【2716】 寂しいって思っても続くことを願って  (MK 2008-07-22 20:12:20)


 作者より:メインタイトル『もこもこしてたりする柔らかくてびっくりわっか的ビデオ』
       【No:2709】→【No:2712】の続きです。ホラー…かも知れません。



「んー、これどうしよっか。テニス部のだけど、ここに置いておく訳にもいかないし」
 デッキから取り出したビデオとさっきテニス部の二人が見ていたビデオを示して、祐巳さまが相談してきた。
 他の生徒の手に渡るのもまずいし、テニス部の所有物を勝手に持ち出すのも悪い。
 さて、どうしたものか。

「テニス部のものですけど、ラベルは貼っていませんし、なにより他の生徒の目に触れる方がいけないと思います」
 そう、先程テニス部の二人が見ていたビデオにはラベルが貼っていなかった。
 やはり、昨日と同じく中身が不明のビデオの確認をしようとしてあの文面を見てしまったようだ。
「やっぱり、そうなるよね。じゃあ私が二本とも預かるよ」
 意を決したように、祐巳さまが言う。
 しかし。

「いえ、祐巳さまの家ではご家族の目につくと困ります。うちは薫子さんと私だけですから」
 本当は。
 普通、自分の部屋に持って行きさえすれば、女子高生の部屋に無断で入る家族なんかいない。そういう意味では条件は同じなのだけれど。
 祐巳さまに預けるといけない、と何か悪い予感が少しだけしたのだった。
「え、でもそういう意味では乃梨子ちゃんの家でも同じなんじゃないの?」
 当然、祐巳さまはそこを指摘してきた。
「はい、ですが家族の人数が違いますので、何かの弾みで目に触れるとも限りません。私は薫子さんだけにバレされしなければ大丈夫ですから。それに、部屋にお母様が入ることもあるのではないですか?掃除などで。私の方は部屋に薫子さんが入ることはないですから」
 祐巳さまには失礼だけれど。
 場合が場合である以上、半ば強引に押し切る。
「あ〜〜〜、そうだね。ウチは時々掃除にお母さんが入るからなあ。じゃあ乃梨子ちゃんに任せるよ。お願いね」
 私の気持ちを察したのか、あっさりと引き下がる祐巳さま。
「では、片づけて出ましょうか」
 未だに戻らないテニス部の二人の存在が、倒れたイスや、乱れたコードから思い出された。しかし、結局その日の内に会うことはなかった。



「それでですね、このことについて調べる時間は欲しいんですけど…」
「瞳子には内緒に…でしょ?」
「はい」
 親友に内緒事というのは後ろめたいけれど。
 山百合会で一緒に仕事をしたりする以上、瞳子に知られたり、瞳子が例のビデオを見たりすることは絶対に避けたい。
 その気持ちは私も祐巳さまも同じのようだった。
「問題は私だよね。すぐ表情に出ちゃうし、瞳子に隠し事したくないって気持ちもあるし…でも…」
「瞳子にあれを見せる訳にはいきませんから」
「うん、そうだね。瞳子には内緒…ね」
 私たちは一緒に戦う同士のような気持ちで笑いあった。
 その時。

「誰に何を内緒にするんですか?」

「ぎゃあうっ」
「わぁっ」
 噂をすれば影、とでも言おうか。瞳子がいつの間にか後ろに立っていた。
 思わず悲鳴を上げてしまったのだけど…。
「…お姉さま、そのはしたない悲鳴はなんですか」
「あ、あははは。瞳子ごきげんよう、今帰りなの?」
「はい、お姉さま。ごきげんよう。生憎、私は機嫌良くはありませんけれど」
 声がオクターブ低く、お腹に響くような『ごきげんよう』だった。
 明らかに怒っている瞳子。無理もないけれど。
 しかし。

「じゃあ、一緒に帰ろうか。瞳子」
「な、なぜそんな発想になるんですか。お姉さま」
「乃梨子ちゃんと二人だけで帰ってたから拗ねたんだよね、瞳子は。じゃあ乃梨子ちゃん、私は瞳子と一緒に帰るから。ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう。祐巳さま、瞳子」
「お姉さまっ。あ、ごきげんよう乃梨子」
 あっと言う間に、祐巳さまのペース。
 祐巳さまが、任せてとばかりに私にウィンクを送ってきた。
 こうなったら、祐巳さまに任せるしかない。お願いします、とばかりに私はお辞儀で返してみせた。

