【3849】 深呼吸をひとつして珍しく真剣な祐巳ウェイクアップ  (るーくん 2015-04-03 23:09:25)


エイプリルフールネタで、なんとか間に合いました。
ほのぼのとした感じのおはなしになってれば僥倖です。

余談ではありますが『マリア様がみてる 卒業イベント』に参加しました。
人生で最大級に「出てよかった」と心から思える時間でした。是非映像化してもらいたいものです。

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「嘘をつきたい?」
「はい、お姉さま」

 朝、登校するさいに祥子さまとばったり会い、何時ものようにタイを直してもらった後に、ゆっくりと歩きながら祥子さまとお話していた。
 私、福沢祐巳はちょっとした相談をお姉さまに持ちかけていた。

「今日ってエイプリルフールじゃないですか」
「えぇ、それで嘘をつきたいってことね……でも、つきたいのならつけばいいのではなくて?そういう日なのだから」

 普段は嘘をついたり、筋の通っていないことが大嫌いな祥子さまではあるけれど、最初からエイプリルフールと知っているのであればお怒りにはならない筈。

「そうなんですけれど……お姉さまは私が嘘をついてもバレないと思いますか?」
「……そういうこと」

 祐巳のその言葉を受けて祥子さまも得心がいった模様。そうしてクスリと口元に小さな笑みを浮かべる。お姉さまと姉妹になって結構経つのだけど、こういった何気ない仕草に慣れる事はなく何度だって見惚れてしまう。

「祐巳の嘘のつけない素直なところは好きだけれど、エイプリルフールには向いていないわね」

 つまりは、祐巳がエイプリルフールに乗じて嘘をついたとしても百面相の所為ですぐに嘘だとバレてしまう。
 下手すれば嘘をつく前段階の表情でばれるかもしれない……いや、きっとばれる。

『祐巳さん、嘘つこうとしてるでしょ?』

 なんて、表情だけで祐巳の事を察した親友が嘘をつく前に看破してしまう場面が目に浮かぶ。嘘をついて驚かせる側の祐巳がこうじゃ、なんだか負けた気分になって悔しいではないか。

「嘘が上手くなりたいとはいいません。でも、一年に一回くらいはポーカーフェイスで皆を驚かせてみたいじゃないですか」
「そうねぇ……あっ」

 祥子さまは何か良い案を思いついた模様で鞄からごそごそと何かを取り出した。

「……これは?」

 祥子さまが取り出したのは、なんの変哲もないカプセル型の錠剤。

「これは、表情の変化を操りやすくする小笠原謹製の薬なの。よかったら使いなさい」
「……えっと、なんでこんな薬を持っているのですか?」

 余りにも唐突だったし、そもそも表情を操る薬ってなんなのか、怪しさ満点である。親愛なるお姉さまの事を疑うわけではないが怪しすぎる。祥子さまが出したものとはいえ、何の躊躇いもなく飲むのは憚られる。仮にも薬だし。

「副作用とか……」
「小笠原の力を嘗めないで頂戴」
「法律とか……」
「小笠原の力を嘗めないで頂戴」
「なぜ持ち歩いているのですか?」
「小笠原の力を嘗めないで頂戴」

 さすがは小笠原グループ。これ以上突っ込むと何か怖いものを見そうなので本能に従って祐巳はブレーキをかける。
 祥子さまが祐巳の害になるような薬を飲ませるわけがないだろうし、なにより「いらないのかしら?」と表情で物語る祥子さまを見ているとこの行動が善意から来ていることが妹の祐巳にはわかる。

