【596】 ちびのりこのタルト  (春霞 2005-09-20 23:10:29)


いちごのたると。 くるみのたると。 りんごのたると〜♪ 
ちぇりーのたると。しょこらのたると。 らずべりーのたると〜♪ 

「まあ、乃梨子。 一体どうしたの?」 
 空の上からよく知った声が降ってくる。 のりこは、そこら中に林立しているたくさんの大きな足のうち、一番色白な一組に当たりを付けてぐいと体を反らして仰ぎ見た。 深い緑のプリーツが邪魔で顔が見えない。 だけれど、この声とほんわりした雰囲気。 大好きな志摩子さんに間違いない。 
「ごきげんよう。 お姉さま。」 のりこは精一杯大きな声で挨拶した。 
 するとその足の持ち主は、軽やかに裾を捌きながら乃梨子の眼前にしゃがみこむと、微笑んで言った。 
「ごきげんよう。乃梨子。 今日は随分と小さいのね。 どうしたの?」 
「よくわからないけれど、昨日の朝、目が覚めたらこうなってた。 」 
「まあ、そうなの。 とても可愛らしくて素敵だけれど、話がしにくいのが難ね。 ほら。」 
 志摩子さんは両手をそろえて、水を掬うように そうっと私の前に広げた。 
「あはっ 」 ぴんと来た。 以心伝心の姉妹って良いもんだなあ、と思いながらその手のひらの上にぴょいっと飛び乗り、ぺたんと座り込む。 
 志摩子さんは、揺らさないように そうっとそうっと私を持ち上げセーラカラーの上に載せてくれた。 それから、ゆっくりとした動きで立ち上がってくれる。 
「志摩子さんは、なにか小さい生き物を飼ったことがあるの? 」 
「まあ、なぜかしら。 」 
 丁度自分の身の丈ほどの、志摩子さんの横顔を見ながら話し掛ける。 今までよりも格段に会話がしやすいなあ。 
「昨日、菫子さんに、この持ち上げてくれる時の加減とかを解って貰うのに、随分苦労したもの。 ほら、菫子さんって、あの通り、いちいち動作がキビキビしてるから、何度振り落とされた事か。 」 
小さくなって体が軽くなったおかげで、大事には至らなかったけど。 もう、バンジージャンプ (命綱無し) を一生分味わったよ。 
「だから、志摩子さんの動き方とか、すごく楽で助かるの。 今も、殆んど肩を上下させずに歩いてくれているでしょう? だから、何か経験があるのかなって。 」 
「ああ、そういうことね。 動物は飼ったことが無いわね。 でも、乃梨子の事が大事だから、自然、気遣うとこんな風に動いてしまうのよ。 」 
 視界が広がって周りの様子が良く見えるようになると、随分たくさんの生徒がこっちを見ているのが解った。 
 うんうん。 私のお姉さまは素敵でしょう? 見とれるのも無理ないよ。 
「それで、その制服はどうしたの? 菫子小母さまの手かしら? 」 
「ううん、これは菫子さんのコレクションの人形の服だよ。 」 
「まあ、でもリリアンの制服そっくりよ、それ。 」 
「うん、なんでもリリアンのOGのみ購入できる 1/8 リリアン人形ってのが有るんだって。 各年度の山百合会の幹部がモデルだって話だよ。 私の服は2代くらい前のちょうど身長が同じ人のものを貰ったの。 」 
「ふふふ、ちょうど合うものが有ってよかったわ。 でないと、すっぽんぽんだったのね。 でも、そういうのもちょっと見てみたかったかも。 」 
「もー、お姉さまのエッチ。 」 
「あら、女の子同士なのだから、エッチというのとは違うと思うわ。 」 
「うー、口が巧いんだ。 」 


                    ◆◆◆


 白薔薇さまと、そのつぼみの心温まるじゃれあい。 ……のはずなんだけれど。 
 片方が身長20cmにも満たない状態で、もう一方の肩に座っているのに何故微笑ましく会話が続くのだろう。 
 世界が斜めになったような、微意妙な感覚を味わいながら、祐巳は今にも飛び掛りたくて仕方が無さそうな猫由乃さんの首根っこをひっ掴み、傍らの瞳子ちゃんに聞いてみた。 
「ねえ、瞳子ちゃんも、小さくなったら私の肩に乗ってくれる? 」 
 それまで、祥子様のようにハンカチを噛み締めながら嫉妬の混じった目で二人を凝視していた瞳子ちゃんは、こわれたレコードになってしまった。 
「にゃにゃにゃにゃ、、、」 
「ねこ? 」 
「にゃにをいきなりおっしゃいましゅきやー。」 
 まっかになってプンスカ腕を振り回す辺りが可愛いな。 やっぱり、乃梨子ちゃんより私の方を見て欲しいもんね。 だから意地悪。 
「そんな事より、問題は乃梨子さんでしょう。 紅薔薇さまらしくシッカリして下さい。 」 
「んー。 でもほら。 そこは白薔薇姉妹だし。 ああいうのも有りじゃない? 」 
「そんな、 黄薔薇さまはスイッチが入ってしまって使い物にならないのですから。 紅薔薇さまが何とかしないと。 乃梨子さんが…。 」 
「ふーん。乃梨子ちゃんがそんなに大事なんだ。 それで、肩に乗ってくれるの? くれないの? 」 
「の、ののの、乗りません。乗りませんったら乗りません!!! いい加減にして下さい紅薔薇さま!!! 」 
「紅薔薇さま、か。 瞳子はいつまで経っても 『お姉さま』 って呼んでくれないよね。 そんなに乃梨子ちゃんのほうが好いんだ。」 
「そ、そういう問題では有りません。 はぐらかさないで下さい。 今は非常事態なのですよ!! 」 
「いやあ。 アレを見る限り、放って置いても大丈夫だよ。 それより今は2人のことを話そうよ。」 
 ちらりと見遣ると、やっぱり甘々。 


                    ◆◆◆ 


「それでね、こうなっちゃってから菫子さんが妙に優しいんですよ。 今日も帰ったら手製のタルトを焼いてくれるんだって。 だから今、たるとの歌 (ちびのりこ作) を歌ってたんです。 お姉さまはタルト好きですか? 」 
「ご免なさい。 洋菓子はあまり食べないから、判らないの。 でも、『ちびのりこのたると』 なら食べてみたいわね。 」 (菫子さまは、小さい子が好きだったのね。 あの方には負けられないわ。) 


リリアンは、今日も平和で甘々だった。 乃梨子がちび化した位では動じないらしい。 


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