【3570】 聞いただけで意気消沈今度は離さないネットゲーム  (砂森 月 2011-10-12 00:48:54)


※久々の未使用キー限定タイトル1発決めキャンペーン第16弾
 今回ははぴねすで書いてみました
 。。べ べつに短編祭り用に書いていたけど間に合わなかったとかそういうことは――あります(ぇ
 (ついでに私こそパエリア引くべきだよねと思ったのはここだけの話)



 きっかけは、学園祭の出し物の担当分けだった。
「雄真と回るのは私よっ」
「いくら杏璃ちゃんでもこれは譲れないよ?」
 瑞穂坂学園魔法科2年生のトップ2、神坂春姫と柊杏璃は故あってこの秋に同普通科から編入してきた小日向雄真を巡って激しく火花を散らしていた。
 春の秘宝事件でずっと探していた初恋の人と再会した春姫と、同じく秘宝事件絡みのあれこれで気になる男子が出来た杏璃。その相手が同一人物だったために2人は恋のライバルになってしまったのだ。
 元々何かと春姫をライバル視する杏璃はともかく、この件になると春姫も引かないためいつまで経っても決まらない。3人で回る他諸々の雄真案は全て却下された。
「こうなったら明日の魔法実習で勝負よ」
「いいよ。負けないから」

 そして翌日。実習内容を聞いた杏璃は落ち込んでいた。
「よりによってネットゲームだなんて……」
「諦めたら試合終了ですぞ、杏璃様」
「わかってるけどさぁ」
 パエリアの励ましにもいまいち気分が乗らない杏璃。
 ここで言うネットゲームとは、魔法球の受け渡しを間に張られた魔法網の目を通しながら行う実習のことである。次第に小さくなる網の目をくぐらせるためにはより正確なコントロールとそれを支える集中力が求められる。杏璃にとっては苦手な実習の1つなのだ。
「負けたら雄真様を取られてしまいますぞ」
「そんなの許せるわけないじゃない」
「なら頑張ることですな」
「ええ、やってやろうじゃないの」
 挑発めいたパエリアの言に負けん気を刺激されて気合いを入れ直す杏璃。長年の付き合いもあってパエリアは杏璃のことがよく分かっていた。まあ、ちょっぴり恋心を利用して成長を促そうともしていたけれど。

 結果、杏璃惨敗。
「ああもう、なんで」
「お止め下され杏璃様」
「うっさいわよっ」
 パエリアの羽の部分をやけ食いしながら悔しがる杏璃。パエリアにはいい災難である。
 本当に悔しかったのだ。意気込んで臨んだはいいがネットの回数には大差が付いてしまった。しかもその原因が。
(気合い入れすぎて余分に魔力込めて負けるなんて)
 いつも以上に集中した影で無意識に魔力を注ぎ込んでいたのか、ふとした弾みで魔法球が暴発したのが数回。
 いつものようにコントロールミスで引っ掛ける回数は少なかったのに差し引きでマイナスだったからなおさらだ。
(いつもいつも肝心な所で、私は……)
 去年のクラス試験もそう、雄真と一緒に材料を集めたケーキ作りやそのリベンジでも――。
「……」
「杏璃様?」
 いつしかやけ食いは止まっていた。しばしパエリアをじっと見つめていた杏璃は。
「今度は、負けないんだから」
 頭を軽く振りながらそう呟いて、それでも春姫や雄真をあまり見ないようにしながら教室に戻っていった。

 放課後。杏璃恒例の自称「秘密の練習」は、あまり上手く行っていなかった。
「――くっ」
 キューブに込められた魔力が維持しきれなくなり勢いよく拡散する。飛び散ったシャフトを格子状に組んで、再び魔力を込める。
「オン・エルメサス・ルク・アルサス……」
 がさっ。
「えっ? ――っきゃあ」
 突然の物音に集中力が途切れる。再び飛び散ったシャフトを集め、顔を上げるとそこには。
「ごめん、邪魔するつもりはなかったんだけど」
「ゆっゆゆゆゆゆ雄真!? な、何しに来たのよっ」
「何って、かーさんがバイトのシフト表渡してきてくれって」
「あ、そ、そう。……ありがと」
 表を受け取ったきり、黙り込んでしまう杏璃。
 ぶっちゃけ、気まずい。雄真を巡って春姫と勝負した後だからなおさら。
「あ、あのさ」
「なんだ?」
「ゆ、雄真はその……好きな人とか、いるの?」
 その沈黙に耐えきれなくなって、杏璃はなんとなく気になっていたことを口にする。
(って、私は何を訊いているのよーっ)
 口にしてから、ものすごい恥ずかしさが襲ってきた。今更顔が赤くなって、雄真を直視できない。
「え? いや、いないけど……どうした、杏璃」
「へ? ななな何でもないわよ」
 誤魔化すように首を横に振る杏璃。でも少しだけ安心していた。まだチャンスは十分にあるって分かったから。
 それが分かって少し落ちついたのか、顔の熱も少し引いてきた。
「……学園祭は、春姫と回るのよね」
「そうなるみたいだな」
「じゃあ」
「ん?」
 そして浮かんだ思いつき。チャンスはあるし、理由も……ちょっと強引かもしれないけど、それくらいのほうが私らしい。そう考えて、杏璃は言った。
「今度私がネットゲームで春姫に勝ったら、1日付き合いなさい」
「なんでそうなる」
 ずびし、と雄真のチョップが杏璃の頭にヒットした。
「春姫だけ雄真と楽しむなんてずるいじゃない」
「いや、そういう問題じゃないだろこれ」
「そういう問題なの」
 しばし睨み合う2人。やがて、雄真が折れた。
「はあ、杏璃は一度決めたら譲らないからな。春姫に勝てたらだぞ」
「もちろんよ。覚悟してなさいよね」
 いつの間にか気まずさもなくなり、いつもの調子で雄真に宣言する杏璃。当の雄真はいまいち納得していないようで。
「全く、何でこんな事に……」
「雄真様が優柔不断だからいけないんですぞ」
「はあ? 俺のせいか?」
「ちょっ、パエリア、何て事言い出すのよっ」
 思わぬパエリアの口出しに慌てる杏璃。ある意味正しいけど今は言わないで欲しかった、色々怖いから。……雄真が鈍くて助かったけど、多分。
「まあでも、それでこそいつもの杏璃だよな。練習頑張れよ」
「ふぇ? あ、ちょっと」
 言いたいことだけ言って――パエリアのさっきのアレから逃げたのかもしれないけど――立ち去った雄真。杏璃は呆然としていた。
(何よ、さっきの。まさか、私のこと――)
 心配してくれていたのだろうか。
「ふふ、ふふふ……」
 そう思うと、何か嬉しかった。自然と笑みがこぼれてしまうくらいに。
「パエリア、行くわよ」
「はい、杏璃様」
 キューブに魔力を込める。余分な感情が取り払われたのか、綺麗に収束したまま魔力が維持される。
 感覚も違う。今までよりも自然に維持できているような気がする。
(そうよね。落ち込んだり引きずったりするのは私らしくない)
 一定時間維持した魔力を、解放する。真上に放たれた魔力はフィールドに当たって拡散した。
(覚悟してなさい、今度は離さないんだからっ)
 離さないのは、雄真のことを。誰に対しての想いかは……杏璃だけが知っている。



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