【2996】 楽しんで奇跡は自分で起こす  (bqex 2009-07-24 21:06:12)


幻想曲シリーズ

※注意事項※
登場人物が天に召される描写があります。
パラレルワールドを題材にしています。
連載で【No:2956】→【No:2961】→【No:2964】→【No:2975】→【No:2981】→【No:2982】→【これ】→【No:3010】→【No:3013】→【No:3015】→【No:3020】(完結)になります。
以上を踏まえて、お読みください。




 突然だが『チーズ転がし祭り』を知っているだろうか?
 イギリスのお祭りで、丘の上から大きな円形のチーズを転がし、それを大勢の参加者が追いかける奇祭で、参加者はいつの間にかチーズと一緒に斜面を転がり、転がるチーズを追いかけているのか、自分がチーズと一緒に転がっているのかよくわからなくなるというやつである。
 今、由乃の精神状態といえばまさにその参加者のような、追いかけているんだが、転がっているんだか、よくわからない状態でとにかく前に進んでいる状態なのだ。
 由乃が追いかけていたチーズは初めは令ちゃんだった。次に祐巳さんになって、それが今や、由乃は菜々という参加者に追い立てられるチーズになってしまった。
 そんな気分なのだ。よくわからない例えになってしまったが。



「世界を変えに行きましょう」

 菜々がそう言う。

「私、決心しました。どこへだってくっついていきます」

 これが姉妹の申し込みをした後の台詞だったらどんなにか嬉しかっただろう。だが、しかし。

「しっかりしてください。その、祐巳さまのいるところはどこなんですか?」

 菜々は今、薔薇の館に乗り込んで、祐巳さんを締め上げるばかりの勢いなのだ。

「今の時間なら、そろそろ教室の掃除が終わって、薔薇の館に向かってるんじゃないかな?」

「じゃあ、薔薇の館の前で待ち伏せして捕まえましょう」

 菜々は歩き始めた。薔薇の館について何も聞かないのは、薔薇の館がどういうところなのか中等部の生徒にも有名なのだろう。
 由乃は菜々を追った。

「由乃さん! 由乃さんじゃない!!」

 図書館にも関わらず、大声で呼び止められ、勢い良く抱きつかれた。
 由乃は思わず体が浮き上がった。

「だ、誰っ!?」

 それは築山三奈子さまだった。
 異変に気付いた菜々が振り返って戻ってくる。

「ああ、私……私……」

 そう言って三奈子さまが泣き崩れた。

「ちょ、ちょっと!?」

「とにかく、場所を変えましょう」

 図書館中の人が注目している。菜々に言われるまでもなく、慌てて三奈子さまを引っ張るように図書館を出た。
 外のベンチに腰掛けて、とも思ったが、とにかく目立つ。
 わんわん泣く三奈子さまと、中等部の生徒菜々と、復活した由乃の奇妙な組み合わせは人目を引く。とにかく人のいない場所、という事で古い温室にやってきた。

「どうしたって言うんですか?」

 落ち着いてきたのを見計らって、由乃は聞いた。

「ごめんなさい、由乃さんがあんな事になるなんて思わなかったから。私、由乃さんを利用したの」

「はあ?」

「私の友人2人はね、1人の上級生に振り回されていたの。その上級生は二股をかけていて、1人を妹にして、もう1人を特別扱いして、いわゆる浮気よ」

 それがどう由乃につながるというのだ?
 令ちゃんは浮気なんて出来ない甲斐性なしだよ?

「それで、由乃さんがロザリオを返した時に、これを利用して、2人の関係をなんとか出来ないものかって」

「なるほど、それで、妹がロザリオを突き返すのを美談にして、姉妹別れブームを作った、と」

 猫を被っていた時期とはいえ、おかしいと思ったんだよね。あんな美談にしちゃってさ。
 由乃はあんなにしおらしい女ではないし、あんな後ろ向きな発想はしない。
 元気になった今では由乃を知る人は一様に、あれはあり得ないといって笑う。
 おかげで「妹にしたいナンバー1」とか「ベストスール賞」だったのも、そのあり得ない中に入れられてお笑いのネタにされているばかりか、受けたのは人格改造手術であるという噂がまことしやかにささやかれている。ちっ。

