【450】 特別1日体験反抗期  (いぬいぬ 2005-08-30 13:03:10)


※このSSは、江利子が山辺氏の妻となってから数年後という設定でお送りします。


ある晴れた休日の山辺邸。江利子は夫となった山辺氏から相談を受けていた。
「最近、娘があまり素行の良くない友達と付き合っているらしいんだ」
「あら、最近帰りが遅いと思ったら・・・」
江利子は軽い口調で相槌を打つ。最近、娘がなんとなくよそよそしいのは気付いていたのだが、中学一年という年齢のせいだろうと思い放置していたのだが・・・
「やはり反抗期というやつなのかも知れない。私も友達は選ぶように言ってみたのだが・・・」
山辺氏は深刻な顔で俯いている。大事な一人娘だから無理も無い。
しかし、江利子は割りと楽観的だった。母になって数年、娘が基本的に父親譲りの真面目な性格である事は判っていたので、このまま非行に走るような事にはならないと信じていたから。
「そう心配しなくても、あの年頃にはありがちな事なんだから大丈夫よ」
「しかし・・・悪い男に騙されでもしたら・・・」
「娘が信用できない?」
「そうじゃないんだが・・・」
江利子はまだランドセルを背負っても違和感の無さそうな娘の顔と小柄な体を思い浮かべ、悪い男もまだ興味を示さないんじゃないだろうかと思ったが、山辺氏の不安げな顔を見て少し思い直す。
「判ったわ。私がなんとかしましょう、明日にでも」
「君が?」
「ええ、まかせてちょうだい」
そう言って微笑む江利子の顔を見て、山辺氏はまだ数年とは言え夫婦として暮してきた経験から江利子が何やら企んでいるのに気付き、早くも相談した事を後悔し始めていた。
「あの・・・あまり手荒な事は・・・・・・」
「いいからまかせてってば!」
やたらと張り切っている江利子を見て、山辺氏は江利子がこうなったら誰にも止められない事にも気付いてしまった。
(・・・もしかして相談する相手を間違えたのか?)
もしかしなくてもそうだった。
隣りで微笑む江利子を見ながら、山辺氏は「すまん、父さんには止められそうも無い。なんとか一人で乗り切ってくれ」と、心の中で娘に詫びていた。




放課後の中学校の校舎というのは、意外に活気にあふれているものである。ただしそれは部活動などを行っている場所に限った話で、少し裏に回れば人気の無い場所も存在している。
そして、江利子達の娘はそんな場所に佇んでいた。山辺氏の言う「悪い友達」を待っているのかも知れない。
「まあ、ずいぶんと寂しい所にいるのね」
唐突に声をかけられ、娘はビクっと身をすくめた。
「・・・・・・何しに来たのよ」
しかし、相手が江利子だと気付き冷静さを取り戻す。江利子が突拍子も無い行動に出るのは今に始まった話ではかったから。
「あら、やっぱり反抗期なのかしら」
そう言ってくる江利子を無視して、娘は江利子に背を向ける。
「これから悪いお友達と若さにまかせた暴走でもするのかしら?」
「“悪い友達”なんて一括りにしないで!みんなちゃんとした名前があるんだから!」
「そうね、みんなそれぞれ違う人間だものね。でも、紹介してくれなきゃ判らないじゃない?いつ紹介してくれるの?」
「紹介したって・・・大人はみんな私の友達の事なんか理解してくれないわ。だいたい友達と遊ぶのに親なんか連れてったら恥ずかしいわよ!」
「そんな事言わずに私も混ぜてよ〜。私、こんな性格だから明確な反抗期って無かったのよね。まあ、聖に言わせると“あんたは産まれた瞬間から死ぬまで反抗期”らしいけど、あいつに言われたくないわよね」
なんだか無理にでも自分の友達に混ざろうとする江利子を置いて、娘は人気の無い方へと歩き始めた。親と一緒にいる所を友達に見られるのが、なんとなく恥ずかしかったから。
「ねえ、今日は何して遊ぶの?やっぱりシンナー片手にヤンキーの群れにケンカ売ったりするの?」
なんだかヤケに乗り気な様子でやたらと凶暴なイメージを夢想している江利子を無視して娘はズンズン歩いて行く。悔しいが口では勝てないと判っているからだ。
「いや、やっぱりこの辺から始めるのが王道かしらね」
そう言いながら、江利子は背後からバットを取り出した。
「え?」
娘があっけに取られていると、江利子はオモムロにバットをフルスイングした。
窓に向けて。

ガッシャァァァン!!

