※このSSは【No,696】と微妙にリンクしています。
つい先日まで煩かった太陽が嘘のように静まり、うっすらと肌寒くなってくる。
暑すぎず寒すぎず。かといって春先のように忙しいわけでもない。
運動するにも読書するにも、そして食事するにも最適なこの季節。
曰く
スポーツの秋
読書の秋
天高く馬肥ゆる秋
私のお姉さまが、大好きな、秋。
……お姉さまが、大好き…?
『だいすきよ。乃梨子』
『私もっ、私もだいすきだよ!志摩子さん!!』
『うふふ。こんなになっちゃって。かわいいわね』
『あっ、ダッ、ダメだよ、こんなところで』
「乃梨子さん」
『志摩子さん』
「乃梨子さん?」
『し、志摩子さっ、ぁぁん』
「乃梨子さんっ!!」
「ぅひゃい!?」
「まったくもう。瞳子が話しかけているのにボーっとしちゃって。なにを妄想してらしたのかしら?」
マリア像の前にいたはずが教室へと変わってしまった。
「……なんだドリルか。で?何?私に用でもあるの?」
「あるから話しかけたんです!……今ドリルとかおっしゃいませんでした?」
「言ってないよそんな事。で?話は?」
「なんかひっかかりますわね。…まあいいわ。乃梨子さん、今日は薔薇の館へは?」
「もちろん行くよ。もうすぐ学園祭だもん。しなきゃいけないことまだまだある……ってあれ?あれぇ?ヤッバ、もうこんな時間!もっと早く言ってよ!」
「教えて差し上げようにもどっか別の世界にイッてらしたんだもの。」
「まぁいいや。教えてくれてありがとう、ドリル!!」
瞳子にきちんとお礼を言いながら、薔薇の館へ全力疾走を開始する。
後ろの方でキーキー音がしているが気にしている時間はない。
きっとオイルが切れただけだろう。
忘れていたが、私にとって今年の秋は『学園祭の秋』なのだ。
来るべく学園祭に向けて連日会議やらなにやらで大忙し。
私にとってリリアンの学園祭は初めてだし、なにより『白薔薇さまの蕾』である。
慣れてないだの分からないだのと弱音を吐いている暇はない。
寸暇を惜しんで働かなければならないのだ。
(妄想に耽りすぎた。紅薔薇さま意外に体育会系な所があるし、なによりも志摩子さんと一緒にいられる時間が減ってしまうではないか。)
そんなことを考えているうちに薔薇の館へ到着した。
怒られるかもしれないが一気に階段を駆け上がり、扉の取っ手に手を掛ける。
「すみません遅くなりましっ!!?」
目の前にある光景に、思わず声が裏返ってしまう。
相手にとって失礼かもしれないが、生憎私にそんな余裕はなかった。
灯りをつけず、カーテンを閉め切った部屋。
夕陽(といってもそんなに赤くはないが)で仄かに光が差し込んで少し心細い。
その中に僅かに目に映る気配。
果たしてそこに居るのは人か化生か?
「……ごきげんよぅ…乃梨子ちゃん…」
……なんだ、古代怪獣ツインテール(エビ味)か。
正体が発覚し、思わず安堵のため息を付く。
「ごきげんよう。ツイ…祐巳さま。他の方達……より先にどうなさったんですか?」
「ちょっとね。いろいろね。」
「何があったかは存じませんが、このままこんな暗い所に居たらもっと落ち込んじゃいますよ。」
言いながら明かりをつけてカーテンを開ける。
二人分のお茶を入れて祐巳さまの前に座った。
二人でお茶を飲んで一息つく。
落ち着いたのか祐巳さまの目に少しだけ光が戻ってきた。
「それにしても何で私が落ち込んでるってわかったの?」
『顔を見れば一目瞭然ですよ』とツッコミたいのを我慢する。
「えっと、ほら、前にもこんな状況があったじゃないですか。」
「へ?……そういえばあったかな?…ああ、あったねぇ」
「あの時はしばらく瞳子が怖かったですよ。」
「私も私も。でも楽しかったよ。乃梨子ちゃん、話を作るの上手いんだもん。あやうくだまされるとこだった。」
…あの話で騙されるのは祐巳さまだけだと思います。
・・・
確か梅雨頃、祐巳さまが落ち込んでおられた時に瞳子の髪型の使い方について話したとき、私の話を祐巳さまは本気で信じていた。
話の最中にコロコロ変わる百面相を見たくて二時間近く話したっけ。
「ところで祐巳さま。仮面ライダーって観たことあります?」
「へ?乃梨子ちゃん?あれはテレビの中のお話だよ?」
「そうではなくて。テレビ番組の話です。」
「ああ、なんだ。テレビか。私はないけど祐麒が観てて人形もいっぱい持っててね。昔は嫌々ながらもお人形遊びに付き合ってたなあ。」
遊んでるうちに段々ノってきて、最後はケンカをしていたであろう光景が乃梨子の脳裏に浮かんだ。