「由乃さんほどのカリスマがある人じゃなきゃブームになんてならないわよ。思惑通り、みんなは由乃さんの真似をしだした。でも」

「肝腎の3人は何もなかったってわけね?」

 別れた方が楽なのに、意地になって別れないってあのお昼のドラマにありがちなやれやれなパターンだ。
 実際はチャンネル変えて再放送の時代劇見たりできないから凄く厄介よね。
 ついでに三奈子さんも厄介になってきたので、そろそろお別れしたいのだが、もの凄い力で腕を掴まれていて、逃げ出すのは無理だ。

「それだけじゃないわ。由乃さんはそのまま死んでしまって。そして、私は凄く後悔した」

「何故ですか?」

「由乃さんの事をちゃんと伝えられなかったから。由乃さんが死ぬ前に、由乃さんと令さまがアンケートに答えてくれた事があったでしょう? あれ、本当は入れ替わっていたって知らなくて、そして、『黄薔薇革命』って記事を書いて。でも、由乃さんは本当は前向きで、あんなの違うって笑ってたって、祐巳さんから聞いて。でも、私は伝えられなかった」

 はあ? これがあの三奈子さまのお言葉ですか?
 あの、捏造ライター、新聞記者より小説家に向いてると言わしめた築山三奈子さまですかっ!?

「私が山百合会の記事を書くのはね、薔薇さまに憧れてるだけじゃないの。リリアンの生徒会長は妹に引き継がれる世襲制。その後継者がどんな人物か、そして、その人物は本当に正しくみんなを引っ張って行ってくれるのかを常に監視するのがジャーナリズムよ。だから、真実を引き出すためには手段は選ばない」

 選べよ。それは選べよ。
 突っ込むと長くなりそうなのでスルーする。

「だから、訂正しようと思ったのに。由乃さんは死んでしまうし、令さんは来なくなるし。でも、由乃さんがこうして帰ってきたんだから、私、なんだかやる気が出てきたわ! こうなったら一世一代の号外を出して、由乃さんの超攻撃的な前向きさを余すところなくお伝えするわ!」

 待たんかい、ワレ。

「なんか、今、もの凄く気になるフレーズをさらっと言いませんでしたか? 超攻撃的って、何を根拠におっしゃるのかしら?」

 作り笑顔がひきつるのがわかる。

「だって、令さまにロザリオを叩きつけて、飛び蹴りを食らわせたんでしょう?」

「飛び蹴りはやってません! 飛び蹴りは」

「由乃さんは、令さまにロザリオを叩きつけた……っと」

 パッと手を離すと同時に三奈子さまはメモを取り出す。

「って、何をメモしてるんですかっ!? あ、言っておきますけど、令ち、お姉さまは薔薇さまじゃないんですから。一般生徒なんですから。先程三奈子さまのおっしゃったジャーナリズムとは外れたところにいるんですからね。私たちは」

「くっ、一本取られたわね」

 薔薇の館の正式メンバーだったら書いたんかいっ!?

「まあ、記事の方は真美に任せるから、安心して」

 あんたの記事は危ないって自覚があるのかっ!

「じゃあ、私たちは忙しいので、これで」

 由乃は一刻も早く温室を立ち去ろうとした。

「あ、そうそう。土曜日の事、楽しみにしてるわ。何をするかは知らないけど、何かが起こるんでしょう?」

 うっかり立ち止まったり、振り返ったら相手の思うつぼ。
 我慢して温室の扉を開けるとそのまま薔薇の館の方へと歩き始めた。
 あれは……えっ!?
 向かいから松平瞳子ちゃんがやってきたのだ。

「……」

 瞳子ちゃんは古い温室の方に向かった。

(えっ、何?)

 瞳子ちゃんは温室の中から三奈子さまが出てくるのを見て、警戒するように速度を緩める。

「由乃さま、薔薇の館には──」

 由乃は手で制する。
 三奈子さまがそのまま立ち去る。その姿が見えなくなったのを確認して瞳子ちゃんが温室に入る。
 瞳子ちゃんは花の世話をしに来たわけではなさそうだった。誰かを待つように棚に腰掛ける。
 すると、祥子さまが現れた。
 えっ、土曜日を待たずに決着をつけるつもりなんですか?
 祥子さまと瞳子ちゃんは真面目そうに話をしていた。
 しかし、時折祥子さまが見せる表情からそれが深刻な問題ではないかのような感じを受けた。
 あの、目の前にいる瞳子ちゃんはあなたの妹にロザリオを返した人ですよ?
 えっ、にこやかに笑ってる!? 一体何が起こってるの!?

