【3587】 揺れて揺らめいて  (紅蒼碧 2011-11-13 16:29:23)


【No:3584】


〜祐巳達が古い温室にいる頃、薔薇の館にて〜

志摩子は、祐巳や由乃とはクラスが異なるため一人で薔薇の館に向かっていた。
ふと考えることは、昨日の由乃と祐巳の会話。

(羨ましい)

そんな言葉が頭の中に現われては消え、また現われては消える。
昨日からずっと繰り返し続いていた。
一重に羨ましいと言っても色々ある。

一つは、同じクラスに居られること。
一つは、話題が合うこと。
一つは、受動的な私に対して能動的な行動ができる二人。

その中でも特に由乃のこと。
挙げると限がなく出てくる。
そう思ってはいても、自分を変えることは中々できることではない。
それでも、乃梨子を妹にしてからは大分生きやすくなったのは確かである。
しかし最近では、楽しそうに話しながら前を歩く友を見ているだけでは満足できない自分。

(あの中に入って話に加わりたい)

でも何を話したらいいのか、また話の骨を折り息苦しくならないだろうか?
そんなことを考えると不安で堪らなくなってしまう。
それに最近思うようになった一つの事柄。
それは・・・。

(私は、二人にとっての親友なのだろうか?)

ということ。
由乃と祐巳は、自他共に認める親友であり、当人からも聞いたことがある。

(では、私は?)

自分で自分に問いかけてみる。
出てくる答えは、もちろん【親友】だと思っている。

(しかし、二人からは?)

分からない。
いったいどのように思われているのだろう?
友であることは疑う余地もない。
でも、親友となると違ってくる。
私はいったい何なのだろう。
頭に霞がかったような感覚を伴いながら歩いていると、薔薇の館に到着した。
中に入り、階段を上り、通称『ビスケット扉』の前に着くと小さく息を吐きサロンの中へと入った。

「ごきげんよう」
「ごきげんよう。由乃さん一人?」
「そうよ。まだ誰も来てない」

サロンには、由乃の姿だけがあった。
乃梨子に関しては、律儀にも三限目の休み時間に『少し遅れる』とクラスまで伝えに来てくれたので知っている。
その時、瞳子も遅れることを乃梨子から来ていた。
なので、ここに来ていないもう一人の人物について由乃に問う。

「祐巳さんは?」
「さぁ?何か急いでいたみたいだけど、先行っててって言われたから」
「そう・・・」

由乃は、自分で入れたのだろう紅茶を手に持ちながら話している。
私は弁当を机に置くと、皆の分も合わせて紅茶を作る準備をする。

「乃梨子と瞳子ちゃんは、クラスの用事で15分程遅れるそうよ」
「ふぅ〜ん、そうなんだ」

由乃は、あまり興味がないのか外を眺めながらぼぅっとしている。
そんな由乃を横目に見つつ、準備を続ける。
二人の間に会話らしい会話は殆どない。
それは、先代の薔薇様がいた時から何も変わらない。
志摩子の記憶には、由乃と会話したこと事態、限りなく少ないのだ。
しかし、祐巳とは異なる。
祐巳が相手になると、二人とも極端に会話が増えるのだ。
でもそれは、由乃⇔祐巳⇔志摩子というように、結局は由乃と志摩子の間に会話がないことに変わりない。

≪何故だろう?≫
由乃と会話が続かないのは・・・。

≪何故だろう?≫
祐巳が間にいるだけで、二人の橋渡しが意図も簡単にできてしまう。

≪何故だろう?≫
彼女と一緒にいるだけで心が、周囲が暖かくなる。

そんなことを思いながら、準備を整えると自分の分の紅茶を入れ、普段自分が座っている席へと向かう。
席に座って一息つく。
静かな部屋。
静かな空間。
人が二人いるにもかかわらずお互いの呼吸音すら聞こえない。
そんな中、突然由乃が言った。

「志摩子さんは、祐巳さん家に行ったことある?」
「えっ!?」

志摩子は、由乃の唐突な質問にとても驚いた。
しかも、内容は昨日から自分が悶々としていた内容なのだから・・・。

「いえ、行ったことはないわ」
「そう」

由乃は、素っ気なく言った。
今だカップを持ったまま視線は窓の外に向けている。
また静かになった。
しかし、志摩子の心臓はドクン、ドクンと大きな音をたてている。
まさか、由乃からそんな質問を受けるとは思っていなかったからだ。

(何故、由乃はあんな質問をしたのだろう?)

