【3126】 水の惑星空の彼方から  (keteru 2010-01-23 14:16:32)


クゥ〜様SS
(ご注意:これは『マリア様がみてる』と『AQUA』『ARIA』のクロスです)
【No:1328】→【No:1342】→【No:1346】→【No:1373】→【No:1424】→【No:1473】→【No:1670】→【No:2044】→【No:2190】→【No:2374】→【No:3304】

まつのめ様SS
(ご注意2:これはクゥ〜さまのARIAクロスSSのパラレルワールド的な話になると思います)
【No:1912】→【No:1959】→【No:1980】→【No:1990】→【No:2013】→【No:2033】→【No:2036】→【No:2046】→【No:2079】

(言い訳:ここから下のSSは『 AQUA 』『 ARIA 』のクロスとして書かれたクゥ〜様、まつのめ様のSSをベースにケテルが勝手に妄想した三次創作です。 相談したわけでもなく読み解いたわけでもありませんので、多分に反論、お叱りなどもあると思いますが、その辺りもコメントしていただけると幸いです)

 ―――― 書いたら見てもらいたくなるSS書きの悲しい性をお許しください。 ――――

乃梨子視点

【No:3091】>【No:3101】>【No:3111】>【No:3126】

 由乃視点

【No:3156】>【No:3192】>【No:3256】】>【No:3559】



《 ―― その、届かない想いと、ささやかな思いと… 》



 スロープを登りきる直前で倒れてしまった由乃さまを、祐巳さまが下宿していると言うARIAカンパニー社屋3階のプライベートルームのベットへと運び上げた。

 セミダブルベットを2つくっつけて並べてるのはなぜだろう?

 由乃さまを寝かせた後、心配だったけれど祐巳さまに促されて2階のリビングへと降りた、祐巳さまはタオルと水を張った洗面器を持って、再び3階へと上がろうとする、付いて行こうとしたら『いいから任せて、座っててよ』と言ってやんわりと断られた。

「祐巳さま。 由乃先輩は…?」

 祐巳さまが階段を下りてきた、座っていた椅子から立ち上がって近寄ると、祐巳さまは不思議そうな顔をする。

「? 乃梨子ちゃん、由乃さんのこと”由乃先輩”って呼んでるの?」
「あっ……。え〜と…、実は〜…」

 由乃さまの事を”由乃先輩”と呼ぶことにした経緯を話した…話したら〜笑われた。 思いっきり。

「…〜祐巳さま……笑いすぎです」
「ひっははは! ……は〜、だって”わがままなお姫様と口うるさいメイドさん”って…、くっく〜ははははは…」

 間違いなく祐巳さまだ、永遠に笑ってそう。

「祐巳さま。 由乃さまのお加減はどうでしょうか?」
「あ〜は〜〜……。 いや、ごめんね…は〜。 うん、大丈夫だよ、一晩寝ればすぐ全快するから。 疲れが出たのかしらね〜、…あのタオルがあれば無敵なんだけど…しょうがないか」

 呟きにも取れる言葉、『あのタオル…』何だろう?

「いい時間だし、夕飯にしようか?」
「あっ、いえ…由乃さ…先輩が心配な…《 …ッグゥゥゥゥ〜… 》」

 このタイミングで〜?!
 あまりにベタ過ぎるおなか虫の訴えに顔が熱くなる。 どうやらキッチンに向かおうとしていた祐巳さまにも聞こえたらしいから、どんだけ大きい音だったんだろう、クスクス笑っているし。

「ふふふ、ちょっとボリューム多目に作ろうか? 由乃さん用にも作らなきゃかな? 手伝ってくれる?」
「は、はい……」

 …恥ずかしすぎる……。

「あ、あの祐巳さま、料理って…ご自分で作られてるんですか?」

 令さまは料理上手でよく作っているそうだけど、祐巳さまが料理をよくしていると言う話は聞いたことが無い、調理実習もあるからまったくダメと言う事は無いだろうけれど、どうせなら美味しい物が食べたいし…ねぇ〜。

「自分で作るのよ。 アリシアさんと灯里さんと私で基本当番制なの。 もっとも一人前(プリマ)のお二人は忙しいから『下ごしらえお願い〜』とか『当番代わって〜』とかあったりするんだけどね」

 『三人しかいないからね〜』と言う祐巳さま、そうか、ARIAカンパニーは少人数経営だったものね。
 リビングからキッチンへ、結構台所設備が充実しているように見える、アリア社長のもちもちぽんぽんが先なのか、台所が先なのか。 真相を聞く気は、今のところ無いけど。

