【2215】 おしえて  (らくだ 2007-04-05 01:20:38)


「蓉子さんなら即山百合会入り間違いなしでしょうね」
クラスメイト達の無邪気な笑顔が蓉子を取り囲む。
「そんな事ないわ。まだ山百合会幹部の方々とは一度も話したことすらないのですから」
「ご謙遜なさらないで。私たちは応援してますから」
いや、謙遜なんてしてないし、応援されても困る。だが、彼女達の天使のような微笑には嫌味なんてものは一ミリグラムも含まれていない。だから蓉子もあやふやに頷く事しかできなかった。

高等部へ上がりまだ間もないというのに、クラス、いや学年単位で誰が山百合会のお姉さま方のプティスールになるかの予想で盛り上がっていた。
高校受験組みで、この間まで蓉子が何か困ったことがあるようなら手助けをしていた子でさえ、今じゃ天使たちの輪に入り一緒に予想して楽しんでいるのだ。
そして、予想ランキングの一位に何故か蓉子が挙げられている。
だが蓉子自身、別に山百合会への憧れなんてなく、ただ出切るだけ平和に高等部の三年間を終えれたらいい、ぐらいに考えてるのであった。
平穏無事に学校生活を楽しみたい。誰しもそう考えているだろう。
だが、それも上手くはいかないようだった。

「水野蓉子さんはどなたかしら?」
お昼休み、友達とお弁当を食べようと机をくっつけあっていると、級に蓉子の名が呼ばれた。
何事?と振り返ると、そこには紅薔薇の蕾が立っていた。
「何の御用でしょう?」
仕方なく蓉子は前に歩み出て尋ねた。
「ちょっといいかしら」
すると蓉子の腕を掴み、強引に連行されてしまった。非常口の扉を開け、人気のないところまでやってくると、ようやく紅薔薇の蕾は蓉子の腕を放してくれた。
「初めまして、蓉子さん」
「・・・初めまして」
「私の事はご存知?」
「えぇ、まぁ」
そりゃ、学校のアイドル的存在のお方だ。誰でも知っているだろう。
だが、実は紅薔薇の蕾と分かっても彼女の名前は分からなかった。アイドルグループでも、バンド歌手でも、役割や通称が分かっていても、その人本人の名前はわからなかったりするのと一緒。
「結構、では本題なんだけれど。貴方、お姉さまはいて?」
彼女は満足そうに頷くと、いきなり直球で質問を投げかけてきた。
「いえ、いません、けど…」
蓉子はあやふやに答えた。
「そう、じゃあ、私の事はどう思って?」
どう思って?そう聞かれても、今始めて話した人間についてそれなりの感想なんて述べられようはずがない。「素敵だと思います」とか「明るい方ですね」とか、そんな当たり障りの無い受け答えが関の山だろう。
「まぁそうよね。今始めて会ったんだから、そんなホイホイ相手への感想なんていえないわよね」
蓉子の思考を悟ってか、彼女は楽しそうに笑って蓉子の肩をポンポンと叩いた。
「じゃあ、これから判断してくれないかしら?」
「え?」
「だって、今現在私の事を判断し兼ねているのでしょう?だったら、これから私を見て、貴方なりに私がどんな人間なのか判断してちょうだい。話はそれから」
そりゃそうだけど、判断と言われても具体的にどうしたらいいのだろうか?蓉子は今までの人生でも数えるほどしか体験してない、「動揺」という感情を味わっていた。
「ま、とりあえずお腹空いたわ。一緒にご飯食べましょうか」
彼女は蓉子の動揺を知ってか知らずか、蓉子の意見なんてお構い無しにまた腕を掴み、二年生の教室の前までつれてきた。
「ちょっとここで待っててね」
そういうと足早に教室へと入り、すぐ片手にお弁当を持って帰ってきた。
「おまたせ〜」
なんて機嫌よく答えた彼女は、また蓉子の腕をとって歩き出した。今日初対面なのに、すでに蓉子は彼女に振り回されていた。こんな経験、人生初めてだろう。悪くは無い、と思ってる自分が確かにいた。
そのまま何処へいくのかと、蓉子はただ連れまわされながら蓉子はぼんやり考えていた。紅薔薇の蕾に一年生があちこち連れまわされていたら、嫌でも目立つというものだ。すれ違う人全員が、何事?という好奇の目線で見てくる。
ふと気がつくと、そこは蓉子の教室の前まできていた。
「ついた〜」
彼女はそういうと蓉子の手を離し、「失礼しま〜す」と言って一年生の教室へと入っていった。それと同時に、教室内が一気に固まり静まり返った。
蓉子も仕方なくあとへついていった。
「ここで食べる、というわけですか」
「そうよ。これ以上移動してると食べる時間なくなっちゃうわ」
そういうと、さっき蓉子が友達とくっつけた机に向かい、先にお昼を済ませた友に「席、譲っていただけるかしら?」と眩しいほどの笑みで尋ね、即席を奪い取ると、さぁ、と蓉子も座るよう促した。
たしかに蓉子もお昼抜きで五時間目の授業をうけるのはきついので、仕方なく折れて席についた。
それからは、おもに学校行事について教えてもらったり、山百合会とは具体的にどんな活動をしているのかとかをひたすら教わった。
そうこうしてるうちに、お弁当はあっという間に平らげられ、これからどー出るかと少し身構えていると
「じゃ、帰りますか。またね」
といい、紅薔薇の蕾はすくっと席を立って歩き出した。
蓉子はホッと息をついた。ここまで行動が読めない人が今までの人生でいただろうか、否、いない。なんとなく、蓉子は去り行く彼女の背中を目で追った。
すると彼女は振り返りこう言った。
「あ、そうそう。明日も来るからよろしく!」
そう言うと彼女は満足げに微笑んで、教室をあとにした。
「まったく、本当にふりまわされっぱなしだ」
蓉子はため息混じりにそう呟いた。少しの笑みと共に。

