【2147】 ドリルで銀河爆砕戻りたいけど戻れない衝撃告白  (C.TOE 2007-02-05 16:04:41)


「さすが私立、金あるわね」

乃梨子は感心しながら見渡した。

リリアン女学園高等部の施設、温水プール。

今日は乃梨子にとって初めてのリリアンでの水泳の授業。
乃梨子にとって温水プールといったら、お金を払って入る民間の有料施設しか知らない。そしてそんなところは、高校生になってからデートで行くようなところだ。

「乃梨子さん、どうしたのですか?」

クラスメイトから親友に昇格した瞳子が近寄ってきて言う。

瞳子及び山百合会の面々の仲介によって、乃梨子は志摩子さんの妹になって半月。ようやく山百合会の仕事にもこの学校にも慣れてきたが、未だに驚かされることは多い。

「いやー、さすがお嬢様学校、設備が整ってるなーと思って」
「あら、そうですか?」

瞳子の反応は、それほどでもなかった。おそらく、ずっとここにいるから、ここの基準が普通と思ってしまっているのだろう。

「まあ、それはともかく。
乃梨子さん、今日はゆっくりご見学なさっててください」

初めての水泳の授業だが、乃梨子は見学だった。まあ、いわゆる、女の子の旗日というやつ。運悪くこれが積み重なり、夏休みに補習を受ける羽目になるのだが、それは後日の話。



授業中、見学者はとくにする事もない。乃梨子は軽いのをいいことに、うろついて施設内を見学していた。

(うわー、広い更衣室。中学の時の、とりあえずありますという更衣室とは全然違う。エアコンも完備してる。校舎もエアコンつければいいのに)

とはいえ、ここにはプールと更衣室しかない。あまり長時間更衣室にいるのも変だ。乃梨子はプールに戻ってきておとなしく見学することにした。とりあえず、ここの生徒たちのレベルも知りたかった。

(んー、泳げない人はいないけど、特に上手という人もそんなにいないみたい)

山百合会のメンバーになったが、ここで優秀な成績を修め外部の大学を受験するのが目標の乃梨子にとっては、どの授業も手抜きはしない。今日見学の分、後日取り返さなければならない。

(それにしても・・・・・・)

相変わらず、どれが誰なのか見分けがつきにくい。
確かに顔は違うのだが、雰囲気がまるで同じなため、未だにどれが誰なのかよくわかっていない。
しかも、今は水泳の授業中。
水泳用の帽子をかぶり、同じスクール水着を着て泳いでいるので、まったく見分けがつかない。

(それはまずいわよね)

がり勉して、他人とあまり関わらないつもりだった乃梨子だったが、生徒会のメンバーになった今となってはそういうわけにもいかなくなった。なんでもつぼみはそのまま薔薇さまになるのが慣例らしい。つまり、乃梨子は3年生になったら白薔薇さまなのだ。生徒会長がクラスメイトの顔の区別すらつかないでは、いろいろと不都合だ。

(あ、瞳子)

今現状で区別がつくとしたら彼女くらいだろう。どうも平均より薄くて小さいような気もするが、その辺は友達のよしみでスルーしてあげよう。
やはり、あの一度見たら忘れられない縦ロールは目印として最適だ。

(え?縦ロール?)

瞳子は縦ロールを帽子から出して泳いでいた。
そういう長い髪をしまうために帽子を着用してるのに、これでは意味がない。
瞳子はあれがアイデンテティーと思ってるところがあるから、故意にしまってないのだろうか。
水に濡れても髪形が崩れないとはなかなか根性のある縦ロールだと思ったが、乃梨子は瞳子がプールからあがるのを見計らって、近寄ると注意した。

「瞳子、その縦ロール、帽子にしまいなよ」
「え?何をおっしゃっているのですか、乃梨子さん?」
「なにって、だから、髪の毛を帽子にしまうのよ」

そう言って乃梨子は瞳子の縦ロールを触れた。
意外や、硬かった。

「どうしてですか?どうして帽子にしまわなければならないのですか?」

心底、瞳子は不思議そうに言う。
しかしだまされては駄目だ。瞳子は大女優なのだ。

「どうしてって、そのために帽子をかぶってるんだろ?」
「ええ、そのために帽子をかぶっていますわ」

どうやらしまう気は無いらしい。
どう続けようか乃梨子が迷っていると、

「変な乃梨子さん」

それだけ言うと、瞳子は通り過ぎてしまった。

(あの髪型、やっぱりジェルとかで固めてるんだろうか)

