あるところに、黒髪でオカッパ頭の魔女がいました。
魔女は尋ねられたものを映しだす魔法の鏡を持っていました。
「鏡よ鏡、この世で最も素敵なものはなにかしら?」
「それはこの仏像でございます」
そうして鏡に映るこの世で最も素敵な仏像を眺めることを魔女は日課としていました。
ところがある日のこと。
魔女がいつものように鏡に尋ねると、いつもとは違う答えが返ってきました。
「鏡よ鏡、世界で最も素敵なものはなにかしら?」
「それはこの少女でございます」
そうして鏡に映ったものは、いつものような仏像ではなく、子狸に似た顔をした少女でした。
その日から魔法の鏡が仏像を映すことはなくなりました。
揺すってみても、叩いてみても、鏡が映すのは同じ少女の姿だけでした。
魔女は嘆き、悲しみ、怒りました。
「全部こいつがいけないんだ。こいつがいなければ、鏡は仏像を映してくれるのに」
魔女は物に八つ当たりをするのが好きではなかったので、その怒りを鏡に映る少女に向けることにしました。
魔女は魔法で少女の住む家を探し当てると、さっそく箒でその場所まで向かいました。
家の前に降りて箒をしまうと、魔女はドアを叩きました。
「はーい、今いきます」
ドアの向こうから憎き少女の声が聞こえると、魔女はポケットの中の毒リンゴをギュッと握りました。
「何のごようですか?」
ドアが開いた瞬間、魔女は鏡が正しかったことがわかりました。
鏡を通さずに見た少女の姿は、確かにこの世で最も素敵なものだと魔女の目にも映りました。
魔女は何も持っていない手をポケットの中から出して、少女に向かってお辞儀をしました。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
「へ!?」
こうして、魔法使いは部屋の中で鏡を見つめる日々をやめ、少女のもとに通うことになったのでした。