【2697】 ラブラブ姉妹物語  (さおだけ 2008-07-07 19:31:29)


乃梨子の前世編ってどうしよう……。え?やっぱり志摩子編と合体?うーん……

祐巳の章  【No:2692】(再会編) 【No:2694】(過去編)
蓉子の章  【No:2687】(始り編) 
祥子の章  【No:2680】(再会編) 【No:2684】(過去編)
乃梨子の章 【No:2672】(始り編) 【ここ】(現世編)
志摩子の章 【】(再会編)
由乃の章  【No:2696】(前世編)

本編 【No:2663】→【No:2664】→【No:2665】→【No:2666】→【No:2668】→【No:2669】→【No:2673】
    →【No:2674】→【No:2675】→(【No:2676】)→【No:2679】→【No:2682】→【No:2683】→
    【No:2686】→【No:2695】→【】






チクリ。

祥子が祐巳さまを【お姉さま】と呼ぶたびに、私は独占欲に苛まれる。
だって祐巳さまは、私の大切なお姉さまなのだから。
仮とはいえ自宅に帰って、私はそのまま祐巳さまの家へと行く。
学園で【お姉さま】と呼べない今、私は自宅でくらいは思いっきり甘えさせてもらうのだ。
本当は、私が紅薔薇の蕾の妹になろうと思っていた。
だけど―――出来なかった。
祥子が先になったからじゃなくて、私には、志摩子さんが居たから。
前世での、私のお姉さま。それが志摩子さんだった。

チクリ。

今は傍にいるのに、志摩子さんはお姉さまではない。
なりたい。だけどどうしていいのか分からない。
お姉さまに相談したけれど、お姉さまは「志摩子さん次第でしょ?」としか言わない。
確かにそうだけど、なんだか寂しかった。自分には妹がいるから?もぅ私は不要なの?
そんな思いに狩られてしまう。

チクリ。

志摩子さんも大好きだけど、私は祐巳お姉さまも大好きなのだ。
どうしてだが祐巳お姉さまは祥子に敬語を使っているけれど、理由は代わらない。
距離を置いていると思えば喜んでしまっている自分がいる。なんて……醜い姿。

チクリ。

お姉さま、どうして私を見てくださらないのですか?
そんな視線を送っても、祐巳お姉さまはこっちを見て微笑むだけ。

チクリ。

チクリ。

たった一言をくれるだけでいいんです。
それだけで、きっと私は進む事が出来るはずなんです。
お姉さま――――……

チクリ。

チクリ。

チクリ。





  ■■■■■ ■■■■■





中等部は私が通ったことのない場所だったから、とても新鮮だった。
瞳子の姿がなかった。どうしたのだろう?だけど祥子さまがいらっしゃって驚いた。
祥子さまといえば瞳子のお姉さまだったから。

「祥子さま、これをお願いできますか?」

「………だからお姉さま、いいかげん敬語を止めてくださいと何度も……」

「あう……ご、ごめんなさ………ごめん」

「……いいえ」

いつまでたっても敬語をやめようとしない祐巳お姉さまに、祥子はちょっとキレぎみ。
だって、祐巳お姉さまは冗談でやっているだけじゃなくで【つい】なのだ。
【つい】で妹に敬語。結構異端なことである。
ヒステリックな祥子といえど、姉があの祐巳お姉さまだといえど、お姉さまはお姉さま。
謝られたらそれ以上追求できるはずもない。
そんな光景を、祐巳お姉さまの同級生は苦笑しながら、上級生は微笑ましく見ていた。
中でも紅薔薇さまなんて娘を見守る母親のような微笑み方である。母性豊かな感じで。

いつも(祐巳)お姉さまは四大天使専用の部屋に居て、机に向かっていた。
私に「面倒だなぁ眠いよぉ」などと言いながらも、私が紅茶を持って行くと笑顔で仕事をしてくれる。
あの空間には、私とお姉さまという登場人物しかいなかった。
他の皆様が来たとしても、私かお姉さまを冷やかして、仕事の話をして去っていく。
そんな風のような人達ばかりだったから。
親しいガブリエル13代目さまとも稀に出かけたりしていたけれど、直ぐに帰ってきてくれたし。
私の帰るべき場所は、アウリエル7代目であるお姉さまの隣。
それは、思いあがりだったのだろうか………?



