【2385】 戦う乙女達は  (篠原 2007-10-08 01:59:27)


「瞳子、祐巳さまにロザリオ貰ったんだってね。おめでとうと言っておくよ」
「ありがとうございます」
 乃梨子の言葉に、瞳子はスカートの裾を摘んで優雅にお辞儀をして見せた。
「これでつぼみ同士、条件は同じですわね」
 そう言って、瞳子はあでやかに微笑んだ。



 『真・マリア転生 リリアン黙示録』 【No:2355】から続きます。



 こんな時でなかったら、祐巳さまと姉妹になった瞳子にどれほどの祝福が与えられたことだろうか。
 複雑な想いを抱きながらも、乃梨子は油断なく二刀を構える。
 瞳子はすっと右手を上げると人差し指で乃梨子を指差した。
 ゆらり、と瞳子の髪が揺らめく。
 全身にまとわりつく紅いオーラのようなものが、乃梨子には見える気がした。

 来る!

「アギダイン!」
「ちょっと待てぇーーー!!」
 叫びながらも乃梨子はとっさに横に跳んでいた。直前まで乃梨子が立っていた場所に爆炎が立ちのぼる。
 アギダイン。アギ(火炎)系の単体攻撃用高位呪文である。わからない人はメラゾーマみたいなものだと思っておけばたぶんそんなに違ってないと思う。
「って、ドリルはどうした!? 盾ロールはっ! 攻防一体で大活躍じゃないのか!!」
「意味がわかりません!」
 髪をブルンと震わせて抗議する瞳子だが、それだよそれ!
「っていうかいきなり魔法かよ!」
 詐欺だろそれは!
「どう見たって瞳子は魔力系でしょう。肉体労働は可南子さんの分野ですわ」
 また可南子さんが聞いたら怒りそうな言い回しを。
「まさか悪魔が跋扈する世界を剣戟で通すつもりでしたの」
「ぐっ」
 いや、けっこういけるかなーって。
「し、しかしあんた躊躇無く大呪文ぶっぱなしたね?」
「手加減なんて、それこそ乃梨子さんに失礼とういうものでしょう」
 ふふんと小悪魔のようにせせら笑う瞳子に、ちょっぴり殺意を覚える乃梨子。
「おーけーわかった」
 そっちがその気なら。
 乃梨子は刃に冷気の魔力を通す。
 同時に頭の中でクールダウン。相手は女優だ。挑発にのるな。
「アギ」
 続いて高速で飛来する火球を刀ではじきとばし、乃梨子はそのまま前に出た。
 もともとは防御型の乃梨子だが、魔法戦には慣れていないこともあり、距離を置いて一方的に撃ち込まれるのを嫌って一気に距離を詰めていった。
 その動きを見てのことか、瞳子は右腕を大きく払うような仕草を見せた。
「?」
 なにを、と思う乃梨子の目の前に。
 ゴオオォォッ
「!」
 一拍おいて、炎の壁が立ちはだかる。
 避けようもない。
「ちぃっ!」
 乃梨子は自分から踏み込むと、冷気を込めた一刀で炎の壁を切り裂いた。
 そのまま突っ込んで、残る一刀を瞳子に叩き付ければいい!
 切り裂いた炎の壁を通り抜ける瞬間、巨大な炎の固まりが飛んできた。
「!!」
 炎の壁を抜ける瞬間を狙い撃ちされたのだ。
 避けられないと見てとるや、乃梨子は直接瞳子に叩き込むつもりだった、冷気を込めた刃にさらに魔力を上乗せしながらその炎に叩きつける。
 魔力と斬撃により相殺。だがその時の爆風に煽られ、吹き飛ばされるように一旦後へ。
「……っ、のやろう」
 予想以上の火力だった。
 前もって刃に冷気の魔力を通していなかったら、あるいは直前に魔力を上乗せしなかったら……
 なるほど魔力系と言うだけある。
 乃梨子の思ったことを読んだかのように瞳子がふふんと笑って言った。
「『紅蓮の魔女』の異名はダテではありませんわよ」
「初耳だよ! いつ誰に言われたんだよそんなの!?」
 瞳子はくすりと笑うと、右手の人差し指を立て、
「ひ・み・つ」
 一音ごとに区切りながら指先を振ってみせた。
「あのな……」
 話しながらも乃梨子は再び二刀に冷気の魔力を再チャージしていた。
 が、それは瞳子も同じことだったようで、立てた指の先にボッと炎が灯る。
 ボッ ボッ ボッ 続いて3つ。
 あわせて4つの火の玉が、瞳子のまわりに浮かびあがる。
「なっ!?」
「shoot!」
 瞳子の言葉とともに解き放たれた火の玉が、一度散開した後、文字通り四方から迫ってくる。