「あ、そうだ。 私のことも『祐巳先輩』ってよんで」
「は…はあ…」

 楽しそうにクスクス笑う祐巳さま。 なんかいらないハードルが、また一つ出来たような気がした。



 お湯を沸かして作り置きの”ジャガイモのニョッキ”を茹でたり、トマトクリームソースを作りながら、鶏肉を焼いたりと、祐巳さまは結構手際良く調理を進める。 私は…サラダを作りました。 レタスちぎって、トマトとタマネギをきざんで、カリカリに炒めたベーコンを散らせただけだけど。 祐巳さまのアドバイスでサラダの量は多い。

「そう言えば、アリシアさんと灯里さんの分は作らなくていいんですか?」
「アリシアさんはご自宅、灯里さんは〜…アリスさんといっしょに晃さんに召集されて、姫屋の藍華さんのところへ……ね…。 アリア社長は、灯里さんといっしょよ」
「あ〜…」

 超簡単に作ったサラダとドレッシングポットを、リビングのテーブルに運びながら思う。 折檻かお説教か知らないけれど。 アリスさん…灯里さん…藍華さん……ご愁傷様です。 〜と言うことは。

「今日ARIAカンパニーは、私達の貸切よ」

 ”鶏肉のパルミジャーノ焼き”と、いつの間に作ったのか”カブと油揚げの煮物”をテーブルに並べる祐巳さま(カブと油揚げの煮物は、昨日灯里さんが作った残りを温め直したんだとか)。 程なく”ジャガイモのニョッキ”も出来上がり、本当にボリューム多めの夕飯になった。

「「いただきま〜す」」

 鶏肉を一口………うん、おいしいわ〜……ん?
 フォークをくわえたまま視線を上げると……頬杖をついて ジ〜〜ッっと私の方を見ている祐巳さま。

「な…何でしょう?」

 なんかちょっとこそばゆくて、苦笑気味に祐巳さまを見返してみる。

「ふふふ……ちょっと嬉しいだけよ」

 ホントにこそばゆくなるような笑顔を浮かべる祐巳さま。

「さっ、冷めないうちに食べよう」
「はい」
「ふふ、ぅん・・・…結構おいしく出来たかな」
「はい、意外なほど」
「え〜〜? それはちょっとひどいよ」

 フォークの先の鶏肉を見ながら、祐巳さまは微妙な笑顔を浮かべた。 おいしいですよ。




 お風呂をいただいてから3階へと登る。
 タオルもパジャマも借りた、こっちに来てから人の好意に甘えてばかり、身一つでこの世界に放り出されたんだからしょうがないと言えばしょうがないんだけど…。
 溜息を一つ…。
 現状打開の道を祐巳さまは提示してくれるのだろうか? ……ただ、頭をよぎるのは嫌な考えばかり……。

 祐巳さまが桜の花びらに包まれて行方不明になってから、私と由乃さまが”キャー”にこの世界に飛ばされるまでは、およそ2週間という所だった。 でもそれは、私達と祐巳さまとの間にある”今”の時間の隔たりと必ずしも一致していない。
 今ネオ・ヴェネツィアに桜は咲いていない、どちらかと言えば枯葉の季節、私と由乃さまがここに来てからは5日、まさか10日前まで桜が咲いていたとは考えられない。
 そしてもう一つ、祐巳さまは半人前(シングル)に昇格している。 半人前(シングル)への昇格にどの程度の日数がかかるのかは分からないけれど、一週間や二週間で昇格できるような簡単なものではないだろう。
 祐巳さまがネオ・ヴェネツィアですごした期間中に得たであろう情報の中に、帰る方法や、そのヒントがあればいいのだけれど。 ……でも……。


 でも、それが…帰る方法があるのなら、分かっているのなら、祐巳さまが今ここにいるのはなぜだろう? 祐巳さまは、なぜその方法を使って帰らないのだろう?


 頭を振って、浮かんでくる嫌な考えを頭の片隅に追いやり、3階のプライベートルームのドアノブに手を掛けると、部屋の中から話し声が聞こえる、どうやら由乃さま目を覚ましたらしい。