「じゃあアマゾンってご存知ですか?」
「うん、知ってるよ。あのツノがあってツメがあるやつでしょ?でもいきなりどうしたの?」
「いえ、ちょっと気になる話を聞きまして。初めはからかわれてるって思ったらしいんですが、見たって言う人が多いらしいんですよね。仕舞いにはその娘まで…」
「どういうこと?らしいってことは乃梨子ちゃんのことじゃないのね?」
(よし。うまく喰い付いてくれた。)
乃梨子はニヤついてしまいそうになるのを必死に堪える。
中学時代に流行り、乃梨子が馬鹿にしていた噂がこんな所で役に立つことになろうとは。
(騙すんじゃない。祐巳さまを元気付けるため。やっぱり元気でいて欲しいし)
自分に言い訳をしながら話を続ける。
「ウチのクラスの娘がその娘のお姉さまのお姉さまから聞いた話らしいんですが」
「うんうん」
「一年前の学園祭が終わってからしばらくして、十二月の頭くらいらしいのですが妙な噂が出回ったんです。」
「『三つ編みの少女がリリアンの制服でバイクに乗っていた』って。」
「ええ!?バイクに!?リリアンの生徒が!?でもそんな噂があったら真っ先にリリアン瓦版に載るんじゃあ」
「はい。その娘のお姉さまのお姉さま…雅子さまとおっしゃるんですが、新聞部の部員だったので当然詳細を調べて記事にしようとしたんです。ですが…」
「ですが!?」
「三奈子さまがえらく反対したらしいんです。」
「三奈子さまが!?」
「ええ。雅子さまもいつもと違いすぎるその態度になにかあると踏んだんです。それで
三奈子さまが定期的にネタを探しているK駅周辺を張り込みしていたら、三奈子さまが路地裏に入っていくのを目撃、後をつけたのですが、見失いました。」
(ああ、やっぱり楽しい…!)
驚き方も一回一回バリエーションに富んでいる。
こんな表情を魅せられて途中で止めることができようか。
複雑に入り組んだ路地裏を抜けると小さな工場に着いた。
「おかしいわね。こっちに来たはずなのに。」
小さく口に出した言葉は工場からの音に掻き消される。
獣の呻き声に聞こえるそれは一定した大きさではない。
雅子がそこに着いて一分が経った。
迷った末、開いていた扉から中へ入る。
隙間から差し込む光のみである。
あまり広くはない空間に人はいない。
ここは駐車場なのか、下は土が剥き出しである。
不意に顔に雨粒が落ちてきた。
「…え?なんで雨が」
雨漏りかな?何となしに顔を上に向ける。
そこには。
全長二メートルはあろうかという蜘蛛が十の赤い瞳でこちらを見ていた。
悲鳴すらあげられない恐怖は雅子に幻覚を見せた。
バイクが跳び、細かい牙を立てようとした蜘蛛を吹き飛ばす!
その人物には見覚えがあった。
頭を三つ編みにし。
身体を包むのは深い緑。
首から掛かる銀のロザリオ。
そこから先は一瞬。
異形に姿を変えたその人は五体の蜘蛛を切り刻み、何もなかったかのように去っていった。
「確かその頃でしたよね?手術されたの。」
「そうだったの…そういえば皆が強くなったって言ってたけど…」
「でも信じられないよ、由乃さんが改造され「てるわけないでしょ」」
「私もです。まさか[シュラララ]だったなんんシュラララ?」
「……大丈夫、劇で使う予定の偽物よ。本物そっくりでしょ?発明部の自慢の一品。」
「か、カッコいいですね堂に入ってるというか様になってるというか」
「………ビルゲニアァああァあswでfghjkl;:!!!!!」
「祐巳さまっ!!なんでトドメを!ってか壁に穴が空いてるあれあそこにある襤褸切れ祐巳さまあれなんで模造刀に血が付いてるんちょっまっ」
『黄薔薇さまの蕾ご乱心!?』
先日紅薔薇さまの蕾、白薔薇さまの蕾の両名が薔薇の館周辺でボロ切れになっていた事件につきましては目撃者もおらず、また回復した両名ともが怯え続けて口が聞けない状態であったため捜査に困難がありましたが、解決の糸口となる情報を入手しました。
紅薔薇さまの蕾の親友Kの証言
『テニス部の部長のお使いで薔薇の館までいきました。
ノックをしても返答がないので忘れられ、いえ誰もいらっしゃらないのかなと思い扉を開けようとした瞬間、轟音とそれに混じって何かが潰れる鈍い音が聞こえました。
慌てて中に入ると黄薔薇さまの蕾が血だらけの刀を握って肩で息をしていました。
「劇で使う模造刀を試していたのよ」と言っていました。』
この証言を両名に確認したところ返事は得られませんでした。
我々はさらに詳しい調査を進める予定です。
※なおプライバシー保護のためモザイクをかけ、名字不明のため仮名を使用しています。