっとしがみつく。これ以上何も聞きたくなかった。

聞いてしまえば何かが壊れる。志摩子は漠然とそう思った。

「…うん…わかった。もう言わないから。変なこと言ってごめんね」

祐巳は子供をあやすようにゆっくり言い含める。

「…私も。志摩子とずっと一緒にいたいから」


***


教壇では国語教師が何か言っている。しかしその内容は志摩子の耳には入っていない。

視線は由乃の三つ編みに定まっていたが、その瞳には何も映し出されていなかった。










『まだシスターになりたいんじゃないの?』










祐巳の言葉が志摩子の脳裏に蘇ってきた。

(…そんなこと…ないわ)

確かにシスターになることは志摩子の昔からの夢だった。

(でも…私は祐巳と生きることを選んだのよ…)

去年の暮れ、散々に悩んでリリアン女子大に進学することを決めた。周りもそのことを喜んでくれた。

そして誰よりも一番喜んでくれたのは祐巳だった。あの『約束』もその時にしたものだ。

(…そうよ。神に仕えることは…祈りを捧げることはシスターにならなくても……祐巳の側でだって出来ることよ…)

志摩子は当の昔にそう決めていた。それなのに…今はなぜか心の中は晴れ渡っていない。靄がかかっているように前が見えなかった。










何か複雑な表情で祐巳がこちらを見ていたことに、志摩子が気付くことはなかった。


***


心の靄は昼休みになっても晴れることはなかった。

「へぇ〜じゃあ、あの泥棒ネコ…ごほっごほっ!…女の人は祐巳の知り合いだったんだ」
「そう。まさかリリアンに来ていたなんて…びっくりだよ……ってネコがどうかしたの?」
「い、いえいえ!何でもないわ」

今日もいつものメンバーでお弁当を囲んでいて、周りではシンディのことについて話している。志摩子はあまりその話をしたくなかったので会話には加わっていなかった。

それに朝からずっと、胸のもやもやを抱えている志摩子にはシンディのことを考える余裕もなかった。

何も考えられない。何も。

(私は…どうしてしまったのかしら?)










「――それでその時の鹿取先生、凄く可愛かったのよ」
「えー見たかったなぁ。先生、どんな服着て――」

志摩子がぼんやりしている間にシンディから担任の鹿取先生の話に変わっていたようだ。

その時、不意に窓の外に目をやった由乃が大きな声を出した。

「あっ!シスター日下部!」
「 !! 」

瞬間、由乃の言葉に志摩子の心臓はどきりと跳ね上がった。

「本当だ。いつ見ても綺麗よね」
「ねぇ…」

何のことはない。ただ綺麗な『シスター』が窓から見えただけの話なのだ。

(それだけの話じゃない…なのに…どうして…)

どきどきどきどき…鼓動は早いまま止む気配はない。

(どうして…)










『まだシスターになりたいんじゃないの?』










唐突に、またあの言葉が思い出された。

(そんなことない!……そんなこと…思ってなんか……)

『ない』と断言しようとしたその時、心の中で誰かが言った。










――シスターになりたい









(…あ…あ……ああっ…)

志摩子は気付いてしまった。自分が『まだ』シスターになりたいのだということに。










空は曇っている。どんよりと…今にも大雨を降らせようとしているかのように、重い雲が立ち込めていた。

To be continued...


一つ戻る   一つ進む