最初から嫌な予感はしていたのだ
「あ、悪いけど1年生はこの後のこってね」
黄薔薇のつぼみこと島津由乃様のこの一言を聞いた時から
つぼみ主催の3年生を送る会を1週間後に控え薔薇の館は大忙し
いまだ由乃様と祐巳様に妹がいないために1年生は乃梨子さん一人
さすがに手が足りないということで祐巳様にお願いされて先週から手伝いにきていたのだ
細川可南子も一緒というはちょっと気にいらないが
祐巳様に「お願い」されると何故か断れない自分がいる
そんなある日そう言われて雑務の終わった後も薔薇の館に残された訳なのだが
職員室に呼び出された生徒よろしく3人並んで立っている私たちを
由乃様は会議室の一番奥の席、3年生が自主登校に入る前は祥子お姉様が座っていた席に
ふんぞりかえるように座ってにやにやと私たちを眺めるだけで一向に話を切り出さない
(いったい何様のつもりかしら?3年生のお姉様方はまだ卒業されてないのに)
とは思うものの未来の「黄薔薇様」なわけでさすがに文句を言うわけにもいかない
事実、先日の選挙で正式に承認されたおかげなのか
去年までの余裕のない由乃様と違い、自信のようなものが溢れてきているのも確かだ
本人から聞かされたわけではないがどうやら妹にと心に決めた人が出来た、というのも関係しているのかもしれない
「そんなに恐い顔でにらまないでよ、瞳子ちゃん」
どうやら顔にでてしまったようだ
「私はあなた達を助けようと思ってわざわざ残したんだから」
相変わらず何かをたくらんでるような顔で由乃様がそう続ける
「助ける・・・ですか?」
やはり何かを警戒してるらしい乃梨子さんが慎重に尋ねる
「そうそう、3年生を送る会の後で薔薇の館で薔薇様方のお別れ会をするわけだけど」
確かにその話は祐巳様から聞かされていて私も可南子さんも特別に招待されていた
「あなた達は何をやるのかと思って」
「何、ってなんのことですか?」
話が見えず思わずイライラと聞き返してしまう
「何って隠し芸よ」
は?
「何をおっしゃってるのか分かりません」
「あれ、祐巳さんあたりから聞いてない?毎年恒例よ。ああ、祐巳さんはそういうところ抜けてるからなぁ」
「だから何のことですか?」
「だって、卒業するお姉様たちを楽しませる会でしょ?当然、1年生は出し物なんか用意して盛り上げなきゃ」
「嘘ですっ」
薔薇の館で宴会芸なんてミスマッチもいいとこだ
「信じるも信じないもあなた達の勝手だけどね。普通は自主的に用意するものだし
隠しているけどどこでもできますっていのが隠し芸本来の姿だもんね。
事前にわざわざ言っておくものでもないんだけど突然言われたら困ると思って
可愛いあなた達に温情で教えてあげとこうと思ったわけよ」
これは絶対なにかの罠に違いない
「あの…。毎年恒例と言うことは去年は由乃様たちも?」
いままで黙って聞いていた可南子さんがおずおずと尋ねる
「当然やったわよ」
「な、何をですか?」
薔薇の館で正月のバラエティー番組みたいな事が繰り広げられたなんてどうにも想像がつかない
「私は手品をやったし、志摩子さんは即席で日舞をやったわよ。『マリア様の心』に合わせてね。
祐巳さんなんてどじょうすくいよ、五円玉で鼻まで潰したんだから。あれは傑作だったわね」
ど、ど、どじょう・・・
「志摩子さん…、いえ、お姉様からそんな話、きいてません」
「いつも冷静な乃梨子ちゃんにしては鈍いわね。
笑いを取るために、恥を忍んでやった芸だもの。妹なんかに言うはずないじゃない。
思い出したくもないはずよ」
「笑いをとる・・・・?」
「もちろん」
日頃『笑い』とは縁遠い3人が呆然とするのを尻目に由乃様はひどく楽しそうだ
「お姉さま方だってマジな芸で関心するより、心の底から笑いたいはずよ」
自分がざるを振ってどじょうすくいを踊ってる姿を想像して目の前が真っ暗になるのを感じた
「どう思います?」
気楽そうに『じゃあ、がんばってねー』と由乃様が帰っていった後
薔薇の館で顔を突き合わせての作戦会議となったわけだが
「やっぱり由乃様に騙されたのでは?」
「乃梨子さんが白薔薇様から聞いてないとなるとその可能性が高いですわね」
3人の意見は由乃様の陰謀説に傾きはじめていた
「でも、嘘と決め付けるには話が具体的過ぎる気もするけど。
由乃様なんて鳥居江利子様あたりに『できないの?』なんて言われたらむきになってやっちゃいそうだし」
由乃様と前代の黄薔薇様のライバル関係の話はよく聞かされていたので乃梨子さんの指摘に思わず『うーむ』と唸ってしまう
「そう考えると志摩子さんも勢いでやっちゃったかも。ああみえて結構お祭り好きなところあるし」
普段の白薔薇様からは想像もつかないが妹の乃梨子さんがいうならそうなのだろう
「でも、いくら祐巳様でも…」
とは言いつつも『あの』祐巳さまならやりかねない、口にこそ出さないが級友2人の顔にもそう書いてあるのが分かる
一転して流れは『やったかもね』の方向に流れてきた
「やっぱり何か用意しておいたほうがいいのでしょうか?」
「無駄になっても焦るよりはましかも」
「お姉様方たちには内緒で」
3人は顔を見合わせて『うん』とうなずいた
とは言うものの一体何をやればいいのか…
乃梨子さんも可南子さんも一様に暗い顔をしている
「とりあえず今日は遅いから明日までにそれぞれ何をやるか考えてくることにしましょう」
外は既に夕闇に包まれ始めていた
2人と別れた帰り道も隠し芸のことで頭がいっぱいだった
薔薇の館でのお別れ会となると3年生のお姉様方達はもちろん祐巳様にも見られる、ということだ
別に祐巳さまにどう思われようが関係ないはずなのだが
「とりあえずは…」
ざるって何屋さんに売ってるのだろうか?
ふと頭に浮かびかけた馬鹿な考えを必死に振り払って足を速めた
続くかもしれない