【No:1962】→これ・・・・意味不明の単語はそういう物があるんだと思って読んで下さい。
クロスオーバー 『 自殺の楽しみ方 』
3、薔薇の館
「2年前までは別の効能をうたっていて、名前も”ぱらだいす”ではなかったの。 でも本当の効能『自殺幇助』がばれてしまって非合法薬になり、公には取引することが出来なくなってしまったの、その時に開発者が開き直って”ぱらだいす”と言うネーミングにして闇で取引されるようになったと聞いたけれど……」
「説明的なせりふありがとう、やっぱり知ってたわね志摩子さん」
「ちょっと祐巳さん、どういう事よ?! そんなもの用意して! 言っとくけどわたし自殺なんかに付き合う気は毛頭ありませんからね!」
「いい時代よねぇ〜、わたしなんかでもセンター街をフラフラしてれば、ドラッグの二つや三つは簡単に手に入るんだから……」
「……って聞いてないし…」
あさっての方を見て遠い目をしている祐巳を見て、由乃は軽い溜息をついた。
「わたしもね昨日帰ってからいろいろな方法を試してみたの、首吊り、リストカットなんてオーソドックスなのからゲプタフ風呂一時間連続入浴とかキッキー注射なんてものまで……でもだめ、寸でのところで怖くなっちゃって思い留まってしまうの。痛いのはいやだし死ぬのは怖いし……」
「…死ぬの怖いって……それで自殺って…なんか変なんじゃないかしら」
「それで自殺云々言うなんてまだまだ甘いわ祐巳さん」
「だって!!」
あさっての方を遠い目で見ていた祐巳が、由乃と志摩子の方をキッと睨んで胸の前で両の拳をギュッと握ってみせる。 ファイティングポーズかもしれない。
「やりそこなったりしたら困るじゃない! 下手したら植物人間よ!? そんなのイヤじゃない! 何より『これから自殺しちゃうんだ………』っていう暗〜〜い気分が鬱陶しいし。 どうせ死ぬなら気持ちよくハッピーに死地に赴きたいってのが人情ってものでしょう?!」
「……願い下げだわ、そんな人情」
由乃の確かに聞こえる呟きを無視するように、祐巳はスカートのポケット付近から小型のスピーカーといまどき珍しいカセットテープレコーダーを取り出し、さらにラベルの付いていない非合法っぽい匂いをぷんぷんさせているテープを取り出して目の前にかざしてニタ〜ッっと笑う。
「っちょ、ちょっとまってよ! 私たちも聞くの?!」
「と〜ぜんよ。 聞かなきゃ意味ないでしょ〜?」
まるで子供をあやすように言いながらテープをセットする祐巳を見て、由乃は志摩子をつつきながら小声で言う。
「意味無いって……。 ちょ、ちょっと志摩子さんど〜すんのよ? わたし自殺なんてごめんよ」
「私も自殺なんてする気は無いけれど……今は脱出するのは無理だわ……。 入り口、気づかないかしら?」
「…あぁ〜? なによ?……」
ビスケット扉の方を見る由乃、目を細めてにらんで見たり、親指と人差し指で輪っかを作って覗いたりしてみた。
「結界が張られているわ」
「小説のキャラや思うてむちゃくちゃさせんなや!」
「でも、二次創作ではいろいろある事無い事書かれるのよ、有名税と思って諦めなければやってられないわ」
「二次創作の宿命なんて分かってるわよ、わたしが言いたいのは……」
「ポチッとな」
由乃と志摩子が不毛な議論を始めた隙に祐巳はカセットの再生スイッチを押した。 少し間をおいてスピーカーから二、三度小さい咳払いが聞こえてきて、効能書きが読み上げられだした。
『〜 本薬は、失敗の無い明るい自殺のために開発された物で、その効果たるや絶大なものがあります 〜』
「ふむふむ…」
「でもこれってなんでテープなの? 非合法薬って言えば出力原稿を粗悪コピーしたような物が入ってるのが普通じゃあないの?」
「しぃ〜〜っ、静かに。 ちゃんと聞きましょう由乃さん」
「……何で志摩子さんが止めるのよ?」
「後学の為よ、興味ないかしら?」
「ぜんっぜん無いわ!」
「由乃さん………静かに……」
「………はいぃ…」
祐巳にギロリっとにらまれて沈黙する由乃、右の頬が引きつっているのが印象的だ。
『〜 そもそも僕、フェリパ=米田がこの薬を開発しようと思ったのは2001年、僕が東京大学三年生だった頃ですから、やはり天才の芽は早い時期に出るものです。 その年、僕は荻窪にある女子大の文化祭に友人二人とともに訪れ、そこで一人の美少女と出会ったのです。 彼女は可愛く、かつ美しい女性でした…………どのくらい可愛らしいかと言うと、高価なマケロをふんだんに餌として与えられて育ったヌードマウスの発情二日目の尻尾みたいに可愛い女性で…… 〜』
---- カチッ ----
「‥‥‥‥‥‥‥‥なに? これ……」
眉間にしわを寄せて祐巳はプレーヤーの一時停止ボタンを押す。
「開発者みたいだけれど、自分で効能書きを読み上げるなんて、本当はすごい目立ちたがり屋なのかしら?」
「………”ぱらだいす効能ならびに使用上の注意”って書いてあるからあってるんじゃない?」
由乃がカセットの入っていたカバーに貼り付けてあるラベルを指差す。 ラベルをにらみ付けるようにしばらく見ていた祐巳は一時停止ボタンを解除した。
