がちゃS・ぷち

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No.2611
作者:若杉奈留美
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2008-05-01 12:55:21
萌えた:2
笑った:13
感動だ:1

『みんなの意見で開かれたパンドラの箱』

外はマリア様の心のごとく、雲ひとつない真っ青な空。
遠くからかすかに聞こえる、部活をがんばる生徒たちの声。
しかし。

「たまに遅くなるとこうなんだから」

眉間にしわを寄せながら、ちあきは妹をにらみつける。

「そんなに怒らないで下さいよ」

この一言がちあきの神経を逆なでしてしまった。

「怒りたくもなるでしょう!こんなにおつまみ持ち込んで酒盛りしたあげくに
盛大に散らかして!ここはあなただけの部屋じゃないのよ、分かってるの!?」
「は、はいっ、すいませんでしたっ!」

これ以上怒らせたら確実に消される。
智子は反論をあきらめ、床を埋め尽くしたワインの空きビンとおつまみの袋を片付けるのに専念した。
他のメンバーたちは内心溜息をつきながら、強烈なにおいを放つシュールストレミングの缶や発酵しすぎた糠漬けのパックをゴミ袋に放り込む。

こうしてあらかたのゴミが処分され、掃除も終りが見えてきた、そのときだった。

「あれ?お姉さま、この箱なんですか?」

小さな箱を持って、理沙がいぶかしげな視線を送っている。

「どうしたの理沙」

首をかしげながら箱を手にとると、さゆみの顔色が変わった。

「これ…もしかして…!」

理沙の手にした箱には、紫の紐がかけられている。
その表面には、何やら箱書きがある。

「…魯山人…って…」
「何ぃっ!?魯山人って、あの北大路魯山人なのかっ?」

その一言に山百合会は色めきたった。
いくら伝統あるお嬢様学校とはいえ、魯山人があるような家の娘はそれほどいない。
旧世代なら祥子や瞳子あたりだろうし、次世代なら智子の家にはありそうだが、
瀬戸山家はコレクションに対する関心は薄そうである。
いったいいつ、誰が持ってきたのだろうか。

「えっと…なんて読むんだろう、これ…」

箱の側面に何やら難しい言葉が書いてある。
かろうじて「備前」らしき文字が読み取れるだけで、あとは達筆すぎて読めない。

「さゆみちゃん、心当たりはないの?」
「…さあ…私はまったく…魯山人はうっすら聞いたことがありますが」

陶芸家としてだけでなく、書や篆刻、料理などにもその才能を発揮した多彩な芸術家。
本物は非常に高価で、物によっては1000万近くするものもある。
箱の中に入っていたのは茶道の席で使われる深い茶碗で、色は白っぽい。
底の部分には傷のようなものがあり、地の土色が露出している。
素人目には本物かどうかまったく分からない。

「これ本物だよ〜、絶対」
菜々がやけに自信たっぷりである。

「なんで断言できるのよ」

ちあきの眉間に再びしわが宿った。

「いい?リリアン女学園といえば、セレブの通うお嬢様高校よ?
その中でも特に選ばれた生徒たちが集う山百合会。
その拠点の中にある物が偽物なわけないでしょう?」
「魯山人なんてそんなに世間に出てはきませんよ」

菜々の暴走気味の理論を、涼子はばっさりと斬って捨てた。

「分からないよ、涼子さん。この間の『アンティーク・ショー お宝鑑定バトル』見た?」
「あれはもともといいとこの家柄だったからだろ?大半はコレクターの思い込みじゃねぇか」
「偽物が多いのは掛け軸とかだよ。陶器は本物結構多いかもしれないし」
「掛け軸だろうと陶器だろうと、偽物は偽物だ」

涼子はあくまでその魯山人が偽物だという立場である。
理沙はそれほど否定的でもない。

「大半は、でしょ?世の中には少数派もいるのよ」
「そうそう、疑わしきは罰せずって言葉もあるし」

純子と真里菜が口々に菜々と理沙を擁護する。
さゆみと智子はアンティーク自体に関心がないらしく、黙っている。
放っておくと言い争いになりそうな気配を察した美咲が、ついに口を開いた。

「それなら…もうすぐアンティーク・ショーの公開録画があるから、
応募してみたらどうですか」

そう言って差し出した1枚のビラ。
そこにはこう書かれていた。

『アンティーク・ショー お宝鑑定バトル・高校生大会!!
あなたのお宝、家族のお宝、学校のお宝まとめて鑑定いたします!
泣くか笑うか、運か実力か!
集え若き目利きたち!』

