恐ろしく長いので注意してください。
☆
山百合会に対する意識調査アンケート
項目に従って、山百合会メンバーの名前を書き込んでください。よろしければ理由もお書きください。
・第1項目 先代三薔薇さまを含む、二人きりになりたくない人は? 名( )
理由( )
・第2項目 先代三薔薇さまを含む、裏表がありそうな人は? 名( )
理由( )
・第3項目 先代三薔薇さまを含む、いざという時に役に立たなさそうな人は? 名( )
理由( )
・第4項目 先代三薔薇さまを含む、ガチそうな人は? 名( )
理由( )
・第5項目 先代三薔薇さまを含む、誰が一番結婚するのが早いか? 名( )
理由( )
・第6項目 先代三薔薇さまを含む、福沢祐巳さんの弟の祐麒さん、山百合会の誰とならお付き合いを許せる? 名( )
理由( )
・第7項目 先代三薔薇さまを含む、仮に自分が男性だったとして、奥さんにしたくない人は? 名( )
理由( )
・第8項目 先代三薔薇さまを含む、なんかすごい必殺技が使えそうな人は? 名( )
理由( )
・第9項目 先代三薔薇さまを含む、あなたは山百合会の方々と無人島に漂流しました。真っ先に頼る人は? 名( )
理由( )
・第10項目 先代三薔薇さまを含む、姉もしくは妹にしたい人は? 名( )
理由( )
何かありましたら、ご自身で項目をお書きください。
項目( ) 名( )
理由( )
☆
十二月頭、冬。
北から走り抜ける風は白く、乾いた色の地は固く、澄んだサファイアの空はどこまでも高く。
その日、薔薇の館にはかつてない緊張があった。
ギシ、ギシ、ギシ
一人、また一人と、少女たちはいつものように会議室へと向かう。
だがその表情、足取り、背に負うオーラは、絞首台の十三階段を登るような覚悟を秘めている。
誰一人、例外なく。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
言葉少なに、次々と席が埋まって行く。
一人一人のまとう負の感情が、煙のようにここに溜まっているのがよくわかる。
祐巳さんはかすかに肩を震わせ、顔を伏せて怯えていた。
志摩子さんはおろおろし、少々気まずい顔をしたまま、無意味に立ったり座ったりを繰り返す。
乃梨子ちゃんは落ち着かないのか、席を立ったまま流しにスタンバイ。
祥子さまは、普段通りと言わんばかりに文庫本を広げているが、そのページは開いた時から一度も捲られていない。
令ちゃんは……まあ、いつも通り情けない顔をしていた。
「…………」
ちらり、と目をやると、一際黒いオーラを放つ三人が、いないはずの三人がそこにいる。
水野蓉子さま。
鳥居江利子さま。
佐藤聖さま。
もう先代と呼ばれる、卒業していった薔薇さま方。
彼女たちだけは私服で、不敵な笑みを浮かべたまま、カップを傾けたりしていた。
……江利子さま。
あのピカッと閃くオデコを見ていると、あの日のことが嫌でも思い浮ぶ――
事の発端は、私、島津由乃にありました。
いや、正確に言えば、卒業してしまったオデコさま――鳥居江利子だ。
あれは、そう、「剣道大会までに妹を紹介する」という無謀な約束を交わし、辛くもそれをこなした後のことだ。
大会も終わり、解散となり、久しぶりに会ったという先代三人は連れ立ってどこかへと行ってしまった。近況報告を兼ねてゆっくりお話でも、という流れになったそうだ。
――なぜそれを私が知っているのか?
答えは簡単で、あのオデコが、私の家に電話を掛けてきたからだ。
「ごきげんよう。江利子です」
「番号をお間違えのようですよ」
母に「鳥居さんから電話よ」と取り次がれ、一瞬誰のことかわからなかったが、頭の中の人物リストの最下層「どうでもいい知り合い」カテゴリーに「鳥居さん」が一人いることを思い出した。
厄介事も片付いて、もう思い出したくもなかったが。
いくらアレでも無視するわけには行かず、私は嫌々ながら電話に出た。
「いいえ。私が掛けたのは由乃ちゃんにだから、お間違えじゃないわよ?」
あーそーですか。よかったですね。
「また妹を紹介してもらいたいんですか?」
今の私は、あの有馬菜々のことで頭がいっぱいで、オデコに割く時間も手間も惜しい。
いざとなったら切ってやろう。それができるのが電話の良いところだ。
「妹のことは先日片付いたでしょ。今日は別件よ」
「すみませんけど、今忙しいんで」
「あら、そうなの? いつなら暇?」
「さあ……」
曖昧に言葉を濁す。さすがの私も「あなたと話す時間はいつもない」とは言えない。
有馬菜々の秘密……まだ中等部生だ、とか、その辺に突っ込まれると痛いし、あまりにも理不尽なケンカを始めたら、いつもは情けない令ちゃんでも私を叱りそうだから。
いや、それでも令ちゃんは怖くないけど、令ちゃんが祥子さまに言いつけたりするプライドを捨てた行為に出る危険もあるからね。祥子さまは怖い。
警戒心を露にしていると、受話器の向こうで息を吐くような苦笑が聴こえた。
「由乃ちゃんで遊ぼうって魂胆もないから、話だけでも聞いてよ」
で、遊ぼう?
その言葉にムカッと来るものもあるが、ここで挑発に乗ってはオデコの思う壺だ。
「実はね、由乃ちゃん」
「はい?」
面倒臭いなぁ、という態度が伝わるように、低い声で適当に相槌を打つ。
江利子さまはそれに気づいていない振りをして、淡々と話を進める。
そして――
「……え?」
江利子さまが進めるその話に、私は次第に入り込んでいった……
「――お待たせしました」
過去を振り返っていた私は、新しく吹き込んだ風に視線を向けた。
駆け込んできた新聞部部長・山口真美さんと、その妹の高地日出美ちゃん。この間の妹オーディション改め茶話会で、めでたく姉妹になった二人だ。
日出美ちゃんの手には、ちょうど温泉饅頭が入っているような箱があった。
あれが、私たちの命運を握るモノだ。
全員が言葉を忘れ、それに注目する。
「では……早速ですが、始めたいと思います」
この重々しい空気を察して、真美さんはキッと顔を引き締めた。まあどう見ても談笑しているようには見えないんだから、早く仕事を済ませてとっとと帰りたいんだろう。
正直なところ、私だって私の居場所でもあるここから、今すぐにでも去りたいくらいだから。
「集計はもう済んだの?」
黙ったままだった氷山の一角、聖さまが気楽な声を発する。
「あ、はい。ただ、私たちは結果を知りません。言われた通りに全て部員に任せたので」
結構、と言いたげに聖さまは頷き、背もたれに深く寄りかかった。
真美さんは、雰囲気に飲まれてもう逃げ腰になっている日出美ちゃんを横に従える。
「それでは」
真美さんの手で、箱は開かれた。
「山百合会に対する意識調査アンケートを開封します」
「――私たちの在校中、私たち三人の中で、誰が一番人気があったのかしら?」
「……え?」
受話器の向こうの別世界から問われたその言葉には、無関心ではいられなかった。
私たち三人?
それはもちろん、蓉子さま、聖さま、江利子さま。
その中で、誰が一番人気があったのか?
粒揃いと言われた先代三薔薇さまは、歴代の薔薇さま方より、個性も能力もカリスマ性も飛びぬけていたという。
そんな人物は一人でも珍しいのに、三人も揃っていた。
個人的な感情を抜きにすれば、江利子さまだって外見も能力も、並み外れた人だと思う。
「……言いづらいですけど、蓉子さまでは?」
他意は本当にない。
ただ、蓉子さまは江利子さまや聖さまよりも社交的だった。
それだけの理由で、私は蓉子さまの名前を挙げた。
「そうね。私もそう思うわ。聖も同じ意見よ」
その返事に、なんとなくホッとしてしまった。まさか江利子さまが「自分が一番よ!」と思い込んでいる……とは思わないが、なんだか優劣を付けるようで緊張してしまった。
江利子さまのことは気に入らないが、望んで傷つけるつもりはない。あまり認めたくはないけど、江利子さまだって仲間だから。いくら私でも理性はある。
「じゃあ由乃ちゃん、三人の中で誰が一番モテていたと思う?」
「は!?」
「誰が一番モテていたと思う?」
繰り返されるそれに、背中から冷や汗が伝う。
誰が、一番、モテていた?