分からない。
聞いてみたいが、心臓の音が静まらない。

「何故、何も言わないの?」

その声に由乃を見ると、位置も態勢も表情も全く変わらない様子で問いかけていた。

「何って?」

志摩子のその聞き返しに対し、由乃が勢いよく志摩子の方を向いた。

「本気で言ってるの?」

由乃がとても険しい表情で志摩子を見ている。
嘘は許さい。
隠しても見通してやる。
そんな雰囲気が表れている。

「・・・では何故、由乃さんはあんな質問をしたの?」

志摩子の回答に対し、由乃はまだ志摩子を見つめている。
嘘がないか、本音を隠していないかを・・・。

「羨ましいんじゃないの?」
「なっ!?・・・」
「何でかって?そんなの分かるわよ」

どうして由乃は志摩子の考えが読めたのだろう?
志摩子は祐巳と違い、殆ど表情には表れない。
ぼぅっとしたり、考え事をしたりはするが基本的に笑みで対応する。

「だって、貴方が私に対して思っていることを私も貴方に対して思っているんだから」
「・・・え?」
「祐巳さんと一緒に居たい、色んな話をしたい、遊びに行ったり、家に呼んだりしたい。まだまだあるだろうけどこれだけは言える。私と祐巳さんは親友よ」
「っ!?」

強烈な一言だった。
頭が真っ白になり、少し眩暈を感じる。

「貴方は何?私にとっての何?祐巳さんにとっての何になるの?」
「・・・」
「そうやって貴方は自分を隠し『檻』に籠るのね、初めて会った時からずっと・・・」

何も言い返せなかった。
由乃が言っていることの殆どが当たっているのだから。

「私も貴方と同じで檻があった。その檻は令ちゃんにのみ開けることができた。でも祐巳さんの存在で大きく変わったわ、自分を少し変えることができた。檻に籠っていては何も得られないし何かを得ることができない。だから私は変わり続ける。この場所で、この仲間とともに、もっともっと強い自分になってみせる!!」

何時もの由乃とは少し違っているように見えた。
由乃は、志摩子に何かを伝えているのだろう。
しかし、今の志摩子にはそれが分からなかった。

「これだけ言っても貴方の心は揺るがないのね。もう一度だけ言うよ」


『貴方は何?』


最後にその言葉を聞いた志摩子は、勢いよく席から立ち上がると、自分の弁当も持たないまま薔薇の館を出て行った。


☆・・・★・・・☆・・・★・・・☆・・・★・・・☆


〜志摩子以外が集まった薔薇の館にて(昼休み)〜

「あれ〜、志摩子さんいないんだ」

サロンに入った後、祐巳の第一声がそれだった。

「挨拶が先ですよ、お姉さま」
「あぁ〜、ごめんね。由乃さんごきげんよう」
「「「ごきげんよう」」」

妹に窘められた祐巳、舌を少し出して照れ笑いしている。
乃梨子と瞳子も挨拶をし、由乃もそれに答える。

「それで由乃さま、お姉さまは?」
「用事があったみたいよ、急いで出て行ったけど」
「何かあったのでしょうか?」
「知らない。特に何も言ってなかったけど」
「そうですか・・・」

由乃は先ほどの志摩子との会話を話に出さず、何も知らない風を余所った。

「お腹空いた〜、早くお昼にしよ〜」
「もう、お姉さまは・・・。直ぐに紅茶を入れますので、それまでもう少し我慢して下さい」
「お願い〜、早く〜」
「どっちが姉で妹か分からないわね」
「全くです」

皆からは笑い声が漏れた。
祐巳は、お腹が空き過ぎて反論できないのか、机に顎を乗せた状態でぐったりしていた。

(お姉さま、いったいどうしたのだろう)

乃梨子は、ここにいない自分の姉のことを思う。
昨日からずっと様子が変だった。
その時、ふとテーブルを見ると、テーブルの上には袋に入った弁当らしき包みが置いてあった。
中を見てみると、和の重箱みたいな弁当が入っており、中身もまだ手つかずのまま置いてある。
ずっと見てきたから分かる。
これは、志摩子の物に間違えなかった。
志摩子は、皆が揃うまで弁当に手をつけるような人間ではないが、流石に15〜20分遅れてくるとなると先に食事をする。
なのに、食べた痕跡はない。
どういうことだろう?

「由乃さま、お姉さまが出て行かれたのは何時頃でしょうか?」
「ん・・・、祐巳さんたちが来る2〜3分前よ」
「そう・・・ですか・・・」

(やはり可笑しい。では、私達が来る前に何かあったのだろうか?)

