※作中の祐巳がだいぶ黒くなってますが、気にしないで下さい。気にしたら負けです。
“それ”は、深い闇の奥から呼びかけてくる。
「祐巳・・・」
“それ”は、まるで顕世(うつしよ)と幽世(かくりよ)の境界のような厚いベールの向こうから、こちらを見ている。
「こっちへいらっしゃい・・・祐巳」
“それ”は、長く伸びた髪の隙間から、爛々と輝く瞳で、私を見つめる。
「どうしたの・・・祐巳。・・・・・・私の言う事が聞こえないの? 」
だが目をそらす訳にはいかない。
何故なら“それ”は、凍てつくような冬の日に、私が薔薇の館に招いた闇なのだから。
「祐巳・・・・・・あなたもコチラにいらっしゃい。ここはとても暖かいわ」
“それ”は、私を闇の奥へと誘う。
闇の奥。下弦の月のようにぱかりと開いた口でニィ、と笑う“それ”は・・・・・・
『ごきげんよう』
「あ、ごきげんよう。令さま、由乃さん」
ビスケット扉を開き掛けられた声に、私ははっと我に返り、挨拶を返した。
二人が震えながら部屋に入ってくる。
「いや〜、今日も寒・・・・・・・・・」
あ、令さまが固まった。
・・・・・・まあ、無理も無いよね。いきなりアレを見たら。
「・・・・・・祐巳さん」
「何?由乃さん」
「・・・えっと・・・・・・・・・ソレは?」
由乃さんが、ためらいがちにアレを指差して聞いてきた。
「コタツ」
私はとりあえず、そうキッパリと答えてみた。間違いではないし。
そう、由乃さんが指差した先には、この館には相応しくない和のテイストをかもし出すコタツがワンセット。ただ、その横に、明らかに人が入っているらしきこんもりとしたシルエットのドテラがへばりついているけど。
でも由乃さんは、私の答えがお気に召さなかったらしく、ソレを指差したまま、ジットリとした視線を私に投げかけてきた。いわゆる半眼てやつだ。
私はその視線をどうしたものかと思ったけど、とりあえずニッコリと微笑んでみせた。
・・・・・・・・・これもお気に召さなかったみたい。由乃さんは何やら眉間にシワを寄せて、さっきの5倍は鋭い視線を送ってきた。いわゆるメンチを切るというやつだ。リリアンでは初めて見たかも・・・
さすが改造手術を受けた身だけあって、見事なイケイケぶりだなぁ。
これからは心の中で“島津・『ウォリアー』・由乃”とミドルネーム付きで呼ぶ事にしようかしら。
「・・・・・・・・・・・・(はっ!)イヤイヤイヤ!ソレがコタツなのは見れば判るんだけどさ」
令さま再起動。
お帰りなさい。あなたのその意外と窮地に弱いヘタレっぷりは嫌いじゃありませんよ?
「問題はコタツに覆いかぶさってるこのドテラ・・・・・・・・・ひぃっ!!」
恐る恐るソレを覗き込んだ直後に、悲鳴と共に後ずさる令さま。
さては中の人と目が合いましたね?
「なんかいる!ドテラの中になんかいるぅ!!」
「令ちゃん・・・」
「なんかいる! そんでコッチ見てるっ!! 」
「令ちゃん落ち着いて( ごっ!!)」
由乃さんの言うとおりに落ち着いた令さま。まあ、落ち着いたって言うか落ちたんだけどね。
それにしてもカバンの角をためらい無く頭頂部にジャストミートとは容赦無いなぁ、由乃さん。
いや、“島津・『マーダー』・由乃”さん。(ランクアップ)
「ちょっと令ちゃん! 何のんきに寝てんのよ! 起きなさいってば!( ぼぐっ!)」
・・・自分でやっといて“寝るな”とコメカミにトゥキックですか・・・・・・
さすが“島津・『カモッラ』・由乃”さん。(ジョブチェンジ)
「う〜ん・・・・・・(はっ!) あれ? 私どうして床に? 」
「そんなことはどうでも良いのよ! それより問題はアレでしょ?! 」
姉への暴行を“そんなこと”の一言で切って捨て、アレを指差す“島津・『ジャイアン』・由乃”さん。令さまの人生、すべては貴方の手のひらの上なのね。
「なんとかしてよ! 令ちゃん! 」
そう言いながら、令さまを前に押し出す。
自分はあくまでも手を汚さず、要求のみを通そうとするあの姿勢は見習わなきゃいけないなぁ・・・
「そ、そうだったわ」
由乃さんの言葉に何の疑問も持たず、アレと再び対峙する令さま。
おいしいキャラだなぁ、令さま。あなたには“支倉・『マリオネット』・令”のミドルネームをあげます。返品は不可です。
「祐巳ちゃん! 」
「何ですか? 令さま」
「アレは何? 」
「だからコタツですってば」
「それは見れば判るから。そうじゃなくてコタツの横にいるドテラのお化けの事よ! 」
令さまはコタツの上に覆いかぶさるソレを指差して叫んだ。
「失礼ね。誰がドテラのお化けよ」
「うわ喋った?! ・・・・・・ってその声は祥子? 」
「誰だと思ったのよ? 」
「いや、判らなかったから聞いたんだけど・・・ 」
「まあ! 1年以上も付き合いあるのに私の事が判らないなんて・・・ 使えないわね、令! 」
「ええ?! えっと・・・その・・・すいません」
とりあえず謝って、その場を取り繕う。根っからの日本人ですね、令さま。
でも、貴方の後ろにいる人は「何謝ってんの! そうじゃないでしょ?! 」とでも言いたげににらみつけてますよ?
