作者:水『ファーストコンタクト【No:352】』の続きです
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その日も放課後は薔薇の館でのお仕事に。
普段なら乃梨子が、皆のお茶を入れるのだけど、やっぱりちっちゃいから。
今日も瞳子が乃梨子の代わりにと、お手伝いに来てくれていた。 なにかお返しが出来るといいんだけど。
そんな事を考えながら、乃梨子が電卓をペチペチ叩いている時、薔薇の館にお客様が見えた。
「ごきげんよう、みんな久しぶりね」
「お姉さま方! お揃いでどうされたのです?!」
美女が三人並んでいる。 確か、卒業された前薔薇さま方だったか。 あ、やっぱり。 佐藤性さまも居るし。
「あら祥子、ごあいさつね。 可愛い妹たちが心配でせっかく訪ねて来たのに。 帰ろうかしら」
「お姉さま……」
あの祥子さまの甘えた表情に、乃梨子は正直驚いて。 グシグシと目を擦った。
「お姉さま方。 あの、せっかくお見えになられたのですから、どうぞお入りになって下さい」
「あ、志摩子。 おひさ」
「令は? 居ないの?」
お三方はキョロキョロ見回す。
「あいにく今日は、令さまと由乃さんは部活なんです。 今お茶をお持ちしますから、こちらに座って待って――」
祐巳さまがお席へ案内するも、お三方は入り口から動かない。
「あの、どうかしたんですか?」
前薔薇さま方の視線の先。 それはまあ、当然……
「ねえ祐巳ちゃん? 何でちびっこがここに居て仕事をしているの……?」
前紅薔薇さまが、至極当然の質問をされる。
「あ、ちびのりこちゃんです」
「「「ちびのりこちゃん……」」」
三つの視線が痛い。
乃梨子はどうにも仕様が無く、ちびっこ用椅子からなんとか降りて、姿勢を正して。
「ごきげんよぅ、おねえしゃまがた。 こーとーぶいちねんの、にじょーのりこでしゅ」
ため息を隠してペコリと頭を下げてみたけど。
お三方の様子がおかしい。 なんかプルプルしていらっしゃる。
(こ、これはヤバい!)
身構えた次の瞬間。
「なっ、なんて可愛いのっ! お行儀も良いわ〜。 ねえ、あなたおいくつ? お家はどこ? 将来の夢はなあに?――」
「あなたやるわね。 その歳でもう高校生なんてなかなか無いわよ? もっと早ければ絶対妹にしたのに残念だわ……」
「乃梨子ちゃ〜ん! 乃梨子ちゃんだよね? いつからちっちゃく? それって何プレイ? 今からお姉さんと良い所に――」
「うぎゃ〜〜〜〜〜〜?!」
お三方に勢いよく抱きつかれ、頭を撫でられたり、高い高いされたり、ほっぺにキスされたりして。
乃梨子は泣きだして志摩子さんに保護されるまで、もみくちゃにされ続けた。
何とか騒ぎも収まって。
祥子さまたちが事情を説明したり、初対面の者同士が自己紹介したりの間に。
志摩子さんにあやされて、ようやく乃梨子が泣き止んだ頃。 鳥居江利子さまが言い出した。
「じゃあ、蓉子と聖で対決ね。 ちびのりこちゃん争奪手招き合戦〜〜! はい拍手〜!」
OGのお歴々のみ、盛んに拍手している。
「他のみんなも参加してもいいのよ? あ、志摩子はダメね、勝負にならないから」
言いながら江利子さまが乃梨子をひょいと持ち上げ、胸抱きにする。
「わっ、またでしゅかっ」
「大丈夫よ。 任せなさい、慣れてるから」
江利子さまは、ポンポンと乃梨子の背中を優しく叩きながら軽く揺らして。 あ、なんか気持ちいいな……。
「江利子はやんないの?」
「私は審判。 見てる方が面白いじゃない。 一応ちびっこは間に合っているし」
「そう。 それでルールは?」
「あ、まずはテーブルを寄せて場所を作って」
「オッケ〜」
お二方はいそいそと片付け始め、他のみんなも形だけは手伝っている。
そんな中で乃梨子は気持ちよくて、もう眠りそうだった。
「ところで、かったほうのしょーひんは?」
「ん? 別に。 残りの時間、乃梨子ちゃんと遊べるってだけ」
「そうでしゅか……」
そう聞いて乃梨子は一応ホッとしたけど。 置かれた状況にフッと笑う。
気持ち良くまどろんでいる所を起こされて不機嫌な中、壁際にポツンと立たされて。
対する向こうの壁際には二人。
「きゃ〜〜! ちびのりこちゃ〜ん、良い子ね〜〜、こっちよ〜〜」
水野蓉子さまが前屈みで手を叩いている。 乃梨子が聞いていたのと違い、どうも壊れ系のお方のよう。
「乃梨子ちゃん。 お姉さんは信じているからねっ」
こちらは佐藤性さま。 芝居がかった風に、祈るように手を組んで瞳をキラキラさせてる。
「手段は無制限。 乃梨子ちゃんを呼び寄せた方が勝ちね。 あ、そこの線から出ちゃダメよ」