「え、蓉子さま、じゃ…?」
「それは『誰が人気があるか?』でしょ? 私が聞きたいのは『誰が一番モテていたか?』よ」
「同意義では……?」
「そうじゃないことは、わかっているわよね?」
……ええ、わかっていますとも。
「う、うーん……個人的な好みで言うなら……聖さま、だと……」
実は、これは嘘だ。
蓉子さま、聖さま、江利子さまを頭の中で並べてみた時、真っ先に目が向いたのは江利子さまだ。
「好き」という感情ではない、と思うけど……でも思い入れの大きさなら、私にとっては江利子さまで……
……仲間であること以上にもっと認めたくないことだけど、有馬菜々は、江利子さまに似ているから。
彼女が気になる時点で、私の中では「そういうこと」なんじゃないかと思う。
「やっぱり聖なの? そうかー……ナンパだものね、聖」
江利子さまの声のトーンが少し落ちた。……ちょっとガッカリさせてしまっただろうか。
「あ、いや、江利子さまもモテていましたよ? 物憂げな表情が色っぽいとか、よく噂されてましたし」
あの頃は「令ちゃんを束縛する敵」だったから、私にはそう見えなかったけど。
「ふうん。そうなの?」
「ええ、まあ」
……というか、なんで私がこんなオデコに気を遣わなきゃいけないのよ! あとで令ちゃん蹴っとこ!
「それじゃ、そこに祥子や令を入れたらどう?」
「……へ?」
「ふふ。そういう反応、なんか祐巳ちゃんみたい」
うぐ……笑うなオデコっ。
「もちろん由乃ちゃんも、志摩子も、祐巳ちゃんも入れて。そうしたら誰が一番かしら?」
「わかりませんよ! 何が言いたいんですか!」
イライラしてきた私は、受話器の向こうの世界に叫んだ。
「どうせ私一人の意見じゃ、何もわからないでしょう!?」
江利子さまは、そこまでわかっていて話している。そして最終的な着地点を最初から計算している。
つまり、私に何かさせるつもりなのだ。
「そうなのよね。由乃ちゃん一人の意見じゃ、何もわからないのよね。だから――」
だから、「山百合会に対する意識調査アンケート」だ。
かつて行われた「ベスト・スール」や「シンデレラ」、令ちゃんが取った「ミスター・リリアン」などのアンケート形式をお借りして、一週間を掛けて新聞部から決行してもらった。
このアンケートは、いきなり校内で配信された。「山百合会に対する意識調査」でありながら、私たち……いや、私以外の人にはまったく知らされず。
突然出回り始めたアンケート内容に激怒する祥子さまも含め、私たちはこれにより選出される結果を恐れた。悪ふざけも大概にしろ、と言いたくなるような質問ばかりだったから。
よほど「悪ふざけ」であったら、どんなによかったか。経過を知っている私でも、こういう形で先代が動くとは思わなかった。
私がやったのは、先代たちと真美さんの繋ぎ役。それも最初の一回きり。その後のことは知らされていなかった。
……とりあえず、私は今のところ先代の協力者……あるいは山百合会の裏切り者なわけだけど、それはバレていないので、このまま黙ってやりすごそうと思っている。
それはともかく。
抽選五名さまに「先代三薔薇さまも座る茶話会」というプレゼントを用意することで、新聞部、写真部の協力を得てアンケート数を稼ぎ出すという小細工まで利いているので、アンケートはほぼ全校生徒分が集まったとか。
ただし、前回の新聞部企画のアンケートとは違って、これには十項目の質問と、最後の空行が存在する。十項目は質問に答えるだけで、空行には好きな質問を入れて答えるというシステムだ。
ただそれだけのことである。
では、皆がなぜ沈んでいるのか。
それはもちろん、「退屈がお嫌いな鳥居江利子さま」も加わって、先代三薔薇によって十項目の質問が作られたから。あのオデコ含む三人が当たり障りのない質問など作るわけがない。
このアンケートの結果で、自分がみんなにどう思われているかが如実に露出してしまう。
みんなと同じように、私も相当怖い。先代はもう卒業している分だけ気楽だろうけど、まだ制服を着る権利と義務がある私たちにとっては、今後の学園生活に大きな影響を及ぼすことは明白だ。
ちなみに、写真部の協力は、一年生は知らない先代三人の情報提供等に一役買っている。かわら版に写真を載せたりね。
「……ふう」
こっそり吐いた息は、かすかに白く消え去った。
私が新聞部とコンタクトを取ったのが始まりなんだけど、本当に経過はよく知らないし、知らされなかった。
だが、出来上がって配られたアンケート十項目を見て、私を含めて現役山百合会に衝撃が走ったのだった。
だってもう……ああもうオデコめっ、相変わらず面白を求めてっ。周囲の迷惑も考えろ――って、私は声高には言えないわけだけど……
とにかく、もう集計も終わってしまっているのだ。
あとは結果を聞くのみ。
さあ、恐怖の時間の始まりだ……ふふふふ……
「では始めます。あっと、これ全て頭に『先代三薔薇さまを含む』が付いているので、そこは割愛しますね」
そう言い置いて、真美さんは日出美ちゃんが持つ箱から書類を取り出し、目を落とす。
「第1項目『二人きりになりたくない人は?』」
オデコめっ、誰が選ばれても痛い質問をっ……!
「あ、それ考えたの私だ」
って考えたの聖さまかよ! 何嬉しそうに笑ってるの!?
嫌な役目を負った真美さんは、感情を見せない無表情で、淡々と口を開く。結果を受け取る私たちも怖いけど、結果を告げる真美さんもかなりの恐怖を感じていることだろう。
「1位は、ダントツで佐藤聖さまです」
「「お……っ」」
真美さんの感情を含まない言葉に、沈みがちだった面々が、歓声だかホッとしたのかわからない声を上げ、バッと聖さまを振り返る。
「あ、え? そうなの? 本当に? マジで? ……はぁ……」
聖さま、ズドーンと落ち込む。だから痛いからやめろって言ったのに……いや言ってないけど。
「理由は『二人きりになると、とても口に出して言えないことをされそうだから』というのが九割ですね」
「あ、そうなの?」
あ、聖さま復活。うわ、嬉しそうな顔。
「うんうん。意識されてる証拠だね。それならいいや」
いいのかよ――全員の心の声が聞こえたような気がした。セクハラおやじめ。
「2位に祥子さま、3位に蓉子さまとなっています」
かつての「美しき紅薔薇姉妹」が、仲良く2位3位をゲットした。
「「どういった理由かしら?」」
静かに、どうってことないという顔で、だが恐ろしいまでの迫力を醸し出す祥子さまと蓉子さま。なんだか急に息苦しくなった。
「だいたい一緒です。『テストで学年10位以内じゃないと叱られそう』、『泣いても許してくれそうにない』、『甘えたら怒られそう』など」
あ、すごいわかる。そのイメージ。
「ぷっ」
「くくく……」
内心頷く私に、聖さまと江利子さまが小さく吹き出すのが視界の端に映った。
蓉子さまはカッと顔を赤くした。
「そ、そんなわけないでしょ! 大して厳しくないし、優しいわよ! 大概のことは泣けば許すわよ!