「由乃さま」

「ああ、ごめん」

 菜々と二人でそのまま薔薇の館に来た。
 玄関を開けて、階段を昇り始めると令ちゃんが出てきた。
 不思議そうに、令ちゃんは由乃の後ろの人物、菜々を見ている。

「令ちゃん、祐巳さんは?」

「祐巳ちゃん? 祐巳ちゃんなら帰ったけど。それより、彼女は?」

 はて、どう説明したらよいのやら。
 向こうでは妹候補なのだが、こちらでは間もなく帰ってしまうのでその説明は不適切だ。
 しかし、じゃあ、何と説明するべきなのか、と思っていたら菜々が口を開いた。

「ごきげんよう。私、由乃さまと親しくさせていただいている中等部3年の有馬菜々と申します。今日はこちらに支倉令さまがいらっしゃると聞いて、由乃さまに無理を言ってこちらに押しかけてしまいました。突然の失礼をお許しください」

 ぺこりと菜々は頭を下げる。

「有馬、菜々ねえ……」

 令ちゃんは記憶を手繰るように上を向く。

「祖父のたっての希望で有馬姓となりましたが、元は田中と言います。姉たちは大仲女子に通っております」

 田中姉妹はこの地区ではかなり強い方だ。令ちゃんだって強いけど。

「ああ、田中さんの。それで、私に何か用?」

「あの、機会があればいつかお手合わせ願えませんでしょうか?」

 由乃はぎょっとした。
 いきなり何を言い出すんだ。

「ああ。いつか機会があったらね」

 令ちゃんは微笑んでいる。

「祐巳さんもいないし、じゃあ、この辺で」

 由乃は話の流れがおかしな方に向く前に菜々を引っ張って薔薇の館の外に出た。

「ふー」

 由乃は大きく息をつく。

「あら、由乃ちゃん。やっと来たのね。さあ、打ち合わせをやりましょう」

 不意に声がして振り向くと祥子さまが立っていた。

「打ち合わせ? ああ、土曜日の?」

「ええ。あら、ところで、こちらは?」

 祥子さまは菜々に微笑みかける。

「ごきげんよう。私、由乃さまと親しくさせていただいている中等部3年の有馬菜々と申します。こちらには由乃さまに無理を言って押しかけてしまいました。ご無礼、お許しください」

「それで、用事はすんだのかしら?」

「ええ。それでは失礼します」

 菜々は祥子さまが由乃に用があると知ってそのままいなくなってしまった。
 由乃は祥子さまに連れられて薔薇の館に入った。

 薔薇の館には令ちゃん、志摩子さん、乃梨子ちゃんがいた。

「土曜日の手順を説明するわ。令は祐巳の側に、由乃ちゃんは瞳子ちゃんの側に、それぞれ逃げないように見張っていてほしいの」

「それだけでいいんですか?」

「ええ。後は壇上で私が仕掛けるわ。なりふり構わず逃げられる方が厄介だから」

 祥子さまはそう言って微笑む。

「私はどうしますか?」

 志摩子さんが聞く。

「そうね、志摩子と乃梨子ちゃんは出来るだけ祐巳に気付かれないようフォローをお願い」

「はい」

「わかりました」

 志摩子さんと乃梨子ちゃんが頷く。

「他に質問は? なければ後は土曜日に」

 え? 打ち合わせってこれだけ?
 そう思っていたら本当に打ち合わせが終わってしまった。

 あっけない。

 志摩子さんの時は念入りに、薔薇の館にこっそりと集まってリハーサルまでやったのに?
 なんだろう、この違和感。

 ん?

 え!?

 まさか!

「あの」

 由乃は帰ろうとしている祥子さまに声をかけた。

「何かしら?」

「この事って、私たち以外が知っているんでしょうか? 例えば、蔦子さんとか、新聞部とか」

「大丈夫よ。蔦子さんにも新聞部にも漏れないようにしてあるわ」

 そうか。そうだったんだ。
 由乃の頭の中で点と点が線でつながった。
 それだったら、さっきのアレも、すべて納得がいく。
 チーズと一緒に転げて、目を開けたらチーズがあって、ナイスキャッチ!
 しかし、そのチーズはちょっと曰くつきだった。

