銀髪碧眼祐巳のお話。
【No:3216】【No:3221】【No:3264】−【今回】
その小説が話題になり出したのは、学年末試験が近づいたある日のことだった。
タイトルはいばらの森。
白薔薇さまの過去と言っても去年の話し、それを小説にしたのではないかと言う事だった。
祐巳は、その相手を知っていた。
……栞さま。
「だからね!コレを書いたのが白薔薇さまだって言う噂があるんです!」
手術をして元気になった由乃さんの声に、考えが中断された。
「噂ね」
令さまが困ったという表情で応える。
「ねっ、祐巳さんはどう思う?」
「私?」
由乃さんに話しを振られ、考え込む。
栞さまから聞いた白薔薇さまと今の白薔薇さまは印象が全然違う。
小説にその事が書かれているのか?
白薔薇さまが、栞さまの話しを書くのか?
白薔薇さまが、栞さまの事をどう思って居るのか?
「よく、分からないよ」
曖昧な返事。
祐巳は白薔薇さまのことはまだよく知らない。
抱きついてきたり、親父くさい事を言うけれど、それは祐巳が栞さまから聞いた印象とは全然違う。
そのかわりに、祐巳は白薔薇さまの相手である栞さまの事をよく知っていた。
中等部から良くお聖堂でお祈りの時に会い、親しくさせてもらった。
あの頃を思い出す。
栞さまは優しいが芯のしっかりした人だった。
あの頃、祐巳が一人暮らしをしている事を知っていた貴重な相手でもある。
祐巳が一人暮らしをしていると聞いて、学生寮に入寮を進めてきた事もあった。
目標がシスターであったことも仲良くなる切っ掛けになった。
間違いなく、あの頃の祐巳にとって誰よりも近くに居た人だった。
それは栞さまが高等部に上がったとき、姉妹の事を考えた程だ。
……。
不意に祐巳の首にかかる祥子さまのロザリオが重く感じる。
今、祐巳は祥子さまの妹、しかも、栞さまから寮に誘われた時は断ったのに、小笠原家に居候させて貰っている。
……祥子さま。
祐巳のお姉さま。
「祐巳」
……。
「祐巳!」
「は、はい」
「どうしたの、ボーとして……帰るわよ」
令さまと由乃さんに挨拶して、祥子さまの後を追う。
祥子さまと共に、噂の本を買いに駅前までバスで移動し本屋に向かう。
同じ屋敷に住んでいるのだからと、一冊だけ祥子さまが本を買い。
いつものように一緒に帰宅した。
「祐巳、先に読む?」
夕食後、祥子さまは祐巳に与えられた部屋に来て買ったばかりの小説を祐巳に差し出す。
「……いいえ、お姉さまが先に」
「そう」
祥子さまは残念そうに本を引っ込める。
「祐巳、これは読むべきなのかしらね」
祥子さまは本を読むべきかどうか悩んでおられるようだ。
「私は読もうと思います。その上で、白薔薇さまが書いた物かどうか判断したいと思います」
「それで白薔薇さまが書いた物だったら?」
「それは白薔薇さまが外に出してもいいと思われての行動でしょうから……別に」
「別にって貴女」
祥子さまは少し呆れ顔。
ただ、その場合……。
白薔薇さまは栞さまの事をどう思っているのか?
栞さまは、白薔薇さまのことが好きだ。
それは会えなく成った今でも変わらないはずだ。
「そうね、それでは先に読ませて貰うわね」
「はい」
祥子さまが部屋を出て行った後。
祐巳は机の奧から、小さなフォトブックを取り出す。
フォトブックは三分の一程度しか埋まっていない。
開くと、そこには祐巳ともう一人、栞さまとが写る写真が貼られていた。
多くは中等部の頃の物。
ピースサインとかはなく。ただ、並んで写っているだけの写真。栞さまも祐巳も派手な事とかは苦手だったからこんな写真ばかりだが、たまに手に小さな袋を持っていたりもする。
中等部の修学旅行のお土産を渡したときのもので、シスターがカメラのスイッチを押してくれた。
中等部一年のときに、栞さまからいただいた修学旅行のお土産は祐巳の宝物でもある。
ただ、そのお土産を見るたびに祐巳は酷い罪悪感を感じてしまう。
だから、最近は箱にしまったまま出してはいない。
「栞さま」
祐巳は縁あって祥子さまの妹に成った。栞さまのことを忘れたワケではないし、栞さまと明確に高等部で姉妹になろうと約束していたワケでもない。
ただ、祐巳が漠然と成れたら良いと思っていた程度だ。
栞さまと会えなくなって一年近く。
こんな形で栞さまの話題に触れるなんて思ってもいなかった。
「お姉さま」
隣の自室で今頃は、例の小説を読んでいる頃だろう。
あの小説を白薔薇さまが書いたとは思えないが、白薔薇さまに栞さまのことを聞く良い機会なのかも知れない。
そして、それは今の祐巳にとっても大事な決断をする機会に成るような気もしていた。
正直、あの小説は違うと思う。
特に栞さまと思われる相手の印象が違うのだ。
それでも何も分からない学園の生徒たちの話題は小説の事だった。