「な・・・何してんのよイキナリ!」
「いや〜、思ったより気分良いわね♪」
江利子は満足げな顔で呑気に感想をのべている。
「“気分良いわね♪”じゃないわよ!ガラス割れちゃったじゃない!」
「ついでだからもう一枚・・・」
「やめなさい!!」
もう一枚の窓に狙いを定める江利子からバットを取り上げ、娘は絶叫する。
「何考えてんのよ!てゆーか何でバットなんか持ち歩いてんのよ!!」
しかし、血管が切れそうなほど顔を紅潮させる娘を見て、江利子は困ったような顔になる。
「え〜?こういう事するんじゃないの?反抗期って」
「しないわよ!なんでそんなバイオレンスな青春送んなきゃなんないのよ!」
『コラーッ!!誰だガラス割ったのはー!!』
遠くから響いてきた男性教師の声に、娘は一瞬で顔色を赤から青へと変えた。
「うわ、どうしよ、どうすれば・・・ちょっと?!」
オロオロする娘を置き去りに、江利子はもうすでに10mほど逃げ出していた。全力で。
このままではバットを握り締めて立ちすくんでいる自分のせいにされてしまうと思い、娘も慌てて江利子の後を追った。
「ちょっと!・・・どうすんのよ窓!」
「若さ・・・ゆえの・・・あやまちって言えば・・・笑って許して・・・」
「くれる訳ないでしょ!!・・・だいたいお母さん・・・そんなに若くないじゃない!」
互いに全力で走りながらなので会話も途切れ途切れである。
窓を割った場所からかなり離れた所で、二人はスピードを落とした。すぐ傍に駐輪場があるので、どうやら校門の傍まで走って来てしまったようだ。
「・・・ふう・・・・・・失礼ね!お父さんは『君は学生の頃のまま美しいよ』って言ってくれるわよ!」
「うっわムカつく!ついでにノロケないでよ!実際三十近いくせに!」
「・・・お母さん喉渇いちゃった。自動販売機かなんか無いの?」
「ウッキ────!!都合が悪くなったからって話題変えないでよ!」
江利子はゴソゴソとポーチの中を漁っている。財布でも探しているのであろう。
「だいたい娘の学校の窓ガラスをバットで粉砕する母親がどこに・・・・・・何してんの?」
財布でも探していると思われた江利子が、ポーチの中からマイナスドライバーやニッパーといった工具を取り出し始めた。
「そんなモノ取り出して何・・・・・・ちょっと!!」
江利子は何気ない調子で傍に停めてあったバイクのキーシリンダーにマイナスドライバーを突き立てた。
「何してんのよ!それ先生のバイクよ?!」
「えっと・・・キーロックをねじり壊したらこの配線を・・・・・・」
江利子はヤケに手馴れた調子でキーシリンダーから伸びる配線をニッパーで切断している。
「ちょっと!シャレになんないわよ!」
また顔を赤くしだした娘の様子などお構いなしに、江利子は淡々と作業を進める。
「メインケーブルにスターター電源を・・・コレかな?」

キュルルルル・・・・・ブオン!

「かかった!」
ものの三分でバイクのエンジンを始動させた江利子は嬉しそうにバイクに跨る。
「うわぁぁぁ・・・・ど、どうすんのよ!これ立派な盗難じゃない!」
それに対し、江利子は平然とこう言った。
「だって、盗んだバイクで走り出すのって非行の王道じゃない?」
あまりの事に言葉を失う娘を尻目に、江利子はヘルメットホルダーもマイナスドライバーで破壊すると、掛けてあったヘルメットを娘に被らせアゴ紐を締めてやる。
「何?どうすんの・・・きゃあ!」
ヘルメットを着けた娘を無理矢理タンデムシートに横座りさせ、江利子はバイクを発進させた。初めて乗るバイクの加速に、娘は思わず江利子の腰にしがみついていた。
「そうそう、ちゃんとつかまってないと落ちるわよ?」
江利子自身は首に巻いていたスカーフを鼻まで上げ、簡単なマスクの代わりにしていた。
「とりあえず顔さえ見られなきゃ大丈夫よね?どお?このカッコ変じゃない?」
「なんかヤンキー漫画に出てくるレディースみたい・・・って違う!そういう問題じゃない!!とにかく降ろし・・・ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
笑顔で聞いてくる母親に娘は思わず突っこむが、江利子がさらにバイクを加速させたため、まともに喋れたのはそこまでだった。
バイクは校門を飛び出し、大通りの車の流れの中に強引に割り込んで行く。後ろから盛大なクラクションの歓迎を浴びながら、江利子は尚もバイクを加速させてゆく。片側二車線の道路を60km/hほどで走る車の群れの隙間を、強引なスラロームで切り裂くように追い越しながら駆け抜けて行った。娘は振り落とされないようにしがみついているのがやっとだった。
しばらく走ると車の列も途切れ、江利子はやっと真っ直ぐ走り始める。すると娘が息を吹き返し、また抗議を再開し出した。
「・・・なんて危ない運転するのよ!ホントに免許持ってんの?!」
「持ってないわよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・え?」
「バイクに乗ってる兄貴がいてね、広い空き地で貸してもらってるうちに乗り方覚えちゃった♪」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ところでブレーキってどれだか知らない?」
「降ろしてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
「やあねぇ、冗談よ」
娘の絶叫でドップラー効果を残しつつ、尚もバイクは走り続けた。





