【3434】 暗黒の世界  (ex 2011-01-13 22:00:00)


「マホ☆ユミ」シリーズ 番外編 「黄薔薇十字捜索作戦」

【No:3431】【No:これ】【No:3439】【No:3441】【No:3445】

※ このシリーズは「マホ☆ユミ」シリーズの番外編になります。
※ 4月10日(日)がリリアン女学園入学式の設定としています。(カレンダーとはリンクしません)
※ 設定は第1弾から継続しています。 お読みになっていない方は【No:3258】から書いていますのでご参照ください。
※ 第2弾も【No:3404】から書いています。 こちらもよろしくお願いします。

※ この番外編は第1弾の2ヵ月後からはじまります。 第2弾より前のお話ですので、第2弾を読んでいなくても話は繋がります。
※ この番外編で重要な設定があります。 天国を信じている方からは怒られそうな内容になります。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「マホ☆ユミ」シリーズ 番外編 「黄薔薇十字捜索作戦」 ☆ 第二話 『世界の構成』 ☆



〜 1月4日(水)12時30分  魔界 -妖精界(魔界側)との最接点- 〜
    〜 −シナイ半島中央部− 薔薇十字まであと50km 〜


 マルバスがツバメに姿を変えて飛び立ってから20分ほど過ぎた。

 岩場の入口に陣取り、仁王立ちしていた令が小声で祐巳に話しかける。

「ねぇ、祐巳ちゃん。 いまさらこんなことを言うのもあれだけど・・・。 少しだけ疑問に思うことがあるんだ。
 マルバス、ってさぁ、魔王だよね。 その魔王が魔界に帰ってきた。
 普通に考えたら、祐巳ちゃんを裏切って魔界に留まろう、とするのが普通じゃないの? 最後まで私たちに協力してくれるのかな?」

「え〜っ? そんなこと、考えてもいませんでした」
 と、驚いた顔で答える祐巳。

「マルバスは、わたしに 『忠誠を誓う』って、言ってくれたんです。
 たしかに、マルバスは魔王ですけど、とってもいい子なんです。 あの子は絶対に私を裏切ったりしませんよ」

「うん・・・。 祐巳ちゃんがそう言うのならきっとそうなんだろうけど・・・。 やっぱり少し不安になるのよ」

 令は、10月末に他の薔薇十字所有者たちと同様、祐巳に救われた。
 その後、祐麒=マルバスとは2回ほどしか会っていない。

 祐巳にマルバスが忠誠を誓った、ということも後から聞かされたのだ。
 だから、どうしてもマルバスのことを心から信頼することが出来ないで居た。
 
 最愛の姉、鳥居江利子の実の兄の命を奪った魔界のモンスター。
 そして、自分を操り、残虐な行為をさせたソロモン王とその使役する魔王たち。

 薔薇十字所有者の中で、一番魔界のモンスターたちに恨みが深いのは令なのかもしれない。
 マルバスも今はおとなしくしているが、所詮魔界のモンスター。 
 それも、魔界でも数少ないB級上位の魔王である。
 心から信頼しろ、というほうが無理なのかもしれない。

「令さまが、どうしてそんなにマルバスのことを疑うのか私にはわかりません。
 あの子は3000年もの間、ソロモン王に使役され、自由を奪われてたんです。
 本当なら、魔界のピラミッド事件のときに、魔界に帰っていてもよかったはずです。
 それを・・・。 そのチャンスをフイにしてまで、私たちの命を救ってくれました。
 信じていただけませんか?
 わたしは、この3ヶ月間、ずっとマルバスと一緒に住んできたんですよ?
 わたしの弟として。 それで、ロサ・キネンシスがマルバスについて説明してくれたことがよくわかったんです」

 背の高い令を見上げながら、堂々と祐巳はマルバスへの信頼を口にする。

「マルバスは、”気高さ” と ”権力” の象徴にして ”医術の神” とも、呼べる存在。
 あらゆるものに姿を変えることが出来、隠された秘密を暴くことが出来るものです。
 マルバスには、嘘は通用しません。
 こちらが、真摯にマルバスを信頼し、嘘をつかず、ともに手を携えている以上、マルバスからわたしたちを裏切ることはありません。
 それに、ね」
 と、笑顔になった祐巳はとても幸せそうに笑う。