甘えさせもするわよ!」
まあ、蓉子さまを知っている私たちはよくわかっているけど。祥子さまもね。でもわかっていてもそういうイメージはなくはない。あの二人は凛々しすぎるんだ。
「いや、蓉子さんって厳しいよね。江利子?」
「ええまったく。祥子なんて何回泣かされたことか。泣かせた上に更に泣かせるような人よね、蓉子は」
「泣きっ面に蜂?」
「というか、ドS?」
「こら!! あなたたちいい加減にしなさいよ!?」
「「おーこわ」」
一喝された聖さま江利子さまは、二人してまったく同じ態度で、腹立たしい澄ました顔で肩をすくめて見せた。それがまたムカツクのか、蓉子さまは怒りに任せてガンとテーブルを殴った。おーこわ。
「蓉子さまは今言った通りですが、祥子さま限定で『祐巳さまを泣かせないで』、『あまりワガママ言って祐巳さんを困らせないでください』、『とにかく祐巳さんがかわいそう』、『これ以上祐巳さんを泣かせないでください』というのがありました」
「こ、こ、困らせないわよ! 大きなお世話だわ!」
鬼か般若のような恐ろしい顔で、祥子さまはテーブルの下でこっそり握り締めていたハンカチを床に叩き付けた。祥子さまのヒステリー、久しぶりに見た気がする。
「だいたい『とにかく祐巳がかわいそう』って何!? 『かわいそう』ってなんなのよ!? どういう根拠があって私と一緒だと祐巳が『かわいそう』だと思っているの!?」
根拠はないでしょう。ただのイメージ、意識調査ですから。
……だからこそ、怖いわけだけど。私は選ばれなくて良かった……
「わ、私に言われても……」
責められる真美さんと、その妹の日出美ちゃんは、身を寄せ合って震えるしかなかった。
普段なら……というか、去年までは姉の蓉子さまが祥子さまを止めただろうが、今は一緒になって怒っている。普段ならなんとかなだめようとするだろう祐巳さんすら、蓉子さまの怒りっぷりに怯えている。
二人には気の毒だけど、蓉子さまも含めた紅薔薇の怒りは、私たちには止められない。
ひとしきり嵐が吹き荒び、落ち着いてきた頃、次の項目へと移る。
……真美さんと日出美ちゃん、半泣き。止められなくてごめん。
「だ、第2項目は『裏表がありそうな人は?』です」
これまた選ばれたくない質問だ……
でも、これは私はないな。
「病弱な守ってあげたい妹」のイメージを返上して色々とやってきたし、裏も表ももう見せている。そういう意味では、令ちゃんも除外していいかもしれない。
肩を撫で下ろしつつ顔を上げると、祐巳さんがいつになく挙動不審に視線を配っていた。――ああ、祐巳さん選ばれそうだね、これ。
「1位は、僅差で福沢祐巳さん」
「ああやっぱり……!」
祐巳さんは頭を抱えた。
「『普段の天然ボケは嘘』、『小動物のようで中身はケダモノ』、『あんな普通に見えて祥子さまをゲットしたヤリ手』など……祥子さまの妹になったことが、他の特徴があまりない人たちの反感を買っているみたいです」
なるほどね。いや、もちろん、祐巳さんは裏表のない天然なわけだけどね。でもよく知らない人からは、やっぱり嫉妬されるのかもね。
逆に言えば、それだけ祥子さまの人気があるってことだ。
「あと少数ですが、『聖さまにちょっかい出してたのが一番許せない』というのがありました」
「え!? それ逆だよ!?」
だが事実を知らない第三者からは、そう見えていたらしい。
確かに一年前は、聖さまはよく祐巳さんにじゃれついていたから、その頃の意見だろう。……ってことは、同級生から上級生の主張か。
「はは……ごめんね、祐巳ちゃん」
聖さまは苦笑している。まあ、聖さまからすれば苦笑するしかないだろう。
「2位に、藤堂志摩子さん」
「わ、わたし!?」
予想だしていなかったのか、志摩子さんは普段見せないような速さで真美さんを振り返った。本気で驚いているらしく、動揺に瞳が揺れている。
「祐巳さんの意見とだいたい一緒で、『普段のふわふわした感じがインチキ』というのが多かったようです。あとは『妹を得たのが早すぎるから手が早い』、『ああ見えて年下キラー』、『綺麗な人が心も綺麗なんて許せない』など……単純に、妹が欲しいのに作れない人の僻みが多いようです」
聞こえていないのか、志摩子さんはズドーンと落ち込んでいた。横にいる乃梨子ちゃんがどう慰めていいのかあたふたしている。
「3位からはほとんど横ばいなので、割愛します。とにかく1位2位が全体の九割以上を占めていましたので」
……祐巳さん、志摩子さん、お気の毒様。
でも裏表なんて言われたら、普段はぼんやりとかのんびりした人が選ばれるのは、もう宿命に近いだろう。
「第3項目は『いざという時に役に立たなさそうな人は?』です」
「…っ」
私の横の人が、ピクリと反応した。
ええ、そうね。令ちゃん選ばれるよね、確実に。
「1位は、支倉令さま」
「…………」
予想通りだったのだろう、令ちゃんも皆も特に反応はなかった。
「理由は『妹にロザリオを返されたから』、『妹の尻に敷かれている』、『由乃さん相手だと激弱』、『由乃さまの笑顔にデレデレしてる姿を見てからファンをやめました』など、由乃さん絡みの意見が全部でした。『黄薔薇革命』を引き摺っているんでしょうね」
そう言われちゃうと、私も結構微妙だな。少しは令ちゃんに優しく接しよう。
「2位に鳥居江利子さま、3位に佐藤聖さまでした」
あれ、意外な二人が。
「意外」という皆の視線を集めた二人も、意外そうな顔をしていた。
黙したまま、真美さんの言葉を待つ。
「お二人はバラバラなんですが……江利子さまは『黄薔薇革命』の時の妊娠疑惑が目立ってました。令さまへのフォローがまったくなかった、と」
「あ、なるほど」
納得した、と本人が頷く。
私はその時いなかったけど、確か江利子さまはあの時、妹である令ちゃんがロザリオを返されて落ち込んでいたにも関わらず、何をすることもなく、ただただ自分の歯痛に鬱になっていたんだっけ。
そりゃ、「いざという時に役に立たなさそう」なイメージは植え付けられるだろう。妹が苦しんでいるのに、何もしなかったわけだから。
「聖さまは、山百合会への出席率が悪かったからみたいです」
「あ、なるほど」
納得した、と本人が頷く。
聖さまは……元々気難しかったのと、栞さまのことで色々とあった時期があるから。真実を知らない人には不真面目に見えても仕方ないだろう。
山百合会は、たとえ薔薇さまの称号を得ようとも、強制的に出席を定められるものではない。もしそうなら令ちゃんだって、部活で出席できない日が多いわけだから。
……とにかく、あまり触れて欲しくないところだ。聖さま以上に周りの方が気にしてしまうから。
聖さまの傷を掠めてしまって本人抜きで雰囲気が余計に重くなったが、それに気付かない真美さんが先を歩む。
今は、知らないことがありがたい。
「第4項目は『ガチそうな人は?』です」
「……なんでみなさんこっち見るんですか?」
「ガチ」という単語が出てきた時点で、皆は恐らく無意識に一人の少女へと視線を向けていた。蓉子さまと江利子さまだけは聖さまを見ていた。あ、志摩子さんだけ無反応だ。きょとんとしてる。
「1位は二条乃梨子ちゃん」
「な、なんでですか!? ガチじゃないですよ!」
必死に否定する乃梨子ちゃんは、チラチラと志摩子さんの反応をうかがっていた。やっぱりガチだ。
「え? 乃梨子ちゃん“も”ガチなの?」
「違っ……も!? 聖さま今“も”って言いました!?」
「ううん、言ってないよ?」
言った。聖さま今“も”って言った。まあ、あの人の場合はもう別枠だろう。
「『志摩子さんを見る目が怖いくらいに真剣』、『志摩子さまと一緒にいるだけで顔が輝いている』、『志摩子さまと手を繋いで歩いていた時、乃梨子さんの顔が真っ赤だった』、『引き伸ばした志摩子さんの写真におはようとおやすみのチューとかしてそう』、『偶然志摩子さんの胸に触ってしまったら思春期の男子のように慌てふためきそう』、『前屈みになった志摩子さんの首筋から鎖骨に注ぐ視線がエロい』などなど、妙に熱心な意見を多数集めてます」
「そそそそそそれじゃヘンタイじゃないですか! いや違うよ!? 違うんだよ志摩子さん!?」
乃梨子ちゃんは顔を真っ赤にして必死だ。
だけど安心したまえ、志摩子さんはほわわんとしてよくわかってないから。「うん?」とか首を傾げて微笑んでいるから。あれは「必死な乃梨子も可愛いわね」と思ってる顔だから。
乃梨子ちゃんを見詰める聖さまの目がギラリと光った。
「興味深いね」
何言ってんだあの人は。真面目な顔して。
「2位は聖さまです」
一人騒いでいる乃梨子ちゃんが落ち着いたところで、真美さんは告げた。
「おー2位か」
聖さまは満足げに頷く。満足なのか。本当に計り知れない人だ。
「『遊びでいいから抱きしめてください』、『そういう趣味はないけれど聖さまならいいです』、『悪ふざけでも構わないのでキスしてください』、『微笑まれただけで腰が砕けたことがあります』、『タイと一緒に私の心もほどいてほしい』など、こちらも妙に熱の入った意見が寄せられてます」
……結構多いのね、ガチって。校風的にしょうがないと思うべきなんだろうか。
「うんうん、いいとも。あとで意見くれた子の名前教えてくれる?」
「聖」
「……冗談です。ごめんなさい」
蓉子さまの殺気走った視線が、聖さまを黙らせた。やはり蓉子さまには頭が上がらないらしい。
「よかったですね、お姉さま」
「…………」
これ以上ないほど満面に微笑む志摩子さんの視線を避けるように、聖さまは江利子さまの背後に隠れた。
隠れ蓑にされた江利子さまは、心底嫌そうにオデコを光らせた。
「私を巻き込まないでよ」
「今だけ。お願い」
意外にも、聖さまは志摩子さんにも頭が上がらないようだ。
そして聖さまは隠れたまま、真美さんに「早く進行しろ」と手振りで急かす。
「でも、ちょっとおかしくないかしら?」
ジェスチャーの意志を真美さんが読み取る前に、蓉子さまは腕を組んだ。
「さっき『二人きりでいたくない人』で聖が選ばれたのに、今の質問では『二人きりになりたい』という意味の意見を集めているの? 矛盾していない?」
その辺どうなっているの、と。
言われてみればその通りだ。
「あ、理由を書いてないアンケートも当然あるからです。無記名投票も認められているので、意見は必須要項ではないんです」
「…? だから?」
真美さんが言いたいことは、蓉子さまには通じなかったようだ。私もよくわからなかったけど。
「あの、つまりですね……もうストレートに言いますけど、『二人きりになると拒むことができないから』という、『好きだからこそ二人きりになりたくない』という乙女心が影響しているようなんです」
「あ、……ああ、そういうことね」
これでさっき聖さまが口走った「意識されてる証拠」という発言が、そういう乙女心をバッチリ読んでいることがわかった。いや、乙女心を鷲掴み、と表現した方が適切か。
さすがは佐藤聖さま、という感じ。侮れない人だ。
「了解、疑問は解けたわ」
どうぞ続けて、と蓉子さま。
「あ、はい。――3位は、島津由乃さんです」
「……、え!? うそ!?」
一瞬の間が空いて、私は椅子からお尻を浮かせるほど驚いた。誰の名が呼ばれたのか瞬時に脳が認識してくれなかったが、「島津由乃さん」は私じゃないか!