  ■ ■ ■



家に帰るなり、私は祐巳お姉さまの元へと向かった。
まだ下級天使である私は、黒い1対の翼をはためかせながらお姉さまの自宅へ向かう。
そこではソファに座って寛いでいる祐巳お姉さまが迎えてくれた。

「あれ?乃梨子、いらっしゃい」

「………失礼します、お姉さま」

玄関でベルを鳴らさずに侵入した私は、そのまま有無を言わさずにお姉さまに抱きついた。
驚いた表情をしたけれど、お姉さまは優しく私の頭を撫でてくださった。

「どうしたの?乃梨子から抱きついてくるなんて珍しいね」

「ちょっと………嫉妬してます」

「うん?」

言っても、軽蔑されたりしないだろうか。
そんな不安が私の中を過ぎるけど、お姉さまは優しい表情のままで。
無条件で私を安心させてくれるこの心地よさ。私は、お姉さまに泣きついた。

「お姉さまは……どうして、あの学園を選ばれたのですか?」

「………」

「私が……私の前世を知っていて、選んだのですか?」

「………」

お姉さまは答えない。優しい表情のまま、お腹に顔を埋める私の頭を撫でている。
どうして?どうして答えてくれないの?これも、試験の一環なの?
不安や恐怖が、だんだん苛立ちに変わってきた。

「………ねぇ、ちょっと復習しようか」

「え?」

「乃梨子、天使が生まれた世界では、どうなるんだっけ」

「?」

どうしたの、だろうか?
お姉さまは心無しか寂しげな表情をしていた。
私は数ヶ月前に習った言葉のそのままを、お姉さまに言う。

「天使が生まれると、天使になった存在は【居なかった】ことになります。
 だから矛盾をなくすために、世界は新しくやり直します」

「………うん、そうだね。よく出来ました」

優しげな表情をして、お姉さまはより一層私を優しく撫でてくれた。
とても安心できるけど、質問の意図が読めない。
お姉さまは、何が言いたいのか。
そう黙ってお姉さまを見つめていると、お姉さまは観念したように溜息を吐いた。

「いつか、言わなきゃいけないと思ってたの」

「……」

「…乃梨子はね、私の親友だった、志摩子の妹だった」

「え?」

親友?志摩子さんが?
お姉さまは過去形で志摩子さんの話しをしている。
そして、さっきの【復習】の内容が、全てを繋げてしまった。

「も、もしかして……」

「うん。乃梨子が気にすると思って言わなかったけれど、私も同じ【世界】にいたんだよ」

「―――――!?」

知らなかった。お姉さまが私を知っているだなんて、こと。
でもそれ以上に、お姉さまは、私を知っていたから妹にしたのかという可能性。
いや、可能性じゃない。肯定という名の、恐怖。
優しい言葉も、抱きしめてくれたことも、命を救っていただいたことも、全て!
親友の妹だったから……?

「違う。聞いて、乃梨子を助けたのに志摩子は関係ない」

「う、嘘っ!そんな、そんなことって……!」

「聞きなさい!乃梨子!」

「!!」

肩をゆすられて、私は初めてお姉さまに怒鳴られた。
真剣な顔。それはとても怒ったような、とても恐ろしい……目を離せない、顔。
いつも柔らかだったお姉さまの表情が、凛と、アウリエルさまの顔になっていた。

