がちゃSレイニーシリーズ 【No:737】の続き
(だまって行けばよかったのに、なぜ乃梨子さんに話したんだろう。)
止めて欲しかった? いいえ、瞳子はもう決めたこと。
あの、脳天気な方に振り回されるのはもうごめんです。いえ、あの方と私の意志とはなんの関係もありません。
瞳子は自分の意志で世界へ翔ぶのですわ。
四時間目が終わる。昼休みになったら、車が迎えに来てカナダ大使館へ。
最後の挨拶にもう一度だけ登校するけれど、それでおしまい。
そう、おしまい。涙なんて流さない。新天地が瞳子を待っている。
「それじゃあ、これまで。来週までに今の課題をレポートで提出するように。」
授業が終わった。机の上を片づけて立ち上がると、乃梨子さんが待ちかまえていた。
「瞳子、ちょっと待って。」
「時間がなくってよ。またあらためてお別れのご挨拶に参りますわ。」
「待てって言うのに。」
凄い力で腕をつかんでいる乃梨子さんを、無理矢理ふりほどく。
「乃梨子さん、これは持つべき人にお返ししますわ。」
ロザリオを外して、乃梨子さんにかける。
「ダメっ、志摩子さんにもらったんだから志摩子さんに返さなきゃダメだよ。受け取らないっ。」
一年椿組ディフェンス陣は、ふーん五人、ゾーンディフェンスですわね。
一番やっかいなガードののっぽは、後ろの扉、ならば前へ。
「瞳子は行くと言ったら行くんですっ」
言い捨てて、ロザリオを外そうとしていた乃梨子さんを突き飛ばす。がたんっと机にぶつかる乃梨子さん。ごめんなさい。
左右から敦子さんと美幸さんが挟むように塞いでくるのを、二人の間をカットイン。そこへインターセプトに出てきた千草さんに右にフェイント。あっ、と右に振られた千草ちゃんの左を駆け抜け、一気に机三つ分前進。
教壇の前から前扉に駆け抜けようとしたところに、来ましたね。細川可南子。
「ばかドリル!!」
「ノッポにそんなことを言われる筋合いはありませんわ。」
「自分だけで暴走してどうすんのよ。」
「まわりが騒ぎすぎなのですわ。自分で決めたんですっ。」
いいながら隙をうかがう。
「可南子ちゃん!」
「あ、祐巳さま!」
はっ、と可南子の注意がそれたすきに、教室の扉を飛び出す。
「待ってよ! 瞳子ちゃん!」
え? 今、可南子さん、お幸せに、って言った?
えーい、今はそんなこと関係ありません。祐巳さまの足の速さは体育祭の時に見てますからね、追いつかれやしません。
私はもう半分リリアンの生徒ではありませんからね。プリーツもカラーも関係ありません。でも、あなたは紅薔薇のつぼみなんですよ。あーあ、まわりが唖然としてみていますわ。ほんとうにあれで来年紅薔薇さまがつとまるのかしら。ちゃんと支えてあげる人が、支えて……。
いえ、終わったことは終わったことなんですっ。
廊下を駆け抜けたところでもうだいぶ差がついて、でも靴を履き替えている間はないので外靴を手に持って、上靴のまま飛び出る。いいでしょう? もう使わないものだもの。
マリア様に心の中でさようなら、と挨拶をして、正門まで一気に走っていく。
ん? 正門に人だかり。
あーーーあ。真っ赤なロードスター、そのまえで『ふっ』なんて髪をかき上げる優お兄さま。
「お兄さまー。お、お待たせしましたー。」
『優さん! 瞳子ちゃんを車に乗せないで。祐巳と私からのお願いよ。』
放送!! 祥子お姉さま!? まさか紅薔薇さまがそんなこと。
「お兄さま?」
「ごめんよ、瞳子。ボクは祐巳ちゃんの頼みは聞くことになってるんだ。」
「お兄さま!」
「拗ねるんじゃないよ、瞳子。」
「瞳子ちゃーん、待ってー。」
祐巳さまの声が迫ってきた。
えーい、もうしょうがない。
どこへ行くって行く当てはないけど、もう走るしかないでしょうが。
校門を走り出て、外へ駆け出す。
このあたり、花寺とリリアンの敷地が広がっている周りは、武蔵野の雰囲気を残した林がところどころにあって、閑静な住宅地。
「瞳子ちゃん、逃げたって、どこまででも追っかけていくからねー。」
「いまさら、なにを言ってるんですかー。」
林の中に、駆け込む。追ってくる祐巳さま。
「待ってよー、瞳子ちゃーん。」
「待ってって言われて待つ人はいませんわー。」
だんだん、自分がなぜ走っているんだかわからなくなってきた。
ただ、林の中で二人きり、祐巳さまと走っている。
走る、走る、ただ、祐巳さまと二人で走る。
だいぶ息切れがしてきた。
この時間もそろそろ終わりかな。ほんとうに終わりなのね。
なんだろう、人が集まっている。教会だ。
「結婚式ね。」
「ぎゃう。ゆゆ祐巳さまいきなり抱きつかないでください!」