それを見たちあきたちは声をそろえた。

『出ましょう』


それから2週間後。
会場のM市民会館は満席だった。

「アンティーク・ショー お宝鑑定バトル高校生大会〜!!」

司会者のコールとともに大きな拍手が響き渡る。
この番組は前半の個人戦と後半の団体戦に分かれる。
ルールは単純。
鑑定額が上回った方が勝ちである。
その日一番鑑定額が高かった出場者にはプレゼントがもらえる。
次世代メンバーは団体戦の方に出場することになったため、
個人戦は舞台袖から見学である。
自信満々で臨んだ鑑定で偽物と判断され大恥をかく者あり。
まったく適当につけた値段がピッタリ同じで驚く者あり。
家族でその真贋をめぐって意見の割れたお宝が本物であると分かり、
偽物と信じていた出場者が呆然とする場面もあった。

「ああいう時に人間の本性が出るよな」
「まったくだね」

そうこうするうちにアナウンスが聞こえた。

「さあお待ちかねの団体戦!赤コーナー、リリアン女学園!
お宝は北大路魯山人の備前焼茶碗!」

拍手の中を、心臓が飛び出しそうな緊張を淑女の笑顔で隠してステージに向かう次世代。
実はこの団体戦が一番盛り上がるのだ。

「なるほど、なかなかすごそうな茶碗ですね…」

司会者はひとしきり茶碗をほめた。
それが一区切りつくと、アシスタントのアナウンスが入る。

「この北大路魯山人について詳しく調べてまいりました。映像をご覧ください」

このあと魯山人の生い立ちや主な作品紹介などが盛り込まれた映像が流れた。

「自信のほうはいかがでしょうか?」

マイクを向けられたちあきはこう答えた。

「私たちはこれが本物かどうか知りたいだけです。金額は関係ありません」

あまりにも堂々としたその受け答えに、山百合会は改めてちあきの強さを思い知った。

「続きまして青コーナー、明純学院!お宝は中国、明時代の黄釉花卉紋皿!」

それぞれのお宝が現れると、会場が大きくどよめいた。
相手の明純はリリアンとほぼ同じ時期にできた女子高で、伝統ならほぼ互角。
しかも歴代の校長がなぜか古美術愛好家ばかり。
今日のお皿も学校の宝として校長室の奥の金庫にしまわれていたものを、
慎重に取り出してきたものである。
明純のときも、リリアンと同じく司会者のコメントと映像という順番である。

「もちろん本物に決まっています!うちの校長は目利きですから、
偽物なんて出すはずがないし、私たちもここに持ってくるはずなどありません」

そのあと起こる悲劇をまったく予想していないのか、代表はきっぱりと断言した。

「それでは、鑑定お願いします!」

司会者の声に続いて、

「お願いします!」

全員で頭を下げた。

(どうしよう、なんか不安になってきたよ…)
(今更逃げるわけにもいかないでしょ、しっかりしなさい)

不安に震える真里菜を冷静になだめるちあき。

(偽物だったら大恥だよなぁ…)
(向こうはたぶん本物かもしれないよ)

顔を見合わせる涼子と理沙の横で、美咲が首をかしげている。

(もしかしてとは思うけど…あれ、備前じゃないんじゃ…)
(やっぱりあんたもそう思う?)

珍しく智子が真剣な顔をしている。

(備前はもっと暗い色だったはずだし…あの箱がどうもあやしい気がする)

不安と疑惑といやな予感で震えるリリアン。
対照的に、明純は自信たっぷり。

「さあ、まずは明純学院の鑑定結果です。フリップをどうぞ!」

明純の代表が高々とあげたフリップに書かれた金額は、

「1万円!」

思わずがっくりと肩を落とす代表。
会場内に微妙などよめきが起こる。

「これは明時代のものではありませんね。現代の中国でおみやげ用に大量生産されたものです」

公衆の面前で大恥をかいた明純学院。
代表はあまりのショックで歩くのもままならない。
結局他のメンバーに脇を抱えられながら舞台上の椅子に座った。

「次はリリアン女学園の鑑定結果です!」

そしてフリップはあげられた。

「20万円!」

思わず大はしゃぎする次世代。
だが喜ぶのはまだ早かった。

「これは箱に備前と書いてありますが、備前ではありませんね。志野焼です。
本当に品のいい白色なんですが、ちょっと口のところが欠けているのが惜しいですね。
それにこの箱もひどい。もしこれが箱も含めて完全なら100万以上はいくと思います」


数日後。

「智子、お茶お願い」
「はーい、かしこまりました」

山百合会はあの魯山人を普通の湯飲みとして使っていた。
お姉さまにお茶を運ぼうとした智子だが、ふとした拍子につまづいて。

「えっ、あっ、うわ、危ない!」

ガッシャーン。
薔薇の館に大騒ぎをもたらし、テレビ出演にまで導いた茶碗は、一瞬で砕け散った。

「智ちん…あんた、何やってんの…」
「あうう…」
「20万円が…」

形あるものは必ず壊れるという真実。
案外苦いその真実を、次世代は改めてかみしめるのだった。


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