「他には?」

「いいえ、もうないです。ありがとうございました」

 由乃は頭を下げると薔薇の館を出ようとした。

「由乃。どこへ行くの?」

 令ちゃんが声をかける。

「ごめん、令ちゃん。まだちょっと用があるから、先に帰ってて」

「うん。わかった」

 令ちゃんは引き止めなかった。
 それも由乃の考えを裏付けた。
 曰くつきのチーズを捨てて、世界を変える勇者由乃はその一歩を踏み出した。



 由乃はその人物を探し、ついに体育館で取材をしていたところを見つけた。
 高知日出実ちゃんである。

「ごきげんよう。高知日出実さんね?」

「ごきげんよう。あなたは、もしや──」

「島津由乃。真美さんが復活号外とやらを出す出さないのと言っていた、あの」

「あの」

 日出実ちゃんは思わず繰り返す。

「ねえ、ところで土曜日の事、聞いてる?」

「土曜日? ああ、高等部の全校集会の事?」

「そこで祐巳さんにドッキリをしかけるって話」

「えっ!?」

 日出実ちゃんが声をあげる。

「場所を変えましょう」

 由乃は日出実ちゃんを連れ出して、再び古い温室に来た。
 腰かけて由乃は続きを話し始める。

「土曜日の全校集会で祥子さまは祐巳さんと瞳子ちゃんを仲直りさせるために、令ちゃん……私のお姉さまの支倉令さまと私を引きこんだんだけど、これって変な話だと思わない?」

「えっ、全校集会は昨日許可が下りて急に決まったものなのよ。どうしてそんなに急ぐ必要があるのかしら」

 日出実ちゃんは考え込むように顎に手をあてる。

「祐巳さんと瞳子ちゃんの仲直りが口実で、本当のターゲットが私だったとしたら?」

 日出実ちゃんは驚いたような顔をしている。

「祐巳さんと瞳子ちゃんの間には何かあったのだとしても、急ぐ必要はないのよ。いや、むしろ急ぐのは危険。なのに急いでいるのは『期間限定』だから、つまり、あと4日でいなくなるって宣言してる私がターゲットよ」

 由乃は言い切った。

「今日、蔦子さんからいろいろ聞いたんだけど、なんか引っかかるのよね。だから、蔦子さんも由乃が祥子さまに協力しやすいように嘘をついているか、何かを隠している」

「でも、由乃さんにそんな事をする理由って?」

「それはあなたも真美さんから聞いてるでしょう? 花寺に手伝いに行くほどの人がこの事を聞いてないなんて不自然すぎるもの」

 由乃がそう言うと日出実ちゃんは驚いた表情のまま首を横に振る。

「そう。ならいいわ。とにかく真美さんもおそらく仕掛け人よ。そして、特等席で取材しようって魂胆なわけ」

 更に言うならば、瞳子ちゃんまでもが仕掛け人であろう。
 祥子さまとさっきここで待ち合わせをしていた。
 偶然かどうかは知らないが由乃はそれを見ていた。

「そう、だったんですか」

 日出実ちゃんは落ち込む、というよりは、面白くないという表情になる。

「そこで、あなたにお願いがあるの」

「……気付いているから、やめてほしいと伝えてほしいと?」

「まさか。こんな面白い事間違っても言っちゃ駄目よ。日出実さん、私に協力してちょうだい」

「えっ!?」

 日出実ちゃんは驚いて由乃の顔を見る。

「紅薔薇さまと2本目の紅薔薇が一杯食わされるところを特等席でスクープしたいとは思わない?」

「紅薔薇さまと、2本目の紅薔薇を!?」

 日出実ちゃんは信じられないという表情で由乃を見ている。

「仮に、断って真美さんに告げ口するような事をしたら、どうなるかわかってるんでしょうね?」

「そ、そんな! 脅すんですか?」

「あら? そんなつもりはないわ。ただ、協力してほしいってだけよ。もちろん、万が一の時は私が責任をとるから安心して」

 日出実ちゃんは上を向いたり、下を見たり、落ち着かない様子でしばらく考えていたが、やがてこう言った。

「わかりました。でも、表に出てどうこうなんて出来ませんよ?」

「そんな事、期待してないわよ。あなたはこの計画を知らないふりしていて。そして、明日私が指示する通りに動いてくれればいい」

「明日ですか!?」

「そう。明日までに準備をしなくちゃいけないから。では、失礼」

 由乃は日出実ちゃんを残して古い温室を出ると教室に戻った。
 カバンを持って、そのまま学校を出る。
 早く家に帰って、そして、大事な「勇者の剣」を買いに行かなくちゃ。
 土曜日までにいろいろと準備がある。
 さあ、世界を変える、奇跡を起こそう。

続く【No:3010】


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