 先程の予感は、こういう形で明らかになった。祐巳さまが瞳子と共に帰る際、ビデオそのものが手元にあると、困ったことになるかも知れない。
 私は少しだけほっとした。

「さて、問題はこれよね」
 手提げの中に入れた二本のビデオを見て、ため息を吐いた。
 呪いの元凶だと思われるものを正直持っていたくはないが、広がるのも厄介だ。
 まあ、持って帰りさえすれば大丈夫だろう。
 私は手提げの口を覆うと、帰り道を歩き始めた。

 にゃーおーん。
 どこかで、猫の鳴き声がしたような気がした。



 じりりりりん。じりりりりん。
 その夜、電話がかかってきた。
「リコー」
「はーい」
 本日二度目の予感。きっと電話の相手は…。

「はい、もしもし」
「もしもし、リリアン女学…」
「志摩子さんっ」
「えっ、乃梨子なの?」
「そうだよ」
「ごめんなさいね、夜遅くに」
「ううん、嬉しい」
 やはり志摩子さんだった。
 嬉しいのも確か、志摩子さんがお休みしているので、電話でしかやりとりが出来ないのだから。
 でも、今は。少しだけ緊張しながら志摩子さんの話を聞くことにした。

「あのね、乃梨子。学校に行けないのは、理由があって…」
「呪いのビデオ?」
「え?乃梨子、それをなぜ…」
 ビンゴ。
 志摩子さんがそれのせいで休んでいることは、噂のこと、実際に体験したことなどから容易に想像がついた。
 なによりも、あの志摩子さんが言わなければいけないことを、言いにくそうに電話してきていることが、なによりの証拠だと私には思えた。

「実は私と、祐巳さま、それに桂さまで偶然見ちゃって…」
 相手が言いにくそうにしている場合、その話の内容のいくらかを知っている風に(この場合、実際知っているのだけど)話すだけで、相手はそのことについて話しやすくなる。
 昨日は自分自身がショックを受けていたので、そのことまで頭が回らなかったけれど。

「…そうだったの。乃梨子、ごめんなさい。私が知らせるのが遅かったばかりに…」
「あ、ううん。志摩子さんのせいじゃないって。多分、知ってても見ていたと思うし」
「それにしても、あれ以外にビデオがあったなんて。てっきり、私の家に紛れ込んでいただけかと思ったわ」
 志摩子さんの話によると、例のビデオを見たけれど、悪戯と思いそのままにしておいたら、呪いが降り掛かったのだという。
 …って。
「えーと、志摩子さん?呪いかかったんだよね。死んじゃうんじゃ…」
「乃梨子ったら。幽霊とかじゃないわ。私は生きているわよ。ただ…」
「ただ?」
「…今の姿だと町中は歩けないわ、ね」
 消え入るような声。
 志摩子さんの話だと、呪いは死にはしない。しかし、自分の姿がまるで変わってしまうという。

 異形転身。
 何かの小説で読んだ単語が頭に浮かんだ。
 人間の知能、経験、感覚、それらはそのままに、まるで別の生き物、もしくは生き物ですらない何かに姿が変わってしまうこと。
 それは死ぬことよりも恐ろしいのではないか。その時の私は、志摩子さんの口調からそう感じ取っていた。

「そうだったの、志摩子さん。それじゃ、これは無理かな…」
「今の話だと、乃梨子や祐巳さんたちはまだみたいね。何かやりたいことがあるなら協力をって…今の私じゃ相談を受けるぐらいしか出来ないけれど」
「ううん、十分だよ。あのね、志摩子さん…」
 さっきの話を聞いて、本当は止めようかと思っていたけれど、やはり志摩子さんに頼ることにした。
 志摩子さんが私を導いてくれる。そんな気にさせたのが当の志摩子さんだった。

「…そう、分かったわ。いいわよ、乃梨子なら」
 志摩子さんは、私の頼もうとしていたことを知っていたかのように、快諾してくれた。

 あとは今の学校の様子とか、山百合会のことなどを話していた。
「リコー、もう十時だよー」
「はーい」
 薫子さんに注意されるまで、時間を忘れて。
 おかげで前日よりは安らかな眠りにつくことが出来た。
 志摩子さんって、すごい。



「乃梨子さん、乃梨子さん」
 次の日の朝、教室の外から呼ばれて行ってみると、どこかで見たような生徒が立っていた。

「えーと…」
「あ、私は昨日視聴覚室でビデオを見ていたテニス部の下川美佳。それよりも、あのビデオのことなんだけど」
 昨日そのまま持って帰ったこと、やっぱりまずかったのだろうか。
「あ、ごめんなさい。実は他の人に見られるのも困るからって、持って帰っていたの」
 と、机の横に掛けている手提げを指さして答えた。
「あ、そうだったの。と言うか、私が聞きたかったのはそれじゃなくて」
「え、違うの?」
「えっと…やっぱり呪いかかっちゃうのかなって…」
 彼女はそう言って、少し身震いしてみせた。
 この場合、どっちが本当だろうか。
 志摩子さんの話からするとおそらく本当にかかるものなんだろう。
 さて、正直に言うべきか、嘘を吐くべきか。