中学校から10kmほど離れた海岸に、江利子はバイクを停めて娘を降ろした。
娘はすっかりグロッキーで、先程から一言も喋らない。
「・・・だめよ赤は止まれよ。死ぬ。てゆーか死ぬ。ダンプはやめてダンプは。横に並んだダンプ二台の隙間に突っ込むのはホントにやめて・・・」
いや、何かうわ言を繰り返しているようだ。
江利子は娘の為に何処かから飲み物を買ってきた。
「ほら、飲めば少しは落ち着くわよ」
缶を差し出す江利子に娘は憎々しげな視線を送ったが、ニッコリと微笑み返されて反抗心を粉々に砕かれてしまった。
今更ながら、口で何を言ってもこたえるような母親ではないと思い出したのだ。
「今度は四輪にチャレンジしてみようかしら?」
「・・・・・・勘弁してよ、マジで」
本当に楽しそうな江利子の顔を見てしまい、娘は搾り出すように哀願する。
スピードの恐怖と破壊活動の緊張感から開放され、軽く頭痛のする頭を力無く振り、江利子から渡された缶ジュースを開けて一口飲む。
「・・・・・・・・・?何コレ?変な味」
「度数は3%と控えめなんだけど・・・」
「アルコールかよ!」
娘は力いっぱい缶を投げ捨てた。
「コレも非行の王道かと思ったんだけどねぇ。あなたにはコッチのブドウ味のほうが良いかしら?」
もはや性も根も尽き果てた娘は、黙って江利子の差し出す缶を受け取った。
(どうせ私はお酒よりジュースの似合う子供よ・・・今に見てなさい!絶対私が優位に立ってやるんだから!)
反抗期とは、自立するために自分より優れた存在である親を乗り越えようとする一面を持つと言う。若い彼女は認めようとはしないかも知れないが。
心の中でリベンジを誓う娘は、缶の中味をイッキに飲み干した。
「・・・・・・・・・?コレもなんか・・・」
喉の奥から何か熱いモノがこみ上げてきた。
「どうしたの?」
「コレ、ホントにブドウのジュース?」
「原料はブドウよ」
しれっと答える江利子の顔に嫌な予感を覚えた娘は缶のラベルを確認する。
『red wine』
またやられた。そう思ったときにはすでに視界が傾いてきていた。頭痛も酷くなってきた気がする。
薄れ行く意識の中、娘は「不良って言われる行動の行き着く先がこんなモノなら真面目に生きていこう」とあきらめと共に決意していた。
と言うか、この母親に勝つのはまだ無理だと悟っていた。







「はいコレ」
突然江利子に渡された紙切れに、娘は戸惑いの声をあげた。
「・・・何?コレ」
良く見てみると、何やら数字が書き込まれているようだ。
「ガラス一枚¥6495、キーシリンダー交換工賃込み¥12500・・・・・何?」
その他にも色々書き連ねてあり、合計で10万円近い金額が書き込まれている。
「アナタへの請求書」
「何で?!」
さらっととんでもない事を言い出した江利子に娘は納得が行かず、思わず叫んでいた。
「アナタのドロップアウトを防ぐ為にやったんだもの。その代価をアナタが払うのは当然でしょ?」
「あれはお母さんが勝手にやったんじゃない!」
「あの後大変だったのよ?全部弁償して、娘を非行の道から救うためとは言えスイマセンでしたって色々な所で頭を下げて・・・それに、あれからアナタのお友達、何人か補導されたそうじゃない」
「うっ!・・・」
そう、あの後、娘の友達は万引きや傷害などで何人か補導されていたのだ。結果的に江利子が娘を事前に救った形になる。
「それに、馬鹿な事をするとどういう末路が待っているかも勉強できたでしょう?」
それは身に染みて思い知っていた。江利子に騙されてワインを飲み干した後、色々な事をやらかした緊張感も手伝い、娘は二日間寝込んだ。その時、世間一般に非行と呼ばれる事をしても、ろくな結末が訪れないと理解した。
だから娘はあの後きっぱりと悪友達との縁を切ったのだ。
「何かを手に入れるなら、それには必ず代価が必要なのよ?反抗期を乗り越えて一歩大人に近付いたアナタなら判ってくれるわよね?」
そう言ってウインクしてくる江利子の笑顔を見て、娘は何を言おうがこの代金を払わされるであろうと判ってしまった。

娘は新たに決意する。もはや反抗期とかは関係無い、この母親を倒して乗り越えないと本当の意味での自立は勝ち取れないのだと。そして、そのためには真面目に勉強して実力を貯えていくしか道は無いと。


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