「由乃さんが?」
親友である祐巳さんも、本当に驚いたらしく目を大きくする。
う、うそー……てっきり令ちゃん辺りだと思ってたのに……
「これは一部の噂が原因みたいです。『修学旅行の時、周囲が引くほど祐巳さんと同じ部屋になりたがった』という」
「あ……そっか、それか」
心当たりのある原因がわかって、私はすとんと腰を落ち着けた。祐巳さんも「あー」とか納得している。
「誰と誰がデキてるって噂は、広まりやすいですから。特に山百合会のメンバーで姉妹同士じゃない二人なら、尚更興味を引きますね」
真美さんの言う通りかも。私だって山百合会関係なくても気になるから。
祐巳さんには災難だろうけど、あれは「ガチかも」って噂が流れてもしょうがないと思う。
「由乃ちゃん、あとで電話してもいいかしら?」
…………
「さ、祥子さま、本当に何もないですから」
「電話してもいいわよね?」
「……はい」
今なら虎をも殺しそうな祥子さまの眼力に、私は耐えることを早々に放棄した。今後のことは令ちゃんに押し付け……任せよう。
「第5項目は『結婚するのが早いのは誰か?』です」
この辺は、女の子としては雑談程度で済むような話題だ。アイドルの誰それが好き、とか、そういうレベルと変わらない。小学生くらいが話していても不思議ではないと思う。
危険度はない。
なんとなくピリピリした雰囲気が柔らかくなったのも、きっと気のせいではないだろう。
だが、甘かった。
無邪気な小学生なら「あら微笑ましいわね」で済むかもしれない。
しかし、色々と知り――いやあえて汚れたと言わせてもらおう――色々と汚れてしまった思春期の女の子には、オブラートに包んでも、その中にある劇薬の刺激臭は隠しきれやしないのだ。
「1位は小笠原祥子さまです」
「……ふうん」
「あっそう、だから何?」という態度の祥子さま。まったく興味がなさそうである。
「理由は『リリアンを卒業したらすぐに政略結婚しそう』、『愛なんて小笠原の力とお金で買いそう』、『スピード婚と成田離婚を5回くらい繰り返して自伝的小説を出してほしい』、『自分を振った男を復讐のために必ず破産させそう』、『祐巳さんがかわいそう』……など、など、です」
真美さんはあらぬ方に顔を向けていた。日出美ちゃんは身じろぎすらせず、直立不動で床の一点を見詰めている。
ええ、わかるわ。わかるわよ、真美さん。日出美ちゃん。
私も今、祥子さまを直視したら、石になってしまいそうなほどの殺意を肌にびしばし感じるもの。
もう絶対、心臓の弱い人やお年寄りが見たら、引きつけとか心臓麻痺で死んでしまいそうなほどのドス黒い殺意を感じるもの。
座る私たち全員が、テーブルに顔を伏せていた。
動くものは時計の針だけ。
さすがの先代三薔薇さまも、姉である蓉子さまも、今は祥子さまに言葉を掛けようとしない。視線すら向けない。
理性や理屈ではなく、今は動物的本能が「祥子さまに触れるな」と命じているからだろう。
が――
「…………ふっ」
「…………ふふふふ」
空気の抜けるような音から、それはあっと言う間に大爆笑へと急成長を遂げた。
「「だぁーーーはっはっはっはっ!!」」
笑っているのはもちろん先代三人。
「…! お姉さま方!?」
祥子さまの少々、いや、相当危ない視線がギョロンと動く。もう瞳孔開いてるわ髪が顔に掛かって恐ろしげだわ、危険度数が高すぎて直視に耐えない。見なければ良かったと後悔すらしてしまう。
「ふっふ、ふっ……だ、だって祥子、いくら祥子だからって5回も成田離婚しなくても……!」
苦しそうに腹を抱える江利子さまは、目尻に涙とオデコを光らせていた。そりゃイメージだよ。
「ぶはははは……はっ……ごほごほごっほっ! えほっ、えほっ! げほんっ!」
聖さまは笑いすぎてむせていた。笑いすぎだよ。
「『祐巳ちゃんがかわいそう』の意味がわからないわよ! でも意味はわからないけれど言葉の真意は色々な意味ですごく良くわかる気がするわ! 誰よそんな上手いこと書いたのは!」
蓉子さままで壊れている。ええ、言葉の意味はわからないけど言葉の真意はわかる気がしますね。
相変わらずすごい人たちだ。後にも先にも、身内以外で正面から祥子さまを笑える人なんて、この三人以外いないかも知れない。
「くっ……真美さん、次に行きなさい!」
祥子さまは怒りを隠そうともせず叫んだ。祥子さま、とにかく理性は戻ったようだ。一年前の薔薇の館を彷彿とさせるこの状況に、祥子さまも「あの三人を敵に回すのはまずい」ということを思い出したんだろう。相手にしたって確実に負けることがわかっているのだから。
祥子さまを止められない私たちからすれば、願ったりだ。
「は、はぁ……では次に行きます」
まだ先代三薔薇が笑っているのが気になるらしいが、真美さんは進行を続けることにしたようだ。
「2位は江利子さま、3位は令さまでした」
令ちゃん? オデコはどうでもいいけど、令ちゃんが3位?
「江利子さまは、卒業間近の『イエローローズ事件の顛末』からですね。どうぞお幸せに、という意見を集めました」
本人、笑ってて聞いてないけどね。
「3位の令さまは、『お料理が上手なので将来良い奥さんになると思います』、『色恋に縁がなさそうな人ほど意外と結婚が早かったりしそう』、『面倒見が良いので年下の旦那さんと上手く行きそう』、『実家の道場という土地狙いで男が寄ってきそう』とのことです」
「……あ、うん」
令ちゃんは微妙そうな顔で、それだけ言った。
うん、私も結構微妙な気持ちを抱えているし、笑い転げる先代を抜かして、皆も微妙に笑えないようで、また怒ることもできないようだ。
なんというか。
夢だけを語るには厳しい現実を知りすぎて、現実だけを語るには私たちは世間知らずすぎて。
……小学部のあの頃より汚れたんだなぁ、と、しみじみ思ってしまった。
生きるって、綺麗事じゃない。
「第6項目は、『福沢祐巳さんの弟の祐麒さん、山百合会の誰とならお付き合いを許せる?』です」
あ、そんな質問もあったっけ。
ここまで来ると、先代三人……というか江利子さまは、このアンケートでどこまでも面白いものを追及したい心意気が剥き出しだと思う。露骨なほどに。少しは遠慮しなさいよオデコ。そのオデコも眩しさも遠慮しなさいよ。
「あの、どうして校内アンケートに私の弟のことが……」
祐巳さんの控えめな声は、この場の全ての人に無視された。先代三人も「これは聞かねば」と思ったのか、もう落ち着いている。
「1位は、島津由乃さんです」
「「ええっ!?」」
驚愕の声が重なる。私の声も重なっている。
私が?
祐麒君と?
なぜ?
個人的な接触なんて皆無に等しいのに、学園祭で会ったくらいなのに、なんで?