 乃梨子はとっさに前に出た。斜め前に踏み出しながら一刀を振るって正面からの火球を弾き飛ばし、そのまま前へ。
 後方で爆音。
 1点に集中した火球がぶつかり爆発したのだろう。
 その爆風にのる形でさらに前へ。
 瞳子は左手の指を立ててくいっと引くような動作と同時に右手を前に出してその指先に新たな火の玉を出現させる。
 高速で撃ち出される火の玉をはじき飛ばそうとした乃梨子は、はっとしたようにいきなり横に跳んだ。そのまま体をねじって後方を見る。後方の爆煙の中から飛び出してきた火球が、あやういタイミングで乃梨子の傍らを通り過ぎ、前から来た火球と衝突、爆発した。
 斜め前から爆風を浴びる形になって、一旦さがる乃梨子。
 最初の4つのうちの1つが、ぶつからずに通り抜けてきたのだろう。
「よく気付きましたわね」
 少し感心したように言う瞳子に、乃梨子は憮然とした表情で応えた。
 確証があったわけではない。やけにあっさりかわせてしまったことと、瞳子の左手を引くような動きにもしやと思っただけだ。
 にしても、近づけない。乃梨子は思った。
 やることなすこと全て先読みでもされているようで、嫌な感じだった。
「不思議ですか? 同じつぼみ同士で、どうしてここまで圧倒されるのか」
 まるでこちらの考えを読んだかのようなタイミングで言って、瞳子はクスリと笑った。
「別に圧倒されてるわけじゃないでしょ。もともと私は防御型だからね。受けにまわるのは不思議じゃないさ」
「そんなことは関係ありませんわよ。もっと単純で、根本的な問題です」
 瞳子は乃梨子の言い分をあっさりと切って捨てた。
「理由をお教えしましょうか?」
「結構」
「そうですか。では仕切り直しといきましょう」
 瞳子は両手を広げた。
 今度は8つの火の玉が浮いていた。
「ちょ、ちょっと待った! なんか増えてるよ!?」
「同じ攻撃はするだけ無駄でしょう?」
 当然のように言って瞳子は無造作にそれを解き放った。
(こ、このやろー)
 八方から迫る火の玉の隙間を抜けようとして、乃梨子はそれをあきらめた。
 志摩子なら全部かわせるかもしれないが、乃梨子には難しい。避けそこねてダメージをくらうより受けに徹した方がよい。
 ほぼ同時に八方から迫って来た火球に対し、乃梨子は前へ出た。少しでも着弾に時間差をつけ、迎撃の時間をかせぐ為だ。
 正面の火球を右の一刀で弾き飛ばし、半歩左に寄りながら左前方(既に真横に近い)から来る火球を左の一刀で払いのけ、一度振り切った右の一刀を逆向きに振って切っ先を火球に当て、それを爆発させた。そのままその場で半回転。左右から迫る火球に回転しながらの刃を叩きつける。これで五つ。半歩さがりながら、二刀に込めた魔力を左右前方の火球に向けて開放。即座に刃に冷気の魔力をチャージ。右の火球に冷気の魔力が直撃、爆発。続いて左……外した! 無理な体勢がたたったのか、爆風の影響か。乃梨子は防御に意識を集中した。いずれにしろ最後の1つは魔力防御で受けるつもりだったから、二刀で1つずつの火球を受ける。2つ同時の爆発が起きた。
 爆煙がはれた時、乃梨子は再び瞳子の方に向き直っていた。
「『鉄壁』というのも伊達ではありませんわね」
 素直に感心する瞳子。守りに徹した時の乃梨子の防御には定評がある。
「とはいえ、先程も言いましたけれど、ここまで防戦一方になる理由、まだわかりませんか」
 実際に、ろくに反撃もできないというのは、魔法戦に不慣れということを差し引いても乃梨子が劣勢なのは間違いない。
「簡単なことです。今の乃梨子さんには迷いがあるからですわ。迷いがあるからキレがない。心に迷いがあっては力を出し切ることなどできませんわ」
「……私が何を迷っているって?」
「志摩子さまに付いていくことに」
「迷ってなんかいない!」
 そう、迷ってなんかいない。
 志摩子さんについて行くと決めたんだ。
 そのことに、迷いなんてない。
「では志摩子さまが進む道に、というよりメシア教のあり方に疑問を感じていると言い換えましょうか?」
「……何を根拠に?」
「だって乃梨子さんはニュートラルでしょう?」
