中庭の片隅のベンチに腰掛けた蔦子さんがため息をついている。
そこに志摩子が通りかかった。
「どうしたの、蔦子さん。元気がないみたいだけど」
「あ、ううん……」
いつもの蔦子さんらしからぬ様子に心配した志摩子は許可をもらって蔦子さんの隣に腰を下ろした。
しばらくの沈黙の後、蔦子さんが語りだした。
「あの、これから言うことは懺悔みたいなものだけど、背負ってるのが重かったら、聞き流して忘れて」
驚いて蔦子さんの話に耳を傾ける志摩子。
「この前の休みにさ、人と待ち合わせをしていて待ち合わせ場所に向かうために近道して、大型家電店の中を通ったのよ。そうしたらちょっとチャーミングなタイプの店員さんがいて、見てたら話しかけられたんだけど、ちょっと相槌打ったらもの凄く嬉しそうな表情になってさ。その嬉しそうな顔が見たくて、ついつい話を進めてるうちに買わなくてもいいデジカメをキャンペーン価格でポイントを利用して買っちゃったんだよね」
ため息をついて空を見上げる蔦子さん。
「そ、それはちょっと衝動買いだったかもしれないわね。次から気をつけた方がいいんじゃないかしら」
「それだけじゃなくてね」
ここからが本題らしい。
「待ち合わせの時間に余裕があったから、時間をつぶそうと電子辞書のコーナーを見てたのよ。そうしたらたまたまそこのメーカーのジャンバーを着たカッコイイお姉さんが通りかかってさ、商品の説明を求めて話しかけたら、別のメーカーさんの商品をすすめてきてね。私『でも、本当はこちらのメーカーの方ですからこれを買ってほしいんですよね?』って思わず言ったら、そのお姉さんが『私のことは気にしないで』って爽やかに笑ったんだけど、その笑顔にグッと来て、買わなくていい電子辞書を買っちゃったわけ」
トホホの表情で首を振る蔦子さん。
「そ、それはちょっと軽率だったかもしれないわね。でも、電子辞書はこれから使えばいいのではなくって?」
「それだけじゃなくてね」
まだあるの?
「待ち合わせの時間近くになったから、待ち合わせ場所に向かっていたら、パン屋で可憐な売り子さんが試食を配ってて、ひと口貰おうかと思って近寄ったら、サービスって言って、口の中にあ〜んって、入れてくれちゃって。引くに引けなくなったからいらないパンを買ったんだけど、電子辞書買った後でお金なくなっちゃって。仕方ないから待ち合わせ場所にとりあえず行って、都合が悪くなったって言って帰ってきちゃったのよ。ああ、もう、どうしよう」
その時志摩子は気配に気づいてベンチを離れた。
「蔦子さま……あの日お帰りになったのはそういった理由だったんですか?」
背後で聞いたことがないくらいの怒りがこもった笙子ちゃんの台詞が聞こえた。
蔦子さんにやきもちを妬くなんて微笑ましいこと。
断末魔? キコエマセン。
中庭を歩いているうちに、志摩子は不意に過去の情景を思い出した。
そして、立ち止まると別の方向に歩きだした……。
「確かに栞とも蓉子とも静とも景さんとも祐巳ちゃんともいろいろあったけどっ、なんで今さらそんなことで――だから、ギンナン投げつけるのはやめてーっ!!」
とんだとばっちり。