【2217】 歴史的重要資料もう準備しちゃったこころをこめて  (朝生行幸 2007-04-05 12:33:11)


「くっくっく、人の手に持たれるは、いったい何年ぶりになるぞや……?」
 妙に時代がかった口調で、しかもしわがれた声でそう言い放ったのは、以外にも白薔薇のつぼみ、二条乃梨子だった。
 彼女の手には、濡れたような、ヌメリとした妖しい輝きを放つ日本刀が握られていた。
「二百……いや、三百年になるか。気の遠くなるような歳月を経て、我の乾きも最早限界……。こうして自由になった今、遠慮なぞ出来ようもないぞよのう」
 丸っきり正気ではない目付きで、抜き身の刀を構える乃梨子。
 彼女は、そのまま何故か、松平瞳子に襲い掛かった。

 話は少し遡る。
 ここ、薔薇の館会議室には、黄薔薇さま支倉令、白薔薇さま藤堂志摩子、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳、手伝いを買って出た瞳子、そして乃梨子の、合わせて5人がいた。
 学園長の知り合いの好意により、本日午後から体育館にて、歴史の授業の一環として、価値のある文化遺産の展示会が開かれることになったのだ
 特に貴重なものは、一時的に薔薇の館に保管されていたのだが、山百合会関係者や少数の手伝いが、展示の時間に合わせて準備していた。
 ほとんどの運び出しが終わり、最後に残っていたあまり大きくない物を皆で運んでいたその時。
 乃梨子が抱えていた包みの口が開き、そこからガッチャラコンと床に落っこちたのは、大小二本の日本刀(うぷぷ)。
 乃梨子らしからぬ失態だが、鞘から抜け落ちてしまった刀を慌てて拾い上げたところ、唐突に彼女の動きが止まり、やがて動き出したかと思うと、そのまま冒頭の台詞を口にしたのだった。
 今この場に居合わせているのは、当の乃梨子と、その姉志摩子、そして瞳子のみ。
 素人丸出しで、乃梨子は刀をブンブン振り回し、瞳子はキャーキャー逃げ回る。
 オロオロしつつも、妹の狂態を止めようと必死の志摩子という妙な光景が繰り広げられている。
 足元がもつれ倒れこんだ瞳子に、乃梨子がチャンスとばかりに上段に構えたところ、志摩子が決死の覚悟で間に割って入った。
「乃梨子、目を覚まして!?」
 悲壮ながらも凛として美しい志摩子の姿を見たせいなのか、寸前のところで刃がピタリと止まった。
 そのまましばらくブルブルと刃先が揺れていたが、やがてカラリンと音を立てて、刀が床に転がり落ちた。
「……あれ? 志摩子さん?」
「……良かった、正気に戻ったのね」
 志摩子は、乃梨子を優しく抱き締めた。
「一体何が? あ、刀が……」
「触ってはダメよ。私が拾うから」
 腰を抜かして呆然としている瞳子はそのままに、なんだか良い雰囲気の白薔薇姉妹だったが、志摩子が日本刀を拾ったその時。
 ゾワリと髪が逆立ったと思うと、いつもの遠くを見ているような瞳が据わり、ギラリンと嫌な光を放った。
「くっくっく、先ほどは何故か動きが止まってしまったが、こんどはそうはなるまいて。さぁ、血の饗宴を始めようか」
 しわがれた声でそう言いながら、抜き身の刀を構える志摩子。
 彼女は、何故か再び、松平瞳子に襲い掛かった。

