【3339】 滅殺の黄薔薇染めて由乃  (ex 2010-10-24 20:50:30)


「マホ☆ユミ」シリーズ   「祐巳と魔界のピラミッド」 (全43話)

第1部 (過去編) 「清子様はおかあさま?」
【No:3258】【No:3259】【No:3268】【No:3270】【No:3271】【No:3273】

第2部 (本編第1章)「リリアンの戦女神たち」
【No:3274】【No:3277】【No:3279】【No:3280】【No:3281】【No:3284】【No:3286】【No:3289】【No:3291】【No:3294】

第3部 (本編第2章)「フォーチュンの奇跡」
【No:3295】【No:3296】【No:3298】【No:3300】【No:3305】【No:3311】【No:3313】【No:3314】

第4部 (本編第3章)「生と死」
【No:3315】【No:3317】【No:3319】【No:3324】【No:3329】【No:3334】【No:これ】【No:3341】【No:3348】【No:3354】
【No:3358】【No:3360】【No:3367】【No:3378】【No:3379】【No:3382】【No:3387】【No:3388】【No:3392】

※ このシリーズは一部悲惨なシーンがあります。また伏線などがありますので出来れば第1部からご覧ください。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。

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〜 10月2日(月) 朝9時すぎ I公園 〜

「まさか、3人だけでピラミッドに挑むつもりですか?!」
 
 I公園の仮設本部では騎士団長が聖に詰め寄っていた。

「いくらあなたが薔薇十字所有者だとしても危険すぎます! とにかく今は状況が不明だ。
 水野さんたちからも連絡もないんですよ! それに今のところ魔王が出てくる気配がない。
 もう少々現状のまま監視しておくこと、これが騎士団の決定です」

 騎士団長はこれ以上の犠牲を出す危険を恐れていた。

 すでに騎士団自体、警備をする人員の確保もままならない状況にまで陥っている。

 今後、魔王がピラミッドから現れたとして確実に撃退できる保証がないのだ。
 ここは、聖に結界の警備の中心として残ってもらいたい、それが騎士団長の本音だった。

 しかし、聖は騎士団の要求に応える気はなかった。
 現世の安全を守ること、それがどれだけ重要なことかわかっている。

 しかし、聖たちリリアンの生徒にとって、蓉子、江利子、祥子、令の4人を救出すること、そのほうが何倍も大事なことなのだ。
 いや、その4人を救うことができなければ現世の安全を守ることなんて出来ない、と思っている。

「今朝の事件、令がピラミッドの入口にいたことと由乃ちゃんが一緒にピラミッドに入っていったこと、
 そのことも気になります。 でも蓉子たちがピラミッドに入ってから丸2日も経っているんです。
 わたしは仲間を助けに行きます。 それに、この子達」

 と、祐巳と志摩子を指し示す。

「この子達の力量は蓉子たちに引けを取るものではありません。
 ・・・そうですね、口で言うだけでは信用無いですね。 祐巳ちゃん」

 と、祐巳を振り返り聖は命じる。

「祥子の行った7呪文同時詠唱、出来るわよね?」
「え? はい、もちろんです。 お姉さまの唱えていたところ見てましたから」
「じゃ、ここで見せてあげて」

「わかりました。 それじゃ行きますね。 『スコージファイ!』『インペディメンタ』・・・『ルーモス・クロス!』」

 祐巳は祥子がピラミッドの入口で唱えた7呪文同時詠唱を苦もなくその場に作り出す。

「まさか・・・! あの天才・小笠原祥子さん以外にもこんな呪文が出来る子が・・・。 ん・・・!?
 君は!! あのフラロウスを退け、5月14日の戦闘で一人で50体以上の魔物を倒した子だね?!」

「あ・・・。 えっと、はい・・・・。 あのときは隊長を助けられませんでした・・・。 ごめんなさい!!」
 祐巳は急に怒られたように悲しそうな顔で騎士団長に頭を下げる。

「いやいやいや! 君を責めてるんじゃない。 君が居なければもっともっと騎士団員の命が奪われただろう。
 最悪、ゲートを閉めることができず、東京中が魔物の溢れる世界になっていたかもしれない。
 あの時、君にお礼を言いに行きたかったんだが、見舞いにもいけず申し訳なかった。
 騎士団を代表して、あらためてあの時の礼を言わせて欲しい。 ほんとうにありがとう!」