「………〜乃梨子ちゃんには?」
「言ってないわよ…。 弱み見せたくなくて、無理しちゃったんでしょ?」
「……そう、ありがとう……二度目ね…ホント苦労かけるわね」
「ホント苦労かけさせられるわ」
「…ムゥゥゥ〜〜…」
「なんとも思ってないわよ」
「…無理したかな…少し。 ………弱みは別にして、ちょっと年上っぽく振舞ってみたかっただけなんだけど…やっぱ無理だったのかな」
「……聞いてみたら? 案外いい点数くれるかもよ。 お粥作ったけど、食べられそう?」
「………祐巳さん、半人前(シングル)になってるんだね……」
「……うん、夏に…」
「…夏…ね……。 ねえ、祐巳さん…」
「ん? どうしたの? 食べられるなら温めてくるけれど」
「………私達……帰れるんだよね?」
「……………」
「帰れるんだよね? 元のところに…令ちゃんや菜々や、志摩子さんや…皆のところへ…」
「…………由乃さん…」
「帰れるんだよね?!」
「……………」
「…言ってよ…帰れるって……帰れるんだって! …言ってよ!!」

 部屋の中の様子が想像できる、ベットの上から眉を吊り上げて詰め寄る由乃さま、オロオロしている祐巳さま……といったところだろうか?
 私はドアノブに手を掛けてゆっくりと扉を開く、由乃さまの放った言葉は私も聞きたい事、私達の行く末に関わる大切なこと。 二人で話を進められては困る、私だって当事者。 志摩子さんや、瞳子や皆のいる場所へ帰れるかどうかは大問題だ。

「? 乃梨子ちゃん…」

 ベットの上で半身を起こして確かに由乃さまは、祐巳さまの背に向かってベットの上から眉を吊り上げて詰め寄っていた。 涙を流しながら不安を隠し切れないと言う顔をしている由乃さま、私が部屋に入ったのを見ても取り繕うのを忘れている様子。 2階へと行こうとしていたらしく、部屋に足を踏み入れた私の目の前にいる祐巳さまは、オロオロとしていなかった、百面相が売りのはずなのに、その表情が読めない。

「……私も…聞きたいです……。 帰れるんですよね、祐巳さま?」

 何かを言いかけて口をつむぐ祐巳さま、この期に及んで『先輩と呼んで』とか言うつもりだったわけじゃあないだろう、自分を落ち着けるためにか目を閉じて軽く息を吐くと、何も言わないまま部屋を出て行こうとする。

「「祐巳!」さま!」
「……ココアでも持ってくるわ。 話しは…それから……」

 そう言うと祐巳さまは部屋を出て行く、チラッと見せた悲しそうな顔……、今は考えない、ベット際まで歩み寄ると、由乃さまはベットに崩れるように身を沈めて右手を額に当てる。

「大丈夫ですか?」
「…ちょっとだるいわ…。 もう一回か二回くらいなら怒鳴れそうだけど。 ……難しいわね…」
「…はい…いろいろ、難しいですね…」
「…年上っぽく振舞うのも難しいわ…」
「……75点ってとこですね」
「甘口ね」
「え? 辛口のつもりなんですけど」

 お世辞にも良い上級生と言い難いのは確かだけれど、それでも、私は由乃さまと一緒だったことに感謝している。

「そ? ありがとう……。 半人前(シングル)になってたわね祐巳さん…」
「はい。 ……嫌な…考えが浮かぶんです」

 『座りなさい』と言うように”ポンポン”と、ベットの片隅を叩く由乃さま、ベットに腰を降ろした私へと由乃さまは手を広げ、私は…目から零れそうになる何かを誤魔化す様に由乃さまにすがりつく。

「でも…でも、聞かなきゃ……聞かなきゃいけないのに……こ、怖いです」
「……乃梨子ちゃん…」

 誤魔化しきれなかった。 何かを言おうとすると”怖い”という感情がどんどん湧き上がってきて、それを抑えることができなくて。 私を抱きとめて頭を撫でてくれている由乃さまも、少し震えている。

「……ホントならだるいから、面倒な事は後回しにしたいところなんだけどね……。 こればっかりは、先延ばしするわけに行かないもんね、…………なんとなく…わかっちゃったけどね……祐巳さんの表情を見てたら……なんとなく…わかっちゃったけど……否定したい、否定していたいのよ…」

 震える由乃さまの手に力がこもる、不安なのは私だけじゃない。



 
 ミルクココアを祐巳さまから受け取って一口口を付ける。 由乃さまはマグカップを受け取ったものの、少し考えて口を付けずにトレーに戻すと、今まで額に乗っていたタオルで目元まで隠して寝転がってしまう。 体調思ったより悪いんだろうか?

