【No:436】 『月の光の下で眼鏡を取った蔦子さん』 (無印)、
【No:463】 『女心と秋の空すなわちそんな一日』 (黄薔薇革命)、
【No:471】 『気をつけて寒すぎる冬の一日は』 (いばらの森)、
【No:889】 『麗しき夢は覚め私に出来ること』 (ウァレンティーヌスの贈り物〔前編〕)、
と同じ世界観ですが、単独でもご賞味いただけます。
原作『マリア様がみてる --ロサ・カニーナ--』 を読了後、ご覧下さい。
◆◆◆
あなたの存在意義。
あなたにしかない魅力。
『魅力、って? 子だぬきみたいに愛嬌のある顔? それとも、生まれながらの天然ボケ?』
なんと微笑ましい返事だろう。
『そういう表面的なこと言ってるんじゃないんだけど』
あなたは気付いていない。 あなた自身の魅力にも、その魅力に気が付いた私たちの苦しい想いにも。
小笠原祥子さま、佐藤聖さま。 きっとまだ増えていくのだろう。 貴女の信奉者たちが。 紅色の薔薇の花の傍らに寄り添い、惜しみなく日照(ひ)を降り注がせる小さな太陽を見出して。
リリアンにはどちらかと言えば恵まれた少女たちが集う。 その中に漂って居れば、あなたは誰にも気が付かれる事無く卒業し、 やがて妻となり、母となり、祖母となって、穏やかに生涯を過ごしただろう。
それを私だけが写真に収めつづける。 素敵な未来はもう来ない。
「結局、自業自得なんだけど」
リリアンにも生息する、心に冷たい棘が刺さったまま、日常という試練と戦っている者にとって。 笑い、泣き、怒り、驚き、戯れる。 あなたの素直な感情は何と眩しい事だろう。
日常。 昨日と同じ今日。 今日と同じ明日。 何も変わらない焦燥。
心を鎧い、表情を創って日々をやり過ごすものにとって。 貴女の真っ直ぐな心根は何と妬ましい事だろう。
誘蛾灯に引かれる虫のようなものだ。
こんなにも眩しく、暖かく、愛しいものを見つけて。 無視することなんて出来ない。
あの、抜き身の日本刀のようにピリピリとしていた紅薔薇のつぼみが、わずか数ヶ月で見事な拵えの鞘に収まった刀となるとは。 『よい刀とは鞘に収まった刀の事だ』----誰の言葉だったか。
あの、なによりも自分自身を憎んでいるよな白薔薇さまが、あれほど真正面から自分の妹と向き合う時が来るとは。
手を貸したい。 守りたい。 庇いたい。
……閉じ込めたい。 私だけの福沢祐巳にしたい。
間違うな。 武嶋蔦子。 自分自身への誓いを思い出せ。
彼女の悩みも、悲しみも、苦しみも。 全て彼女だけのもの。
手を貸すのは良い。 相談に乗るのも良い。 慰めるのも良いだろう。
だが、見極めろ。 守りつづける事で彼女の心を鈍らせていないか?
庇いつづける事で彼女の靭よさを損なっていないか?
答えを出すのは、彼女自身でなくてはならない。
姉でもなく、妹でもない。 『単なるお友達』 たり続ける自分の在りようを見失うな。
彼女の健やかな成長を望む。
その思いの背中に寄り添うように、人は誰もが堕ちるものだという暗い笑みを浮かべた自分が居る。 彼女が歪むさまが見たい。 その時自分は何を思うだろう。 悦びか、諦念か。
恍惚と不安。 まるで2人の自分がタイトロープの上で剣の舞を踊っているようだ。
「私は私の誓いを違えない」 蔦子は全ての始まりのポートレートを額に押し当て呟いた。
「我が名は蔦子。 我は見守るもの。 我は愛しむもの」
自分自身の悪意と戦う少女を、マリア様がみていた。