【2614】 これが救いだったのになんであんなに  (ナナト 2008-05-06 09:55:42)


「ごきげんよう。」

リリアンでは朝にマリア様にお祈りするのが通例になっている。
そこに向かう途中会う人会う人に挨拶をしていく。
礼儀正しく、微笑みながら。
しかしわたしは上手く笑えないので挨拶だけを返していく。
わたしを知っている人はともかく私を知らない人はそれを変に思うらしい。
現に今挨拶をした子は怪訝そうにこちらを見ている。
それに気付かないふりをして歩きだす。

この学園では挨拶は一貫して「ごきげんよう」を使う。
わたしはこのことについて違和感を感じない。
幼いころからここに通っていたからだ。
しかし以前あの子はおかしいと言っていた。
同じような私立校でも男女ではやはり違うらしい。
それに加えわたしには似合わないと言っていた。
からかうような表情を浮かべ。
そんなささいなことで言い合いをしていたことを思い出す。
それでもきっとあれは幸せなことだったのだろう。
けれど

「ごきげんよう、祐巳さん。」

ぼうっとしていたところに声をかけられ機械的に挨拶をしたが、名前を呼ばれたことに気づき顔を向ける。
そこには友達である蔦子さんと桂さんの姿があった。

「ごきげんよう、二人とも。」

二人とは中等部からの友達で現クラスメートでもある。
変わってしまったわたしと変わらずに接してくれる大切な友達だ。

「またぼうっとしてたでしょ?その癖直したほうがいいよ。」

三人並んで歩き出すとからかうように桂さんが言った。
桂さんの言葉ももっともだと思う。
こんな風に物思いにふけるのは悪い癖だと自覚している。
いたずらに周りを心配させてしまう。

「うん。わかってるんだけどね…」

「わたしは構わないけど。その時の祐巳さんは絵になるもの。」

その蔦子さんのフォローは冗談なのか判断に困る。
実際蔦子さんはそんな時にカメラを向けてくる、撮ってもあまり面白いものではないと思うけど。
そんなわたしの心境を知ってか知らずか二人はすでに次の話題に移っていった。

「ねぇねぇ、二人はもうスールのお誘いは来た?」

とても楽しそうに聞いてくる桂さんの顔を見ると自身が楽しみしていることが見て取れる。

「来てないわよ。それに私は作る気もないもの。」

「えぇー、もったいないって。せっかく高等部に入ったのに。」

「私にはこれがあるもの。」

つまらなそうにする桂さんを尻目に蔦子さんはカメラを誇らしげに手に取った。
蔦子さんは変わらないな、と少し微笑ましく思う。
この性格に困らされたこともあったけど、とてもらしいと思う。

「祐巳さんは?」

「え?」

どうやら蔦子さんの説得はあきらめ矛先をわたしに変えたらしい。

「わたしは…」

正直に言えば興味はある。
理想的な姉妹の関係を築けたらそれは幸せなことだろう。
今のわたしから変われるかもしれない。
けれど

「わたしも…いらないかな。」

そんな資格はないように思える。
きっとわたしは被保護者のまま終わってしまう。
妹にはなれるだろう、わたしでもいいという人がいてくれたら。
けれどきっと姉にはなれない。
守るべきあの子を守れず、逆に守られてしまった私には無理だろう。
妹を持つなんて。
それなのに姉だけを持ち、まだ守られようなんてなんてひどく浅ましく思えた。

「んー、そっか。」

事情を知っているからか察してくれたらしい桂さんは追及してこなかった。

「けどきっと周りはそうさせてくれないと思うけど。」

その言葉に顔を向けると蔦子さんはニヤリと笑い言葉を続けた。

「祐巳さんは意外と注目されてるから。」

その言葉には驚いた。
すると蔦子さんは「いただき」と言いながらシャッターを切った。

「珍しい表情してたわよ。」

蔦子さんは嬉しそうに笑っている。


無表情。

わたしを表すわかりやすい言葉。
それはひどく正しいと自分でも思う。
以前からそうだったのではない。
むしろ正反対だったといってもいい。
いつからこうなったかなんて明確だ。
自分でもわかっている。
今のわたしは驚く程表情が変わらない。
それは意識してこうなのではない。
自然とそうなってしまっただけだ。
そしてそれを崩したのが蔦子さんはとても嬉しいらしい。

「だって祐巳さんはどうみても可愛いのにそんな感じじゃないんだもん。アンバランスっていうのな。」

蔦子さんの様子から後を引き継いでくれたらしい、桂さんは少し考えながら教えてくれた。
それを聞き可愛いという下りはともかく納得がいった。
無表情が目立つんだ。
なにせそれを理由に昔からしていたツインテールもやめてしまった。
今のわたしには似合わなかったからだ。

「だからきっと誰か声をかけてくるわよ。祐巳さんに断れるかしら?」

「無理だよ。祐巳さんは押しに弱いから。」

二人はわたしにスールをつくって欲しいのか楽しげだ。
心配をかけてしまっていたからかもしれない。
色々と事情を知っている分。
申し訳ないと思うが、それを口に出すと怒られるので心の中でお礼を言う。
しかしそうして二人に感謝しながらもきっと自分は変われないのだとわたしは一人思った。
それでも二人の楽しげな様子は教室に着くまで続いた。


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