「わたし、マルバスのこと大好きなんです。 こちらが好きって思う気持ちは必ず相手に伝わるものでしょう?
 だから、マルバスもわたしのことを信用してくれてるです。
 それに、マルバスは志摩子さんのことも、由乃さんのことも大好きなんですよ。
 さっき、志摩子さんと話してるとき、ちょっと照れてたでしょう?
 志摩子さん、マルバスのもろタイプみたいなんですよね〜」

「ちょ、ちょっと、祐巳さん! 急に何を言い出すの?」
 急に話を振られた志摩子が驚いた声を出す。

「あれ〜? 志摩子さん、気付いてなかったの? マルバスが祐麒になってるとき、志摩子さんに優しいでしょ?」
「そ・・・それはそうだけど・・・。 でも、祐巳さんにも由乃さんにも優しいじゃない?
 由乃さんと居るときは、祐麒さん、何時も笑ってるもの」
「あはは、そうだね〜。 由乃さんと祐麒ってずいぶん気があってるみたいだよね。
 ね、令さま、もうわたしたち3人と祐麒は、仲良しなんです。 親友っていいくらい。
 親友の言うことなら信じられるでしょう?」

 それは、とても温かな笑顔。 大事な親友を自慢したい、そんな気持ちのこもった笑顔だった。

 令は、改めて祐巳の笑顔をじっと見つめる。
 そして、心の底からの言葉が令の口からこぼれだす。

「祐巳ちゃん。 わたしね、聖さまからとても大きな影響を受けたの。
 祥子の家のパーティーのとき。 魔界から帰った後のあのパーティーでわたしは聖さまの偉大さに触れた。
 『何でこの人はわたしの欲しい言葉をすぐに見つけることが出来るんだろう』 ってね。
 わたしは、あの人の異常な洞察力に圧倒された。
 そのときに、どうしてお姉さまや蓉子さま、聖さまが、リリアンに薔薇として君臨しているのかわかったんだ。
 でも、わたしはいま、それ以上の衝撃をあなたから感じでいる・・・」

 令は、祐巳の返事も聞かず、すっときびすを返し、岩山の下に視線を向ける。

 リリアンにおいて、謹厳実直、質実剛健の象徴として、生徒たちの憧れの存在、と言われてきた令。
 自らも常に凛とし、誇り高くて立ってきた令が、祐巳の顔を直視することすら恥じていた。
 己の未熟さゆえに・・・。

 令の後ろで、穏やかに笑いながら佇んでいる祐巳。

 美しい美貌とそれ以上に可愛らしい笑顔。 いつもニコニコと笑っているその姿を思い浮かべながら、令は改めて祐巳の強さを知る。
 人を信頼する力、そしてすべての人から信頼と愛を受けるに値するその資質。

「わたしは、わかったんだ。 祐巳ちゃん、あなたは史上最高の薔薇になる。
 蓉子さまでも、聖さまでも、お姉さまでもなく、あなたこそ、最高の薔薇だ」

 祐巳に聞こえないほど小さな声でそう呟く。

 令は、未熟な己を恥じながらも、同時に史上最高の薔薇とともにこの場にあることを誇らしく思っていた。



☆★☆★☆★☆

 祐巳のもとを飛び立ったマルバスは、瘴気に覆われた雲海の下の気配を探る。

(ふん・・・。 インスマウス人が300ほどか・・・。 あいかわらず、気色の悪いやつらだ。 しかし、ダゴンなんてとんでもないやつが一緒じゃなくてよかった。
 まぁ、この程度ならあの3人の実力だ。 問題あるまい)

 マルバスは、自らの気配を最小限にまで消し、ロック鳥の群れが集う渓谷を目指す。

 マルバスは慎重だった。
 魔界の住人、特に魔王と呼ばれる存在以上になると、魔界での生活は極めて退屈なものなのだ。

 魔界からそのその存在を消していたマルバスほどのものが魔界に戻ってきたことがわかれば、ちょっかいを出してくるもの達が居るかもしれない。 それを憂慮していたのだ。

 魔王どおしの接触はそれほど危険なものではない。
 お互いの力量はあっただけでわかるし、そもそもお互いに寿命で死ぬこともない。
 争う理由も無い。 争って無くすものも得るものも何もないのだ。

 だが、あまりに退屈すぎて戦いになった場合、おそらくどちらかが消滅する。
 一つの大きな個体が消滅すると、その影響が周囲にまで波及し、その波紋は魔界全体を包むことになりかねない。