鳥居江利子さまは窓辺に並べた椅子にくつろいで、茶なんぞ飲んでて。 あんた審判じゃ無かったんかい。
他のみんなも、のんきにそれに倣って。
志摩子さんまでが、ニコニコ笑っている。 楽しく遊んで貰ってるように見えるんだろうか。
「わたしはやるってゆってないよ……」
外見はちびっこだけど、乃梨子は高校一年生で。 この歳で『あんよは上手♪』なんてやられて面白いわけが無く。
しかも、前薔薇さま方もちゃんと説明聴いて解った上でやっているから、なお始末が悪い。
乃梨子は腹が立ってにらみつけるけど、向こうの紅白OGは心底楽しそうだ。 今度はお菓子まで手に持って、乃梨子を呼んでいる。
(帰ろうか……)
そう思った次の瞬間。
「薬師如来像」
乃梨子が思わず反応する単語に、ハッと声の出所を見る。
「……ようこしゃま?」
「薬師瑠璃光如来。 見たくない? 好きなんでしょう、そういうの。 家の菩提寺で、通常檀家の者だけ拝見できるそうなのだけど」
「み、み、みたいでしゅ……」
「あ〜っ、蓉子ズルイ。 そういうのもアリ?」
「聖は黙っていて。 それでね、ちびのりこちゃんに紹介状をあげようかなって。 なんでも古い物だけど、薬師三尊揃っているそうよ」
「きょ、きょうじ(脇侍)まで……」
プライドと天秤に掛けるまでも無く、乃梨子はフラフラと誘われていった。
(考えてみると蓉子様の所に行くだけなんだから、別に失うものなんて無いんだ)
なにか間違っているような気もするが、考えない。 蓉子さまが両手を広げて待ち構えている。
「さあいらっしゃい、ちびのりこちゃん」
「やくしにょらい……」
蓉子さまは、もう目の前。
「私と一緒におそとでおままごとして遊びましょうね♪」
「はっ!!」
その言葉に乃梨子は正気に戻って、慌てて後ろに下がった。 危ないところだった……
さすがに衆人環視でのおままごとは、値段が高すぎる気が。 間違いなく写真に撮られるし。 どうしよう。
「ああ、もうちょっとだったのに。 ちびのりこちゃん、見たくないの?」
「み、みたいでしゅけど……」
乃梨子が心底悩んでいると、今度は性さまが。
「蓉子は失敗か。 次は私の番だね。 ねえ乃梨子ちゃん、こっち来たら志摩子のスッゴイ写真あげるよ?」
「ななななんでしゅと〜〜!!」
写真を数枚ピッと出す様子に、乃梨子は躊躇わず動き出す。
「そうそう、早くおいでよ。 乃梨子ちゃんもきっと楽しいよ」
「しまこしゃんの……」
性さまは、もう目の前。
「私と一緒にイイコトしよう? おっきくなるように今のうちから私が――」
「ひゃぁぁっ?!」
瞬間、乃梨子は飛び退いた。 見ると性さまは両手をワキワキさせていて、背筋が寒くなる。 真剣に危なかった……
「聖、あなたロリコンも入っていたの?」
「違うけど、乃梨子ちゃんは可愛いから特別」
からかっているのか、本気なのか、表情からは窺い知れない。
(冗談だとは思うけど、万が一ホンキだったら…… でもどっちも欲しいし……)
何をどうしようかと、乃梨子が真剣に頭を抱えている所を、お二方がさらに畳み掛けてくる。
「ねえ、ちびのりこちゃん。 更に十二神将もつけるわよ、それでどう? その分お医者さんごっこが増えるけれど」
「ふぇ?」
「じゃあ私は志摩子のアブナイ写真を付けようっと。 こっちはサービスしとくよ?」
「あうぅ……」
(ああっ、どっちも絶対欲しいし、どっちも嫌だし、どっちかしか選べないし、な、何を如何すれば……)
乃梨子にとって、既に退路は断たれている。
「どちらを選ぶの?」
「ほらほら、乃梨子ちゃん」
「あ? あ? あ?――」
乃梨子は訳が判らなくなって、お二方の顔を交互に見ることしか出来ない。
困り果てた乃梨子は、助けが欲しくて他のみんなの方を振り向いたけれど。
何時の間にか来ていた黄薔薇姉妹も加わって、みんな何か書類仕事をしていた。
江利子さまも由乃さまにちょっかい掛けていて、こっちを見ていないし。
志摩子さんとは目が合ったけれど。
「乃梨子がお姉さま方と仲良くなれて、本当にホッとしたわ」
と、嬉しそうに微笑んでくれただけだった。
それから閉門時間まで、乃梨子は混乱の渦に巻き込まれて、すっかりくたびれたけれど。
帰り際にお宝はタダで貰えた。
気になる志摩子さんの写真は、『スッゴイ』アップの写真と『アブナイ』扇子で踊っている写真で、レア物だったけれど。
乃梨子はなんだか悲しかった。
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作者:水『ちびさちこイライラ職権濫用【No:362】』に続く