 騎士団長は、祐巳に感謝の言葉をかけ、その場で最敬礼を行う。

「ありがとうございます。 団長。 わたしとこの子、そしてもう一人、こちらは藤堂志摩子です。
 この子は私の認めた白薔薇の継承者。 2人目の白薔薇の薔薇十字所有者なのです」

「聖さま!」 「えええっ!」
 聖の言葉に驚く志摩子と祐巳。

(ちょっと、志摩子さん、いつ聖さまとスールになったのよ?)
(まだ、正式にスールになってはいないわ)
(ちょ・・・。それどういうこと?)
(その話は後でね)
 
 祐巳と志摩子は瞬時に目と目で会話。 顔に出やすい祐巳と祐巳のことなら手に取るようにわかるようになった志摩子との間だけで出来るテレパシーのような会話だった。

「私を含め、この3人が現在の薔薇十字所有者なのです。 私たちだけがピラミッドに入ることが出来る。
 現状、そういうことです。 是非騎士団の援助をお願いします。 私たちは3人だけでピラミッドに挑みます」

「そう・・・ですか。 こちらの方も存じ上げています。 わたしたち騎士団員が最初に見た 『リリアンの戦乙女』 それがこのお二人ですから。
 わかりました。 必要なものをおっしゃってください。 すぐに取り揃えましょう」

 騎士団長も心の底では水野蓉子たち最初のピラミッド進入隊の救出を行いと思っていた。
 たった3人でこの危険なピラミッドに仲間を助けに向かうことを決意した3人に最大限の協力をすることを約束した。



〜 10月2日(月) 朝7時すぎ 暗黒ピラミッド内部 〜

 令と由乃はベリアルの部屋を真っ直ぐに抜け、さらに地下へと続くスロープを下っていく。

「ねぇ、令ちゃん、江利子さまたち3人はどこにいるか知ってるの?」
「いや、今はどこに居るか知らない。 最下層で別れたきりだから。 でもあの3人なら地下で暴れまわってるかもしれないね。
 とにかく最下層まで降りれば状況がわかるよ」

「3人とも無事だったのね?」
「もちろん。 いままでよりずっと強くなってるよ。 わたしと同様に、ね。 もともとあの3人無茶苦茶強かったしね」

「そうか・・・。 そうよね! 令ちゃんたちが魔王なんかに負けるとは思ってなかったわよ! 早く合流したいね!」

「うん・・・。 おや? この先・・・。 由乃感じるかい?」

 令と由乃の目の前には、またしても魔王の小部屋の扉。 その手前で令は歩みを止めた。

「ふん。 さっきはここに誰も居なかったんだけどな。 お姉さまたちに追い立てられた魔王か、別ルートから来た魔王かも。
 由乃。 これは並みの魔王の”気”じゃない。 強いよ。 守りを固めて十分注意しておくんだ。 いいね!」

「わかった。 でもわたしも守られてばかりじゃない! 令ちゃんの役に立つよ!」
 由乃は決意をこめて令を見る。
 さすがにここまで来ると、令の言う強い”気”を感じる。

「じゃ、扉を開けるよ。 不意打ちに注意! いいね?!」
「わかった!」

「うぉぉぉぉっ! 支倉流体術奥義 『壊・塵』っ!!」
 令はまるでショルダータックルのように扉に突っ込む。
 軸足を基点にし、体全体を小さな球体のように縮め一気に覇気を爆発させる破壊のための一撃必殺奥義だ。

 ピラミッド内の頑健な扉も令の奥義の前になすすべもなく弾け跳ぶ。

「すごい! 令ちゃん!!」 由乃は眼を見ひらいて令の技を見る。

(これが令ちゃんの力・・・。 これが薔薇十字所有者の力・・・。 わたしなんて・・・まだまだだった・・・)
 由乃は妖精王に授けられた漆黒の薔薇十字を握り締める。

(令ちゃんの技を一つでも多く・・・。 一つでも多く自分のものにするんだ!)