 祐巳さまは、事務的とも言える口調で、セミダブルダブルベッドの上にペタリと座って、マグカップのなかのココアに視線を落としたまま、これまでの経緯を話してくれた。

 このアクアに来た時のこと。 リリアン女学園は今も存在していて修学旅行生に会ったこと。
 そして、あの時、ガラス越しに見た薔薇の館のサロン内の風景、その時祐巳さまの横にいたのは、確かにアリスさんだったし、後ろにいたのはアリシアさんと灯里さんだった。 メール友達のアイちゃんと言う娘はリリアン中等部だと言うこと。 半人前(シングル)への昇格(どういう内容かは秘密なんだとか)、そして、サン・マルコ広場の喪服の女性の話し。 サンミケーレ島まで祐巳さまのゴンドラに乗ったその女性は、実は蟹名静さまの魂で、このときにケットシー=ゴロンタに会ったのだとか。

「ここに来ていたのは、静さまは本当の魂じゃあないそうだけれど。 どうして地球から離れた、時間と空間に隔たりがあるアクアにいるのか、なぜ人々を惑わすような事をしているのか、原因は分からないんですって。 ゴロンタも大事な人につながる人だったけれど助け方がわからなくて、地球とアクアが一番接近した時に、桜の力を借りて原因を探ろうとして、その時に私は巻き込まれてしまったらしいの」
「…それじゃあ……、地球とアクアがもっとも接近した時、桜の力というのを借りてゴロンタに……」
「……接近するだけなら、内側の軌道の地球が、外側の軌道を回る火星を追い抜く時に起こりますけど、最接近はかなり稀の様に思います」
「そのせいかどうかは分からないけれど、今のゴロンタに私を帰すだけの力は無いそうよ、時間と空間を越えるんだもの簡単じゃないわよね。 その時帰せたのは、静さまの魂と、半人前(シングル)へ昇格したときに外した手袋。 うまく行っていれば、祥子さまのもとへ届いているはずだけど……。 帰ることが出来ないんだって…はっきりとわかったのはこの時よ」

 淡々と話す祐巳さま。 聞きたくなかった言葉を、あっさり言われてしまった。

 日本村の小島で祥子さまに会ったこと…ただ、お狐さまに化かされたらしいと言う落ちが付いたこと。 ケットシー=ゴロンタからもらった花束の話し。 ”舟の火送り”と言う2年に一度しか開かれない夏を締めくくるお祭りの時…、ロザリオを炎の中に投げ込んでいたかもしれないと聞いたとき、思わず自分のロザリオに触れた。

 そして、住民登録の話し……。

 ――上記の者、コールドスリープ医療にて休眠により、住民登録を凍結とする――

 祐巳さまに見せられた住民登録のコピーには、この一文がある。 凍結されたのは、祐巳さまが行方不明になってから一年後、解凍された場所は300年後のアクア、ネオ・ヴェネツィア。 祐巳さまが帰ることが出来たなら存在しない記録。 そして、ここで生きていくという証。
 その後、変わり過ぎていて祐巳さまは嫌悪感を持ったらしい地球(マンホーム)への社員旅行。 リリアンは、木々が大きくなっていたものの、校舎は今も大切に使われていて、薔薇の館もしっかりと残されていること…。

「限定的に、山百合会主催の茶話会なんかに使われているらしいわ。 もし、あの頃の茶話会が引き継がれて続いていたのならって、歴代の薔薇さま達に感謝したわ。 歴代の薔薇さま達にはね、由乃さんも乃梨子ちゃんも含まれていると思ってた。 まだ二人がアクアに来ていた事を知らなかったから」

 社員旅行から帰った翌日の夕方、晃さんとアリスさんが『確認したいことがあるから』とやって来て、私と由乃さまの学生証を取り出して確認して欲しいと言われたんだとか。

「学生証を見て、この二人が今オレンジ・ぷらねっとにいるって聞いた時……正直、うれしかったの……これから二人が……いろいろ…苦労するんだって分かってても……やっぱりうれしかったの…」

 そうだ、晃さんに”調べた結果を見せてくれませんか”と言った時『直接それと照らし合わせた』と言っていた、端末を使って調べるより、祐巳さまに見せた方が手っ取り早いと思ったんだろう。 共用の端末で自由に使えないと言うのは本当だろうけど。

 ベットにペタリと座って俯いている祐巳さま、髪に隠れて垣間見える表情は、とても痛々しい。
 タオルで目を隠して腕組みをしている由乃さまは、動かない。 寝てしまっているわけではないだろうが、祐巳さまのこの表情を私1人で受け持つのはちょっと辛いものがある。

