がちゃS・ぷち
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No.2605
作者:杏鴉
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2008-04-25 02:35:00
萌えた:5
笑った:2
感動だ:22
『二人なら無敵ですね』
【No:2557】のつづきです。
大した振動もなく、その車は静かに走り続けている。
いつもバスの中から見ている景色よりも目線が下になっていて、少しばかり新鮮な眺めではあったが、祐巳がそれに気付く事はなかった。
祥子さまにしか見えない、年下の美少女を見つめるのに忙しかったからだ。
「突然ごめんなさい、祐巳」
美少女の発する声が、枯渇しかかっていた祐巳の中の『お姉さま分』を満たしていく。
間違いない。とても信じられなくても、どんなにありえなくても、目の前にいるこの美少女は祥子さまだ。祐巳はそう確信した。しかし……、
「どう話せばいいかしらね……」
幼さの残る祥子さまが困ったように言うのを、祐巳は口を半開きにして聞いていた。
確信はしたもののどうしても納得できない祐巳は、ただただ目を丸くして祥子さまを見つめている。
そんな祐巳から目を逸らさずに、祥子さまは切り出した。
「ねぇ、祐巳。私は誰?」
「へっ!?……えっと……お、お姉さま……?」
戸惑いまくりの答えっぷりだったが、祐巳のその言葉に祥子さまは満足したように微笑んだ。
久しぶりの祥子さまの微笑みに、祐巳は見えない尻尾をふりふりしている。実に素直な娘だ。
祥子さまの説明によると、いつからなのか、どうしてなのかは分からないが、少しずつ身体が若返っているのだそうだ。
普通の病気ならいざ知らず、こんな事を世間に公表するわけにはいかない。そう判断し、小笠原家で極秘に調べているが、まったく原因が分からないらしい。
「朝、目が覚めるたびに思うの。悪い夢だったんじゃないかって。でも……、期待して鏡を覗いてみても、目の前にいる私はいつも昨日より幼くなっている……」
「お姉さま……」
祐巳は気付いた。祥子さまの手が震えている事に。
このまま若返りが止まらなければ、いずれは祐巳の夢に出てきた幼子に、さらに時間が経てば赤ん坊にまで戻ってしまう。
そこで止まってくれればまだマシだ。万が一、胎児にまで戻ってしまえば、祥子さまは……、
「お姉さまっ……お姉さまぁっ」
「祐巳……」
祥子さまの震える手を、祐巳は両手で握りしめた。すがりつくように、抱きしめるように。
その姿は、祥子さまに祈りをささげているようにも、許しを請うているようにも見えた。
「……本当はね。誰にも会ってはいけないと言われていたの。もちろん話す事も。でも、祐巳にだけは伝えておきたかったの。考えたくはないけれど、もしかしたら私は――」
「お姉さまっ!」
思いがけない祐巳の大きな声に、祥子さまの声はかき消された。
小さな子がイヤイヤをするように首を振って、祐巳は祥子さまの言葉を拒否する。駄々をこねているような祐巳を見て、祥子さまは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「待っていますから……私、お姉さまの事、ずっと待ってますから。……だから負けないでください」
今にも泣きだしてしまいそうな祐巳をまっすぐに見つめた祥子さまは、ふと目元を緩ませると、
「……祐巳。あなたは私の妹でしょう? だったら知っているはずよ」
「え?」
「私が逃げるのも負けるのも大嫌いな事をよ」
凛々しく美しい笑顔で言った。
その瞬間、祐巳の中の『お姉さま分』がMAXになった。
「お姉さま……」
「祐巳。リリアンで会いましょう。私は必ず元の姿に戻ってみせる。だからそれまで待っていてちょうだい」
「はい!」
いつの間にか車は福沢家の前に着いていた。
別れを惜しみながら車を降りようとする祐巳を、祥子さまは呼び止める。
「タイが曲がっていてよ」慣れた手つきで祐巳のタイを結び直す祥子さまの手は、もう震えてはいなかった。
あれから一週間――。
リリアンに祥子さまの姿はまだない。
「祥子、どうしちゃったんだろう……。祐巳ちゃん何か聞いている?」
「……いえ、何も」
「そう。……心配だね」
「……はい」
祥子さまの身に起こっている事は、誰にも話してはいけない。たとえそれが仲間でも。
祐巳はそう考え、何も知らないふりをしていた。
百面相である祐巳の演技は、お世辞にもうまいとは言えない。けれど祥子さまを心配している事は芝居でもなんでもないので、祐巳の嘘に気付く者は誰もいなかった。
そして今日もまた、祥子さまのいない一日が過ぎていく――。
☆
――ここはどこだろう?