「実を言うと昨日ね。あのビデオ見て悲鳴も出ないくらいに怖かったんだけど、結局悲鳴あげて逃げたのよ」
 答えを躊躇していると、美佳さんが昨日のことについて話始めた。
 逃げたところまでは知っている。祐巳さまと一緒に見ていたのだから。
「それで、校舎の外に出て夜になっているのに気付いて、片づけないとって里佳さんが言ったから…あ、里佳さんは昨日のもう一人のテニス部員ね。それで、戻ってみたらあのビデオが無くなってて、片づいていたからびっくりしちゃってね」
 あれ、昨日は戻らなかったような。それに…。
「夜になっていたのに、気付いたってどういうこと?」
「えっと、そのままの意味だけど?校舎の外にでたら、辺りが真っ暗で私たちびっくりしちゃって、自分の時計見たら七時半だったんだもの」
「七時半!?」
 私が声を上げたせいで、クラスメイトから視線を向けられる。いけない、いけない、朝早くでまだ人が少ないとはいえ注目を浴びるのは面倒だ。
 そのクラスメイトの中に瞳子がいないことを確認すると、美佳さんに耳打ちした。
「あ、こっちで話を聞くよ」
 そう言って私は、廊下の方に出た。

「それで、七時半ってどういうこと?」
「いや、どういうことって言われても…祐巳さまと乃梨子さんが来たのが四時ちょっと位だったかな。それで、その後…あ、祐巳さま達が来た時に試合のビデオ見てたんだけど、それのチェックが終わったから、別のビデオ見始めたら…あれだったの」
「そこから飛び出してきたのよね?」
「うん、飛び出して…って乃梨子さん、飛び出してきた時見てたの?」
「祐巳さまと視聴覚室出てすぐの廊下で話してたから。気付かなかった?」
「うん、気付かなかったよ。ああ、恥ずかしいなあ、祐巳さまにそんなとこ見られるなんて」
「あ、あははは。大丈夫だって」
「それでね、走って校舎の外まで出た時に、辺りが真っ暗だったからびっくりして、腕時計で確認したら七時半だった、というわけ。祐巳さまと乃梨子さんって、そんなに長く話しこんでたの?何時間も」
「う、うん。ちょっと相談事をね。それよりも、びっくりしてって、夜になってることが分からなかったってこと?」
「分からなかった、というよりは時間が経つのが早すぎるって感じかなあ。四時半くらいに見始めたはずなのに七時半だったから。これも呪いのせい?とか思って、二人して震えてたくらい」
 そう言って美佳さんは、また身震いしてみせた。
 安心させるために嘘でも、呪いはかからない、と言った方がいいだろうか。
 そう考えた時、私の脳裏に志摩子さんの笑顔が浮かんだ。

「…美佳さん、たぶんそれもビデオのせいだと思う。それと呪いは残念ながらかかると思うわ。でも、安心して。死ぬようなことはないらしいから。呪いのせいで休んでいる人から聞いたの」
 これが今の私の精一杯。
 志摩子さんなら、すぐばれる嘘で取り繕うより正直に話した上で安心させる方を選ぶと思うから。
「…そう。そう、だったの。ありがとう乃梨子さん」
「ううん」

 キーンコーンカーンコーン
 お礼を言われるようなことは何もやっていない。そう続ける前に予鈴のチャイムが鳴り響いた。

 美佳さんと別れた私が教室に戻った時には、瞳子はすでに来ていた。
 瞳子は私を見つけると、ごきげんよう、とばかりに片手をあげて微笑んできた。
 私は、隠し事があるせいか上手く笑顔で返せなかった。