「お言葉に甘えて……えい!」

 なるようになれ!と意気込んで錠剤を受け取り口の中に放り込んで、自前の水と勇気を持って胃の中に流し込む。

「ふぅ……」

 そして一息。

「即効性だからすぐに効果は出るはずよ」
「はぁ……」

 とは言われたものの何か変化が起こったような感じは僅かたりともしない。逆に飲んですぐに身体に変化が出たりしたらそれはそれで怖いのだけれど。

「多分だけれどもう効いている筈だから、試しに私にわかりやすい嘘をついてみなさい」

 半信半疑だけれど、そうと決まれば嘘をついてみよう。それもとびっきりわかりやすいものを。

「お姉さまなんて大嫌いです」

 天地がひっくり返ろうと祐巳が思わないであろうことをエイプリルフールにのせて言ってみた。多分、いつも通りなら表情を隠しきれないで嘘をついてもすぐバレてしまう。

「くぅ……!」
「お姉さま!」

 祥子さまは顔面を蒼白にしてその場にふらりと倒れこむ。倒れ方さえも上品。いや、今はそんな事思っている場合じゃない。

「……ふ、ふぅ。ゆ、ゆゆゆ祐巳。一応、わかってはいるけれど、念のため、本当にわかってるのよ?勿論当然わかっていて聞くけれど今のはその、嘘、よね?」

 何を当然の事をと思いながらも祐巳はこくりと頷く。祐巳が祥子さまの事を嫌いになるわけがないってことは祥子さまだってわかっているはず。

「そう……祐巳、薬の効果は完璧よ」
「へ?」
「祐巳が私の事を嘘で嫌いって言った時の表情、心から私の事を侮蔑しているかのようにすら見えたわ。嘘だって事前に宣言されていてもショックで気を失いそうになったわよ」

 『嘘で』の部分がかなり強調されたような気がするけれどたいしたことではないでそのまま進んでいく。

「つまり、百面相じゃなくなったって事ですか?」
「……いいえ、むしろもっと性質が悪いわ。嫌いといえば真偽がどうであれ、その言葉通りに嫌そうな表情をするのよ」

 薬のお陰というべきなのか、勝手にころころと変わる百面相が、祐巳の変えたい通りに変わる百面相へと変わったということか。百面相には違いないが無意識なのか意識的なのかが違うだけで効果は180度変わる。

「やった!お姉さまありがとうございます!これで皆の事をぎゃふんと言わせて見せます!」
「え、えぇ。ただし、あまり後を引くような嘘をつかないようにね。薬を飲んでいるとわかっていたから大丈夫だったけれど、いきなりそんな嫌悪の表情で嫌いなんて言われたら私は立ち直れなくなってしまっていたわ」

 嫌悪の表情って……そこまで祐巳の逆百面相がすごかったということか。小笠原の力恐るべし。
 そうと決まれば嘘をつくぞー!と意気込んで祥子さまと別れる。……と、その前に

「私はお姉さまの事が大好きです!これは正真正銘、マリア様に誓っての真実です!」

 嘘でも嫌いだと言ったことを最後に別れるのがイヤだから素直な気持ちを伝えて、頭をぺこりと下げてそそくさとその場を去る。後ろから「まったく祐巳ったら……」なんて祥子さまの声が聞こえる。目に見えないけれど祥子さまの表情が浮かぶ。

 とりあえずは教室に行こう、そんでもって親友達に祐巳の恐ろしさというものを教えてやるのだ。

「ふふふふふ……」

 後になって思い返してみれば、どうしてこの時、これほど嘘をつくことに燃えていたのかがまったくもってわからない。
 そして、これが後に薬の副作用よりももっとスゴイ事を起こす切欠となることなんて当時の祐巳には思いもよらなかった。










「ごきげんよう、由乃さん」
「ごきげんよー祐巳さん」

 朝、教室につくと由乃さんがいたのでいつも通りに挨拶する。嘘をつく気が満々なのではあるけれど表情には一切出ていないようで由乃さんは全く気付く様子がない。
 さて、どんな嘘をつこうかしら。
 祥子さまに言われたように、あまり嫌な気持ちになる嘘はつかないように……だけれどもインパクトが欠けないほうがいい。

 よし、決めた。

「由乃さん」

 祐巳はできるだけ真剣な顔をして小声で親友の名を呼ぶ。

「……なにかしら」

 祐巳の真剣な表情を察したのか、気の抜けた由乃さんの表情が引き締まる。なんだか少しだけ心は痛むけれど、暖まったエンジンは止められない。今日の祐巳はフルスロットルでイケイケ青信号なんだ。