辺りを見回すが誰もいない。あるのは木と、名前の分からない草花だけ。
じっとしてても仕方ないから、私はとりあえず道なりに歩いてみる事にした。
木漏れ日の下をてくてく歩く。時おり吹く風がとても気持ちいい。
しばらく歩いていると、開けた場所に出た。私の目の前に湖が広がっている。風によってできたさざ波に、太陽の光がきらきらと反射していてとても綺麗だった。
私はなんだか嬉しくなって、子供のように湖へと駆けだした。
その時、誰もいないと思っていた私の目に、小さな女の子の姿が映った。その子は湖のほとりで一人立ち尽くしていた。
「……お姉さま?」
間違いない。あれは小さい祥子さまだ。
近づくにつれ、祥子さまの表情が硬い事に気付いた私は全速力で駆け寄った。
「あ。ゆみ」
「はぁ、はぁ……っ。お姉さま……。どうか、されたのですか?」
私に気付くと少し表情を緩めてくれたものの、祥子さまはなんだか途方にくれたような顔をしている。
「ボウシがとばされてしまったの……」
そう言って祥子さまは小さな指を湖に向けた。見ると、葦だろうか……、水辺に生えている植物に白い帽子が引っ掛かっていた。
それほど遠くはないけれど、岸からでは手がとどかない。湖の中を進んでいくしかないようだ。
そう判断した私は、靴を脱いでズボンを捲り上げた。
「なにをしているの? ゆみ」
「ちょっと待ってて下さいね。すぐ取ってきますから」
「え?」
キョトンとする祥子さまに、私は力強く笑いかけた。
さぁ、早く祥子さまの帽子を取り返さなくちゃ。
湖に入る私の背後で、祥子さまの驚いた声が聞こえた。
「ゆ、ゆみ! なにしてるの!?」
「すぐに戻ります」
「あぶないからやめなさい!」
「大丈夫ですよ。全然深くないですし」
湖は底が見えるくらい綺麗で、優しい陽射しに暖められていた。私は小さい頃した水遊びを思い出しながら、ざぶざぶ音をたてて歩いていった。
時おり吹く風が帽子を揺らしている。もたもたしていたら、またどこかへ飛ばされてしまうかもしれない。私は帽子のもとへと急いだ。
葦の上で揺れている帽子を、ひょいと持ち上げてチェックする。
「良かった。濡れてない。――ありがとうね」
私は祥子さまの帽子を守ってくれた葦にお礼の言葉をかけた。それから、間違っても落とさないように、しっかり帽子を持ちなおして引き返す。
それは純白で、つばが広いつくりのとても上品な帽子。美しい黒髪の祥子さまに、きっとお似合いだろう。
早く祥子さまが被っているところを見てみたい。喜んでいるお顔が見たい。
とはいえ、ここで転んだりしたら元も子もないわけで……。
私は足もとに注意しながら、慎重に岸へと向かった。
「お姉さま。ただいま戻りました」
「……」
「葦のおかげで、ちっとも濡れてませんよ。良かったですね、お姉さま」
「……」
「お姉さま?」
祥子さまはずっとうつむいていて、話しかけても返事をしてくれない。不思議に思った私が身をかがめて顔を覗きこむと、そこには祥子さまの怒りの形相があった……。
「どうしてあなたは、みずうみにはいったりしたのっ!」
「へっ? あの……お姉さまの帽子を……」
「わたくしがいつ、とってきてくれとたのんだの! かってなまねしないでちょうだい!」
「す、すいません……」
喜んでもらえると思ったのになぁ……。
渡し損ねた帽子が、居心地悪そうに私の手の中で揺れている。
ガックリきている私の耳に、小さな小さな声が聞こえてきた。
「……ボウシなんてどうでもよかったのに。わたくしのボウシなんかのために、もしゆみがケガをしてしまったら……わたくしは、いったいどうすればいいのよ……」
見ると、お姉さまは今にも泣きそうな顔をしていた。いや、目じりが光っている。必死で泣くのを堪えているんだ。