その真実を知っている皆も、やはり驚いているようだ。ただし知らない先代たちだけは「まさかそんな面白げな事実が!?」という方向に驚いている。まだまだ女の子だ。
「色々ありますが、全てに共通しているのは『由乃さんの隣にいる祐巳さんに見慣れているから』だと思われます」
あ……ああ、言われればなんとなくわかるわね。祐巳さんと祐麒君、顔そっくりだから。
つまりは、祐麒君の隣にいるのが私なら見た感じ一番しっくり来る、というか、祐巳さんに見慣れているから違和感がない、想像しやすいって意味か。
「『お似合いだと思う』、『並ぶと身長差のバランスがいい』、『祐麒さんは祐巳さんみたいに我慢強そうだからうまく行きそう』、『二人並ぶだけで自然と恋人同士に見えそう』だそうです」
一部腹立たしい理由もあったが、下手に首を突っ込むのはやめておこう。
祥子さまも、さっきは三人の砲火が止むのを選んだ。それが今は一番賢いやり方なんだと思う。
あとで令ちゃん蹴って、心の帳尻を合わせておくことにする。
「2位は、二条乃梨子さん」
「「ええっ!?」」
驚愕の声が重なる。乃梨子ちゃんの声も重なっている。
ちょっと意外、かな……まさか先代三人が来るとは思っていなかったけど、乃梨子ちゃんっていうのも……
私は、順当なら志摩子さん辺りかな、と予想していた。私と同じ理由で。
学園祭の時に一番接触していたのは、二年生で同学年である私たちだし、私もあっただろうけど、志摩子さんと祐麒君のツーショットも珍しくはなかったはずだ。
「これは……結構特殊な理由が多いです」
特殊?
「『志摩子さんを上げるくらいなら乃梨子さんを生贄にする』、『志摩子さんを守るために乃梨子ちゃんを宛がう』、『志摩子さまは渡さない。でも乃梨子さんはノシ付けて渡す』、『姉を守るために妹が犠牲になればいいと思う』……熱心な志摩子さんファンの意見のようです」
な、なるほど、確かに特殊だ。本音では志摩子さんだけど、志摩子さんを渡したくないから乃梨子ちゃんなわけね。
……そういう意図で乃梨子ちゃんの名前書いてもいいとは思うけど、理由まで書かなくてもよかっただろうに。嫌なところでもリリアンの生徒は真面目だ。無記名可だから遠慮もしてないし。
「…………」
ほら、乃梨子ちゃんも無反応だ。どう反応していいのか判断できかねるって顔してるよ。
「……祐麒……」
祐巳さんは、たった一人の弟に向けて切ない顔をしている。うん、ひどい扱いだよね。祐麒君にも選ぶ権利があるのにね。「この人を上げるのはもったいないけどこの人ならいいよ」と言われてもね。
「あ、『お互い苦労性っぽいし、苦労性同士気が合いそう』という意見も多かったです。ほら、12月にも関わらず、相変わらず山百合会の一年生は乃梨子ちゃん一人だけですから」
真美さん、それは遠回しに私と祐巳さん早く妹作れよ、って言ってるの? 自分は作ろうと思わなくてもすぐできたけど、あなたたちまだなの? っていうイヤミなわけ?
……あ、江利子さまが私を見て笑ってる!? ま、まさか私の思考を読んだの!? あのオデコで心が読めるのか!?
私が違う意味で驚愕していると、
「そうですか」
乃梨子ちゃんは本当にどうでもよさそうにつぶやいた。祐巳さんももう一度「祐麒」とつぶやいていた。
「3位は、志摩子さんでした。由乃さんと同じ理由みたいです」
志摩子さんは3位か……私が入るんだから、やっぱり順当かな。
「第7項目は、『仮に自分が男性だったとして、奥さんにしたくない人は?』です」
奥さんか……
さっき「誰が一番に結婚するか」で令ちゃんの名前が出たけど、これは逆に捉えるにはニュアンスが違うか。自分が旦那であったとして、だからね。
それにしても、素直に『奥さんにしたい人』と銘打っておけば、こんなに結果に怯える必要もないのに。どうしてベストじゃなくてワーストを決めようと思うんだか。
まあ、指差して大笑いできる結果が期待できるからだろうけどね。でも選ばれた人の気持ちも考えてよ。本当に。
……もし『奥さんにしたい人』なら、私だったら祐巳さんか志摩子さんがいいかな。気心が知れてるというか、肩肘張らなくていいからね。あ、乃梨子ちゃんもしっかりしてるし、安心感はあるかも。
でもアンケートは「したくない人」だからなぁ……私入ってそうだなぁ……
「1位は、佐藤聖さまです」
「「……」」
私たちは声を出す代わりに息を飲んだ。一瞬「なぜ?」と思ったが、すぐに「あ、なるほど」って感じで。
「『聖さまは奥さんじゃなくて旦那さま』というのが、ほぼ共通の意見でした」
「だろうね」
聖さま自身もよくわかっているらしく、涼しげな(でも誇らしげな)表情で、温くなっているだろうコーヒーを口に含んだ。
「数少ない例外に『自分はSなのでMっぽい奥さんが欲しいです。祐巳さまのような』っていう、ものすごく個人的なものがありました」
本当に個人的だな。
「2位は、小笠原祥子さま」
本人も思うところはあるらしく、祥子さまはピクリと眉を動かすだけだった。
「『家事とか全然しなさそう。というか出来なさそう』、『ワガママで浪費家だと思う』、『並ぶと旦那さまより目立つから』、『一般人とは輝きが違う』、『きっと私の稼ぎでは養いきれない』、『エステ通いも程々にしてください』、『毎日カニばかり食べようとしないで』、『祐巳さんをメイドに雇うのはやめてください。かわいそうです』……など、お嬢さまぶりが引っ掛かるようです」
ククク、と、先代三人が肩を揺らしている。
もちろん、祥子さまは挑発には乗らなかった。目もくれない。
「……別にどう思われてもいいけれど、さっきから言われる『祐巳がかわいそう』は一体なんなの?」
「さ、さあ……私に言われても……」
でもイメージしやすいのは確かだ。なんたって「あの小笠原祥子さまの妹」だからね、祐巳さんは。苦労しそう……というか、実際苦労してるし。
真美さんは逃げるように、3位の発表を急いだ。
「さ、3位は島津由乃さんです」
早口で呼ばれる名前に、私へと嫌な類の視線が集まる。やっぱり私がランクインしていたか……
「『絶対苦労しそう』、『見た目はかわいいのに……』、『ちょっと帰りが遅くなるだけで浮気を疑われそう』、『ポケットには常に離婚届が入ってそう』、『ご近所トラブルの渦中に必ず居そう』、『夫婦ゲンカで硬いモノを投げそうで怖い』、『どんな時でもメールの返信は5分以内とか決められて、守れなかったら会議中とかでも例外なく怒られそう』、『一緒にお風呂に入ってくれない』という意見がありました」
……まあ、否定できないところはあるけど。でも最後のはなんなのよ。確かに拒否するけどさ。
「第8項目は、『なんかすごい必殺技が使えそうな人は?』です」
そう、アンケートを読んだ時点で、誰もが「なんだそれ?」と思ったことだろう。
その質問はなんだ。ヒーローやヒロインに憧れる園児じゃないんだから。
「それ、誰が考えたの?」
祥子さまが不機嫌そうに真美さんに視線を向けると――
「……こほん」
あらぬ方向の蓉子さまが、少しだけ恥ずかしげに咳払いした。……え? 蓉子さまが考えたの?
目が点になっている私たちに気付くと、蓉子さまは目を伏せた。
「なんとなく面白そうだと思って……」
正面から「そりゃないでしょ」とはとても言えず、「そうですか」と納得するしかなかった。
「ボキャブラリー少なすぎない?」
「男の子に聞いてるわけじゃないんだから」
「なによ!? 聖と江利子が言ったんでしょ、『ありきたりな質問してもつまらないから、その辺重々肝に銘じてね』って!」
親友に突っ込まれた蓉子さまは、逆ギレという形で弁解した。質問事項もそうだけど、その反応も意外だ。
「紅薔薇の家系って真面目だよね。祐巳ちゃん以外」
「遊び心がないわよね。祐巳ちゃんは例外で」
――遊び心の行き過ぎで怪我をするよりマシですよ、聖さま。オデコさま。
卒業している方々からすればあまり関係ないかもしれないけど、まだ在校している私たちにとっては、本当に他人事じゃないんだから。
「蓉子みたいなタイプが、育児ノイローゼになったりするんだよね」
「あら、そもそも結婚できるのかしら? 理想が高すぎて結婚できないんじゃない? すごい面食いだし」
「――真美さん、早く結果を通達しなさい!」
「は、はいっ!」
笑いながら勝手放題言いまくりの親友には構わず、蓉子さまは強引に進行を促した。
「い、1位は鳥居江利子さまです」
「へ!?」
笑いながら勝手放題言っていた江利子さまは、それはもう心底驚いた。
「どうして!? 何が!? 私、必殺技とか使えそうに見えるの!?」
「あ、その……えっと……」
真美さんは言いづらそうに口ごもっていたが、意を決したように顔を上げた。
「『オデコから殺人光線が出そう』、『おでこフラッシュの雄叫びとともに目潰し的強烈な光が』、『おでこで太陽光を反射して敵に大ダメージ』、『でこちんラッシュという連続頭突き』……とかです!」
「「…………ぶはぁ!?」」
全員が、吹いた。
途中まで堪えたが、耐えられなかった。
ここまでで何度か笑いどころもあったが、なんとか耐えた。我慢できたし、我慢した。笑うことで今後の対人関係を壊したり、相手を傷つけると思うと、我慢するしかなかった。
だが、これは無理!!