「あれ、瞳子来てないんですか?」
 昼休み、薔薇の館に来た私は、先に来ていた祐巳さまにそう尋ねていた。
 四時間目が終わって、私がお手洗いから戻ってきた時には瞳子はいなかった。てっきり先に来ているものと思ったのに。
「あ、うん。休み時間に訪ねて来てね。今日は演劇部の方で練習があるから、お昼も放課後も来られないって言ってたよ」
「…そうですか。あ、昨日はありがとうございます」
「ううん、隠し事してるのは同じだし、私は姉だから、ね」
 そう言って祐巳さまは少し寂しそうに笑った。
 妹に隠し事をしているということ、事前に知らせに来たとはいえ瞳子が来ないこと、薔薇の館の住人が少ないこと、呪いのビデオのこと、色々なことが祐巳さまにその表情をさせているんだと思った。
「さ、食べよう。昼休みのうちに片づけないといけない仕事もあるからね」
 その日は僅か二人の昼食会となった。



「ごめんね、祐巳さん。昨日休んじゃって」
「いいよ、桂さん。あんなことあった次の日だし」
「まあ、ねえ。あ、祐巳さんに頼まれた通り、視聴覚室使えるようにしといたよ。ウチの部員の間にも噂広がっちゃって、ビデオ撮るのさえ怖がってる子もいるくらいだから、ここのビデオを見にくる子はいないと思う」
「ありがとっ、桂さん」
 昼休み、早めにご飯を食べ終わり仕事をやった後で、祐巳さまがから放課後は薔薇の館の前に待っていてと言われて待っていたところ、桂さまが現れた。

「今からビデオを見るんですね、祐巳さま。だから昼休み…」
「そ、仕事してたの。昼休みに乃梨子ちゃんから聞いたところだと、呪いにかかっても死なないらしいじゃない。まあ、あと三日ちょいしかないから自分で解くまではいかないかも知れないけど、何か見つけて記録でもしておけば、と思って」
 何と表現しようか。
 薔薇さまであり、山百合会の幹部であり、お姉さまである人がそこにはいた。
 死なない、とは伝えたものの、どんな姿になるかも分かっていないのに、他の生徒のため、次に続く人のため、動いた人がそこにはいた。
 薔薇さまが動くなら、つぼみである私はそのサポート。本来なら瞳子がつくべき位置に私がいる。
 いや、瞳子がいてはいけないのだ。
 今のこの状況、瞳子がその位置に『いる』ことは瞳子がこっち側に来ることを意味する。
 祐巳さまは妹のため。そして私は親友のため。
「はい、行きましょう」
 先に進むことを、選んだ。



「今、何時何分?」
「三時五十二分だね」
「ビデオ巻き戻し終わりました」
 あのビデオ、映像が映っている時間は短い、とは言っても主観的な時間感覚だけれど。
 そこであのメッセージ通りにビデオの中から探し出そうと、初めからコマ送りで観察することにした。
もちろん、時間のチェックをしながら。その為に、別の普通のビデオを隣で流すことにした。
 しかし。

「んー、まあこんな簡単には見つからないのかなあ」
「目が痛くなりますね」
 映像の背景はほとんど変化せず、映っている猫も少し動くだけ。
 ヒントになりそうな変わっている部分も見つからず、時間だけが過ぎた。
 そして、場面が林、道路と変わって、その道路の場面ももうすぐ終わりそう。
「今、五時十二分。あれ、普通に時間過ぎてる感じだよね」
「そうですね。こちらのビデオも一時間二十分過ぎたくらいですから」
 そう、ここまでは普通に時間とビデオが同じに流れている。
 ここまでは。

「「えっ…」」
 二つの驚いた声に隣のビデオから視線を戻すと、ビデオは木造の廊下を視点の低いところから映している場面に変わっていた。
 祐巳さまも桂さまも自分の時計を見て驚いている。
「な、なんで…」
「壊れた…って訳じゃないよね…」
 その言葉に、祐巳さまの時計をのぞき込んだ。

「なっ」
 祐巳さまの時計の秒針がグルグルと回っている。
 秒針だけじゃない、長針もよく見れば普通の回る速さよりも早く動いていた。
「わ、私のも…」
 はっとして自分の時計も確かめるとやはり早く動いていた。

「ビ、ビデオは?」
 祐巳さまの声に、ビデオの方を見ると。
「なんで…」
 一時停止が解けたように、普通に廊下を進む映像。
 隣のビデオを見ると、早送りをしているかのように早く動いていた。
 再生ボタンしか押さず、リモコンはそのままテレビの上に置いていたのに、である。

「時間は?」
「えっと、今六時…三十分過ぎたっ」
 桂さまの声に、また時計を見るとまだ早く動いていた。
 そして。

 キーンコーンカーンコーン。

 放課後最後のチャイムが校内に鳴り響いた。
 それとほぼ同じくらいに、時計はもとの速さを取り戻していた。
「今日はもう終わりみたいだね」
 テレビの画面には。
 例の赤い文面が映っていた。



 あと三日。


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