「私は乃梨子に嘘を言ったことなんてないわ。貴女を妹にしたのも、貴女だったからなの」

「……おねぇ、さま………」

「気にすると思ったの。だって、前からの知り合いだったなんて知ったら、同情だと思われるもの」

「ちが、違うんです、か?」

「当然でしょう?」

お姉さまは私を力一杯抱きしめてくれた。
温かい。こんなに温かいお姉さまが、全部同情だったなんて、信じたくない。
私も力の限りに抱き返した。

「乃梨子は私の妹。そして、あのリリアンは私達の謂わばふるさと」

「………はい」

「この世界が危ないんだよ?どうして、守らずにいられるの」

「………はい」

「天使として、貴女は成長しなくてはいけない。なら、ふるさとで、もう一度やり直しましょう?」

「…………でも、」

「貴女の死んだ理由は聞かないから。もっとも、私自身のこともあまり思い出したくないしね」

「……お姉さまも、思い出すのが怖いのですか?」

「うん。それに、天使は反省したら輪廻に戻されるけど、私は後悔すらしてないもの」

「え?」

お姉さまはいつものお姉さまらしく、のほほんと、とても優しく安心させる笑みを向けた。
これが、私のお姉さま。私を助けて育てて、教育してくれたお姉さま。
可愛らしく笑うと、お姉さまは私の頬に口付けを落としてくれた。
不安になるといつもしてくれる、親愛をあらわすキス。

「だって、天使としてのお姉さまにも逢えたし、乃梨子も助けられた。
 辛い過去を乗り越えようとは思うけど、過去を悔いることはないと思うわ」

「…………」

「人間であった頃のお姉さまに会いたかった。みんなに会いたかった。乃梨子もでしょ?」

そんな風に、小首をかしげたお姉さま。
敵わない。本当に、私は一生お姉さまに敵わないのだ。
それから私は、お姉さまの世界での私や、いろんな事を教えてくださった。
  乃梨子はね、いっっつも志摩子と一緒だった。よく由乃さんに冷やかされてたなぁ。
  私のお姉さまは祥子さまでね、瞳子が私の妹だったの。
そんな御伽噺にも近い、お姉さまの昔のお話。
自分では知らなかった世界のお話をBGMに私は眠りの中へと落ちていった。

「私のお姉さまが輪廻に戻ったのは、人間になりたかったから。でも、私は―――」

暗い暗い夢の中は、お姉さまの温もりに溢れている。
頭を撫でてくださっているお姉さまの隣で、そういえば最近は寝不足だったと思い出した。



  ■ ■ ■



「お姉さま、これはどうすればいいんです?」

「それはですね……」

私は祐巳お姉さまと祥子がいちゃついていても、あまり嫉妬しなくなった。
そりゃ少しくらいはこっちも構って欲しいなぁって思うけど、私には志摩子さんがいるわけで。
祐巳お姉さまの代わりに志摩子さんのスカートの裾をつかんだ。

「あら、どうしたの?」

「…ううん。ねぇ志摩子さん、これはどうしたらいい?」

「そう? それは……」

お姉さまはお姉さまとしてではなく、祐巳さまとして今を楽しんでいる。
それが分かったから、私としては納得している。
お姉さまだってお姉さまと再会できて嬉しいのだ。
なら、私だって一緒に喜んであげなくてはならない。
それが妹で、お姉さまの友達というものだと思うから。

「乃梨子ちゃん、そのホッチキスとってくれる?」

「はい、祐巳さま」

「ありがとう」

お姉さまが私を覚えていてくれるなら、別に問題はないと思うんだ。
隣の志摩子さんが微笑んだ。

「……うふふ。ちょっと妬けるわ」

「え?なぁに志摩子さん」

「なんでもないのよ」

お姉さま達に囲まれる、この時間がずっと続けばいい。
そう思わずにはいられない私は、やっぱりまだちょっと臆病者だけど。
隣の志摩子さんと前の祐巳お姉さまがいれば乗り越えられると思う。
よし、頑張らないと。
立派な天使になって、どっちのお姉さまも自慢できるような妹に。
私はそう思いながら目の前のプリントに目を落とした。



でも、やっぱりお姉さま?
もぅちょっと祥子と距離を開けませんかねぇ?





一つ戻る   一つ進む