蓉子さまの質問は「どうだろう」と首を傾げるものだったが、それに寄せられた答えは、想像を絶するアレさだった。
蓉子さまは真面目でボキャブラリーも少ないかもしれないが、リリアンの生徒は蓉子さまのそれを補って余りありすぎて恨まれてもしょうがないくらいに冗談を解していた。
まあ、そうじゃないとこんなアンケートなんて、とても記入する気にならないだろう。
「…………」
江利子さまは憮然とした顔で、ガタッと椅子を揺らして立ち上がった。
「「…………」」
私たちは、落ちてくるだろう大落雷を覚悟して、笑うのをやめて顔を伏せる。気分は先生に叱られる生徒だ。
そりゃ、いくらいつも無気力の江利子さまでも、おでこフラッシュはさすがに怒るわ。
江利子さまは――腰に左手、額に右手で横向きピースサインを構えた。
「――おでこに代わっておしおきよ☆」
「「ぶはぁ!?」」
妙に可愛らしい声とオデコを強調するかのようなそのピースサインに、私たちはまた吹いた。なにこの強力なオデコビーム!? しかもクイッて腰入れた! 面白すぎて直視できない!
「なるほど、これが私の必殺技か」
なに納得してるのあの人!?
笑い転げる私たちを満足げに見詰めるオデコさま。やはりあの人は只者じゃない。
しばしの間、私たちはオデコを見ては笑い、落ち着いてはオデコを視界に入れないようにしたり、笑いが引くのを見計らって江利子さまの攻撃「○陽拳!」などを食らってまた笑った。
江利子さまも飽きたのか、それとも話を進めたくなったのか、ようやく本当に落ち着いてきた頃。
「の、のりこ、おなかいたい、おなかいたい」
志摩子さんはかなり深手を負ったらしく、本当に泣きながら顔を真っ赤にして乃梨子ちゃんにすがりついていた。そんなふにゃふにゃな笑顔の志摩子さんを間近で目撃している乃梨子ちゃんも顔を真っ赤にしていた。
――確かに必殺技かもしれないと、私は笑いとともに恐怖すら感じてしまった。志摩子さんグロッキー寸前じゃないか。乃梨子ちゃんも違う意味で鼻血寸前……いや、ダウン寸前だ。
「江利子、おでこ禁止」
「えー?」
「あの志摩子を見てなんとも思わないの?」
聖さまに(微妙に視線を逸らされて)たしなめられた江利子さまは、渋々ヘアバンドを取ってオデコ全開をやめた。
「はぁー……ちょっと休憩しましょう。乃梨子ちゃん、志摩子に外の空気を吸わせてあげて」
「は、はい」
蓉子さまは深く息を吐くとそう指示を出し、志摩子さんをいったん退場させた。
乃梨子ちゃんに肩を支えられて出て行く志摩子さんの背中に、最終ラウンドまで死力を尽くしたボクサーのような誇りを見た。
…………
気がつけば、その背中に私は叫んでいた。
「太○拳!!」
「ふっ、はっ……! もっ、もうやめてぇっ!」
志摩子さんは吹き出しながら、ふらふらの足取りで乃梨子ちゃんと走って逃げていった。
階段を転げ落ちるように遠ざかる足音が、今の志摩子さんの全てだった。
「由乃……」
令ちゃんが「追い討ちを掛けるな」という目で私を見る。私の「太陽○」でオデコさまを思い出したらしく、笑いながら。
追い討ちを掛けるつもりはなかったけど、思わず衝動的にやってしまった。私は素直に反省することにした。
「志摩子さんには悪いことしたわ」
全員に「まったくだ」と、声を揃えて言われてしまった。
でも、オデコさまにだけは絶対に言われたくなかった。
それから少しのインターバルを挟むことになった。
立ちっぱなしの真美さんと日出美ちゃんを座らせて、私と祐巳さんで紅茶を煎れ直し、のんびりと志摩子さんたちの帰りを待つ。
「お姉さま方、いったいどういうおつもりですか?」
恐怖にも慣れ、洗礼も受けて、ようやく心が平常に戻ってきた祥子さまは、「ごきげんよう」以外の言葉で先代に話し掛けた。
「元は単純な話なの」
蓉子さまは、かつてここにいたあの時の顔で、でも懐かしそうに目を細めて妹を見ていた。
「この前の剣道大会が終わって、三人で集まって話したのだけれど。この時期になっても山百合会に一年生が一人しかいないって話になってね」
ギクッ。
ちょうど妹がアレな私には、ちょっといただけない話だ。こらオデコさま、私を見て意味深に笑うな。
「私は志摩子が一番、妹を作るのが遅いだろうって予想していたの。祐巳ちゃんと由乃ちゃんはすぐに出会いがあると思っていた。祐巳ちゃんは押し掛けられて、由乃ちゃんはこれと決めたら積極的にアタックするだろうってね。
なんて話から、お互いの妹の話になって、気がついたら『在校中誰が一番人気があったのか?』って話になって」
その辺の話は、私は一足先に江利子さまから聞いていた。祥子さまを筆頭にした反対勢力が立ち上がらないよう口止めされていたから話してないけど。
……有馬菜々のことを人質に取られてね。言ったらバラすぞ、って言われて。みんなごめん。
「話をしていたら熱くなっちゃって、『じゃあ誰が一番だったのか確かめよう』ってことになったのよ」
「どうせだから、君たち現役も比較対照に入れてね」
蓉子さまの言葉を、聖さまが引き継ぐ。
「そして私が、ただベストを決めるだけじゃつまらないと思って、こういう形にしたの」
オデコめ、やっぱりまぜっかえしたか。
「……一言仰ってくださったらよかったのに」
「言ったらあなた反対したでしょ?」
釈然としない拗ねた顔の祥子さまに、蓉子さまはピシャリ。
「だって俗ですもの。誰がどう思っているのかなんて、はっきりさせる必要があります? 私たちは一生徒でもありますわ。芸能人ではないもの」
そうそう、突然妙なアンケートが出回った時、非常召集を掛けて祥子さまはそんな風に怒っていたっけ。
直接新聞部に問い質したら、先代三薔薇の指示だという事実が浮上して、もう出回った後だからどうすることもできない、ってことでうやむやになったんだ。
で、先代――現役山百合会代表で祥子さまが蓉子さまに電話したところ、「結果が出る来週薔薇の館に行くから、詳しくはその時に」とだけ伝えられたという。
「自分のいいところ、悪いところをちゃんと知ることができるじゃない。自分を変えろとは言わないけれど、周囲にどう見られているかは、紅薔薇さまとして多少は気にして欲しいわね」
さすが蓉子さま、相変わらず隙がない。
「じゃないと祐巳ちゃんがかわいそうよ」
しかもイヤミのおまけ付き。隙もなければ容赦もない。
「あ、あの」
かわいそうな祐巳さんが小さく挙手した。
「これって、やっぱり、かわら版に結果が載ったりするんですか?」
「ええ。そうじゃないと新聞部に協力を頼めないもの」
なんだか実も蓋もないなぁ。
「蓉子の言い分はただのこじつけなんだけどね。本当は単に笑いに来ただけ」
聖さまはもっと実も蓋もないな。
「私は必殺技を会得しに来ただけ」
もうそれはやめろオデコ。額隠しても声聞くだけでヤバイ人いるんだから。ちなみに私。
「聖、ちょっと伏せて」
「え? なに?」
「えー太陽は向こうだから……この角度で……江利子フラーッシュ!」
ピカッ――
「「ぶはぁ!?」」
だからそれをやめろ、っての! 殺す気か! もう殺す気か!