だから、帽子の中にしまうことができない。
乃梨子はそう解釈した。
しかし、それなら水泳の授業のある日にそんな事をして許されるのだろうか。周囲は瞳子の縦ロールをなんとも思っていないようだが、ここのメンバーはそういう風にできている。

そんなことを考えている間に、瞳子が再び泳ぎだした。

そして、乃梨子は見た。

瞳子の縦ロールが水中で回転しているのを。

(・・・まさか)

乃梨子は観察した。

あれは、水流で回転しているのではない。

回転して水流を作っているのだ。

(スクリュー?)

ドリルだと思ったこともあったが、どうやら乃梨子の思い違いだったようだ。
さらに観察すると、瞳子の泳ぐスピードは他の生徒より少しだけ速いようだ。

(マジ?)

これは確認したほうがいいのだろうか。見なかった振りをしたほうがいいのだろうか。
乃梨子は悩んだ。
しかし、好奇心は抑えられなかった。

瞳子がプールに飛び込み・・・しかしすぐにプールから出てきた。
乃梨子はふらふらと近寄っていった。

「あのさ、瞳子。聞きた・・・」
「失敗してしまいましたわ」

乃梨子が話しかける途中で、瞳子が返してきた。

「え?失敗って、何が?」
「飛び込みですわ、乃梨子さん」
「そうだった?」

別に先ほどの飛び込み、失敗したとは思えない。両腕をしっかり伸ばして、きれいに頭から入水した。腹打ちもしていないはずだ。

「きれいに飛び込めてたじゃん」
「錘先を立てるのを忘れてしまいました」
「スイセン?」
「錘型先端ですわ」

水方?戦端?
何を言っているのか考えている間に、瞳子は行ってしまった。

しばらくして、再び瞳子が飛び込む。

そして、乃梨子は見た。

瞳子が着水する瞬間、縦ロールが伸びて、瞳子の腕を覆うように円錐型になったのを。

水しぶきがあまりはねない、きれいな二点入水だった。

そしてその後、何事も無かったかのように、縦ロールは本来(?)の形に戻り、推進機関となった。

(瞳子・・・腕と足は飾りか・・・?)





乃梨子が呆然としている間に。

授業が終わったらしい。
皆更衣室に行って、プールには誰もいなくなっていた。

乃梨子は更衣室の外で瞳子を待っていた。
どうしても確認したかったのだ。

ひょっとしたら乃梨子が気づかなかっただけで、普段から瞳子は縦ロールで荷物を持ち、縦ロールで歩行(?)しているのではなかろうか。

一度気になりだすと、もう止まらない。
今朝はどうやって歩いていた?
昨日はどうやってかばんを持っていた?
いや待て、そもそもあの日、瞳子は志摩子さんの数珠をどうやって持っていた?本当に手で持っていたか?

などと考えている間に、瞳子が出てきた。

「あら、乃梨子さん、待っていてくださったんですか?」

出てきた瞳子を何度も確認する乃梨子。

「よかった、瞳子。ちゃんと自分の足で立ってる。自分の腕で荷物持ってる」

そうだ、自分の認識は間違っていない。
間違っていたのは、水泳の授業中の自分の記憶だ。
きっと初めての温水プールにのぼせて、幻覚を見ていたに違いない。

そんな乃梨子の様子に、驚いたように目を丸くする瞳子。
そして、笑いながら言った。

「何を言い出すかと思えば、乃梨子さんたら。あたりまえじゃないですか」
「うん、そうだよな。今日の私は体調が悪くてさ」

しかし、瞳子はさらに言った。

「今日は水泳の授業があるので、水中用を付けて来たんです。
明日はまたいつも通り地上用を付けてきますから」


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