 それがわかっているだけに、魔王たちは戦いをすることすら退屈のもとに忘れている。
 ただ、だらだらと何千年も何万年も生き続ける存在なのだ。

 しかし、魔界は異世界のものの進入を許しはしない。
 もし、祐巳たちが魔界の住民に発見されたら・・・。

 その場合、マルバスは生涯後悔する未来を過ごすことになる。 そうならないために最善の注意が必要だった。
 

☆★☆

 遥か太古に、天界で争った二つの勢力のうち、負けた勢力が地上に落とされ ”堕天使” と呼ばれるようになった。

 地上は、醜悪なモンスターたちが過酷な弱肉強食の争いをする、血と腐臭に満ちた世界。

 太古、宇宙から地球に飛来した”クトゥルー” を首魁とする ”古きものたち”。
 生体間融合を繰り返し、より強い魔獣となったもの。
 その魔獣を喰らう食肉植物。
 知識のある巨大な人型の生物。

 ありとあらゆる悪意に満ちたこの世界は、堕天使たちにとって、忌むべき世界であった。

 このため、何度も団結し、天界へと挑戦し続けた。

 この永劫に続くかと思われた争いに終止符を打つため、天界の者たちは、自分たちと下界に落としたものとを分かつ異次元を、天界と地上の間に生み出した。

 それが、人間の住む世界=人間界(現世)と、精神生命体の棲む世界=妖精界。 
 人間界と妖精界が生み出された後、当時の地上は 『魔界』 と呼ばれるようになった。

 天界と魔界は同次元にある。 この二つの世界になにも境界が無かったら常に戦いは続き、お互いが滅びるまで続いただろう。
 このため、異次元である人間界を包む妖精界の天界側と魔界側に、ふたつの強力な次元遮断結界が張られている。

 どんなに力の強いものが天界と魔界を行き来しようとしても、2回も次元を超えなければならない。

 魔界に落とされた堕天使たちは、人間界を包む妖精界の上部と下部、両方の結界を突破しなければ天界に攻め入ることが出来なくなった。

 もちろん、数十万年前から数万年前にかけて、その挑戦は何度も行われた。

 魔界において、新たな魔王たちが誕生したのもその頃である。
 サタン、ルシファーなど、魔界の首魁たちは、配下の堕天使を魔王として数十の軍団をそれぞれに作らせ、戦争の準備をした。

 マルバス、アガレス、フォルネウスなどはもともとが天使。 ゆえに堕天使から生まれた新しい魔王である。
 それに対し、ベルゼブブ、アスタロト、ベリアル、アバドンなどは、堕天使が天界から落ちてくる以前から魔界で勢力を張っていた旧世界の魔王なのだ。

 しかし、その軍団も、人間界と妖精界が生まれてから数万年・・・。 次元がほぼ完全に遮断されてからは無用の長物となっていった。
 魔王たちは下されない天界との戦争命令を数万年にわたり待ち続けたが、その命令は永遠にこなかった。

 単独で次元を超えようとした魔王たちも出たが、ことごとく人間界で、人間・妖精・天使の連合軍に追い返されてしまったのだ。

 天界と妖精界は、優れた資質を持つ人間に、魔力、法力、神通力などの力を分け与えた。
 いつまた魔界が天界を侵略するために、足がかりとして人間界を支配しようと戦争を仕掛けてくるかもしれない。

 また、魔界の悪意のエネルギーの上昇により、次元遮断結界に揺らぎが生じ、魔界のモンスターが人間界を襲うことも考えられる。
 そのような事故が起こったとき、人間が人間を守ることが出来るように、との配慮からだった。

 もともと堕天使である魔王たちは、直接は人間に恨みなどはない。
 ただ、同列の存在とも思っていない。 人間がアメーバを同列の存在と思っていないように。
 つまり、踏み潰すことになんらためらいはないが、恨みをはらすために人間を襲う、などということはないのだ。

 しかし、次元が揺らいだとき、旧来の魔界の下級モンスターが異空間ゲートを通過して人間界や妖精界に現れることがある。
 弱肉強食、悪意の塊の世界で生き続ける魔界のモンスターは、人間を襲うことになんら躊躇しない。