江利子さまには全員で「絶対オデコ禁止」をきつく言い渡し、アンケート結果の続きを聞くことになった。
恐ろしい必殺技を得た江利子さまは不承不承にうなずき、今度オデコを使ったら強制退場の措置が確約されている。
その事実が告げられ、志摩子さんがまたふらふらと戻ってきた。
「はー……はー……ふふふふふ……」
なんとか復帰した志摩子さんの呼吸は荒く、時折り顔を伏せて笑う怪しい人となっている。時間も経ったのにまだ必殺技の後遺症に苦しんでいるようだ。もうツボに入ったというより、トラウマになったんじゃないだろうか。
なんてことを私が考えている間に、真美さんたちはまた立ち上がり、アンケート結果を読み上げる準備を整えた。
「それでは、『なんか必殺技が使えそうな人は?』の、2位から発表します」
「必殺技」のところで志摩子さんが吹いたが、構わず進められる。
「2位は小笠原祥子さまです」
へえ……ここに来るまでかなり選ばれている祥子さま、大人気だな。まあ人気がある、というより、キャラがわかりやすいと捉えた方がいいんだろうか。
「一番多かった意見は『小笠原の力で全てを解決する』というものです。電話一本で強大な小笠原の金と権力で好き放題できると思われているようです」
「一度もやったことないわよ」
祥子さまは、怒るを通りすぎて呆れている。そりゃそうだ、そこまで傍若無人じゃない。
「あと、やはり『小笠原の力に揉まれて祐巳さんがかわいそう』という意見が――」
「だからそれは誰が言っているの!?」
あ、さすがにそこは怒った。
もう真美さんも慣れたのか、祥子さまには構わず次に進む。
「3位は支倉令さま。『すごい剣術とかできそう』というのが理由のようです」
「す、すごい剣術……?」
令ちゃんも呆れている。
剣道をまったく知らない人からすれば、憧れの人なら、マンガやアニメのようなすごいことができると思うものなのかも知れない。
「第9項目は『あなたは山百合会の方々と無人島に漂流しました。真っ先に頼る人は?』です」
これは蓉子さまで決まりだな。あの人がリーダーシップを取れば、必ず全員が生還できるような気がするから。
「1位は水野蓉子さまです」
全員が妥当だと思うのか、本人を含めて反応は薄い。
「理由は『しっかりしているから』というものが大半ですが、少数意見として『落ちたエリートを慰めるのは自分だ』、『いつも凛々しい人が弱々しいところを見せるかも知れないから』、『とにかく蓉子さまの隣で寝たい。あわよくば一緒に寝たい』というものがありました」
「「…………」」
微妙な少数意見には、なんとも口を出しかねる理由が並んだ。
「……次行きなさい」
微妙な沈黙が流れたところで、微妙な顔の蓉子さまが先を促した。
「2位は支倉令さま」
「え、私?」
ここで令ちゃんとは、意外なランクインだ。
「『たくましいから』、『食料を得るための狩りは得意そう』、『ターザンのように生きることができそう』」
なるほど、中身を知らない人たちの意見か。傍目に見れば、剣道部で大将を努める、かつては病弱だった妹を守る騎士だもんね。
「……あと、『由乃さんなんて生活無能力者は捨てて私を妹にしてください』という意見が多いようです」
…………私を捨てて?
「あ、よ、由乃……?」
探るような横からの声。
「よかったね、令ちゃん。ロザリオが必要ならいつでも言ってね。なんなら今すぐ返そうか?」
「よ、由乃ぉ〜」
「――そういうのは帰ってからやってちょうだい。真美さん、続けて」
祥子さまの言葉に、真美さんは「あ、はい」と少し戸惑い気味に答えた。……そうね、帰ってからゆっくりじっくりたっぷり時間を掛けて話し合った方がいいよね。大事な話なんだし。
「さ、3位は福沢祐巳さんです」
「え!?」
祐巳さん? ここで入るの?
皆驚いているが、本人が一番驚いているようだった。
「えー、『追い詰められることでタヌキの潜在能力が目覚めそう』、『大自然に順応するのが一番早そう』、『タヌキは雑食だからエサはどうとでも採れそう』、『変化の術で無人島を脱出できる』、『眠りこけてる野性が開花するはず』、……だそうです」
「ええっ!?」
ぷっ……わ、笑っちゃだめ、笑っちゃだめよ由乃。さすがに悪いわ。
私と同じように考える人も多かったのか、誰もが祐巳さんから目を逸らし、何事もないように振る舞っていた。
なんとか耐えられそうだ――と思った時。
「ふふふふふふ……!」
間が悪かったのだろう。単純に。
必殺技の後遺症に苦しむ志摩子さんの(恐らく正気ではない)笑い声を聞いた瞬間、緊張の糸が切れ、薔薇の館会議室はまた爆笑に支配された。
全員で笑い転げること5分。
祐巳さんはすごい勢いでズドーンと落ち込んでいた。悲しげに「どーせタヌキですよー」とかつぶやいていた。
いやいや、もうダメだ。ほんとダメだ。
先のフラッシュで温まっている身体は、すぐに沸点に到達してしまうようになっていた。志摩子さんだけ後遺症で苦しんでいるかと思えば、私たちもしっかり傷跡が残っているようだ。
「祐巳ちゃんも相変わらずね」
笑いながらそんなことを言う江利子さまに、祐巳さんは「あなたにだけは言われたくない」と言いたげな視線を返した。それはそうだろうと思う。
「それでは、最後の項目に行きたいと思います」
真美さんも気楽に笑いながら、ようやく重すぎる肩の荷を降ろそうとしていた。
ついに最後か……長かった。
個人的にはそれなりに楽しんだような気もするけど、やっぱりこれはやるべきじゃなかったと思う。
明日から一般生徒たちを見るたびに「あの人があのアンケートにああ書いたんじゃ?」なんて疑ってしまうかもしれない。もちろんこの結果を載せた新聞が出た後は「山百合会のあの方ってああいう風に思われているのね」なんて噂されるに違いないのだ。
本当に卒業生はいいよね、この場限りで終わることができて。でも私たち在校生にとっては、むしろ結果を踏まえた明日からが問題なんだ。
なんとなーく、ロザリオを返された時でも律儀に登校だけはしていた令ちゃんの気持ちがわかるような気がした。
人の噂も七十五日。
しばらくは、変な目で見られること請け合いだろう。
「第10項目は、『姉もしくは妹にしたい人は?』です」
来た。
この最後の質問こそ、先代たちが知りたかったこと。
リリアンで人気のあるなしを問えば、やはり姉妹にしたいかしたくないかを考えるだろう。
ほら、あの三人、牽制するように(だが優雅に)睨み合ってるし。
もしや……意外と根が深い質問なのか?
「1位は――」
ドラムロールでも欲しいところだ。ないのが残念。
「福沢祐巳さんです」
「「えっ!?」」
……あー祐巳さんかー。
何人かは驚き、何人かは納得する。祐巳さん自身は前者で、私は後者だ。
つまるところ、「姉」でも「妹」でも、コンスタントに支持を集めたんだと思う。先代は凛々しさやら麗しさやらで、「姉」の方に意見が集まっているんだろう。
「『絶対に祐巳さんが普通』、『祐巳さん以外と深い付き合いをするのは精神的にも性格的にも無理そう』、『皆さん個性的すぎて祐巳さまの他は選べません』」
……ちょっと待て。
「『誰を姉妹に選んでも痛そうなので、安全牌の祐巳ちゃんで』、『無難だから』、『一番現実的に考えられるから』、『山百合会の人たちに苦労させられる祐巳さんがかわいそう』という意見がありました」
皆さんカリスマ性ありますからね、とフォロー的な言葉で真美さんは締めた。
「「…………」」
だがそんな言葉では誤魔化されない私たち。祐巳さんも、喜ぶべきかヘコむべきかよくわからないようである。
――疑惑が浮上した。
祐巳さんに寄せられた意見を統合すると、嫌でもある疑惑にぶつかってしまう。
私たち山百合会って、本当にどう思われているの?
「普通」だの「安全牌」だの聞こえは悪いかも知れないけど、それって裏を返せば「祐巳さんは普通だけど他の人は……」って意味ではないか?
個性的?
まあ、それは否定できないかも知れない。だって確かにみんな普通じゃないもん。あえて言うなら、令ちゃんも案外普通寄りだと思うけど。
だがしかし、それ以上の意味があるように思えてならない。「個性的」以上の認識が、周囲にあるのでは?