「なんか貴方大変な事になってるらしいじゃない。」
下校時、背後から急に話しかけられた。江梨子だ。
「まぁね、どうしてこんなことになったんだか」
「でも貴方、楽しそうじゃなくって?」
「かもね」
そうだ、蓉子自身今の展開を楽しんでいるのだ。平穏無事とは百八十度違うけれど、彼女という人間が気になって仕方なくなってきているのは事実であった。
「で、蓉子はこれからどうするつもりなの?」
「どうって、そうね。どうしたらいいのかしら?」
「やられっぱなしでいいわけ?」
江梨子はにっこり笑ってそう尋ねてきた。やられっぱなし。たしかにそうだ。蓉子は彼女に振り回されっぱなしだった。新鮮で、そういうポジションも悪くないなぁなんて思ったりもしたが、でもやはりそれは蓉子のキャラじゃない。
完璧な優等生。それが蓉子が今まで築き上げてきた人柄である。
「よくないわね」
「そう言うと思ったわ。それじゃ、明日が楽しみね」
「多大な期待はしないでね」
そういうとちょうど分かれ道に差し掛かり、そこで江梨子と別れた。

校門を出ると、そこにはまた見知った顔がいた。
「蓉子さん。ごきげんよう」
「あら、ごきげんよう」
聖だった。相変わらずとっつきにくい彼女だが、中等部からの腐れ縁だ。彼女には世話ばかり焼いては怒られ、っていうのを繰り返してるように思う。
「何か御用?」
「紅薔薇の蕾の妹になるんだって?」
「そんな情報どこから聞いたのかしら?」
蓉子はあざ笑う感じに答えた。聖がそんな噂話を真に受けてるのが可笑しかったからだ。だが、聖がその情報を聞いたという人の名を聞いて、蓉子は固まってしまった。
「白薔薇の蕾から、ね」
そういうと聖は胸元からロザリオをチラっとみせてくれたのだった。どういう事?蓉子はわけもわからず固まったままだった。
何故聖が白薔薇様の蕾と接点を持ち、そして何故聖の首にロザリオがかかっているのか、蓉子には全く理解できなかった。
「白薔薇の蕾の妹になった、そう言えば分かってくれるかしら?」
そう言うと聖は、勝ち誇った顔をして偉ぶった。
聖が、白薔薇の蕾の妹、に?一体何故?
「冗談じゃ、ないわよね・・・?」
「勿論。私が今までこんな嘘ついたことあった?」
いいえ、ありません。聖はそんなどうでもいい嘘を付くような人間じゃない。
だからこれは本当なのだろう。
「一体?いつから?」
「さっき」
「え?」
「さっき妹にならないかって言われた」
「で、受け取ったの?」
「うん。初対面だったけれど」
開いた口が塞がらないとはこの事を言うのだろう。初対面の人にいきなり「妹にならないか?」と言われ、すんなり受け取ってしまうなんて前代未聞だろう。
「だから、蓉子が山百合会の仲間になってくれるんだったらやりやすいなって思って、ここで待ってたわけ。それじゃね」
そう言うと珍しく聖は楽しそうに駆け出して行ったのだった。
蓉子は、聖の背中が見えなくなるまでただ呆然と立ち尽くしていた。