 いきなりだった。
 そう、かつて自身を逆隠れキリシタンと称した乃梨子が、純然たるメシア教徒であるはずもない。
「乃梨子さん自身もわかっているはずです。目的の為には手段を選ばず、ロウ以外の全てを切り捨てる。中核にいるからこそ、メシア教の極端な思想にはついていけないと感じているのではありませんか?」
「………」
「山百合会幹部の中でも、そのあたりのバランス感覚に最も優れていたのは乃梨子さんだと思っていました。私はカオスよりでしたしね」
 そう付け加えて瞳子は笑う。
「……祐巳さまは?」
「あの方は、意識的でないというか、天然ですから」
「あー」
 なんとなく頷いてしまう乃梨子である。
「だららこそ信じられるのですけどね」
 何やら意味ありげな表情を見せる瞳子。
「私は祐巳さまを、お姉さまの行く道を信じている。だから今の私は戦うことに迷いは無いんです」
 乃梨子と違って。そう言われたような気がして、乃梨子は返す言葉を思いつけなかった。
「そしてだからこそ、あなたはロウにいるべきではない」
 瞳子は手を差し伸べた。
「こちらに来ませんか」
「何、を?」
「メシア教の目的は神に選ばれた人達の千年王国を築くこと。ロウの為のその世界に、乃梨子さんの居場所はありませんわよ」
「関係ない」
 もう決めたことだ。
 たとえそれがどんな道であろうと。
 どんな結果が待っていようと。
「私は、志摩子さんに付いて行く」
 これだけは、ゆずれない。
「乃梨子さんにその道が務まるのか、疑問ですけどね」
 瞳子はため息をついた。
「先程の可南子さんへの対しようも甘いものでしたし」
「それは見くびりすぎだよ。あっちはとりあえず問題無い状況だったからこっちを優先させただけ。瞳子を足止めできれば今の私にはOKなの」
 瞳子はかすかに目を細めた。
「………少し、話が長くなり過ぎましたね」
 そう言って、両手を広げる。
 ボッ ボッ ボッ
 火の玉が瞳子のまわりに浮かんでいく。
 ボッ ボッ ボッ ボッ ボッボッボッボボボボボボボ……
「………って、待て! いくつあるんだそれはっ」
「64個ですわ」
「増えすぎだろ! 次は16個くらいが妥当だろ!」
「大丈夫、ここまで増やすとさすがに個々の正確なコントロールなんてできませんから。的に向けて一斉に撃つだけですわ」
「それのどこをどう聞いたら安心できるんだ!」
 構えを取りながら、乃梨子は呻いた。
 早々、よけるのは不可能だろう。志摩子ならそれでもよけるかもしれないが、乃梨子には不可能だ。
 (こらえるしかないか)
 乃梨子は覚悟を決める。瞳子とて無尽蔵に魔法を使えるわけではあるまい。
 冷気の魔力を全開にして防御に徹すれば、ダメージはかなり軽減できるはずだ。それでも耐え切れるかは疑問だが。
「もう一度だけ聞きますが、こちらに来る気はありませんか?」
「ない!」
「残念ですわ」
 そう呟くと瞳子は広げた腕を振りぬいた。
「fire shot!」

            「マハブフーラ」

 ゴゥッ
 炎とは異なる音が割り込んできた。
 一瞬にして、二人の視界が白く染まる。
 吹雪だった。
 吹雪に呑まれて瞳子の火球群がかき消える。
 その直前に、瞳子は呟きなような呪文を確かに聞いていた。
 マハブフーラ。ブフ(氷結)系の集団攻撃用中位呪文である。
 断じて、あたり一帯に吹雪を起こす呪文などではない。
 同じ呪文でも術者によって威力に差は出てくるし、ある程度高位の魔術師なら呪文のアレンジも可能ではある。例えば瞳子が使った複数の火球を操る魔法は、集団攻撃用の魔法を単一目標に集中するようアレンジしたものだ。
 けれど、こんなデタラメは聞いたことがなかった。
 瞳子は驚愕の面持ちで声のした方向に視線を向けた。
 その白く染まった世界の中でなお白く、静かに佇む人影に目を奪われる。
「白薔薇さま」

「ごきげんよう。瞳子ちゃん」

 白薔薇さまのいつもと変わらぬ穏やかな微笑みに、瞳子は心の底から恐怖した。


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