当然、そこまで話題になれば薔薇さまたちの耳に届くのも時間の問題だった。
白薔薇さまは薔薇の館で、自分でない事を表明。
その前に学園長に呼び出されることもあったが、そちらも問題はなかったとのこと。
志摩子さんに至っては、聞く事もないと言っている。
それでも、祐巳は……。
「祥子、祐巳ちゃん貸して」
白薔薇さまは帰宅しようとする祥子さまと祐巳を呼び止め。令さまにも由乃さんを貸してと言った。
薔薇の館に残ったのは三人。
「祐巳ちゃんか由乃ちゃん、どちらか例の小説持っている?」
「あっ、はい」
由乃さんが小説を取り出して、白薔薇さまに渡し代わりに大学部の食堂の食券を受け取った。
「しばらく時間潰してきて」
その間に読んでしまうからと、白薔薇さまはそう言った。
「うぅ、ジロジロ見られている」
「まぁ、仕方ないじゃない?私たち高等部の制服だし、祐巳さんの容姿じゃね」
時間つぶしならお聖堂にと言う祐巳の提案は、由乃さんに却下され二人で大学部の食堂に来たのだが、当然、大学部のお姉さまたちがいるわけで注目の的に成っていた。
ヒソヒソ声で、紅薔薇のつぼみの妹と黄薔薇のつぼみの妹よなんて声も聞こえるから、祐巳と由乃さんの正体を知っている人たちもいるようだ。
「おっ、戻ってきたね」
白薔薇さまは、祐巳達を確認すると、もう少しだからと本に視線を戻した。
「読んだよ……コレを書いたのが私と言い出した人は良い感をしていると思う。でも違うよ。私は睡眠薬なんて飲んでいないし、名前もカホリじゃなく……」
「久保栞」
「……さまですよね?」
「祐巳ちゃん?」
祐巳の言葉に驚いているのは白薔薇さま、由乃さんは誰?て顔。
「ご両親はなく、高校卒業後修道院に入ることに成っている……ですよね」
白薔薇さまは小さな吐息を吐き、気が付いたようだ。
「成る程、栞が言っていた中等部にいる仲の良い後輩って祐巳ちゃんのことだったんだ」
栞さま、祐巳の事を白薔薇さまに話していたんだ。
「はい」
「そうだよね、栞も時間があればお聖堂にお祈りに行っていたし、お聖堂の銀天使さまが出会わないはずないよね。まいった、栞の事を知っている人間がこんな側にいたなんて」
白薔薇さまは、祐巳を見てニヤッと笑った。
「すみません、栞さまから白薔薇さま……聖さまの話は聞いていたのですが、言うべきかどうか判断出来なかったので」
「そうか……」
「ちょ!ちょっと祐巳さん?!」
たぶん話しの流れに着いていけなく成ったのだろう、由乃さんが声を上げる。
「ごめんね、由乃さん。私はカホリ側の事は知っていたんだ」
「知っていたって……」
由乃さんは膨れ顔。
「カホリ側を知っているか……ねっ、祐巳ちゃんはズッと黙っていた事をどうして話してくれたの?」
白薔薇さまは祐巳を見ている。その表情にはいつもの軽薄さはない。
「知りたくて、久保栞を佐藤聖がどう思っているのか」
わざとフルネームでの呼び捨て。
「そんな事聞いてどうするの?」
「私は……私は栞さまに中等部のころとても可愛がって貰いました。それは栞さまが高等部に上がる時に栞さまと姉妹に成れたらと思ったほどに……栞さまがどう考えていたかは知る機会がありませんでしたけれど」
祐巳は今、祥子さまの妹。
ここでは姉妹の事は、言うべきではなかったのかも知れない。案の定。由乃さんだけでなく白薔薇さまも困惑顔。
「栞は……いや…栞に祐巳ちゃんの話を少し聞いた事がある。その時、栞に姉妹の話をしたら妹にしてもいいと言っていたよ」
白薔薇さまの言葉は祐巳に重くのし掛かる。
首にかかるロザリオが酷く重い。
栞さまが祐巳を妹にして良いと言っていた。
これが、妹にはしない……だったならどれだけ楽に成れるのか。
「祐巳ちゃんは、祥子のロザリオ受けたの後悔している?」
「後悔なんてしてません!」
「本当?」
「本当です。お姉さまには家族と向き合う力を貰いました、尊敬もしています」
「なら、何を悩んでいるの?」
白薔薇さまの言葉に祐巳は押し黙る。
言葉が続かない。
「それなら祥子と栞。どっちに後ろめたさを感じているの?」
「お姉さまと栞さま」
「どちらにもみたいね……祐巳ちゃん、もっとクールだと思っていたけれど、意外に顔に出るね」
白薔薇さまは何も言わずに黙ってしまう。
「ねっ、栞がそんな事気にする事はないと思うよ」
「……そんな事は分かっています」
「そうか……それじゃぁ、まぁ、祐巳ちゃんのリクエストの答えになっているか分からないけれど、栞と私の事少し話してあげる」
白薔薇さまは少し悲しそうに俯いた。
祐巳と白薔薇さまの世界に一人取り残された由乃さんは、完全に蚊帳の外だった。
……あの二人、完全に私を視界から消したわね。
一人、取り残された由乃さんは不満そうだった。
懲りずに銀髪碧眼祐巳のいばらの森・前。
クゥ〜。