翌日、約束通り紅薔薇の蕾は蓉子のいる教室へとやってきた。
「蓉子さんはいらっしゃって?」
そう尋ねられたクラスメイトは、卒倒寸前のところを持ちこたえ、蓉子の前まで紅薔薇の蕾を連れてきた。紅薔薇の蕾は、女から見てもそれはとても美しいお方だった。
ショートヘアーが良く似合い、その整ったお顔は山百合会一とも言われている。
「じゃ、席借りるわね」
そうクラスメイトに告げ、また昨日と同じように蓉子の前に座った。
「どう?私の事は何か分かって?」
そう鼻歌交じりに尋ねてくる彼女に、蓉子は打って出た。
「その前に、紅薔薇の蕾は私の事、お分かりになっているのですか?」
「え?」
彼女の鼻歌はぱっと途絶え、余裕のある顔つきは消えうせ目を見開いて蓉子を凝視した。ちらっと廊下を見れば、江梨子が楽しそうにこちらの様子をうかがっている。そしてもう一方の扉の角にもたれながら、聖がまたそっと成り行きを見ていた。
「そういえばそうね・・・」
「え?」
「うん、私あなたの事そこまで知らないわ。いやだ」
そう言うと彼女はクスクス笑い出した。
「知らないで、、付きまとってるんですか?」
「そうなるわね。ふふ」
こんな愉快な事は無いって感じで笑う彼女を見ていたら、蓉子もなんだか可笑しくなってきて一緒に笑った。
「単刀直入にお聞きします。紅薔薇の蕾は、私を妹にしようとお考えですか?」
「そうよ」
当たり前といった感じで頷く。
「では、ロザリオ下さい」
蓉子自身、きっと彼女と同じぐらい相手の事が気になって仕方ないのだと感じた。
「あらそう」
そう言うと、彼女はすんあり首元からロザリオを外した。
すると、教室や廊下で野次馬してる連中から「おぉ」というどよめきが起こった。一体何がどうなってるの?って感じだったところを、急にロザリオを外しだしたので驚いたのだろう。悲鳴にも似た声も混ざっていた。
でも彼女はそんなそんな事気にも留めず尋ねてきた。
「いいの?本当に?」
「えぇ」
「わかった」
そういうと彼女は満足そうに頷いて、蓉子の首にロザリオをかけた。お互い面と向かい座りあって、机越しのロザリオの受け渡しだった。あたかも、クラスメイトが雑談中なにか物を渡す時のように。
蓉子は手の上でロザリオを転がしてみた。日差しが反射して、キラキラと輝いていた。
すると、今度はそこここから拍手と祝福の声が聞こえてきた。
そこで実感する。蓉子はこの人と姉妹になったのだと。
「これで私は貴方の姉ね」
「私は妹で」
二人してしたり顔で見つめあい、それから同時に笑いあった。
「じゃ、放課後また迎えにくるから、一緒に薔薇の館へいきましょう」
そういい残し、教室を去っていった。
それを確認したクラスメイトはすぐさま蓉子を取り囲み、祝福された。
それから、蓉子はリリアン瓦版をこっそり取り出し、彼女の名前を確認した。
そこに記された名前は、彼女のイメージにピッタリの名前だった。

「さぁ、行くわよ」
ホームルームが終わるやいなや、すぐさまお姉さまが現れた。
蓉子の手を取り、廊下を駆け抜ける。廊下を走るなんて今までそうしたことがなかったのだが、お姉さまと一緒だと凄く心地よかった。
「妹になったんだからさすがにもう言えるわよね?私の感想おしえて!」
走りながら振り返り尋ねるお姉さまの顔は、今まで見たどの顔よりも輝いていた。


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