「…ここの人達は…いい人ばっかりよ…大切な人達よ……、ゴンドラを漕ぐのも楽しくなってきたし、何よりウンディーネとしてのプライドらしきものも少し出てきたの、気もまぎれるんだけど、でも…でもね……時々フッと頭をよぎるの……お姉さまの笑顔とか…瞳子ちゃんの怒った顔ちょっと恥ずかしそうな笑顔とか…志摩子さんのちょっと困ったような笑顔とか…ぅ…ぅぐぅ…」
「…祐巳さま…」
「もういいわ…祐巳さん……」

 タオルを取って、ベットの上で上半身を起こした由乃さまが、肩を震わせている祐巳さまをゆっくりと抱きしめる。 私も由乃さまの腕に手を重ねるように祐巳さまに寄り添う。
 そう祐巳さまも巻き込まれたんだ。
 今はアクアの暦で18月、桜が満開だろう3月末頃から数えても14ヶ月間、協力者がいてくれたとは言へ右も左も分からない所で、ご家族や祥子さま、瞳子にも会うことがかなわず…それでも起こるさまざまなことに1人で対応しなければならなかったんだ、楽しいことばかりのはずは無い、時には辛い決断もあっただろう。 実際、こんな事態になるなんて想像の範囲外だ。

「……祐巳さんが悪いわけじゃないんだから…」
「…………ぅん……んん………」



 〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜  〜



 空が白み始めた頃、波の音で目が覚めた。 いつの間に寝てしまったのか分からない、さわやか……とは、言いがたい目覚め。 祐巳さまはまだ毛布に包まったまま、由乃さまは……あれ? いない? どこ行ったんだろ? ……まぁ〜そこの窓から海に身投げするような人じゃあないし。
 ゆっくりとベットから抜け出し、音をなるべくたてないように階下に降りると、バスルームの方から水音がする。
 朝風呂ですか、優雅なもんだ。

 テラスに出て、朝の冷気をはらんだそよ吹く潮風を浴びながら手摺の腕を乗せる、アクアマリンの揺らめくフィルター越しに見えてきた水底。 煌めき出した小さな波頭が群れ遊ぶ。

 …水…水……。 ここの水、ホントに綺麗。 ……夢の世界…造られた、夢の世界……。

 夢……だったらどんなにいいか。

 ここへ来て目を覚ますたびに思ってきたこと、でも…造られた様に見えても、ここは現実の世界……。

「…まいったわね〜」
「由乃さま…?」

 バスタオルを濡れ髪に当てながら、由乃さまが私の横の手摺にもたれる。

「……先輩…」
「…………由乃さま。 もう、帰れないん…」
「半分道を閉ざされちゃった気分ね」
「え? …8〜9割閉ざされ…」
「”百里を行く者は九十里を半ばとす”よ、この位で探すの諦めてどうすんのよ! ……なんてね。 はぁ〜…もともと分の無い勝負だったのかな」
「相手は”時間と空間”そんな簡単に勝負がつくわけないですよ。 それに”キャー”とケットシー=ゴロンタが同一とは限りません」
「…ホントに…連れて来たんだったら、しっかり最後まで面倒見ろってのよ。 ”自宅に帰るまでが遠足”なのよ、学校にいた猫ならそこの所しっかり把握しておけってのよ!」

 なんかむちゃくちゃな事を言い出した由乃さまだったが、額に手を当てて視線の先にある風車の列を睨む。 いや、本当の視点はまだ先を見ているようだけど。

「……手っ取り早い方法はあるわ。 住民票がどうなっているか調べてもらうのよ。 祐巳さんと同じように凍結されていたなら帰れなかった。 残っていないようなら帰れた」
「凍結されていたなら……どうするんです?」
「………………………」
「どうするんですか?!」
「……解凍してもらう手続きを取るわ……」
「?! 諦めるってことですか?」
「…帰る方法を探すのを? それが見つかるのは1週間後? 1ヶ月後? 14ヶ月間ネオ・ヴェネツィアに居ても、帰る方法が見つけられなかった人なら知ってるわよ」
「でも! さっきも言いましたけど”キャー”とケットシー=ゴロンタが同一とは限りませんし、祐巳さま1人で探しきれなかった事だってあると思います。 住民登録だって、確か何年か行方不明の場合、死亡宣告か何か出されたはず…」
「死亡宣告で住民票が消された場合か〜。 それもあるかもしれないけれど、私は、ここらではっきりさせたいのよ。 無ければ今までと同じ帰り方を探す、凍結されているなら……解凍してネオ・ヴェネツィアでウンディーネとして生きていく……。 とにかく、ズルズルと人の好意に甘えたまま過ごし続けるのは、終わりにするって言ってるの。 でも、まあ…もとより、乃梨子ちゃんを説得する気は無いのよ。 だから、嫌なら乃梨子ちゃんは、帰る方法を探し続けてもいいわ。 ハハハッ、私の住民票が凍結されていて解凍した場合、乃梨子ちゃん1人の生活くらい私が支えてやるわよ」
「…………それは……ずるいですよ。 昨夜の…祐巳さまの話を……聞いたら………決断せざるを得ない…じゃあないですか……」