「こんなところで言うようなことじゃないんだけどね。もうこの気持ちを抑えることができないの……」

 できるだけ真剣に。そう、この間読んだ少女マンガのヒロインのような恥ずかしさと本気が入り混じって僅かに照れた表情で……

「好き」
「え……」

 ごくり。由乃さんの生唾を飲む音が祐巳には聞こえた。

「ううん、好きなんてものじゃない……愛してる」

 目を見開いて、一分くらいフリーズした後に茹蛸のように耳まで真っ赤になっている由乃さん。言っているこっちまで恥ずかしくなって、なんだか変な表情してしまいそうなモノだけれど流石は小笠原謹製の薬。祐巳の表情は一転の曇りもなく真っ直ぐ。

(大成功!)

 なんて思って、そろそろエイプリルフールっていうことをネタバラシしよう。

「はーい、それでは席についてください」

 と、思ったのだけれど。タイミングの悪いことに先生が来てしまってネタバラシをすることができなかった。
 あの由乃さんが顔を真っ赤にして照れたということは、少なくとも祐巳の嘘が通用したのがわかる。わかるのだけれど、すぐにネタバラシをできなかったのはちょっと不味いかも。ネタバラシした後に、ぷりぷりと怒る由乃さんがなんとなく想像できてしまう。





 休憩時間にでもネタバレをしよう。

「由乃さーん!」
「えっ、あの、また後でね……!」

 ……なんて思っていたのだけれど、休憩時間になる度になんだか顔を赤くしながらはぐらかされてどこかへとそそくさと行ってしまう。どこからどうみても避けられているとしか思えなかった。
 授業中にはちらちらとこちらを見てくるのだけれど目が合うと顔を赤くしてすぐに逸らされてしまう。でも、そんな由乃さんはなんだか可愛かった。

 そうやって逃げられている内に昼休憩になってしまった。早くネタバレをしたいのだけれど昼休憩も気が付くと由乃さんは居なくなっていた。
 そんなわけでお弁当をパパッと食べた後、由乃さんを探して校舎を練り歩いていた。

「はぁ……由乃さん、どこに行ったんだろう」

 由乃さんが行きそうなところはを色々と巡ってみたのだけれど結局どこにも居なかった。
 もうすぐ授業も始まるし教室に戻ろうとした時に

「あら、祐巳さん。ごきげんよう」
「ごきげんよう、志摩子さん」

 教科書を持っている志摩子さんと遭遇した。多分移動教室か何かだろう。

 ……きっと、この時の祐巳は何か春の陽気かクスリの影響でどうにかしていたのだろう。
 のほほんとしている志摩子さんを見ていると、ムクムクと祐巳の中のイタズラ心が膨れ上がってきた。

「ねぇ、志摩子さんちょっと時間あるかな?」

 いつも以上に真剣な顔をして志摩子さんに話しかける。志摩子さんも祐巳の逆百面相に騙されて真剣な表情でこちらを見据える。普段ぽやぽやしてる分、志摩子さんの真剣な表情にドキドキしてしまう。美人過ぎて直視するだけで表情が緩みそう。

「……えぇ、少しだけなら」

 そう言って、すぐ近くの講堂裏へと志摩子さんを連れる。

「志摩子さん……一度だけ言うから聞き逃さないでね」

 ゆっくりと深呼吸を繰り返す。志摩子さんはそんな祐巳を急かすでもなく真っ直ぐと祐巳の事を見て待ってくれている。

 ……今の祐巳はハリウッド女優だ。妹の瞳子にだって負けない大女優なのだ。
 想像するのはこの間暇してた乃梨子ちゃんと見に行った恋愛映画のヒロイン。そのヒロインになりきるのだ福沢祐巳。