『〜 …ぇした。 たぶん皆さんも彼女の名前を知りたいだろうと思いますので教えて差し上げよう………っと思ったのですが……もったいないのでやめます。 彼女の名は、僕の胸の中にある宝石箱に、そっとしまっておくのがいいでしょう… 〜』
「宝石箱ぉ? 勝手にしろってのよ」
「まぁ〜、ロマンチックな殿方ね…」
「……キモいよ…」
『〜 でもヒントだけお教えしましょう。 いっとー上が”や”で、いっとー下が”み”です。 一目で彼女を好きになってしまった僕ですが、どーもいけません、受験勉強にうつつを抜かしていたせいで、こと女性に関しては奥手でして、いったいどう切り出したらいいものか…… 〜』
”ガチャッ”
祐巳は停止ボタンを押して二、三度呼吸を整えてからエジェクションボタンを押しテープを取り出して残量を確認する。
「……こ、これって…テープ残量からしてあと1時間はありそうじゃないの」
口元を引きつらせてプルプル震えながらテープをセットし直してから、祐巳は再生ボタンではなく早送りボタンを押した。
「祐巳さん、何か大切なことを言っていたらどうするの?」
「言っていると思う? あの内容だと多少飛ばしても大丈夫そうだけど。 ………この辺で…どうだ」
カチッ。 A面1/2程進めてから再び再生ボタンを押しなおす。
『〜 最後のデートは横浜でした……。 〜』
「へぇ〜…」
「デートにこぎ付けられたの?」
「最初で最後の間違いではないかしら?」
『〜 夜のベイブリッジが見渡せる港の埠頭に彼女は車を止めました。 さわやかな潮風が車のボンネットに腰掛けた彼女の長い髪をなで上げます。 僕も彼女の傍らに立ち、うっとりと彼女のその可憐な横顔を眺めていました。 ファーストキスにふさわしい、いいムードが漂っていて、彼女の唇が僕のそれにかぶさって来る期待に胸をときめかせていました。 〜』
「それって普通逆なんじゃないの?」
「しぃぃ〜ッ」
『〜 すると彼女はこう言ったのです。
”今日でお別れにしましょ、フェリパさん”
”な、なんでっ?!”
”なんでって……今まで東京大学の学生さんでクォーターで、それに顔もいいからついだまされちゃったけど……” 〜』
「…なるほど、学歴と顔で付き合ってもらえてたのね、なっとくナットク」
「由乃さん、会ってもいないのにこの人のことを知っている様な事を言うのは、良くないと思うけれど」
「大体想像つくわよ。 それに、二枚目が振られる話って蜜の味じゃない?」
『〜 ”……もういや。 あなた自己顕示性の性格○常者のケがあるわよ。 偏○狂的でもあるし。”
と言うが早いか、僕を放って置いてさっさと車に乗り込むと、一人で運転して去っていってしまったのでした。 ……この僕を捕まえてどこが異○だと言うのでしょう! 僕は正常すぎて○常なくらいです! ………僕はたった一人12月の埠頭に取り残され30分も歩いてやっと大通りに出てタクシーをひろう事が出来たのです。 …ぁあのときのミジメさと言ったら…… 〜』
「「「 ははははははははははははははははははははha 」」」
『〜 それから僕はすっかり女性不振に陥ってしまって、くら〜い日々が続いたのです。 〜』
「女性不振と言うよりも自己不振に陥るべきじゃないかしら?」
「それは本人に言ってやったほうがいいんじゃない、志摩子さん」
『〜 そのうち自殺したくなってきて、いろいろな方法にトライして見たのですがダメでした。 寸前でくじけてしまうのです。 そこで、自殺願望のある人間を奮い立たせる薬の開発を思いついたのです。 僕を含め、この世には自殺したいけど今ひとつ根性が足りない、ガンバリが足りないと言う人がたくさんいるに違いない……。 その人達のお役に立てるだろうと考えて……。 〜』
「そっか…、あなたも人間的に成長したのね……〈ホロリッ〉」
「…いや祐巳さん…それって、なんか違うような気がするんだけど…」
『〜 でも、またこの薬の開発の苦労ときたら、それはそれは大変で。 まるまる2年というもの、卒業研究もそっちのけで… 〜』
カチッ。 半目になってジト〜〜ットレコーダーの中のカセットをねめつけている祐巳。
「……祐巳さん?」
「…また話が長くなりそうじゃない……それとも2年分のたわごとを聞きたいの? 要するに飲めばいいんでしょ飲めば! ……あぁぁ〜〜お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許しください。 それから姉よりも人格者な祐麒、あなた人が良すぎだと思うの、もっと腹黒くなった方が世の中渡って行くのに楽だと思うの、カバンの中の遺書を読んで少しは反省してね………」
「…そうね、良すぎるのも問題だと思うわ」
「そこがいいんじゃなぁ〜いぃ……って、祐巳さんダメ!」
おもむろに薬ビンを取り上げた祐巳は、無造作にフタを開けた。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 つづく・・・・