……なんてことを、今、祐巳さん以外の全員が考えているはずだ。
「ふふふふ」
その笑い声に全員がバッと敵意の篭もった目を向ける――が、未だ後遺症に苦しむ志摩子さんだったのでスルーした。テーブルに伏せってプルプル震えている。やはり重症だ。
「……まあ、祐巳ちゃんならいいよ」
聖さまが余裕を称えた顔でカップを取り上げた。手がなんらかの感情で震えているのは、見なかったことにしよう。
「たぶん姉派にも妹派にも人気があるんだろうね。対する私たちは姉派にしか支持されないでしょ。なにせ列記とした卒業生なんだしね」
私も予想した通りのことを聖さまは言う。「私たち」たる先代のお三方は、「まあそうね」だの「現役だものね」だの返している。
でも、向こうはそれでいいとして、問題はこっちの在校生組だ。
私たちがどんな風に思われているかって、そりゃ「個性的」なんだろう。それは否定しない。
ここで問題なのは、「個性的」であることじゃなくて。
みんなの「個性的」な部分が、大部分はマイナス評価を受けているのではないか、ということだ。
…………
あ。
そりゃ……前代未聞にロザリオ返して姉を泣かす妹なんて、支持されるわけないわ……マイナス評価も止む無しだ。
それが私の「個性」であるなら、それはちょっと……と思われるのも仕方ない。
消極的で自分でも卑屈だと思うけど、唯一の救いは、これはワーストを決める項目ではないこと、だ。……はは、本当に消極的で卑屈だな。
「えと……続けてもいいですか?」
また暗雲が漂ってきた会議室を、真美さんは敏感に読み取ったようだ。
「「どうぞ」」
睨むような真剣な目で、先代三人が声を揃える。おっそろしい迫力だ。
「えー……2位は、藤堂志摩子さん」
その答えは納得できた。
自分で思って少々欝になった「個性の評価」で考えるなら、志摩子さんのふわわ〜んとした個性は、まずマイナスの対象にならないはずだ。
「志摩子さん、2位だって」
「……はあっ……はあっ……ひいっ……ふ、ふらっしゅふふふふふ……!」
乃梨子ちゃんの声に、志摩子さんはまともじゃない反応をしている。……もうダメかもしれないな、志摩子さん……惜しい人だったのに……
「『こんな妹が欲しい!』、『ゴスロリチックな服を着せて萌えたい』、『一度でいいから甘えられてみたい』、『とにかく乃梨子さんが邪魔だ』、『もう近くから拝見するだけで満足です』、『あの雰囲気がたまらない』、『志摩子さまの膝枕で眠ったら天国気分で永眠できそう』だそうです」
ふうん……やっぱり西洋人形みたいな外見からイメージが伸びてるって感じか。萌えとか言われてるよ。
でもって、なんというか、弱々しく思われてる? 実際はボケ入ってるけどしっかりしてるのに。
ふと、志摩子さんを見ると。
テーブルに伏せたまま、ビクッビクッと身体を震わせていた。
弱々しい…?
というか、瀕死…?
「姉にしろ妹にしろ、どちらも甘えたいとか、そういう感じの意見が多いようです」
そうなのか……そう言われると、私も少しだけ志摩子さんに甘えてみたい感じもする。よし、今度乃梨子ちゃんの目を盗んで祐巳さんと一緒に甘えてみるか。……いや、二人掛かりだと、むしろ襲うと言うべきか?
「「……次は?」」
うわあっ。
氷のように冷たい声に目を向けると……三人並んだあの方々が、信じられないほど黒いモノを背負って笑っていた。
見た瞬間、思わず椅子から飛び上がって叫びそうになったが、両手で口を抑えてなんとか耐えた。堪えることができた。
――たとえるなら、祐巳さんのことに関して睨みを利かせる祥子さま×3。
祥子さま一人ならなんとか抑え切れるだろう。令ちゃんを盾にしつつ、全員で説得すれば。
でも三人ともなれば、もう不可能。それも相手は祥子さまのように怖いだけであって、実際はもっと怖い存在だ。
止めるとか止めないとか、それ以前の問題だ。誰にも止めることなどできるものか。
まずい。
まずいまずいまずい。
真美さん、わかってる?
この最後の答えによっては、本当にあらゆる意味で最後になるのよ?
……とりあえず、逃げる準備だけはしておこう。
そう決意を固めた私と、祐巳さんの行き場に迷う不安げな目が合う。
(……祐巳さん、わかってるわね?)
(うん、わかってる)
なんて、アイコンタクトで頷き合った。きっと通じたはずだ。
結果いかんでは、私と祐巳さんは同時に薔薇の館を飛び出して脱出する――そう、先代三薔薇の誰もランクインしていなければ、だ。
横を見ると、令ちゃんも祥子さまと目と目で語り合っていた。私たちと同じ内容のやり取りをしているのだろう。
「さ、さ、3位は……」
真美さんと日出美ちゃんは、あの三人の殺意ビームにさらされガタガタ震えていた。
「「3位は?」」
先代三人は、至極静かだ。嵐の前の静けさ、というやつだろう。
真美さんが口を開くまでの数秒が、一時間にも二時間にも感じられる。
私たちはジリジリしながら、答えを待った。
ともすれば、素早く動けるよう腰を浮かせて。つまり空気椅子状態で。
「――小笠原祥子さまです!」
ダッ!
誰が反応するよりも早く、真美さんは言い捨てて日出美ちゃんの手を取って逃げ出した。どうやら考えることは全員一緒だったらしい。
意を決して、私たちも立ち上がる。
イケる! 真美さんたちが前触れなく逃げたアクションで、あの三人は呆然としている!
「ヒュッ……!」
妙な掛け声で祥子さまがいち早く離脱! まるで風のような動きで後ろ髪をなびかせた。
「由乃ごめん!」
「な…!」
私が文句を言う間もなく、令ちゃんはかっこよくテーブルの上を滑り越え、祥子さまの後ろに続いた。
令ちゃんのくせに、かわいい妹を見捨てて自分だけ……祥子さまはそういうタイプだから問題ないけど、令ちゃんがやるとは……!
とりあえず、このツケは高く払わせてやる! でも今はそれどころじゃない!
現役薔薇さまの後に続き、私と祐巳さんも脱兎のごとく会議室を抜け……
「「え!?」」
……出そうとしたところで、私と祐巳さんの声があらぬところで重なる。
すでに部屋を一歩飛び出している、私。
テーブルに伏している志摩子さんを後ろから抱えようとしている、祐巳さん。と、乃梨子ちゃん。
同じなのは、「どうして?」と語る表情のみ。
結局、さっきのアイコンタクトは半分しか通じていなかった、ということなのだろう。
私は脇目も振らず逃げる。
それに対し、祐巳さんは「志摩子さんを連れて逃げる」という意志を持っていたわけだ。
「「…………」」
一瞬止まる、時。
迷った。
ええ、いくら私でも迷いましたとも。
片や我が身かわいさに逃げ出そうとする自分と、片や親友を連れて行こうとしている祐巳さんと。
どっちがかっこいいかなんて、比べるまでもない。
私だってあっちの方が、人として正しいこともよくわかっている。
だが。
迷っている時に、私は見てしまった。
「「あなたたち、なに逃げてるのよ!?」」
我に返り怒りに燃えた、立ち上がる先代たちを。
それを見て、私の心は否応なく決まってしまったのだ。
「よ、由乃さん!? 由乃さぁーーーん!!」
許せ祐巳さん!
「いぎゃっ」
「ひっ、ひいっ」
「よし、祐巳ちゃんゲット! ついでに乃梨子ちゃんもゲット!!」
「ちょ、なっ、聖さまなんで胸を揉むんですか!?」
「胸っ、胸っ! 鷲掴みしてますって!」
「胸なんかどうでもいいのよ! 現役だからって調子に乗ってない!? 江利子、私たちの威光を見せてやりなさい!」
「任せて――在校時代から生え際が1センチ上になったおでこフラーーーーーッシュ!!」
「「ぶはぁ!?」」
「死ぬまで笑わせてやるから覚悟しなさい!」
笑い声のような悲鳴が聞こえた。
でも、なにも聞こえなかったことにした。
「……祐巳、あなたの尊い犠牲は無駄にしないわ……」
薔薇の館を振り返る祥子さまは、キラリと瞳に光るものがあった。
「志摩子……本当に死ななければいいけど……」
薔薇の館を振り返る令ちゃんは、キラリと瞳に光るものがあった。
「祐巳さん……山百合会は普通の人は生きていけない環境なのよ……」
薔薇の館を振り返る私は、正気を失った親友に情けを掛けた哀れな親友に向かって、涙を流した。
翌日、リリアンかわら版には「アンケート中止」のお知らせが、小さく載せられていた。
真美さんに聞いた話によると、「全てをなかったことにする」という先代の命令に従い、全てを闇に葬るそうだ。
しばらくの間、祐巳さんと乃梨子ちゃんが脱出組に非常に冷たかったことと志摩子さんが心に傷を負ったことを除けば、特別普段と変わりはない。
志摩子さんは「光る」「テカる」「ライト」「○陽拳」等々のフラッシュを連想させる言葉と、おでこ剥き出しの人を見るだけで大笑いするようになったけど、別に大した問題ではないだろう。
令ちゃんは色々とアレだったので、その日の内に帰宅後教育しておいた。これで当分の間は、「自分は支倉令である」ということを忘れないはずだ。
色々あったけど、山百合会は、今日も平和である。
【No:2393】へ続く