【2474】 あ・ぶ・な・い 凸目が覚めない  (グレイメン 2008-01-14 23:08:58)


 はじめまして。初めてSSなるものに挑戦したので拙い所多々あるかと思います。
 皆さんの面白いSSの中恐縮ですが、ご指摘ご感想頂ければ嬉しいです。


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 いつも通り薔薇の館を訪れた白薔薇さまこと佐藤聖は、目の前の光景のあまりの破壊力に崩壊寸前だった。

「こ、これは……ヤバい、うぷっ、ふふふ」

 いくら押し留めようとしても、身体の奥底から衝動が沸き上がってくる。もう、限界。

「ッ!!だ、だめだわ」 

 聖は口に手を当て腹筋に力を入れながら、くるりと振り向いて一端部屋を出た。そしてそろりそろりと極力音を立てないよう気をつけつつ、ドアを閉じる。部屋の中では、すぅ……と静かな呼吸音だけが響いていたが、その音もドアが閉め切られると同時に遮断された。

 と同時に、佐藤聖は盛大に吹き出した。

「ブッ!!くっくぁっはっはっはっはっ!!」

 お腹を抱えて笑う。立っていられなくなって、膝を地面につける。

「ちょ、お、おでこが、あはあっはっっは!うくっあははは!!」

 顔を伏せ、更に笑い続ける。リリアンの生徒とは思えないほど、はしたない格好になってしまっている。

「あはっあはっは、ふぅ、ふぅ……くっ、は」

 その上笑いすぎて呼吸困難になりそうになる。それでも、佐藤聖は小一時間笑い続けた。

 
 きっちり15分後。


「ふぅ……。なんとか落ち着いたけど……」

 聖はとりあえず立ち上がって制服の埃を払った。そしてドアを数瞬見つめた後、ドアノブを捻ってゆっくりとドアを開いた。そして、部屋の中に目をやると――

 キラン。

「ッ!!」

 思わずまた吹き出しそうになるも、聖は気合いで腹筋を押さえつけて、何とか堪えた。余り五月蠅くして、このおいしい状況が壊れてしまっては面白くない。
 
 佐藤聖の目の前には、ある人が机に身体を預けて居眠りしていた。その人、名字は鳥居、名は江利子という。通称、黄薔薇様。いつもは気怠げな雰囲気を漂わせ、何をやらせても万能にやってのける才能の持ち主だが、それ故に退屈に追われ、日々面白い事を求めている。
 まさかその本人自身が他ならぬ面白いことになってしまっているとは、どういう皮肉だろう、聖は思った。

 江利子の特徴と言えば、ヘアバンドをつける事によって強調される、人間の顔面の約三分の一を占めるその部分。要するにおでこである。そしてそのおでこであるのだが、何と現在。


 爛々と、光り輝いているのである。夕日の光を受け、黄金に。


 全く偶然の産物と言うしかないだろう。江利子は珍しく疲れていたのか机に身体を預け、両腕を重ねそれを枕として居眠りしている。そして窓から入る夕焼けの光が、これまた偶然に江利子のおでこへと差し込み、黄金の煌めきを与えている。

 なんという奇跡だろう。たぶん、こんな体験は一生に一度、あるかないかだろう。聖はそう考える。

 そしてそんなに貴重な奇跡なら、皆で共有するべきなのだ。

「あれ、聖じゃない。何して……」

「しっ!!」

 聖はやってきた蓉子の口を手で塞いだ。ついでに抱きついて身体の自由も封じておく。

「んーっ?!んーっ!!」

「静かに、蓉子」

 蓉子はしばらくじたばたと暴れていたが、やがて大人しくなったので聖は自由にしてあげた。蓉子が真っ赤な顔で抗議の声を上げようとするが、その前に聖は静かに、と口に人差し指を立てながら言った。それを聞いて何か事情があると判断したのか蓉子は声量を抑えて話し始めた。

「……いきなり何するの、聖」

「ごめんねー。ちょっち、素晴らしい光景を蓉子に見せたいなぁと思って」

「?」

 聖はちょいちょいと手招きして、蓉子を半開きのドアの前に誘った。

「蓉子。これから見るものは人類の奇跡……そうね、ひいては天然記念物と言えるかもしれない。だから騒いだりしてショックを与えたりしちゃ駄目だから」

「え、何?中に何か居るの?」

「見ればわかるから」

 聖はそう言うと、蓉子は怪訝な表情で恐る恐るドアに顔を近づけ、中を覗いた。そして数秒後。

「ブッ!!」

 蓉子は盛大に吹き出した。瞬間口を手で抑えているところが蓉子らしいと聖は思う。蓉子を廊下へ誘導して、聖はドアを静かに閉じた。

「おで、おでこがっ、おでこがうふっ、うふふふふ」

 蓉子は廊下に屈み込んで、両手を口に当てて笑いに身を任せている。それを見て聖は満足そうに笑みを深める。

「黄金に光り輝く、江利子のおでこ。天然記念物ものでしょ?」

「うふふふっ、た、確かにね、うふふっ」  

 あの破壊力は計り知れない。私でさえ落ち着くのに15分掛かった、蓉子は当分このままだろうと聖は思いつつ、笑い続ける蓉子という珍しい様子を観察していると。

「お姉様?!どうかされたのですか?!」

「「シーッ!!」」 

 祥子が蓉子を見て慌てた様子でやって来る。と同時に、聖と蓉子は同時に注意のシを吹く。

 さて、次の獲物がやってきた。聖は目を細め口の端を持ち上げた。







 