「志摩子さん、福沢祐巳は世界で一番貴女の事が……大好きです」

 しん、と全ての音が静まり見計らったかのように一陣の風が2人の髪を揺らして去っていく。
 エイプリルなドッキリとは言え、流石の祐巳も恥ずかしい。なんていうか、いつの間にか嘘をつくことから驚かすことに趣旨が変わっているけれども無問題だ。

「……嬉しい」

 そう言って、満面の笑みを浮かべる志摩子さんに驚いたのは祐巳のほうだった。
 頬を少しばかり赤く染めこちらを見据えて微笑む志摩子さんはまるで絵画のように綺麗だった。

「嬉しいわ、祐巳さん。嬉しいの」

 目にはじんわりと涙が浮かんでいて、拭う志摩子さんに祐巳は大いに動揺した。
 不快感や嫌悪からの涙ではないとわかってはいるけれど、親友の志摩子さんを泣かせてしまった。普段の祐巳ならオロオロと動揺してこの段階でバレてしまっていたはずだ。しかし、幸か不幸か薬の影響で祐巳は真剣な表情をしたまま。

「私も、祐巳さんの事大好きよ」
(あ、嬉しい……)

 そんな純粋な志摩子さんの言葉を受けて祐巳は素直に心を暖かくした。なんていうかこのまま志摩子さんルートでもいい気がしてきた。
 ……いやいやいやいや、一体何を考えているんだ。もうちょっと冷静になるんだ福沢祐巳。

 不味い。きっとこのまま行けば祐巳の人生は大きく方向転換を迎えることになる。とりあえず事が大きくなる前にネタバラシをしないと。

「志摩子さん、あのね……」

 キーンコーンカーンコーン。
 なんと間の悪いことだろうか予鈴が祐巳の言葉に重なるように入ってきた。

「……ふふ、続きは放課後にでもお話しましょう。授業に遅れてしまうわ」

 ごきげんよう、そう言って志摩子さんは移動教室へと向かっていく。表情はこれ以上ないくらい幸せそうで、心なしか足取りは軽やかだった。






「祐巳さん!先に薔薇の館に行ってるわね!」

 顔を真っ赤にした由乃さんがそれだけを伝えるとバタバタとスカートのプリーツを乱しながら勢いよく教室から出て行ってしまった。
 薔薇の館なら由乃さんと志摩子さんに会えるだろうし、そこでネタバラシをしよう。怒られるかもしれないが誠心誠意謝ろう。

「よし、そうと決まれば薔薇の館へいざ出陣」

 思い返してみると嘘をついたという罪悪感が沸いてくる。やっぱり祐巳は嘘をつくのが本質的に苦手なのだと自覚する。

 薔薇の館の前に立ち、深呼吸をしてドアを開ける。こんなに緊張して薔薇の館へ入るのなんて何時振りだろうか。尤も緊張のベクトルが明後日の方向を向いているのだけれど。
 がちゃりとドアを開け、ぎしぎしと悲鳴を上げる階段をゆっくりと登りきる。
 ビスケット扉の前で立ち止まり深呼吸を一つ。
 よし。

「ごきげんよう」
「「ごきげんよう、祐巳さん」」

 ドアをくぐると、そこにいたのは志摩子さんと由乃さんの2人だけだった。見事に示し合わせたかのように。
 その2人の表情は対照的で、志摩子さんは妙に落ち着いている満面の笑み。由乃さんはなんだかそわそわして落ち着きがない。

「さっき乃梨子と瞳子ちゃんが来て、急用が入ったから今日は出られないって言って帰ってしまったわ。菜々ちゃんにも伝えてあるから今日は部活よ」

 そうか、他には誰も来ないのか。

「なら丁度よかった。私、2人に謝らなきゃいけないことがあるの」





「つまり、私に愛してるって言ったのはウソだったって訳ね」

 祐巳は意を決して、2人に言ったことは驚かせようとしただけであることと、小笠原の薬の力を借りたことを洗いざらい正直に話した。

「そう……なのね」

 由乃さんの顔が徐々に赤みを帯びていく。その赤みはさっきまでの赤らみとは違うのが祐巳にはわかる。言うなれば噴火の前段階だ。
 志摩子さんはうつむいて暗い表情でなにも言わずに黙り込んでいる。

