カララン。
ドアベルがさわやかな音をたてた。
「ごきげんようシオンさん、お久しぶりです」
「あら祐巳ちゃん、いらっしゃい。元気にしてた?」
「はい、おかげさまで。ようやくテストが終わったものですから」
ここは祐巳のお気に入りのカフェ。
マスターが丁寧に淹れてくれるコーヒーは、ブラックが苦手な祐巳でもおいしく飲めるほどマイルドで優しい。
コーヒーだけではない。
ここのパティシエ、シオンさんが作るデザートは絶品。
フランスで5年、イタリアで3年の修業をして帰国したあとも、都内の一流ホテルでさらに腕を磨いて、数々のコンテストで優勝。
腕のいいパティシエを探していたマスターに見込まれ、郊外の隠れ家的なたたずまいのこのカフェに来て3年になる。
「そう、テストだったの。お疲れ様」
にっこりと笑うその笑顔。
クリームを絞る両手の白さとしなやかさ。
白い服の胸あたりに見えるふくらみ。
来るたびいつも見とれてしまう。
(きれいな人だなぁ…)
「…どうしたの?」
うっとり見つめる祐巳の視線の先には、ちょっといぶかしそうな表情のシオンさん。
「あっ、いえ、その…シオンさんって、美人だなぁ…って…」
真っ赤になりながらようやく言うと、シオンさんはカラカラと笑った。
「祐巳ちゃんったら、よく分かってるじゃない」
あまりにも面白そうに笑うもんだから、耳たぶまで真っ赤になる。
その様子を見たマスターが微笑みながらたしなめた。
「ほら、冗談はそこまでにしとけ」
「やあねマスター。本当のことじゃないの」
やれやれと肩をすくめながらマスターは言った。
「今年もモンブランの季節だよ。祐巳ちゃん、モンブラン好きだろ?」
「はいっ!」
思わず元気な声が出てしまった。
栗が出回る季節。
それはまた、祐巳の好物が出回る季節でもあった。
特にここのモンブランは最高級の国産栗を使った逸品。
祐巳の好みを知り尽くすシオンさんは、栗の甘煮もクリームも通常の2倍の甘さにしてくれる。
このカフェに祐巳が通い詰める理由はそこにあった。
「コーヒーはブレンドでいいね?」
「はい、ブレンドでお願いします」
やがて運ばれてきたモンブランとコーヒーで至福の時を過ごしていた祐巳だったが。
「マスターごめん、ちょっとお手洗いいい?」
「ああ、10秒以内に戻ってこいよ」
「んもう、意地悪ね」
トイレに向かうシオンさんをぼんやり見ているうち、妙なことに気づいてしまった。
(あれ…?)
シオンさんが向かったトイレは男性用。
(えっ…?もしかして、シオンさんって…!)
ありえない。
あんなに美人でスタイル抜群のシオンさんが…!
必死に自分に言い聞かせる祐巳の、最後の希望を打ち砕く無残な声。
「マスター聞いてよ、こないだもアタシ女に間違えられちゃった」
「ええ〜っっ!?」
突然の大声に驚いて祐巳の方を向くマスターとシオンさん。
だが、状況を察したシオンさんはニヤリと笑った。
「あら、もしかして祐巳ちゃんもアタシを女だと思ってた?美しいって罪よね〜」
胸が大きく見えたのは、ただ単に服がゆったりしてたから。
手がしなやかなのは、もともとそうだったから。
つまりは単なる「オネエキャラ」だったのである。
(あ、あのシオンさんが…男だったなんて…!)
薄れゆく意識の中で祐巳が最後に見たものは、シオンさんの顔をした天使が自分をモンブランの天国に連れてゆく姿だった…。