「由乃っ! 跳べ!」 令の叫びが聞こえる。

 その瞬間、由乃は反射神経のまま真横に跳んだ。 それはすでに瞬間移動と呼べるほどに早い。

 その一瞬後、由乃の立っていた床が、ジュゥ・・・、と音を立てる。

「貴様っ・・・! よくも由乃を狙ったな!」
 令の瞳が怒りの色に染め上げられる。

 令の視線の先にいたものは・・・。 
 魔界において30の軍団を率いる地獄の大総裁。

 真紅の波紋のある大きくて優美な豹、緑色の瞳をしている。 人肉を好み、隙があれば人間をむさぼり喰おうとする。
 極めて凶暴で呪文によって従属させないと召喚者でさえ食い殺されるという2刀を持った豹人。

 魔王・オセの姿だった。



〜 10月2日(月) 朝9時すぎ 暗黒ピラミッド入口 〜

 聖、祐巳、志摩子の3人は騎士団から通信機器・アナライザー、それに十分な食料・医薬品を受け取り、ピラミッド内部へ進入しようとしていた。

「祐巳ちゃん、わたしは魔界の瘴気には抵抗力がある。 でもあなたたちは違う。
 さっきの7呪文同時詠唱をお願い」

「えっと、聖さま、たぶん私たちも瘴気の影響は受けません」
 なぜか確信めいた顔で祐巳が聖に答える。

「え? それはどういうこと?」 聖が不審そうな顔で二人を見る。

 祐巳と志摩子はお互いを見つめ頷きあう。

「私たちの薔薇十字の顕現する姿。 お見せします。 いくよ志摩子さん」
「いいわよ・・・。 『ホーリー・ブレス』っ!」
 志摩子の体を白薔薇の花弁が覆い尽くす。
「『セブン・スターズ』っ!」
 たちまちその場でゴゥゴゥと上昇気流が巻き起こる。

 その場に現れる二人の薔薇十字を顕現した姿。

 志摩子の体は、純白の鎧 『ホーリー・ブレスト』 で覆われていた。
 そして、祐巳のその手に持つもの。 七星を統べる 『セブン・スターズ』。

「聖さま、私たち2人の薔薇十字も魔界の瘴気を受け付けません。 このまま行けます!」

「なるほど・・・。 瘴気すら防ぐ最強の鎧か・・・。 それに七星の加護で瘴気も寄せ付けない真紅の昆。
 これはまたすごい薔薇十字を授けられたもんだ」

「「ありがとうございます」」 
 祐巳と志摩子は聖に褒められて嬉しそうに笑う。

「そうね。 じゃ私の薔薇十字も特別に見せてあげよう・・・。 っていっても見えないけどね」

「「えっ? 聖さまの薔薇十字、見えないんですか?」」
 二人は驚いて聖を見る。

「ま、見てのお楽しみ。 『セイレーン』っ!!」

 それは、薔薇十字所有者でさえその本体を誰も見たことがない、といわれる聖の薔薇十字。

 聖の左手が純白に輝いた次の瞬間、聖の中指に白銀の指輪、それに手首に同じく白銀の細いブレスレット。
 そしてその2つをつなぐ蜘蛛の糸のように細いチェーン。

「あの・・・。聖さま? 武器のようなものが見えないんですけど?」

「そう、これが私の薔薇十字、 『セイレーン』=『惑わすもの』 だよ。 見えないでしょ?」

「はい、ただのアクセサリーにしか・・・。 でもいつも魔物を切り刻んでますよね? 短剣みたいにキラリと光って」

「うん、そうだね。 この 『セイレーン』 の刃は普段は誰にも見えない。 何も持っていないと敵を惑わせてその実、敵の急所を切る。
 覇気を出す量でその刃が変わっていく。 まぁ、扱いづらい武器だけどね」