……私はなんてバカなんだろう。お姉さまに心配かけて……妹失格だ。
「ご心配おかけして、申し訳ありませんでした」
震える小さな身体を、私はそっと抱きしめた。キュッと抱きしめ返してくれる手が愛しくて、さらさらの黒髪を撫でる。
「大丈夫です。私はどこもケガなんかしていません。だから大丈夫ですよ」
「でも、よごれてしまったわ。あしも、ふくも……」
たしかに捲り上げたズボンの裾は少し湿っているし、足は岸に上がった時に土や草の切れ端がくっ付いてしまっているけれど、それほど大した事はない。乾かした後手で払えば、ほとんど取れるだろう。このぽかぽかした陽気なら、すぐに乾いてくれるだろうしね。
「これくらい平気ですよ。それに祥子さまの為なら、こんなの何でもないですから」
「ゆみ……。ありがとう」
ふと、祥子さまのお顔が見たくなって抱きしめていた身体を離そうとしたら、ギュッとしがみつかれて阻止された。かろうじて見えた祥子さまの耳元は、真っ赤になっていた。
ひょっとすると、泣いちゃいそうになったのが恥ずかしいのかもしれない。
だから私は、何も言わずに祥子さまを抱きしめていた。
――かったのだけれど、あまりの愛らしさについつい笑みがもれてしまい、また叱られてしまった。
「なにわらっているのっ。ゆみ!」
「い、いえ。笑ってなんて……」
しばらくチクチクと言われたが、それが照れからきていると思うと可愛らしくてしかたがない。
「ゆみ! ニヤニヤするのおやめなさいっ!」
「す、すいません」
また叱られてしまった……。いつかポーカーフェイスになりたいなぁ。
ひとしきり叱られた後、二人で日向ぼっこしていると、不意に真面目な顔になった祥子さまが言った。
「ゆみはすごいわね。わたくしにはできないことを、あなたはかんたんにやってのけるんだもの」
「へっ?」
私に出来て、祥子さまに出来ない事なんてあるのかな……? 逆ならいくらでも思い当たるんだけどな。
首を傾げる私に、祥子さまは目を細めた。
「ねぇ、ゆみ。またわたくしがこまっていたら、ゆみはたすけにきてくれる?」
「もちろんですっ!」
私は力いっぱい言い切った。
深く考える必要なんてない。祥子さまに何かあれば、それがどこであろうと私は全力で助けに行くだろうから。
「ほんとう?」
「はいっ。本当です」
祥子さまが困っているというのに、私が何もしないだなんて考えられないし、ありえない。
自信満々の私に祥子さまは、思わず蔦子さんを連れてきたくなるような笑顔をくれた。
「ゆみ……」
「えへへ」
「ゆみ」
「なんですか? お姉さま」
「ゆみ」
「はい」
「ゆみ」
「はい?」
☆
「――祐巳」
「……あ」
「――祐巳」
「お姉さま……」
「――祐(カション)」
その日のリリアンにも、祐巳の大好きな人はいなかった――。
祐巳は一人、今朝見た夢の事ばかり考えていた。
――そして放課後。
自宅に帰った祐巳は、小笠原家に電話をかけた。その目的はただ一つ。
「あの、私リリアン女学園高等部二年、福沢祐巳と申しますが――あ、いえ。祥子さまではなく、清子さまをお電話口にお願いしたいのですが」
祥子さまを助けに行く。――溢れ出しそうな強い決意を身体に押しとどめるように、祐巳は受話器をギュッと握りしめた。
(コメント)
Mr.K >続きが楽しみです(No.16429 2008-04-29 17:48:30)
杏鴉 >Mr.Kさま。コメントありがとうございます。そう言っていただけると、これからも妄想を続ける勇気がわいてきます(笑) (No.16430 2008-04-30 04:02:29)
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