 現世に生きる人間にとって、最も危険なのは、このような魔界の下級モンスターだ、と言えるのだ。

 また、魔力、神通力などに長じた人間が魔界の瘴気にあてられ、自ら魔王となる場合がある。
 それが、イスラエルのソロモン王などだ。

 ソロモン王はまた特殊な存在で、人間最高の英知を持って72柱の魔王たちを使役する存在となった。
 それゆえサタンやルシファーと肩を並べるA級の魔物となったのだ。
 
 人間界を支配しようとするような魔物。 真の人間の敵。 それはやはり人間なのだった。



☆★☆

 ジュルリ・・・、ジュルル・・・。 
 不気味な、なにかを引きずるような音が近づいてくる。
 
 岩場の影から外を覗っていた令は、信じられない生物を見つけ、眉をしかめる。

「なんだ、あれ? まるで蛙人間じゃない・・・」

 頭上に大きく飛び出した二つの眼。 青緑の体皮は粘液のようなもので覆われている。
 4本の足で這い回るその姿。 痩せた蛙、としか言いようもない姿。
 しかし、飛び出した二つの眼以外を見れば人間のように見えなくもない。

「これが、”古きものたち” の眷属なのかな? 群れ、っていうより、てんでバラバラに行動する奴らが集まっている、って感じだ」
 小さな声で状況を説明する令の横に、祐巳と志摩子も近づき、同じように外の様子を覗う。

「別に、わたしたちを見つけたから襲いに来た、って感じじゃないですね。
 うわ・・・。 あの棘だらけのサボテンみたいなの、バリバリ食べてますよ」

「本当に気持ち悪いわね・・・。 でも、すごい力を感じるわ。 魔王ほどじゃないけど、オルトロスクラスははるかに凌駕してる。
 この数を倒すのはさすがにきついわよ?」
 志摩子も、心底いやそうな顔で不気味な光景を眺める。

「全部倒す必要はないよ。たまたま、やつらの移動ルートの途中にこの場所があった、ってことみたいだしね。
 これならやりすごせそうじゃない? この岩場に進んでくるやつらだけ片付けよう」

「でも、いくら魔物でも、殺意のないものを殺すのは気が進みません。 瞬駆や風身、幻朧を使って逃げませんか?」

「ふふっ。 祐巳ちゃんらしいね。 でも、この数、300ほどいるよ。
 見つからずに逃げるだけ、なんて出来るかなぁ? あまり隙間がないよ。
 隊列を組んでいるならまだしも、動きはばらばらでどう動くか予測がつかない」

「とりあえず、セブンスターズを出します。 瘴気を払いながら、こいつらの進む方向300m先に先回りします。
 その後、90度角度を変えて300m後退するのを3回続ければ、またこの岩場に帰ってこれます。
 お姉さまの作ってくれたコマンダードレスで瘴気は大丈夫だと思いますけど、雲海の濃い瘴気は初体験なので、できるだけわたしのそばを離れないでください」

「わかった。 祐麒君が帰ってくるまであと30分ほどか・・・。 じゃ、とりあえず逃げ回りましょう」
「はい! じゃ、最大スピードで。 わたしと志摩子さんは ”風身” で飛ぶので、令さまも、同じスピードでお願いします」
「OK。 じゃ、わたしは瞬身を使うから。 300m先で一旦集合。 いくよ!」
「はい!!」

 『気持ちが悪い魔物さんでも倒すのは可哀想だから逃げ回ろう大作戦−パターン・スクエア−』 が、決行された。



☆★☆

〜 1月4日(水)13時  魔界 -妖精界(魔界側)との最接点- 〜
    〜 −シナイ半島中央部− 薔薇十字まであと50km 〜


 マルバスが、4羽のロック鳥を従え、祐巳たちと別れた丘の頂上付近に戻ってくると、うんざりした顔で座っている3人を発見する。

「無事だったみたいだな。 ま、心配はしてなかったけどな。
  やつらは・・・。 ほぅ・・・。 2,3匹ばかりしか減っていないな。 逃げ回ってたのか?」

「正解。 まいったよ。 あんなに大きな眼をしてるのに、何を見てるんだろう?
 じっと前だけ見て、サボテン食べて・・・。 それにね、共食いもしてたよ・・・。 見てて気持ち悪くなった」
 と、祐巳がぼやく。