 すっかり遅れてしまった。制服を乱さない程度に、祐巳は小走りで薔薇の館への道を進んでいた。

「ちょっとお話し過ぎちゃった」

 掃除の終わった後、偶然にも桂さんとばったり会ったのでお話していたところ、思いの外盛り上がってしまい、いつもよりだいぶ遅めの時間になってしまった。
 夕焼け空も今がピークで、後数分もすれば空も夜の衣に包まれてしまうだろう。

「急がないと……」

 少し進むと、夕焼け色に染まった薔薇の館が見えてきた。いつもの通り、静謐で神聖な雰囲気を纏っている。それを見るたび、祐巳は何とも言えない落ち着きを覚えるのだ。
 やがて館の目の前まで辿りつき、扉を開けようと手を掛けたとき、祐巳は扉の向こう側の妙な雰囲気に気が付いた。

「……え?」

 薔薇の館の中から、変な声が聞こえるのだ。断片的で引きつったような不気味な声。まるで、魔女の笑い声みたいな。しかもそれはひとつではなく、いくつか同時に聞こえる気がする。

「……ゴク」

 祐巳は緊張しつつ、扉を開いた。すると目の前には。

「……由乃さん?!令さま?!」
 
 お腹を抱えて横向きで倒れている由乃さんと、その横で同じく片手をお腹にもう片方を口に当てて、片膝をついて顔を伏せている令さまが居た。

「どうしたんですか!!」 

 半ばパニックになりながら、二人の元へ駆けつける。しゃがみ込んで二人を見てみると、二人とも小刻みに震えながら、何かを堪えているみたいな様子だ。

 何があったんだろう。由乃さんの病気はもう良くなっている筈だし、それだと令さまも同じ状態になってる理由がつかない。
 とりあえず話を聞こうと二人に声を掛けようとした時、顔をあげた令さまと目があった。祐巳はとりあえず令さまの目の前まで行ってしゃがみこんだ。
 そして祐巳はその表情を見た。令さまのその美少年と呼べるような顔には涙が浮かんでいて、口に手を当てて苦しそうに頬を歪めている。
 
「れ、令さま!大丈夫ですか、それにこれはいったい……」

「ゆ……祐巳ちゃん……くっ、くふ」

 詳しい状況を聞こうとしたけど、令さまはまた苦しそうに顔を伏せてしまった。なので祐巳にはどうしよう、とおろおろしながら令さまを見つめることしか出来なかった。

 すると突然、背後から。


「うふふっ」


 と、笑い声が聞こえた。由乃さん? と後ろを振り返ると。

「うふっうふふぁ、あはっあはははは!!」

 突然大きな笑い声をあげる由乃さんが居た。仰向けで身体を揺らしながら盛大に笑っている。由乃さんの奇行に、祐巳は呆気にとられた。

「よ、由乃さん?由乃さん!!」

「だ、だめ、おで、おでこがっ、あははは!!」

 呼びかけても、由乃さんは祐巳に気付かなかった。おでこ?おでこって何?と狼狽していると、更に後ろから。


「うふふっ」


 また、笑い声が聞こえた。この声は、まさか。祐巳は恐る恐る、後ろを振り返った。

「うふふっ、くふっ、うふふふ」

 まさか、令さままで。

「うふっ、うふふ、ぴ、ぴかって、まぶしっ、うふふふ!」
 
 顔を伏せながらも、身体を小刻みに震わせて笑っている令さまが居た。ぴか?まぶしって、何が?全くわけがわからない。

 これは本格的にやばいのではないかと危機感を募らせていたところ、更に。


「ひぅっく」


 階段の方から声が聞こえた。ま、待って。この声って、まさか―― 

「志摩子さん……?!」

 祐巳は笑い転げている由乃さん達をとりあえず放っておくことにして、階段へ向かった。古びた階段を少し乱暴に昇って、上方へ視線を向けた瞬間。

「うふふ……ひっく、うふふふふふ」

 階段の中段付近で倒れている志摩子さんを発見した。やはり笑いに身体を支配されている様子で、ぶるぶると震えて縮こまりながら笑っている。駆け寄って話しかけてみたのだが、志摩子さんはこちらを見て何かを言おうとはするのだけれど、やっぱり堪えきれず笑ってしまって、結局何も聞けない状態だった。
 結局なんとか聞き取れた単語は、ふらっしゅ、という何とも志摩子さんらしからぬ単語だけだった。
  

 どうなってるの?祐巳の頭の中はしっちゃかめっちゃかになっていた。 


 そんな時、祐巳はあることに気付いた。下には、由乃さんと、令さま。階段には、志摩子さん。じゃあ、お姉さまは……?!