・・・あ、後ろから「早くしろ」の突っ込み膝蹴りが入った。
「痛っ! ・・・・・・・・・と、とりあえずさ、ソレを脱がない? 話しづらいから」
「 嫌 」
「そ、そう・・・・・・ 痛っ!(突っ込み2発目炸裂) ・・・・・・で、でもさ、そろそろ紅薔薇さま達も来る頃だし、その格好のまま仕事する訳にもいかないでしょう? 」
「何を言っているの令。仕事なら、この机ですれば済む事でしょう? 」
ドテラに包まれた手でコタツをポンポンと叩くお姉さま。その仕草、ちょっとかわいいかも。
「いやでも・・・ 」
「それに、これはとても暖かいわ。この寒さの中、仕事の効率を上げてくれると思うのだけど? 」
「え? そ、そうかな・・・・・・ うぁ痛っ!! 」
お姉さまの屁理屈に一瞬納得しそうになったけど、激痛に我に返る令さま。
なるほど、膝関節が曲がらない方向に押し込む膝蹴りか・・・
さすが“島津・エクスキューショナー・由乃”さん。(最終形態) 参考になるなぁ。
膝をさすりつつ振り向く令さま。たぶん「私には無理! 」って言いたいんだろうな。
でも、その直後、泣きそうな顔で“ドテラのお化け”こと私のお姉さまに向き直る令さま。この角度からだと見えなかったけど、おそらく後ろから「いいから行って来い」のメンチ切りが炸裂したのだろう。
いいなぁ、私もあんな高等技(メンチ切り)を習得したいなぁ。
「と、とにかくソレを脱ぎなさいってば! 」
お姉さまのドテラを無理矢理脱がしにかかる令さま。説得は無理と見て、力技に持ち込んだか・・・
でもね? 私もさっきまで何もしてなかった訳じゃないんですよ?
説得に応じてくれないお姉さまに強硬手段を用いようともしたんだけど、そしたら・・・
シュルルルルル・・・ キュイッ!
「!! か・・・・ア・・・ぐ・・・・・・・」
ほら反撃された。
お姉さまは今日初めてコタツに触れたとは思えない鮮やかさで、電源のコードを操り、令さまの頚動脈を締め上げる。
あれ、苦しいんだよねぇ。気管ではなく頚動脈を的確に狙ってくるから、だんだん意識が・・・
あ、令さま落ちた。
「令ちゃん!! ちょっと祥子さま! なんてことするんですか! 」
怒号と共にロサ・ドテラに立ち向かう由乃さん。
おお、さすがエクスキューショナー。どんなに無謀と思えても、行く時は行くのね。
でも、お姉さまの武器はあれだけじゃないんだけどな・・・
「令ちゃんを痛めつけて良いのは私だけ(プシッ!)ふぎゃ?! 」
何やら不穏当な言葉を叫びつつドテラを剥ぎ取りにかかった由乃さんは、突然の攻撃に成すすべも無かった。
「目がぁ! 私の目がぁぁっ!! 」
どこかで聞いたようなセリフを叫びつつ、床の上をのた打ち回る由乃さん。
今の攻撃は、ミカンの皮を折り曲げてその汁を飛ばすという目潰しだ。
・・・ごめんね? 由乃さん。コタツにはミカンだろうと思って、気を利かせてお弁当に持ってきたミカンをお姉さまに渡したのは私なの。
まさかこんなオモシロ・・・ いえ、恐ろしい使われ方をするなんて思わなかったのよ。
だから「ほっといたらどんなオモシロハプニング映像が見られるんだろう? 」と思って、お姉さまの武器をあえて教えなかった私を許してね?