「あぁ、あいつらもともと海の生物だからな。 陸地には余程の事がない限りあがってこない。
 海に食い物がなくなったか、この先に食い物が大量にあってそれを追ってきたのか、どっちかだろう
 このあたりは、もともとソロモンの支配下だったんだ。 砂漠と岩山にはあまり生物は居ないが、川沿いなんかは下等な魔獣が増えている可能性が高い」

「ふぅ、仕方ないね〜。 ここで座ってても時間がもったいないや。
 さっそく出発しましょうか。 それにしてもなんでロック鳥が4羽も居るの? 一羽で4人くらい簡単に運べそうなのに」

「あぁ、普通のロック鳥は群れで動くんだ。 4羽でも少ないくらいだ。 一羽で飛んでいれば逆に目立つ。
 一羽で飛んでいるロック鳥は、たいがい ”ルフ” と呼ばれる、巨大なやつだ。 それになると魔王並の力を持っている。
 それと、ロック鳥はそれなりにプライドが高い。
 背に乗せるのは一人、と決まっている。 ロック鳥がその力を認め、乗り手と1対1の主従関係を結ぶのが普通だ。
 俺の乗ってきたこいつが、この群れのボスだ。 他の3羽は俺の命令か、ボスの命令だけしか聞かない。
 まず、ロック鳥を支配しろ。 そうしないと思いどおり飛んでくれないぞ。
 支配すれば、貴重な戦力になる。
 まず眼を見て逸らすな。 こいつらは乗り手の力を認めたら頭を下げる。
 次に首筋に手を当てて、腕力で頭を押さえつけてから自分の胸に押し当てるんだ。
 そうすれば、匂いを覚え主従関係を結ぶ。
 こいつは頭もいいからな。 乗り手の感情を読んで思いどおり飛んでくれる」

 祐麒の指導の下、令、祐巳、志摩子の3人はそれぞれのロック鳥の前に立つ。

「この近くには大きな群れは居なかったんだ。 だからこいつらはみんな若い。
 ロック鳥の中では小さなほうだが、その分無鉄砲で気位だけは高い。 最初から覇気は全開にしろ」

 祐巳たちを睨みつけるように立つロック鳥。
 巨大な体躯は黒色。 風切羽だけが白い。 筋力の強い首の上につくその頭には西洋の兜のような突起があり、くちばしは象牙色に輝く。
 ”ルフ” と呼ばれるほど巨大になれば、「象すら持ち去る」、といわれる脚を凶悪に飾る鍵爪は鋭利なナイフのように鋭い。



 令の体から、黄金色の覇気が立ち上る。 触れるものをすべて切り裂くような恐るべき覇気を目前のロック鳥に浴びせる。
 ロック鳥の巨大な体躯が恐怖に震え、1,2歩後ろに後ずさる。

(ほう・・・。 さすが薔薇十字所有者、といったところか。 ロック鳥すら恐れさせるその覇気・・・。
 これでは並みの魔王では敵わなかっただろうな。 しかし、たかが人間にここまでの覇気が生み出せるとは・・・
 ・・・。 なるほど。 祖先は東洋の武神か鬼神、といったところか・・・。 こんな奴が人間として転生しているとはな)

 マルバスは、巨大に膨れ上がった令の覇気を見てその出自に気付く。

 支倉令、その身は人間にして武神の血が流れるもの。 その質は清廉にして潔白。 守護の鬼とでも呼ぶべき存在であった。


 志摩子もその身から純白の覇気を溢れさせて周囲を支配する。
 その覇気はあくまで善意を体現するもの。 ロック鳥の獰猛な目がその覇気を受けた瞬間、自然に閉じられ頭を下げる。

(さすが・・・。 獰猛なロック鳥さえ、その善意なる覇気で支配するか・・・。 さすが祐巳の守護剣士、となるだけのことはある。
 この感覚・・・。 はるか昔感じた感覚だ・・・。 誰だ? 俺はこいつを知っている・・・)

 マルバスは覇気を展開する志摩子を訝しげに見つめる。 すべての事象を見通す眼を持つマルバスがその出自をつかめない。
 そんな不思議な志摩子を見ているうちに、恐怖と安堵感を感じ始めたマルバスは軽く頭を振り、調べるのを止めた。
 詮索することすら不可能なもの。 志摩子がそういうものであるなら、考えても仕方がない。
 それに、マルバスの最も大切な祐巳を守りぬく存在が志摩子であるのなら、祐巳ごと志摩子も守ればいい、とマルバスは思っていた。