「本当にごめんね。ただ驚かせたかっただけなの。私の勝手なイタズラで振り回しちゃってごめんなさい」

 頭を下げてできるだけの心をこめて謝る。こんなくだらないことで親友との間に溝が出きるのなんて冗談じゃない。

「はぁ……もう、わかったから頭を上げてよ。エイプリルフールのお茶目なイタズラなんでしょ」

 祐巳の謝罪に毒気が抜けたのか、溜め息と共に紅茶を飲む由乃さん。

「でも、あんなに真剣な顔で言われたら動揺するわよ……驚かすためとはいえ好きって言われたのは嬉しかったしね、うん。その代わり今後一週間の紅茶は祐巳さんの担当ね」

 由乃さんはなんだかんだ許してくれたようだ。親友の寛大さに今はただ感謝するばかりである。その代わり、一週間のお茶係りの任を命じられたけれどお安いものだ。

「私からもお願いするわ。志摩子さん、祐巳さんの事を許してあげて」

 志摩子さんは下を向いたまま祐巳のほうを見てくれない。いつもの明るい志摩子さんを知っているから、どうしようもない罪悪感でいっぱいになる。

「ううん、怒っているわけではないの……」

 ようやく祐巳の顔を見てくれた志摩子さん。想像してたような暗い表情ではなく、その目には迷いを振り切った真っ直ぐさが凛然と灯っていた。

「そう、ね。これは良い切欠よね」
「志摩子さん、どうしたの……?」

 すくっと立ち上がり祐巳のほうへとゆっくりと歩み寄る志摩子さん。何故だかその志摩子さんに祐巳も由乃さんも目を奪われた。見慣れているはず親友なのに見に纏う雰囲気がどうしようもないほど蠱惑的だった。
 祐巳の前に立ち止まり、両の手の平で祐巳の両手をふわりと包み込む。

「祐巳さん、藤堂志摩子は世界で一番貴女の事が……大好きです」

 カチリカチリカチリ。
 時計の音だけが薔薇の館に響く。

「え、えっと……」

 その言葉の意味を祐巳が理解するとカァっと顔に血が集まっていくのを感じる。ぐるぐると志摩子さんの声の『大好き』が祐巳の中を回り続けて心を乱す。
 志摩子さんのその言葉は薬の効果すら吹き飛ばしてしまう力があった。

「その、これって……」

 由乃さんも驚きすぎて、口をポカーンと開けて固まっている。淑女にあるまじき表情だ。

「ウソじゃないわよ」

 祐巳への仕返しかと考えたのだけれど、百面相で言いたい事を察したのか先回りされる。もう薬の効果はかけらも残ってなかった。

「冗談でもなんでもなく私は祐巳さんが一人の女の子として好き。ただ、この事を言う気はなかったの」

 そう言って微笑む志摩子さん。その表情は昼休みに見た幸せが滲みでているとても綺麗な表情だった。

「今の距離感で満足していたから……でもね、祐巳さんが好きだって言ってくれた時、私、紛れもなく世界で一番の幸せモノだったのよ?」
「うん」

 志摩子さんの声のトーンは柔らかいけれど、誰よりも真摯で、それを聴く祐巳だって誰よりも真摯になってしまう。

「だからウソだって言われた時はショックだった」
「……うん」

 そんなに志摩子さんが祐巳の事を思っていてくれたなんて不謹慎なのだけれど嬉しかった。

「一度こんな幸せを知ってしまったら前までの距離なんかじゃ満足できないわ」

 一旦言葉を止める志摩子さん。すぅっと深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐く。そんな志摩子さんはこれまでで一番綺麗だった。

「だから祐巳さん、私と結婚してください」
「ちょーっと待ったー!」

 音を立てて椅子から立ち上がり、ダムダムと床を鳴らしながら祐巳と志摩子さんに詰め寄る由乃さん。
 いつの間にか由乃さんの事をサッパリキッパリ忘れてしまっていた。志摩子さんの話を聞いているうちに周りが見えなくなってしまっていたようだ。