床の上に転がる黄薔薇姉妹を見下ろしつつ、私がそんな事を考えていると、ドテラの中のお姉さまがモゾモゾと動いている。
この香りは・・・ どうやら皮を武器に使った後のミカンを食べているらしい。
見ているぶんにはかわいいんだけどな。どうしたものだろう、コレ。
説得も強制排除も無理だし。こうなったら、事情を知らない人に押し付けて逃げ・・・
『ごきげんよう』
「・・・ごきげんよう。紅薔薇さま」
蓉子さまが来た。
「・・・何? この惨状」
惨状・・・ 確かにそう言えるかも知れない。床に転がる黄薔薇姉妹、立ち尽くす私、そしてコタツに入ってモゾモゾ動いているドテラのお化け。むしろ紅薔薇さまが冷静なのが不思議なくらいだ。肝の据わった人だなぁ。
「え〜と、何から説明すれば良いか・・・ 」
「まず、このコタツはどこから? 」
「あ、それは先ほど私が薔薇の館に来る途中、先生が・・・」
「先生? 」
「リリアンも今度、校舎内にセキュリティシステムを導入するらしくて、宿直室が無くなるそうなんです。それで、中の備品もある程度いらなくなるんで・・・ 」
「ただ捨てるよりはと、暖房もろくに無い薔薇の館に寄付して下さったと」
「はい。そのドテラごと」
私はお姉さまを指差しながら答えた。
その指先に導かれるように、コタツとその住人を見つめる紅薔薇さま。
「この匂いは・・・ 祥子? 」
匂いって・・・ 紅薔薇さまも計り知れない人だなぁ。
「・・・・・・・(モグモグ、ゴクン) ごきげんよう。お姉さま」
まだ食ってたのか・・・
「祥子、何をしているの? 」
「コタツを堪能しているところですわ、お姉さま」
「・・・あなた、そんなにコタツが好きだったの? 初耳だけど」
「いえ、祐巳に強く勧められて今日初めて使ってみました。このドテラという衣装も快適ですわ」
! 余計な事まで教えなくて良いんです、お姉さま! 私に強く勧められたとか!
「ふぅん・・・」
うわ! 紅薔薇さまがコッチ見た! なんか笑いながらコッチ見たぁ!
わ、私のせいじゃないですよ? コレは。・・・・・・たぶん。
「・・・まあ、それは良いわ。それよりもそろそろ仕事を始めるから、コタツをかたして席に付いてちょうだい」
「お言葉ですがお姉さま。これはとても暖かくて、作業の効率も・・・ 」
「聞こえなかったの? かたしてちょうだい」
怖ぇ・・・ 紅薔薇さま怖いよ。口元だけ笑ってるところが特に。
さすがのお姉さまも固まってるし。
「・・・・・・・・・嫌です」
おお? お姉さま、紅薔薇さまに対して退かない気ですか?
「・・・もう一度言ってくれるかしら? 」
「嫌だと言ったんです」
キッパリと言い放つお姉さま。緊張から微かにドテラが震えているのが見て取れる。
てゆーかコタツとドテラに震えるほど命かけるなんて、ホントに良いトコのお嬢様ですか? お姉さま。
二人の間に高まる緊張感。まあ、片方がドテラ被ってるせいで、絵的にはメチャメチャ締まらないけど。
静かなにらみ合いがしばらく続いたけど、先に動いたのは意外にも紅薔薇さま。テーブルのほうへと歩いていき・・・
あ、コタツの電源抜いた。
それを見て、明らかに動揺するお姉さま。ドテラがわずかに身じろぎした。
「お姉さま。ソレを元に戻して下さい」
明確な怒りを含んだ声を出すお姉さま。見た目はマヌケだけど、声だけでも十分迫力あるなぁ。紅薔薇さまはどうする気だろ?
ショキン! ぽとっ
あ、コンセント切っちゃった。なるほど、あれならもうコタツの意味が無くなるな。
・・・てゆーか今、どっからハサミ出したんだろう? 速すぎて見えなかったぞ・・・って怖っ! ハサミ片手に笑いながら振り返ったぁ! メッチャ怖っ!!
「祥子?(ショキン!) 」
「はいっ! 」
さすがにお姉さまも恐怖にかられたらしく、ドテラを着たまま立ち上がった。
「ソレも脱いで、席に付いてね?(ショキン!) 」
「ヨロコンデ!! 」
どっかの居酒屋みたいな返事と共にドテラを脱ぎ捨てるお姉さま。
さすがだなぁ、紅薔薇さま。3人がかりでも無理だったものを、簡単に解決しちゃった。それも有無を言わせぬ力技で。床に転がってる役立たずなウォリアー(ランクダウン)なんかよりも、この人を目指したほうが良さそうだな。
・・・それにしても、ハサミ片手に微笑む紅薔薇さまと、慌ててドテラを脱ぎ捨てたせいで髪の毛振り乱してハァハァ息を荒げてるお姉さまが並んで立つこの光景は、ホラー以外のなにものでも無いな。怖すぎ。
あ、そうだ。この騒ぎの原因を作った罪(祥子に強くコタツを勧めた)を咎められる前に逃げるか・・・
今なら紅薔薇さまはお姉さまを威圧するのに集中してるだろうから、気づかれずにそーっと・・・
「祐巳ちゃん(ショキン!)」
「はいっ! 」
な、な、な、何で気づかれたの?! 明らかにコッチ見て無かったのに!
「悪いけど(ショキン!)紅茶を入れてくれるかしら?(ショキン!ショキン!)」
「よ、ヨロコンデ! 」
「それからね? (ショキン!)」
「・・・はい? 」
「この騒ぎの詳細もじっくり聞かせてもらうから(ショキン!ショキン!ショキィィィン!)」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
この人を目指す前に、まずこの人の前で生き残る方法を考えよう・・・
話は生き延びてからだ。