 一方、祐巳はニコニコしながら醜悪な顔で睨みつけるロック鳥を見つめていた。
「ふ〜ん、なかなかかっこいいじゃない」 なんて言っているし。

 祐巳は右手にセブンスターズをだらりと下げたまま、左手ををロック鳥に差し伸ばし、 「さぁ、こっちにおいで。 えっと、頭を下げるんだよ」 と、声をかける。

 ところが、祐巳は覇気を収めたまま。 
(なにをしてるんだ? 祐巳は・・・)
 あいかわらず行動が読めない祐巳をマルバスはただ見ていた。
 祐巳はマルバスが忠誠を誓った主。 その行動が例え変なものであったとしても最後まで見届けよう、と思っていた。

 ロック鳥は、覇気をまったく感じさせない無防備な笑顔をする小さな少女に近づく。
 その巨大な眼で見ているものは、ただの餌としか映らないのだろう。
 嘴を大きく開き、頭を上空に高く上げたかとおもうと、一飲みにしよう、とばかりに一気に祐巳めがけ、襲い掛かる。

 ズンッ! と鈍い音が響き、ロック鳥の大きな頭が祐巳を飲み込んだ。
 ・・・が、地面に突き刺さったかのように見えるロック鳥の頭はピクリ、とも動かない。

 ロック鳥の強靭な首を抱きしめる祐巳の左腕。 その細い左腕により、ロック鳥は全く動けないで居た。

 祐巳は、トンッ、とセブンスターズを地面に突き刺し、右手でロック鳥の首筋を撫でる。

「うん、うん、いい子だね〜。 でもあんなお痛をしたらお仕置きしちゃうよ? だから仲良くやっていこうね」

 祐巳は右手でロック鳥の針金のような羽毛を撫でる。
 ロック鳥は気持ちよさそうに細目になると、まるで親鳥に甘える雛のように小さく 「ピーッ!」 と鳴き声を漏らす。

「ぷっ。・・・くくくっっ。」
 思わずマルバスは笑い声を漏らす。

(さすが、我が主。 覇気の力で相手を支配する道は選ばないか・・・。
 あくまで、相手を信頼させ、相手の意思で自分に付き従えさせる。 なるほど・・・。 これでは裏切りようがないな。
 裏切るも何も、自分から進んで祐巳のために力を尽くそうとするのだからな。 これほど強固な結びつきはない。
 しかも自分を信頼するものに対しては絶対の安心を与えるその度量。
 そうか・・・。 これこそが真の王の資質。 腕力や権力での支配など、祐巳の前では無意味なんだろうな)

「祐麒、いい子を連れてきてくれてありがとう! この子可愛いね〜。 むこうに連れて行きたいくらい」

 ニコニコしながらとんでもないことまで言い出す祐巳にマルバスはあきれる。

「おいおい・・・。 そいつは俺と違って変身能力はないぞ?」
「あはは。 わかってるって! そう思うくらいこの子が可愛い、ってことだよ」
「そうだな・・・。 そいつは祐巳を親鳥だと思ってるようだ。 こっちに居る間だけでも子供のように可愛がってやってくれ」
「もちろんだよ! じゃ、よろしくね。 ロック鳥さん・・・、じゃ誰かわかんないなぁ・・・。 
 よし、名前をつけよう。 なにがいいかなぁ? ・・・ そうだ! ちょうどお昼時だし、”ランチ” にしよう。
 ね、今からお前の名前は、”ランチ” だよ。 よろしくね、ランチ!」

「祐巳・・・。 お前、ネーミングセンスなさすぎ」
 マルバスは、祐巳に聞こえないように、ポツリ、と呟く。

 こんな暗黒が支配する世界に来たというのに、普段どおりの明るい態度を取り続ける祐巳。

(こんなやつが魔界にいたら・・・。 この暗黒の世界も少しは違って見えたのかもしれないな・・・)

 祐巳に忠誠を誓い、毎日を祐巳と過ごすマルバスは ”故郷” とも言えるこの魔界を、すでに違和感を感じる世界として認識し始めていた。

(この俺に、こんな気持ちを抱かせるなんて・・・な。 これが最大の祐巳の魔法なのかも・・・)

 薄暗い魔界の空を見上げるマルバスに浮かんでいる微笑。 
 マルバスは、自分が笑っていることに気付いていなかった。


一つ戻る   一つ進む