 素人丸出しで、志摩子は刀をブンブン振り回し、瞳子はワーキャー逃げ回る。
「いやぁ、忘れ物をしてしま……って、何事!?」
 そんな状況の中、令が姿を現した。
 オロオロしている乃梨子を意にも介さず、瞳子を追い掛け回す志摩子という妙な光景が繰り広げられている。
「黄薔薇さま、志摩子さんがあの日本刀を持ったと思ったら、急に瞳子に襲い掛かって」
 自分を差し置いて説明する乃梨子だったが、まぁ自覚がなかっただろうから仕方が無い。
「……どうやら正気じゃなさそうね。呪われた刀ってヤツかな?」
 足元がもつれ倒れこんだ瞳子に、志摩子がチャンスとばかりに上段に構えたところ、令が流れるような動きで間に割って入った。
「志摩子、目を覚ませ!?」
 令は、振り上げられた刀の柄尻を掌で叩き、無理矢理志摩子の手から叩き落した。
 壁に当たり、回転しながら跳ね返った刀が、瞳子のすぐ真横の壁に突き刺さった。
「……あら? 令さま?」
「……良かった、正気に戻ったね」
 令は、志摩子に優しく微笑んだ。
「一体何が? あ、刀が……」
「触ってはダメ。私が回収するから」
 青ざめて呆然としている瞳子はそのままに、なんだかカッコイイ黄薔薇さまだったが、令が日本刀を手にしたその時。
 ゾワリと髪が逆立ったと思うと、いつもの優しくも鋭い瞳が据わり、ギラリンと嫌な光を放った。
「くっくっく、先ほどは上手く引き剥がされてしまったが、こんどはそうはなるまいて。さぁ、再び血の饗宴を始めようか」
 しわがれた声でそう言いながら、抜き身の刀を構える令。
 彼女は、何故か再び、松平瞳子に襲い掛かった。

 玄人はだしで、令は刀をブンブン振り回し、瞳子はキャーワー逃げ回る。
「令ちゃん、何をトロトロして……って、何事!?」
 そんな状況の中、由乃が姿を現した。
 オロオロしている乃梨子と志摩子を意にも介さず、瞳子を追い掛け回す令という妙な光景が繰り広げられている。
「由乃さん、令さまがあの日本刀を持ったと思ったら、急に瞳子ちゃんに襲い掛かって」
 自分を差し置いて説明する志摩子だったが、まぁ自覚がなかっただろうから仕方が無い。
「……どうやら正気じゃなさそうだわね。呪われた刀ってヤツ?」
 足元がもつれ倒れこんだ瞳子に、令がチャンスとばかりに上段に構えたところ、由乃が意外にも冷静に間に割って入った。
「令ちゃん、目を覚ましなさいよ!?」
 怒ったような顔の由乃を見たせいなのか、令の動きがピタリと止まった。
 更に駄目押しで、ベシベシと往復ビンタを食らった瞬間、令の手から離れた刀が床に転がり落ちた。
「……あれ? 由乃?」
「……良かった、正気に戻ったわね」
 由乃は、令を優しく抱き締めた。
「一体何が? あ、刀が……」
「触っちゃダメ。私が拾うから」
 青ざめて呆然としている瞳子はそのままに、なんだか良い雰囲気の黄薔薇姉妹だったが、由乃が日本刀を拾ったその時。
 ゾワリと髪が逆立ったと思うと、いつもの猫目が据わり、ギラリンと嫌な光を放った。
「くっくっく、先ほどは妙な恐怖を感じたが、こんどはそうはなるまいて。さぁ、再び血の饗宴を始めようか」
 しわがれた声でそう言いながら、抜き身の刀を構える由乃。
 彼女は、何故か再び、松平瞳子に襲い掛かった。