 頭から毛布をかぶって、駄々をこねていれば解決する問題ではない、それで解決するならいくらでも駄々をこねる。 でも、しなければならない。

 たとえそれが、その決断が、最も避けたかった方法だったとしても。

 時間が経てば経つほど、周りへの迷惑の度合いは増していく。
 アテナさんがいいと言っても会社は黙ってはいないだろう、寮に転がり込んで、しなくていい面倒な給付金手続きをして、それで将来的に利益を出すかどうか分からないなんて。 慈善事業で経営しているわけじゃないだろう。 たとえ”水の三大妖精”の1人だとしても、それらを跳ね除けて支えるのには限界はあるだろう。 そして、それをしてもらうという事は、恩のあるアテナさんの会社内での立場に悪影響を及ぼす可能性が高い。

 〜〜 ”決断せざるをえない”〜〜 

 最初からそうなっていたのかもしれない…。

 いや、まだ何か方法があるはず。

 口では何とでも言える、理屈も理解できる。

 でも………いや、それでもやっぱり…。


 『 私は そんなに強くないんだ!! 』


 考えがグチャグチャ、思考が右往左往する。


 それでも、時間は流れる。
 顔を覗かせた太陽に照らされる島の教会、滲む視線の端に近づいてくる4艘のゴンドラが引っかかった。 乗っているのは、もちろん知っている人達。 ここで涙を見せるのは違うと思った。 単なる意地っ張りと言わば言え。




 今朝のARIAカンパニーでの朝食は、それは賑やかだった。
 普段は、祐巳さまと灯里さんアリシアさんとアリア社長で、わりとマッタリしている様だが、今日は私達の他に4人と2匹、計9人と3匹。
 みんなが気を使っているのが分かるハシャぎっぷりの賑やかな一時の後、私と由乃さまは、ヴォガ・ロンガに出場する祐巳さまと、その応援に行くと言う灯里さん藍華さんアリスさんを見送る。

 アテナさん晃さんアリシアさんには、話があるからと残ってもらった。

 昨夜聞いた祐巳さまの話しから、私達の住民登録がどうなっているのかを確認するのが…早道であること。 そして、その確認申請をしてくれるようにお願いした。

「調べられるのか、アリシア?」
「ええ、祐巳ちゃんをARIAカンパニーの社員にする時に調べたわ。 もちろん原本を見られる訳じゃあないけれど、住民登録の状態は教えてもらえるわ」
「凍結されているようなら、解凍してネオ・ヴェネツィアに移すか……本当にそれでいいんだな?」
「今まで凍結されているようなら、元の時代に帰ることが叶わなかったという事ですから…」
「乃梨子ちゃんはいいの? 何かが引っかかっていたように見えたけど」
「……引っかかりはあります。 解決しないまでも、それが何なのか分かるまでは…と思っていました。 でも、帰る方法を見つけるのは時間が掛かりそうです、引っかかりの方も考えがまとまらないので、こちらも時間が掛かりそうです。 それに、いつまでもアテナさんのご好意に甘えていると晃さんに怒鳴られそうですし」
「うむっ、怒鳴るだけじゃあすまないぞ」
「私は別にかまわないわよぉ」

 腕組みをして偉そうにふんぞり返る晃さん、アテナさんはいつものように優しく微笑んでいる。

「帰る方法を探すより、帰る方法を造り出す方が早いかもしれないしね」
「由乃先輩、物理の成績いいんですか?」
「いいえ! まあ、祐巳さんに比べればいいかな?」

 明るく話してる。 でも、内面はそれどころじゃなく悲鳴を上げそう。 『帰れない』と言うのを肯定するセリフを口にして、自分で言ったそのセリフでそれを現実として認識させられる。 お三方には、そのあたりを察してもらえているようだけれど。

 『あ、そう言えば…』とアテナさんがポーチから何かを取り出して私と由乃さまに渡す。 ”ペアパーティーの案内状”だった。 そうそう、こんなものもあった。 期日は…え? 今日の18:00? 場所はオレンジ・ぷらねっとのレクリェーション・ルーム。

「ヴォガ・ロンガの慰労会も兼ねてるみたいね。 飛び入り参加もOKのはずだから」
「アテナちゃん、この案内状はいつ来た物なの?」
「え〜、2日くらい前だったかしら?」