≪紅茶の準備?≫
いや、そんなに時間はかからないはず。

≪誰かが来ていた?≫
そんな形跡はなかったし、由乃さまは特に何も仰らなかった。

そこでふとある人物に目が留まった。
それは、志摩子が来ていたであろう時間帯の間、ずっとこのサロンにいた人物。
つまり、由乃である。

(由乃さまと何かあったんだ。でも、由乃さまに聞いても多分白を切られるだけだし、お姉さまに直接聞いても白を切るだろう・・・。ダメだ手詰まりだ・・・)

そんな時、祐巳が由乃に問いかけた。

「由乃さん、志摩子さんと何かあった?」
「「・・・え?」」

由乃は、この祐巳の問いかけにとても驚いたようで、目を丸くして祐巳を見ている。
乃梨子も同様で、自分が考えていたことを祐巳が由乃に問うたので驚いた。

「な、なんで?」
「何となくだけど、由乃さんらしくないなって感じたから」
「どういう・・・こと?」
「今の由乃さんは初めて会った時と雰囲気が似てる。触れたくない、触れられたくない。そんな弱気なところが・・・」
「なっ!?」

由乃は愕然としていた。
何故、この人はこうも的を得たことを言ってくるのだろう。
こんな祐巳は中々見ることはできないが、時折誰よりも鋭く、核心に迫ったことをズバリ言い当ててしまう。
乃梨子は二人の会話を聞きつつ、このまま様子をみることにした。

「志摩子さんと喧嘩でもしたの?」
「・・・。そんなんじゃ・・・ないわよ」
「本当?・・・由乃さん、もし本当に嘘をついていないというのなら私の目をしっかり見て」

祐巳は真剣な眼差しで由乃を見つめる。
由乃も少し俯いていたが、その言葉で祐巳の目を見つめる。
それは、1分だっただろうか?
5分くらいだろうか?
それとも10分以上経っていただろうか?
しかし、そのどれでもなく実際には数十秒位しか経っていなかった。
そう由乃が錯覚するくらい長い時間に感じたのだ。
由乃も志摩子に対し同じことをしたが、祐巳にされるのでは全く違うのである。
まるで、鏡を見ているようだった。
自分の心を映し出す鏡。
その数十秒が経った後、由乃は祐巳という鏡の様なものに自分をさらけ出されそうな感覚に耐え切れず目線を逸らした。
そして、困ったような顔で、苦笑した。

「祐巳さんには敵わないな〜」
「そんなことないよ。私なんてあまり二人の役には立てないから、足を引っ張らないようにすることが精一杯なんだから・・・」

祐巳は、自身のことを普通、平凡、何の取り柄もない一般人だと思い込んでいる。
しかし、祐巳以外のリリアン生徒は誰一人としてそんな風に思っている者などいなかった。
それは、目の前にいる由乃にしてもそう。
テーブルを挟んで反対側にいる乃梨子も。
流し台近くにいる瞳子も。
そして、今ここにはいない志摩子にしても同様なのだ。

「祐巳さんは自分のことを卑下にし過ぎ、私たちのできないことを祐巳さんが補ってくれている。それは、全てが目に見えることではないんだよ」
「ん〜、そうかな?」
「祐巳さんがいなれば、きっと今年の薔薇は成り立っていなかったと思う」
「それは流石に大げさだよ!?」
「そんなことない。祐巳さんがいることで、私と志摩子さんの橋渡しができる。そして私たちの主導者として二人の意見をまとめてくれる。以前令ちゃんが言ってた。動き過ぎてもダメ、逆に停滞しすぎてもダメだって。それは一重に私と志摩子さんを指しているのよ。私たち二人をまとめ、導けるのは私の一番の親友である貴方しかいない」
「由・・・乃さん・・・」
「そんな祐巳さんだからこそ、お願いがあるの」
「・・・何?それは私にできること?」
「祐巳さん、それは違うよ。これは誰にでもできることじゃない。祐巳さんにしかできないことだから」

由乃は、小さく深呼吸し、少し困ったような顔をして祐巳に言った。

『だからお願い。志摩子さんを救ってあげて・・・。私と同じですごい頑固で、同じくらい弱いから・・・。志摩子さんのことは貴方に託します』

っと。
祐巳は驚いた。
まさか、こんなお願いをされるとは思ってもいなかったからだ。
でも、答えは決まっていた。
言うことは一つだけ。

「分かった。何から救えばいいのか分からないけど、きっと力になるから。だって私の大切な親友だから!!」
「ありがとう、祐巳さん」
「親友なら当たり前だよ」
「そうね」

二人は笑い合う。
これからの一年間を乗り越えるには、三人一緒でないと上手くいかない。
だからこそ本音で言い合いたい。
志摩子の思いを聞きたい。
そう思う祐巳だった。

「乃梨子ちゃんごめんね。本来なら貴方が動いた方が良いのだけど、今回ばかりは祐巳さんでないとダメだから」
「はい。私もそう思います」
「それでは、時間も時間ですし、昼食に致しましょう」

今まで何も言わず控えていた瞳子がそう言うと、皆に紅茶を配った。

「お〜な〜か〜す〜い〜た〜」
「じゃ、頂きましょう」
「「はい」」

祐巳が「もう無理!!」と言わんばかりに弁当を食べ始める」
他の三人は、先ほどのまじめな話から祐巳の雰囲気にあてられ穏やかになり、苦笑を浮かべながらお弁当を食べ始めるのだった。


【To Be Continued??】


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