【3198】 自由すぎる争奪戦  (朝生行幸 2010-07-11 20:45:40)


──とある魔術の禁書目録SS



 ある少年の怒りは、ピークに達しようとしていた。
『てめぇら!!!』
 ようやく始まった夏休みの初日。
 大して良い結果でもなかった成績表と、どうせ出るつもりの無い補習のことなど忘れて、これからの四十日間、怠惰かつ自堕落に過ごしてやろうと思っていた矢先のことだ。
『何様だ!!!!』
 それはこっちの台詞だ。
 もう夕方だというのに、人ン家の前で何をピーピー騒いでやがる。
 ゴッ!
『うわぁぁぁあ』
 ドォオオ………
 まるで何かが爆発したような音が轟き、更には人の叫び声まで………。
『魔女狩りの王!』
『何──!?』
 ドン!
 ワケの分からない単語と、驚愕の声が聞こえ、再び爆音が建物を揺るがした。
 やっと静かになったと思ったら、今度は火災警報器のベルが、ジリリリと鳴り響く。
 一体何なんだ。
『あはははははは』
 そして、今度は笑い声。
 しかし。
『い の…けんてぃうす、イノケンティウスゥゥ!!!』
 まるで絶望に支配されたような、悲鳴に近い叫びが続く。
 そこで少年の怒りは、終にピークに達した。

「うるせぇバカ野郎ども!! 他所でやりやがれ!!!」

『ひっ、ゴメンナサイ!』
『す、スミマセン!!』
 ようやく、外から聞こえる喧騒が収まり、少年の気分も晴れやか。
 消防車のサイレンや何かの音は未だ聞こえるが、家の前でギャーギャー騒がれるよりはよっぽどマシだ。
 少年は、辺りの慌しい様子には気にも留めず、コンビニ弁当をパクつきながら、テレビ番組に見入っていた………。



「なんだ? これは………」
 その役人は、困惑していた。
 学園都市といえども、その土地は東京都の管轄であり、区画整理や道路補修等を行うに当っては、当然国土交通省の査察が入るワケで。
 調査の為に派遣された彼は、余りの惨状に、愕然としていた。
 まるで、重機によって掘り起こされたように、アスファルトに亀裂が入り、内部の土が顔を覗かせている。
 不可解なのは、ガードレールや風力発電用の風車までが、鋭利な刃物で切断されたような跡を残していたからだ。
 砕けたコンクリートが散らばり、壁には大きな穴が無数に穿たれ、おまけに、血のような赤黒い染みまでが残されている。
 これは、役人がどうこうする以前に、警察が調査するべきではないのか。
 しかし、彼に通達された指示は、何も詮索せずに、修繕費用を見積もることのみ。
 どうやら、かなり上からの指示らしく、気にはなるがやはり我が身の方がかわいい。
「にしても、どうやったらこんなに………?」
 浮かぶ疑問はどうあれ、こんなことで、自身のキャリアを中途半端に終えるつもりは無い。
 彼は、小さく溜息を吐くと、惨状をカメラに収め、即座に手配に走った。



 そのオッサンの怒りは、ピークに達しようとしていた。
『竜王の殺息!!?』
 残業を終えて帰宅し、ひとっ風呂浴びてサッパリした後、ビールを飲みつつ晩い夕食に手をつけた矢先のことだ。
『見てのとおりだ!』
 うるせぇバカ野郎。
 こんな真夜中に、何を喚き散らしてやがる。
 ゴォウ!
『いい加減始めようぜ!』
 ガガガ!
 何かが当るような音と、何かを強引に切り裂くような音が聞こえ………。
『気をつけて!』
『イノケンティウス!!?』
 ガキィ!
 隣の部屋で、ワケの分からない音や、聞いたことも無い意味不明な単語が飛び交い。
 やっと静かになったと思ったら、カミジョーとか、トーマとか、何のこっちゃか理解不能な叫び声が続く。
 そこでオッサンの怒りは、終にピークに達した。

「こんな夜中に騒ぐんじゃねぇ!! 静かにしろクソ野郎!!!」

『うぇっ、ゴメンナサイ!』
『も、申し訳ありません!!』
 ようやく、隣から聞こえる喧騒が収まり、オッサンの気分も晴れやか。
 救急車のサイレンや何かの音は未だ聞こえるが、隣の部屋でギャーギャー騒がれるよりはよっぽどマシだ。
 オッサンは、辺りの慌しい様子には気にも留めず、コンビニ弁当をパクつきながら、スポーツニュースに見入っていた。
 翌朝、出勤時に隣の部屋を見たオッサンは、思わず絶句した。
 扉はひしゃげて転がっており、部屋の中はボロベロ、おまけに天井には大穴が空いている始末。
 よくこっちの部屋は無傷で済んだもんだ。
 オッサンは、唯でさえボロいアパートの、今にも崩れ落ちそうな階段を下りながら、やっぱり日頃の行いが良かったんだなと、勝手に満足して、その場を後にした。



とある魔術は近所迷惑── 終わり


一つ戻る   一つ進む