「私を置いて二人だけの世界に入らないで頂戴!それと、志摩子さん」
「なにかしら?」
「どうしていきなり結婚なのよ!段階すっ飛ばしすぎよ!」

 確かにご尤もなのだけれど、そんなちょっとしたおかしささえ吹き飛ばすほどに志摩子さんの告白は衝撃的でなんだかロマンティックだった。

「そう、ね。祐巳さん」
「ひゃ、ひゃい!」

 ふわりとこちらへと視線を向ける志摩子さん。志摩子さんを意識しすぎて一挙手一動に目を奪われる。

「私と結婚を前提にお付き合いしてください」
「ぇと、その……」
「そうじゃなくて……あぁ!もういいわ!」

 志摩子さんの改まったプロポーズ?に『はい』と答えてしまいそうなところにまたしても由乃さんが割り込んでくる。一体どうしたのだろうか。

「祐巳さん、こっち向いて」

 肩をぐっと掴まれて、由乃さんと向き合う。由乃さんの目は少し潤んでいて、耳まで真っ赤にしていて、祐巳の肩を掴む手は僅かにだけれど震えていた。

「わ、私は祐巳さんの事を……愛しています」

 カチリカチリカチリカチリ。
 時計の音だけが薔薇の館に響く。

 その言葉が祐巳の頭に届くと、祐巳の思考回路は熱を上げて、身体もどういうわけか火照ってアツくなる。由乃さんは祐巳の目を見つめたまま動かない。顔を真っ赤にして力強く祐巳を見てくれている。多分、今の祐巳も同じくらい顔を赤くしていることだろう。

「勿論、ウソじゃないわ。本気の本気よ」

 由乃さんも同じようにウソではないと釘を刺してきた。自分でも把握しきれないくらいの恥ずかしさと照れが祐巳を覆うけれど、それと同じ重さを持った嬉しさが祐巳を包む。
 由乃さんの一点の曇りもない瞳を見ていると、誤魔化したりはぐらかしたりしようなんて一片も思えなかった。


 でもどうすればいいのだろう。
 祐巳は由乃さんも志摩子さんも大好きだ。それこそ親友だと思っている。それどころか親友という枠を越えている位には2人の事を想っている自負はある。だから、好きだと伝えてくれたのは尋常じゃなく嬉しい。

 だからこそ、祐巳にはどうすればいいのかがわからなかった。
 勇気を出して気持ちを伝えてくれた2人にどう応えれば良いのかわからない。どちらかの想いに応えれば、もう一人の想いを切り捨てることになってしまう。切り捨てることになっても祐巳が好きな方の想いに応えるのが誠意なのだろうけれど、祐巳には志摩子さんと由乃さんの2人を天秤に乗せて量ることなんてできなかった。いや、量ってもどちらにも傾くことなく同じくらいに好きなのだ。

「ふふ……」

 祐巳が百面相をして悩んでいると、くすくすと笑う声が聞こえてきた。

「やっぱり祐巳さんはこうでなくちゃね、志摩子さん」
「えぇ、真剣な祐巳さんも格好良かったけれど、表情豊かな祐巳さんのほうが私は好きよ」

 私を見てクスクスと笑う二人を見て『もしかして……』という想いが鎌首をもたげる。

「2人とも、私をからかったの?」
「「違うわよ」」

 もしかして……という思いは一瞬にして全否定されてしまった。2人が協力して祐巳に仕返しをしたのかと思ったけれど、そうではなくて純粋に祐巳の百面相を見て笑っているだけのよう。

「そんなに悩まなくたって、祐巳さんは別に何もしないでいいわ」
「そうそう、祐巳さんは祐巳さんのままで居てくれるだけでいいの」

 祐巳のままでいてくれって言われたってどうすればいいものか困る。2人が気持ちを伝えてくれたのに、祐巳はなぁなぁでハッキリさせないままだなんて。
 そんな祐巳を見ていて、由乃さんは良いことを思いついたらしくわざとらしく手のひらを握りこぶしでポンと叩く。