 あ〜、アリスさんの布団の中から宝箱を見つけた夜か。 その推理を披露したり、そこから出て来た暗号を推理したりで、たぶん、アテナさん渡すタイミングを逸したんだろう。 取り合えず”出席”の方に○を書く。




 ヴォガ・ロンガの応援には行かず、ネオ・ヴェネツィアの市庁舎に出向いた私達は、住民登録の確認申請を出した。

 結果は……。
 祐巳さまと同じ理由で凍結されていた。

 誰がそんな事を思い付いたのか分からない。 でもこの手の申請は、親族からでないと受け付けられないんじゃないだろうか? でも、私の親がこんなこと思い付くかどうかは、ハッキリ言って微妙だ。 何かが介在したんだろうけど、それは今となっては分からない。

 本人がこの場所にいることだし、解凍の申請と血液サンプルの採取、諸々の書類の作成に取り掛かる……。
 この時点まで、アテナさんが私と由乃さま2人の保護責任者となり、2人ともオレンジ・ぷらねっとに厄介になるんだと思っていた。 しかし、記入をしていた由乃さまの手が止まり、晃さんの方に視線を向ける。 少し考えた後、由乃さまは晃さんに言った。

「……私の保護責任者。 晃さんにお願いできませんか?」
「ん? 私にか?」
「? 由乃先輩? なんでですか?」
「………私、姫屋に行こうと思うの」

 宝探しの時『私は黄薔薇だから』と言って、姫屋の赤いラインの制服を着なかった由乃さまが…。

「”なんで今になって”って聞いていいですか?」

 うなずいた由乃さまは、アテナさんの方へ向き直る。

「アテナさん、多分なんですけど。 アテナさんが私達二人の保護者になって、ウンディーネにしようと会社と交渉した時、身元が良く分からない者”2名”と言う事で、拒否されたんじゃあないですか?」
「……うん、大体そんな感じよ。 『1人だったら』って言われたの」
「保護責任者になるって、それだけ重いことだと思う。 出来ない訳じゃないだろうけど、アテナさん1人に背負ってもらう事じゃないと思うわ。 それと、忘れてないでしょうね? 私達は”自分達の会社を作る”んだって事。 オレンジ・ぷらねっとの経営ノウハウだけを知っているよりは、老舗の姫屋のやり方も知っておいて、両方のいいとこ取りすればいいじゃない。 もちろん祐巳さんにもARIAカンパニーの情報収集してもらうけどね」

 言いたい事は大体分かりましたが、ここでその発言ってやばすぎませんか?

「あらあら、入社前から産業スパイを宣言する新人さんなんて、頼もしい限りね晃ちゃんアテナちゃん」
「アリシア、喜ぶことじゃあないだろ」
「そうかしら? そういう目標があるのなら、それこそ一生懸命やってくれるんじゃあないかしら?」
「あ〜、そうかもしれないわね〜」
「ふむ…、一理あるか」

 三大妖精そろってそんな評価をしているけれど、会社的に拙いような気がしますよ? まあ、声には出しませんが。

「晃さん、せっかく来てもらったのに収穫無しじゃあ後々思い出してムカつきませんか? それに『どちらか姫屋に来ないか』と誘ってくれてましたよね? それとも『キャラが被る』のは拙いとお考えですか?」
「…そう言えばそうだったな。 なら、由乃ちゃんが姫屋に来てくれて、オレンジ・ぷらねっとには乃梨子ちゃんと言う事で異存は無いわけだな?」
「もちろん、私はOKです」
「由乃先輩がいいなら…」
「私は、2人がいいなら異存はないわ」
「決まりだな。 どこに記入すればいいんだ?」

 記入個所や必要な申請、書類等の事アリシアさんに聞きながら、アテナさんと晃さんが記入に掛かる。 その様子を見つつ、由乃さまは小さな声でもう一つの理由を私に教えてくれた。

「…乃梨子ちゃん、晃さんと相性悪そうじゃない」
「え? いえ…だからって…」

 つまり、あの一件を由乃さまは気にしているということなんだ。
 私がまた晃さんと衝突して、私が落ち込んだり泣いたりしないように、由乃さまが姫屋の方に厄介になると言うのだ。
 でも、由乃さまがそれを引き受ける言われは無いと思う。 言っては悪いが由乃さまという人は、そういう面倒くさそうな事は人に押し付けるのが今までのパターンだったはずだ。