 聖は、足元に転がっている石を拾い上げ軽く投げ上げる。 
「で、こんなことも出来る・・・。 『スパイラス・ブレイド』っ!」

 聖の手の中に螺旋状に見える短剣が浮かびあがり、投げ上げられた石に突き刺さる。
 その瞬間、竜巻に切り刻まれるようにボロボロの破片になっていく石。

「そう、 『セイレーン』 は純粋な意味の刀じゃない。 意志によって変形する刃、そう思ってくれていいよ」

 薔薇十字は顕現するものの戦い方によってその姿を変えるものなのか・・・。
 『トリック・スター』=佐藤聖の武器もまた、 『トリック』 を顕現するものだった。

「まるで、見えない風のような武器ですね・・・。 あ、そっか、それで聖さま、『疾風』って・・・」
 なるほど・・・と、納得の言った顔で聖を見る祐巳。

「じゃ、おたがいの薔薇十字も出したところで・・・、さっ、早速ピラミッドへ潜り込むとしますか」
 
 聖は、左手で志摩子の肩を、右手で祐巳の肩を抱き寄せ、3人並んでピラミッドへの入口をくぐっていった。



〜 10月2日(月) 朝7時すぎ 暗黒ピラミッド第4の部屋 〜

「グルゥゥゥゥ・・・」 
 魔王・オセが令を見ながら唸りを上げる。

 オセも令の纏う覇気を警戒し、簡単に突っ込んでは来ない。

「そっちから来ないんなら、こっちからいくよっ! 『震脚』っ!」
 令は体術奥義により一瞬にしてオセとの距離を詰める。

「『衝撃手』っ!!」 
 令の素手の掌での攻撃。 魔王・ベリアルの腹をえぐった強力な掌打が魔王・オセの腹部をえぐる、と見えた瞬間、オセは2刀をクロスしてその衝撃を受け止め、後方に飛んだ。

「へぇ・・・。 それは『浮身』・・・。 支倉流の奥義と似てるな。 お前も刀を持ちながら体術も得意、ってことか」
 令は、必殺の体術、 『震脚』 からの 『衝撃手』 を防がれたというのに余裕の笑みを浮かべる。

「でも、今のでお前の程度はわかったよ。 それにしてもいい刀を持ってるね。
 ちょうど刀がなくて手が寂しかったことだし・・・。 それ、私が貰ってあげる」

 オセは、令の周りを回りながら2刀を構えながら様子を伺う。
 そして、その回転はどんどんスピードを増し令を中心にすさまじいスピードでかけ続ける。

 まさに、野生の豹を思わせるその動き。 流れるような動きの中から、2刀の斬撃が次々に令に襲い掛かる。

「令ちゃん! オセなんかに負けるなー!!」
 後ろで見ている由乃が必死に令に声援を送る。

「由乃・・・」 
 由乃の声に後押しされるように、令の”気”が変わる。

「由乃、よく見ておきな。 これが支倉流禁術奥義・・・『幻朧』」
 
 令が動きを止めた瞬間、オセが令の体に襲い掛かる。

 しかし、令の体をその刀はすり抜けていく。

 あまりにも早い令の動きにより、もとあった場所に残像が残り、それをオセは本体と勘違いしたのだ。
 オセの顔が一瞬驚きに変わったとき、令の姿はオセの真後ろを取っていた。

「『冥界破』っ!!」 

 令の両の拳がオセの腰骨に当てられた瞬間、オセの体が腰を中心に上下に弾け飛ぶ。

 ブシュゥゥゥゥッツ! と飛び散るオセの血・・・。 

 令の体はオセのものだった血で真っ赤に染まる。 それはこれまでに由乃が見たこともない令の姿だった。

 超長刀を持ち、高速での一撃離脱。 必殺の斬撃を得意とする令。
 返り血を浴びることなく魔物を屠っていく令の姿を見慣れた由乃にとって、返り血を浴び、両手を魔物の体に突き入れる令の姿は恐怖さえ覚えさせるものだった。



〜 10月2日(月) 朝9時すぎ 暗黒ピラミッド内部 〜

「あ・・・・。」
 ピラミッドに入ったとたん、祐巳は小さな声を上げる。

「ここ、お姉さまの魔法が残ってる・・・。 
 『スコージファイ』  (瘴気を祓いこの場を清めよ!)
 『インペディメンタ』 (瘴気の蔓延を妨害せよ!)
 『インパービアス』 (水流により守護結界を張れ!)
 『カーベ・イニミカム』 (周囲の敵を警戒せよ!)
 『サルビオ・ヘクシア』 (不意打ちの呪、瘴気の呪を避けよ!)
 『ポイント・ミー』 (行く手を示し方角を記せ!)
 『ルーモス・クロス』 (光満ち不浄なる者を浮かび上がらせよ!)」

 祐巳は、『必要ない』、と言ったにもかかわらず 『フォーチュン』 を取り出して7呪文同時詠唱を行う。

「あれ? 祐巳ちゃんその呪文必要ないって言ったよね? どうして使うの?」
 聖は不思議そうに祐巳を見る。

「えっとですね、この呪文、お姉さま多分ず〜っと唱えながら入っていったみたいなんです。
 魔法を使った痕跡がすごいです。 ここまで浄化して行ったのは多分この廊下を使って魔王たちが外に出れなくするため、そんな気がします。
 ・・・お姉さま、外の人たちの安全を考えて呪文を使い続けたんですね・・・」

