これは以前掲載したお話を別視点から描いたものです。
先にこちら↓をお読みいただかないと、理解しづらい迷惑な代物です。
『祐巳side』
【No:2557】→【No:2605】→【No:2616】→【No:2818】→【No:2947】→【No:2966】→【No:3130】→【No:3138】→【No:3149】→【No:3172】(了)
『祥子side』別名:濃い口Ver.
【No:3475】→【No:3483】→【No:3486】→【No:3540】→【No:3604】→【No:3657】→【No:3660】→【No:3722】→【No:3727】→【No:3751】→これ。
「ごきげんよう。ここの暮らしはどうかしら?」
「ふっ。祐巳がいないとずいぶん流暢に話すようになるのね」
「……まだそんな嫌味を言う元気があったとはね。少しだけ見直してあげるわ」
一瞬だけムッとしたものの、圧倒的優位に立っている自信からかすぐにまた澄まし顔に戻るサチコ。
今を逃せば次はないかもしれない。
私はサチコと会話することにした。
「あなた私をどうするつもり?」
「べつに。どうもしないけれど?」
「こんな所に閉じ込めておいてよく言うわね」
「だって邪魔だったんだもの」
まったく悪びれた様子もなく言うサチコに私は呆れた。
これは見た目と同じくらい中身も子どもだ。
無邪気といえば聞こえはいいけれど……。
「私の身体を若返らせたのは何か意味があったのかしら?」
「つまらない質問ね。意味もなくこんな事するわけないでしょう」
私を子どもにしたのはサチコで間違いないらしい。
質問自体には答えてくれる気がなさそうなので、私はもっとも気になっている問いをサチコに投げた。
「あなたは誰なの?」
目の前にいる見慣れた顔の少女は怪訝そうに私を見上げた。
「何を言っているの? 私は祥子よ。小笠原祥子」
「……そう」
予想していたとおりの答えだったので落胆はない。
私は次の疑問をぶつけた。
「どうしてここに来たの?」
「泣き喚いているんじゃないかと思って、心配で見にきてあげたのよ」
「あら、ずいぶん優しいのね。で? 私が泣いていたら何か都合の悪いことでもあるのかしら?」
「……そんなものないわ」
嘘だ、と思った。
根拠なんてものはありはしないけれど苛立っているサチコを見ていると、あながち間違いではない気がする。
ただ、これ以上問いただしたところで質問の答えは得られないだろう。
「祐巳を解放してあげて」
煩わしげに髪をいじりだしていたサチコの手が止まった。
不愉快そうな顔が私を睨みつけてくる。
「なに言っているの? 祐巳は望んで私の傍にいてくれてるのよ?」
私の願望をそのままサチコが口にする。
本当に、そうだったらいいのに……。
「違うわ。その証拠に、あなたが眠ったら祐巳はどこかへ行ってしまったじゃない」
「お手洗いにでも行っているだけよ」
実は私もそう思っている。
けれど口にするのは真逆の言葉ばかり。
「そうかしら?」
「……何が言いたいのよ?」
「いつまでもこんなこと、つづけられないわ。もう祐巳に迷惑をかけるのはおやめなさい」
「祐巳は迷惑だなんて思ってないわ! 傍にいるって言ってくれたもの! 祐巳はずっとずっと私と一緒にいるのよ!」
地団駄を踏むサチコを冷めた目で見下ろす。
今、私が感じている気持ちも同属嫌悪というのだろうか。
内心の複雑さを隠し、私はサチコを追い詰めていく。
「祐巳が部屋を出てからずいぶん経つけれど、まだ帰ってこないわね。お手洗いにしてはちょっと遅すぎるんじゃないかしら」
「……ちょっと寄り道しているだけよっ」
「おかしいわね。ずっと傍にいたい人を放っておいて寄り道だなんて。祐巳は大切な人をおろそかにするような子ではないけれど」
唇を噛みしめたサチコが憎悪のまなざしをぶつけてくる。
それでも私は言葉を止めない。
「そろそろ気付きなさい。あの子にはあの子の人生があるの。ずっと一緒にいるなんてできないのよ」
これはサチコへの言葉ではない。
本当は、私自身に向けた言葉だ。
祐巳への執着にまみれている自分にとどめを刺す為の。
「……嫌よ」
今にも消えさりそうな声がして、無意識にうつむいていた顔を上げる。
見るとサチコが目に大粒の涙を浮かべていた。
「私は祐巳と一緒にいるの……ずっと傍にいるの……。祐巳がいいの……祐巳じゃなきゃダメなの」
ぼたぼたと涙をこぼすサチコは本当の子どものようで。
さすがに胸がチクリと痛んだ。
「あなたは祐巳が好きなのね」
「好き……大好き。祐巳さえいれば、あとは何もいらない」
「そう」
胸の痛みが、じくじくとしたものに変わっていく。
内にあるためらいを振り払い、私は決定的な一言をサチコに投げつける。
「だからって、祐巳を籠の中に閉じ込めていいことにはならないわ」
「……え?」
「本当に好きなら、祐巳を自由にしてあげて。あの子はあなたのお人形じゃないのよ」
「私、祐巳をお人形だなんて思ってないわ。どうしてそんなこと言うの?」
「自覚がなくても、あなたがしているのはそういうことなのよ」
「……違う」
「いいえ。違わないわ」
「違う! あんたなんか嫌いよっ! あっち行って!」
「行けたらそうするのだけれど」
ため息混じりにつぶやいた私を置いて、サチコは泣きながら走り去っていった。
透明な壁に背を預け、そのままずるずると座り込む。
気持ちと同じように身体も重い。
ふと気付けば背後の景色が動いていた。
サチコが起きたのだろう。
立ち上がる気にはなれず、私は座り込んだまま外の様子をぼんやりと眺めていた。
「ゆみ……ぐずっ……どこにいっちゃったの……ゆみぃ……」
せわしなく動く景色と共にサチコの泣き声が聞こえる。
祐巳を求めてさ迷い歩くサチコは、知らない街で親とはぐれた子どものようだった。
「ここは小笠原祥子の家だっていうのにね」
やがてサチコは客間で膝を抱えて座り込んだ。
声を上げて泣いているのは祐巳が見つからないからか、それともさっきの私の言葉のせいだろうか。
「お嬢さま! こちらにいらしたんですか」
古参の使用人が声をかけてもサチコはずっと泣きつづけている。
賢明な彼はすぐに母と祐巳を連れてきてくれた。
「わああぁん! ゆみ……ゆみぃ!」
「お姉さま大丈夫です。もう大丈夫ですからね」
しがみつくサチコを抱き返し、優しい声で落ち着かせようとしている祐巳。
そんな祐巳の胸の中でサチコは泣き叫んでいる。
1ミリだって離れたくないと言わんばかりに強くしがみついて。
「お、おきたら……っく……ゆみいなくて……うわぁあん!」
「ごめんなさい。ごめんなさいお姉さま」
「いかないで! どこにも……どこにもいかないでっ!」
「ごめんなさい。もう二度と不安にさせたりしませんから。ずっとお姉さまのお傍にいますから。だから泣かないでください」
「うぅ……ゆみ……ゆみ」
「大丈夫です。私はずっとお姉さまと一緒にいますから」
祐巳の声を遠くに聞きながら、私は少しだけ泣いた――。