 素人丸出しで、由乃は刀をブンブン振り回し、瞳子はキーキャー逃げ回る。
「由乃さん、まだ? ……って、何事!?」
 そんな状況の中、祐巳が姿を現した。
 オロオロしている乃梨子と志摩子と令を意にも介さず、瞳子を追い掛け回す由乃という妙な光景が繰り広げられている。
「祐巳ちゃん、由乃があの日本刀を持ったと思ったら、急に瞳子ちゃんに襲い掛かって」
 自分を差し置いて説明する令だったが、まぁ自覚がなかっただろうから仕方が無い。
「……どうやら正気じゃないみたいですね。呪われた刀ってヤツですか?」
 足元がもつれ倒れこんだ瞳子に、由乃がチャンスとばかりに上段に構えたところ、祐巳が慌てて割って入った。
「由乃さん、やめて!?」
 困ったような顔の祐巳を見たせいなのか、由乃の動きがピタリと止まった。
 しかも祐巳のウルウルと潤んだ目の破壊力は絶大らしく、由乃の手から離れた刀が床に転がり落ちた。
「……あれ? 祐巳さん?」
「……良かった、正気に戻れたね」
 祐巳は、由乃の手を握り締めた。
「一体何が? あ、刀が……」
「触っちゃダメ。私が拾うから」
 青ざめて呆然としている瞳子はそのままに、なんだか良い雰囲気の祐巳と由乃だったが、祐巳が日本刀を拾ったその時。
 ゾワリと髪が逆立ったと思うと、いつもの大きな目が据わり、ギラリンと嫌な光を放った。
「くっくっく、先ほどは妙な安堵感のような脱力感のような、そんなアレを感じたが、こんどはそうはなるまいて。さぁ、再び血の饗宴を始めようか」
 しわがれた声でそう言いながら、抜き身の刀を構える祐巳。
 彼女は、何故か再び、松平瞳子に襲い掛かった。

 素人丸出しで、祐巳は刀をブンブン振り回し、瞳子はキャーキー逃げ回る。
「祐巳、準備は済んだの……って、何事!?」
 そんな状況の中、紅薔薇さま小笠原祥子が姿を現した。
 彼女は、体育館で指揮と手伝いをしていたため、薔薇の館には居合わせていなかったのだ。
 オロオロしている乃梨子と志摩子と令と由乃を意にも介さず、瞳子を追い掛け回す祐巳という妙な光景が繰り広げられている。
「紅薔薇さま、祐巳さんがあの日本刀を持ったと思ったら、急に瞳子ちゃんに襲い掛かって」
 自分を差し置いて説明する由乃だったが、まぁ自覚がなかっただろうから仕方が無い。
「……どうやら正気じゃないようね。呪われた刀かしらね?」
 足元がもつれ倒れこんだ瞳子に、祐巳がチャンスとばかりに上段に構えたところ、祥子がスッっと割って入った。
「祐巳、おやめなさい!?」
 祥子の言うことには、無条件で従ってしまう祐巳、その動きがピタリと止まった。
 しかも祥子の鋭い眼光と全身から漂う威圧感に気おされてか、祐巳の手から離れた刀が床に転がり落ちた。
「……あれ? お姉さま?」
「……良かった、正気に戻ったわね」
 祥子は、祐巳を優しく抱き締めた。
「いいいいいい一体何が? あ、刀が……」
「触ってはダメよ。私が処理しますから」
 青ざめて呆然としている瞳子はそのままに、なんだか良い雰囲気の紅薔薇姉妹だったが、皆とは違って祥子は、直接刀に触れるようなことはせず、慎重に鞘に収めた。
「ふぅ。それにしても、まさかコレがこんなところにあるなんてね」
「え? あれ? 祥子、それがなんだか知ってるの?」
 訳知り顔の祥子に、令が問い掛ける。
「もちろんよ。これは、我が小笠原グループが、総力を挙げて回収している魔剣、妖刀の類の一種なのよ」
「物騒だなオイ!?」
 思わず、一歩後ずさる一同。
 いくら貴重な文化遺産とはいえ、人を乗っ取り、人を襲うような代物は、回収し厳重な監視の下で管理されなければならない。
 小笠原グループは、密かにその任務を請け負っているのだった。
「それにしても不思議なのは、その刀を手にした全員が、他の人には目もくれず、瞳子ちゃんばかり標的にしてたことなんだけど」
「そりゃそうよ。だってコレはね……」
「コレは?」
 一同、今度はズイと一歩踏み出した。
「徳川家に仇なす妖刀、“村正”なんですもの」

 すなわち、“松平”が狙われるのは必然という話……。


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