【728】 雨上がり妹を乃梨子に  (ROM人 2005-10-14 06:53:40)


この作品はROM人の書いた 【No:622】「笑えない明日」の完結編です。


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3月、卒業していく志摩子さん達を遠くから見守った。
自分からロザリオを返したくせに、本当はどこかでかすかな期待を抱いていたのかも知れない。
風の噂で、志摩子さんは修道院に入ったことを聞いた。
もう、会うこともないのだろう。

銀杏の中にただ一本の桜の木。
そう、ここは私の思い出の場所。
ゆっくりと見上げると、今年もこの桜は見事な花を咲かせるのだろう。
志摩子さんにロザリオを返してからは、ずっとこの場所に近寄らないようにしてきた。
そこには、いつも志摩子さんが居るような気がしていたから。
桜の幹をぎゅっと抱きしめる。
懐かしい思い出がよみがえってきて、胸がぎゅっと締め付けられて苦しい。
祥子さま、令さま、祐巳さま、由乃さま、志摩子さん……。
あの山百合会での日々が蘇り、私は涙を堪えきれなくなる。
志摩子さんが手首に巻いていたロザリオ。
私の同じ場所には自分で刻み続けた傷痕。
何度か病院のお世話にもなった。
心配した両親に連れ戻されそうにもなった。
しかし、私はここに居る。
友を罠にはめ、自殺に追い込んだ罪人の私が出来ることはそれだけだった。

『乃梨子さんのせいじゃありませんわ』
風に乗ってあの子の声が聞こえたような気がした。
私はまだ許してもらいたいと思っているのだろうか。

「あっ……すいません」
ふいにした気配に振り返った私を見たその子は、驚いたような顔でそう言った。
桜の木を見つめながら泣いていた私をみて、彼女はどう感じたのだろうか。
ペコリと頭を下げ、逃げるように立ち去っていく。
その後ろ姿に、私は凍り付いた。
縦ロールの髪の毛が揺れていた。






4月、彼女は再び私の前に姿を現した。
あの日から、ずっと通っていたあの場所に。
あの日から私はあの子を探し回った。
結局見つからなかった私は、
彼女のことをだんだんと桜の木が見せてくれた幻だと思いこむようになっていた。
あんまり私が瞳子のことばかり考えていたから、そんな幻を見たのだと。

「桜……綺麗ですね」
彼女の第一声はそれだった。
今年もあの桜は見事な花を咲かせていた。
私は返事を返す事も忘れ、その子を見つめてしまった。
「あの……」
「と…う…こ……」
「え!?」
私は思わず、その子を抱きしめてしまった。
私の腕の中で彼女は驚いた顔のまま固まってしまった。
「わ、私は神尾悠奈で……あ、あああ、あの……は、はなしてください」
私は夢中で彼女にしがみついてしまった。
だって、彼女はまるで瞳子が生き返ったみたいにそっくりだったから。


「そう……なんだ」
私と悠奈ちゃんは、以前志摩子さんとお弁当を広げたあの場所に座り、
桜の花を見上げながらお互いの話をした。
悠奈ちゃんは今年高等部に入学した一年生だった。
道理で3月の間ずっと探し続けても見つからなかったわけだ。
彼女は演劇部で輝いていた瞳子に憧れていて、
いつの間にか瞳子の髪型を真似たりするようになったのだという。
「学園祭も見に来たんですよ。 
 エイミー役の瞳子さまはすごく輝いてました。 それに、山百合会の劇も……」
そこまで話して、彼女は口籠もった。
「私のこと、知ってるんだ」
「はい。 瞳子さまの一番の親友で二条乃梨子さまですよね」
彼女は、今でも私が瞳子の親友だと思っているのだろうか。
「親友じゃ……ないよ」
私は、自嘲気味に笑った。
「え? だって……」
「親友だと思っていたのは私だけだったんだよ。 私は瞳子のことを何も知らなかった。
 勝手に親友だと思って、勝手に瞳子のためだと瞳子を罠にはめ、自殺に追い込んでしまった。
 親友なんてとんでもない、私は……私が瞳子を殺したんだよ!!」
私は我を忘れ、彼女につかみかかって声を荒げていた。
彼女は私の剣幕に驚いたのか、一瞬顔を恐怖に歪めたが、ゆっくりと優しげな笑みを浮かべた。
「そんなこと、ないですよ。 瞳子さまはいつだって乃梨子さまのことばかり見てたんですから
 伊達にずっと瞳子さまを見続けてきた訳じゃありませんよ、私は」
ずっと彼女は、瞳子と私を見ていた。
私は全然気がつかなかったけど。
「だって、私は……」
私は、あの時のことを悠奈ちゃんに全て話した。
隠しておくべきではないと思ったし、私が瞳子を追いつめてしまったのは事実だから。
「瞳子さまは、本当に乃梨子さまのことが好きだったんですね……」
悠奈ちゃんは時折、瞳子が死んだときのことを思い出したのか悲しそうな顔をしたが、
全てを語ってもまだ、彼女は優しげな微笑みを崩すことはなかった。
「瞳子さまの死は悲しかったです。
 でも、瞳子さまは自分の命をかけてまで乃梨子さまの幸せを願ったんです。
 それって、すごい事じゃないですか。
 だから、今の乃梨子さまをみたら瞳子さまは悲しむと思います」
少し怒ったような顔で……優しく。
「あの山百合会が壊れてしまったとき、悠奈はすごく悲しかったんです。
 どうして、みんな瞳子さまが望んだことをわかってくれなかったんだろうって」
この時、私はどんな顔をしていたのだろう。
ゆっくりと私は彼女に抱きしめられた。
私の心の中の雨雲が少しずつ消えていき、明るい日の光が、凍り付いた私の心を溶かしていく。

瞳子ごめんね……やっぱり私は瞳子のことわかってなかったよ。
私が一人で生きる事なんて瞳子は望んだりしないのに。

だから、振り返るのはもうやめる。
瞳子はきっといつだって私のことを見てくれている。
だから私はまた歩き始める。


「そうだ、忘れてた……悠奈ちゃんごきげんよう」
「あ、悠奈も忘れてました……ごきげんよう乃梨子さま」


それから、私こと二条乃梨子が神尾悠奈を妹にし、
2月、選挙に1年生ながら出馬し、
当選した悠奈は私の咲かすことの出来なかった白薔薇を立派に咲かせてくれることになる。
でもそれは別のお話。


笑えない明日−TrueEND



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