「っ!」

 祐巳は立ち上がって、二階へと駆け上がる。皆あんな状態で、お姉さまは大丈夫なのだろうか?祐巳は大きな不安に襲われた。

 二階へ辿りつくと、其処には三人の人影が見えた。

 二人は立って何かを話している。一人はその足元で、座り込みながら息を荒げている。立っているのは、白薔薇さまと、紅薔薇さま。座りこんで、苦しげな様子で居るのは――

「お姉さま?!」

「ゆみ……祐巳なの……?」

「お姉さま!!」

 祐巳は愛しのお姉さまこと小笠原祥子さまのもとに、全速力で駆けつけた。祥子さまはさっきの3人みたいに笑ってはいないものの、どこか憔悴した様子で苦しげに呼吸を荒げている。
 焦った祐巳は必死でお姉さま、と何度も呼びかけたのだが、大きな反応は返ってこない。やっぱり、お姉さまも……?
 
 祐巳がそう考えていると、上のほうから声が降ってきた。

「ごきげんよう。やっと来たねぇ、祐巳ちゃん。待ちくたびれたよ」

 どこかからかいを込めた声色。祐巳はこの声をしょっちゅう聞いている。

「……ごきげんよう、白薔薇さま」

「あら、私も居るわよ、祐巳ちゃん」

「ごきげんよう、紅薔薇さま」
 
 祐巳は立ち上がって、二人の薔薇さまを見た。白薔薇さまこと佐藤聖さまは腕を組んで、まるで現状を楽しんでいるかのように微笑を浮かべている。私の姉の姉、お祖母ちゃんにあたる紅薔薇様こと水野蓉子さまは、何とも言えない疲れたような雰囲気を漂わせて、壁に体重を掛けてもたれかかっている。まるで、マラソンを終えた後の達成感みたいなものが表情に出ている気がする。なんとなくだけど。

「どうなっているんですか?これ」

「うん、それなんだけどね。説明するより、見て貰った方が早い」

 その言葉に首を傾げていると、白薔薇さまはホイホイ、と手を招いて、山百合会の会議室兼サロンとなっている部屋のドアを開けて中を指さす。どうやら中を見ろ、という合図らしい。

 その言葉に誘われて、祐巳は恐る恐る中を覗いて見たのだが。

「……黄薔薇さま?」

 珍しいことに黄薔薇さまが居眠りしていた。いつも気怠げな雰囲気を漂わせている黄薔薇さまだけど、こうして居眠りをしている所は見たことがなかった。
 しばらく静かに寝息を立てて眠っている黄薔薇さまを眺めていたのだけれど、白薔薇さまの意図するところはさっぱりわからなかった。
 
 黄薔薇さまが原因? 今、ああやって眠っている黄薔薇さまが何かしたということなのだろうか?

「どう?祐巳ちゃん」

 聖さまが期待するような感情を込めた声で聞いてくる。しかし、結局何もわからなかった祐巳はその期待に応えられない。

「……いえ、どうと言われましても」

「え?祐巳ちゃん、アレ見て何とも思わないの?」

「あれって……黄薔薇さまが居眠りされていることは、珍しいなぁとは思いましたけど」

「……あっれぇ?おかしいなあ」

 そういぶかしげに答えた白薔薇さまは、ひょいと身を乗り出して祐巳の頭越しに部屋の中を覗いた。すると、あっ、と呟いたあと、あっちゃーと至極残念そうに顔に手を当てた。

「残念、祐巳ちゃん。時間切れだったね」

「は?」

「惜っしいなぁ。祐巳ちゃんのリアクション楽しみだったのに。まぁ、皆のぶんで十分楽しかったし、満足かな」

 よくわからないが、どうやら白薔薇さま曰く、その原因は時間切れになってしまったらしい。白薔薇さまはうーん、と背伸びをした後、何事もなかったかのように鞄を片手に帰ろうとしている。

「ちょ、ちょっと待って下さい白薔薇さま。結局、どういうことだったんですかっ!」
 
 祐巳は慌てて帰ろうとする白薔薇さまに問いかけた。すると、顔だけこっちの方に振り向いた聖さまは。

「さぁ。ろさ・でこちんに聞いてみたら?」

 そう言ってひょいひょいっと階段を下りていった。

「……ろさ・でこちん?」

 もう何が何だかわからない。祐巳はその場にどうする事もなく立ち尽くすだけだった。

「すぅ……」

 騒ぎを起こした張本人は相も変わらず眠りの世界へと旅立っている。

 
 


 窓の外は、夜の衣に包まれていた。

 
 
 


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