「祐巳さん・・・。 それじゃ、この呪文が効いている間は魔王は外に出れない、って事?」
 志摩子が祐巳に問いかける。

「うん・・・。 よっぽど強い魔王じゃない限り無理だと思う。 そっか、呪文同時詠唱を連続でするとこんな効果もあるのか〜」
 祐巳は感心したような、感慨深げな表情で周りを見渡す。

「聖さま、お姉さまの呪文の痕跡をたどっていけばそこにお姉さまが居るはずです。 どんどんいきましょう」

「わかったわ。 とりあえず祥子の呪文が残っていればそこは安全、ってことなのね?」

「はい!」
 祐巳は姉の魔法を感じながら進むことが嬉しそうだ。

「とりあえず明るいのは助かるよ。 『ルーモス』 だけは切らさないでね。」
「わかりました!」

 祐巳は 『フォーチュン』 の杖先に明るい 『ルーモス・クロス』 の明かりを灯しながら先頭で進んでいく。



 聖、祐巳、志摩子の3人は、フラロウスの間、ゴモリーの間を通り抜け、魔王・ベリアルの居室であった部屋に到達した。
 その部屋の前には地下へ落ちた蓉子たちを救出するために運ばれたウィンチ車が放置されている。

「ここで私は倒れていたんだよ。 栄子センセに守られて・・・。
 そして騎士団の方たちは潰され、蓉子たちは地下へ落ちていった。
 さぁ、ウィンチ車を準備して地下に行くよ。 これからが本番だ!」

「「はい!」」
 と、返事をしてベリアルの部屋の入口まで行って祐巳と志摩子が見たものは・・・

「ひどい・・・」
 志摩子が口を押さえる。 祐巳は呆然と部屋の中を見渡していた。

「どうしたの?」 
 2人が急に黙り込んだので不審に思った聖は車両の準備をやめ、部屋の入口まで近づく。

「うっ・・・。 これは・・・」
 そこにあったものは、原型をとどめないほどに惨殺された5体の魔王の残骸。
 しかも、床が修復されている。
 鳥のようなもの、馬のようなもの、鮫のようなもの。羊や牡牛のようなものまで転がっている。

「カイムにオロバス、フォルネウスにバラム・・・、ってとこか・・・。 あとはわからないな。 破損が酷すぎる。 みんなひとかどの魔王なのに・・・」

「これ、全部体術で倒されてます。 矢も、剣も、魔法の跡もない・・・。 令さまでしょうか? それとも仲間割れ?」

「仲間割れ、はないだろうね。 多分、令の技だよ。 支倉流の体術、 『衝撃手』 のようだね。
 でも、いくら令でも一人で5体の魔王と戦うとか・・・。 ありえないな」

 聖は不審そうな顔になる。

「でもっ! 令さまが戦い続けているのはこれで証明されました! わたしたちも先を急ぎましょう!」
 祐巳の顔が希望に輝く。

「う・・・うん。 そうだね。 じゃ行こうか。 ・・・って、あれ?」

「どうしたんですか?」
 
「いや、小部屋に入ると、必ずその先は右手にだけ扉があったんだよ。 でもこの部屋には扉が正面にも左手にもある」
 聖は、祐巳を振り返りながら問う。

「祐巳ちゃん、この先どっちに祥子の魔法の痕跡があるかわかる?」

「・・・。 聖さま、ここでお姉さまの魔法の痕跡、消えてます。 どっちに行ったのかもわからないです」

「そりゃそうか・・・。 祥子たちはこの部屋から地下に落ちたんだからね・・・。 でも令は無事だった。
 祥子たちも無事に決まってる。 早く探しに行こう。 で、どっちに進むか・・・」

「これまでも右の扉に進んできたのですから、右がいいのではありませんか?」
 志摩子がそう提案する。

「そうだね。 常に右の扉、って憶えておけば万が一のときに対応しやすい、か。
 さすが志摩子。 あなたもいい軍師になれるよ」
 にっこりと聖が志摩子に微笑む。

「ありがとうございます」
 わずかに頬を染めて志摩子が聖に微笑を返す。

「じゃ、右の扉に決定ね! この先は浄化呪文を唱えながら行きます。 がんばろ〜」

「う〜ん、祐巳ちゃんの 『がんばろ〜』 は力が抜けてていいなぁ」
 と、聖は苦笑しながら祐巳の後に続く。

 ほんの2時間前、令と由乃が真っ直ぐに進んだ扉とはここで道を違える。

 はたして由乃たちと祐巳たちは合流できるのか・・・




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