「なによ、その顔は?」
「……いえ…その〜」
「まあ、想像はつくけどね。 …まあ、その〜なんだ…、点数稼ぎだとでも思ってくれていいわよ」
「何に対しての点数稼ぎですか?」

 あの時は(【No:1990】まつのめ氏のSS)私にも非はあったのだし、避けようと思えば避けられることだと思う。 でも、由乃さまは”また繰り返す”と判断したわけだ。 無用な諍いは避けるに限る。 由乃さまの考えにありがたく乗せてもらうことにした。

「…恵まれてるわよね私達」
「未来世界に飛ばされて帰ることが出来なくなったのにですか? その事じゃないのは分かりますけれど」
「祐巳さんも私達も、保護責任者になってくれたのは”水の三大妖精”。 しかも、たぶんそれぞれの一番弟子であるアリスや藍華さん灯里さんが指導員って事になるだろうから、その延長で三大妖精に直接指導してもらえる機会は、他の人達より格段に多いんじゃない?」
「……なるほど…」

 それが上達にどの程度影響するかは分からないけれど。 気の持ちよう程度となるか、私達でも化けることが出来るか、それはまだなんともいえないこと。


 市庁舎の窓から見えるカナル・グランデは、ここの前まで選手達が来ていないのにヴォガ・ロンガのお祭り騒ぎ。 ただ、私と由乃さまの周りだけ少し空間が違う…。

『志摩子さん……』

 情けない話しだけど、昨夜から自分自身のことで思考が手一杯で、各種手続きを終えた今になって”フッ”と、いろいろな人達の顔が浮かぶ。 両親…妹…菫子さん、椿組の面々…瞳子、祥子さま、令さま、……そして、志摩子さん…。 本当に、本当にもう会う事は叶わないんだろうか。 残酷な時間の壁の隔たり。 300年前の一個人の事など、おそらく知るすべは無いだろう。
 ただ分からないのは……海沿いの広場で、ヴァポレットの待合所で、サンタルチア駅前の広場で見かけた志摩子さんと瞳子らしき人。 黒いワンピースにアイボリーのセーラーカラーの見慣れたリリアンの制服を着ていた長い巻き毛の女の子、志摩子さんだと思った、でも、目が合ったのに私を不思議そうに見つめるだけ、再会の喜びも無い他人を見る目。 あれはなんだったんだろう? ここに飛ばされた時に記憶喪失にでもなったのか、瞳子らしき人も見かけたんだし、二人そろって記憶喪失? 由乃さまが見ていないのも気になる、幻覚だろうか?
 由乃さまは記帳台の三人に背を向けて俯いている。 少し震えている肩、強く握られたこぶし。
 何かに耐えているように見える由乃さまだったが、アテナさんと晃さんの記入事項、必要書類の収集提出も終わった事を告げられた時、何事も無かったように振り向いて――

「ありがとうございました」

 と三人にお礼を言い深々とお辞儀をした。



 こうして私と由乃さまは、このネオ・ヴェネツィアで生活していく事に……。

「DNA鑑定とすべての行政手続きが終わるまで約一ヶ月掛かるの」

 ……正式には、まだらしい。 のんきなもんだ。

 しかし、この先へ続いて行く道がある、その道を私達が歩み始めたのは確かだった。



 悲しみばかりではない奇跡を信じつつ……。


        

       〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜  了  〜・〜・〜・〜




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 地球も火星も太陽系の一員として、太陽を中心にグルグル公転しています。
 地球は780日(二年と七週間と一日)ごとに火星を追い抜きますから、この時接近したと言えるのですが……、火星の軌道は円ではなく楕円なのです。
 近日点で最接近すれば5600万Km、遠日点での接近だと1億Km程とほぼ倍の距離で地球と接近するわけです。
 だいたい32年内で2回(15年と17年)「大接近」は起こるようです。 不思議なもので
、だいたい常に7月終わりから9月終わりの間に接近するようです。

 2003年8月27日9時51分13秒(世界時)に火星は過去60,000年で最も近く、55,758,006kmまで地球に接近したそうですが、”2287年”に、今回の2003年の時よりも、さらに接近すると計算はされているようです…。
 が……、まあ、計算されているだけで、観測結果を過去の分と合わせて見てみると『まあ、前より若干近いんじゃない?』程度のようですけどね。



 各国語での水の妖精
英語    アンディーン undine
ドイツ語  ウンディーネ Undine
フランス語 オンディーヌ ondine
イタリア語 オンディーナ ondina
スペイン語 オンディーナ ondina
ラテン語  ウンディーナ undina
ギリシャ語 ネライダ   νεραιδα
ロシア語  ウニディーナ 


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