「祐巳さんが私と志摩子さんを選ぶ!って考えているから悩むのよ」

 志摩子さんもその言葉で由乃さんの言いたいことを把握したらしくうんうんと頷いている。祐巳だけはなんのこっちゃとわからないまま。

「だからね、発想を逆転しちゃえばいいの」

 パチンッと指を鳴らし祐巳を見据える由乃さん。さながら推理小説の主人公みたいだ。

「祐巳さんが私達2人に選ばれたって考えればいいのよ」

 いいのよ!って言われたって……祐巳には何がなんだかサッパリだった。

「つまり祐巳さんは、私と志摩子さんのお嫁さんってわけ」

 と、締めくくって見事なまでのしたり顔。
 木魚の音が数回祐巳の頭のなかで響いた後、由乃さんの言葉の意味を飲み込んだと同時に鐘の音が鳴り響く。ちーん。

「え、ええええええええええぇ!?」

「そうね、それがいいわ」

 祐巳が混乱しているのを尻目に志摩子さんも納得して両の手のひらをパチンと合わせて笑っている。いや、それでいいわけがない。というかなんというぶっとんだ理論なんだ。

「いや、だって!」

 何か聞かなきゃいけないと思うけれど、由乃さんの投下した爆弾によって祐巳の心は混乱を極めていてしっかりとした言葉にならなかった。
 そんな祐巳を見て志摩子さんと由乃さんは互いに視線をやり取りして、目と目で何か伝え合っていた。

「祐巳さんは私と由乃さんの事、好き?それとも嫌い?」
「嫌いだったら嫌いって言って頂戴。この話はなかったことにするから」

 ずるい。
 なんというずるさなのだろうか。そんな風に聞かれたら答えなんて実質一択じゃないか。

「……好きに決まってるじゃない」

 せめてもの抵抗と、若干すね気味に言ってみる。

「よし!じゃあ祐巳さんは私達のお嫁さんね」
「それをいうならフィアンセではないのかしら?」

 だがしかし、そんな抵抗なんて親友2人の前では抵抗にすらなってなかった。

 イヤという感情が欠片も沸いてこなかった時点でこうなることは決定していたのかもしれない。なんだかんだ祐巳もこれでいいかなって思っているのだ。

「2人とも、私を幸せにしてくれる?」

 こうなった祐巳に出きるのは、精一杯2人のお嫁さんになることだけだ。
 薬なんかを飲まなくてもわかる。
 きっと今の祐巳は親友2人に負けないくらいに飛び切りの笑顔になっているに違いない。そして祐巳の笑顔に連鎖するように2人も笑顔で言ってくれるのだ。

「「マリア様に誓って」」








 誰も来ない静かな薔薇の館。
 そんなこんなで由乃さんと志摩子さんとの距離が劇的に変わって、どういうわけかお嫁さんになってしまっていた。

 何も喋らず祐巳を真ん中にして右手に志摩子さん、左に由乃さんの椅子を引っ付けて肩を並べて何をするでもなく時々紅茶を啜りながらボーっと過ごしていた。

 何もしていなくたって親友2人……この場合は旦那さん2人?
 どっちだっていいや。
 ともかく、大好きな2人が傍にいてくれるだけで祐巳は幸せだった。

「ねぇ……こういうの『災い転じて福となす』っていうのかな?」

 なんとなく頭に思い浮かんだ疑問を2人に投げかけてみる。

「間違ってはないと思うけど、この場合もっと正しいことわざがあるんじゃない?」
「えぇ、なんてったって今日はエイプリルフールですもの」

 そう、エイプリルフールのちょっとした冗談から始まったこの関係。
 それを言葉にするならこれ以上に的確な言葉はないはずだ。
 特に打ち合わせしたわけでもなく、三人で顔を見合わせて同時に口を開く。

『嘘から出た実』

 ってね。


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